魔法戦姫Lyricシンフォギア   作:アメリカ兎

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Tr.18 死線、月下に集う

 

 

 

 ノイズの出現反応に、現場へ急行する奏と響。クルヴィスが車を出して送り届け、復帰後の初出撃となる奏のサポートへと回る。なのは達は緊急に備えて本部で待機していた。

 

「奏、復帰してからノイズとの戦闘は初めてなんだから無理はしないように。響ちゃんも程々に頑張って。すぐに翼ちゃんがくると思うので」

「は、はい! あの、奏さん。今日はよろしくお願いしますッ!」

「ああ。かわいい後輩なんだ、ちゃんと面倒見てやるさ。さぁ、やるよ響! 今日はあたしとあんたとでガングニールデュエットだ!」

 聖詠を口ずさみ、シンフォギアを纏う二人が出現したノイズを蹴散らしていく。同じ聖遺物であってもアームドギアの形状は大きく異なる。デバイスはその点、同一形状であっても登録されているプログラム次第で使用できる魔法も変わってくる。

 

「風鳴司令、今回のノイズは……」

《ああ。作為的なものを感じられるな》

 クルヴィスの疑問に、やはり、と弦十郎は答えた。

 

《なにか、陽動のようなものを感じる。気をつけろ》

「了解です」

 二人の戦いを後ろで見ていたクルヴィスだったが、心配は杞憂に終わる。とはいえ、油断は禁物だ。奏の戦闘可能時間は極めて限られている。それも以前より短くなっていた。Linkerの過剰投与も控えられている。新型の開発が望まれる中、進展が見られないのも現実だった。

 

《小型ノイズの反応に混じって大型の反応も見られる、注意しろ!》

「はいッ! 大型の反応……」

「響、アイツだ! あの紫色の!」

「見たことのないタイプですね」

「ブドウみてぇ」

 緊張感のないクルヴィスの呟きに、二人が激しく同意して深く頷く。

 

(そういや最近果物食ってねーなー。食生活ガタガタだし、たまにはスウィーツとか食ってみたいな)

 どうやら今日は頭のネジが普段より多めに外れているらしい。しかし、その槍さばきに一切の淀み無し。接近してくるノイズは全てクルヴィスに触れることなく自壊させられていく。

 ブドウノイズ(仮呼称)は房から果実を周辺に振りまくと、爆発を置いて走り去っていった。地下鉄へと消える姿を追って、響が先行する。

 

「やる気まんまんだねぇ……あたしも負けてらんない、なッ!」

「普段はあそこまで積極的じゃないんだけどねぇ……」

「そういうあんたはやる気なさそうだね」

「眠いっす」

「頑張りな」

「うっす」

 奏に背中を叩かれて背筋を伸ばしたクルヴィスが大きく息を吸い込み、気合を入れ直して――ふと、妙な気配を察した。視線を向ければ、月夜の下、高層ビルの一点の空気が歪んで見えた。それは気の所為と見過ごすにはあまりに不穏な気配として、クルヴィスに警鐘を鳴らす。

 

「奏。響ちゃんを追って」

「どうしたのさ」

「ちょっと野暮用?」

「ま、いいけどさ。後でちゃんと追ってきなよ?」

「はいよ」

 響を追って奏も先を急ぎ、クルヴィスだけが月を見上げる。気配が消えて、歪んでいた空気は澄んだ風によってかき消されていた。――だが、と闇夜に目を凝らす。ノイズキャンセラーを待機形態に戻し、十文字槍を構える。二課のモニターは響の方へ集中していた。

 

「…………」

 隠密、奇襲、闇討ち。考えうる騙し討ちの手は全て考慮している。そして、その奇襲の一撃をクルヴィスは難なく防いでみせた。十文字槍と火花を散らす、黒いデバイス。盾と一体化した複合機能のアームドデバイスの主は、また影から出てきたような漆黒だった。

 

《……》

「はぁいどうも~、フレームデバイス一名様ご案内」

《ステルスしていたはずなのだが、防がれるとは意外だ》

「俺にそういう奇襲はやめといた方がいい」

 むしろそっちのが本職と言ってもいい。

 フレームデバイス、シャドウ。戦闘能力は未知数、左手を向けて、五指を開いている。その掌に覗く、一門。クルヴィスは即座に槍を引き戻しながら防御魔法を斜めに構えた。

 単発の射撃魔法がバリアによって弾かれ、明後日の方向の街路樹の枝をへし折る。

 

《これも防ぐか。ますます良い経験値になりそうだ。貴様との戦闘。学ばせてもらうぞ、柳クルヴィス》

「お兄さん泣いちゃうぞちくしぃ」

 どうして俺だけこんな貧乏クジ引かなきゃならないんだ。クルヴィスは半泣きになりながら二課で待機しているヴォルケンリッターの皆様方に救援を要請した。

 自分が相手にしている、ということは先行した二人の下には――。

 

 

 

 その様子をモニタリングしていたのは、二課だけではなかった。町外れの邸宅で自作のケーキを頬張りながら、マスターとルナリアの二人がシャドウ達の動きを見ている。

 

「新作、どうだ」

「……」

 ルナリアは無言で口に入れると、親指を立ててフォークを刺した。

 

「あの狐にーちゃんじゃねぇか。さて、お手並み拝見、と」

「……」

 ちらりとモニターを盗み見て、それからルナリアは再びケーキを食べる。気に入ったらしい。シャドウとクルヴィスのことなど気にならないくらいに。

 

 

 

「響ッ!」

「奏さん」

「一人であんまり突っ走るものじゃないよ。とはいっても、あたしも昔は似たようなものか」

「は、はい。すいませんでした……!」

 ブドウノイズを撃破した響が、ようやく我に返って追いかけてきた奏と合流する。周囲を見渡すと、クルヴィスとは離れてしまったようだ。シンフォギアをまとっていると忘れてしまうが、自分の身体能力は普段よりも遥かに強化されている。それこそ管理局の魔導士に引けをとらないほど。

 

「あ……」

「ん? どうかしたのかい?」

 響が見上げた空。約束したのは、親友との流星群。奏も釣られて見上げた夜空に流れる星天は見惚れる程に幻想的で、それを同じガングニール装者である響と見れたのは僥倖と言えた。こんな機会、きっと二度とない。

 

「……奏さん。私、今日親友と流星群を見ようって約束していたんです」

「そうか……それは、残念だったね。ノイズが出てなければ今頃、あたしじゃなくてその大事な親友と見れてたんだろ?」

「あ、違うんです! 別に奏さんと見れるのが嫌なわけじゃなくて、すごく嬉しくて、ツヴァイウィングのファンで、あの、えっと……」

「あっはっは、ありがとう。二年前のライブ、どうだった?」

「はいッ! 最高でした! ドキドキして、胸に響いて――!」

 響は、そこまで言葉にしてから、自分の胸に手を当てた。奏のガングニールの破片が、今。この胸の中に眠っている。

 

「……今も、此処にあります」

「……ごめん、響。あたしはあんたに謝らなきゃな。あの日、あたしが紛い物だったばっかりにそんな苦労を押しつけて……」

「そんなこと、全然ありませんッ! 奏さんのシンフォギアがあったから、私は今日もこうして生きていられるんです。奏さんの歌があったから、私はッ!」

「だけどッ!」

 ガングニールがなければ、親友との約束も守れた。響はこんな戦いに身を投じなくてよかったはずだ。どうしても、二年前の惨劇が脳裏にちらついて仕方ない。

 

「――仲良しこよしは、そこまでだ」

「誰だッ!」

 奏が振り向いた先、姿を現した相手を見て、絶句した。

 身にまとう白銀のドラゴンスケイル。完全聖遺物――それは、二年前、起動に失敗したはずのネフシュタンの鎧。

 

「その、鎧は……!」

「立花響。アタシと来てもらうぞ。そっちの病み上がりは引っ込んでな!」

「そうはさせるか! 響、どうやらあんたが狙いらしい。アタシに任せて下がってなッ! その鎧を何処で手に入れた!」

「ヘッ! そう簡単に口開くと思うなよ!」

「ノイズが……!?」

 ネフシュタンの鎧を纏った少女の手。ソロモンの杖によって無数のノイズが召喚される。囲まれる二人が背中を合わせてガングニールを構えた。

 

 

 

《翼、緊急事態だッ! 奏と響くんの下へ急げ!》

「分かっています!」

《現在、クルヴィスはシャドウと交戦中だ! 恐らく身動きは取れまい、なのはくん達をこちらから出撃させたが、お前の方が早い!》

(奏――! 無理だけはしないで!)

 先を急く翼が聖詠と共に駆け出し、天羽々斬を身にまとう。だが――圧倒的に速いバイクのエンジン音に、視線を奪われた。空を走り、月を背負う騎兵の姿。その手には二挺拳銃。

 

《迷いは捨ててきたか、風鳴翼!》

「またしても邪魔立てするか、騎兵ッ!」

《今夜は誰にも邪魔はさせない、存分に征くぞッ!!》

 剣戟と共に疾走する銃弾が弾き落とされ、翼が着地する。その眼前には騎兵が立ちはだかる。

 睨み合う銃口と一刀。


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