「クルヴィス、怪我はないか!?」
「スーツの方が心配です」
二課本部へと戻るなり、心配してくれているのは嬉しいのだが、戻ってくるまでの間につけていた算段で頭が痛い。
「先程の違法魔導士は全員本局へ移送します。これは時空管理局の管轄になりますので、彼らの所属が明らかになれば二課へ伝達します。本局への移送は、テスタロッサ執務官にお任せしますが、よろしいですか」
「はい。でもどうして?」
「まぁ諸々の事情です。高町一尉はお店もありますし、八神二佐には現場で指揮の補佐もあるので」
「あの、そこは私も教導官として言ってほしかったです……」
ひっそりとなのはが何か言っていたが、クルヴィスは片手を挙げて謝罪した。
「今回の件は迅速に対処願います。特に、本局に嗅ぎ回られる前に特急で」
「何故だ?」
「ま、複雑な事情があるんです。テスタロッサ執務官。うちの部署のメンバーを本局に送り込んでおきます。接触は極力、そちらでお願いします」
「そんなことが出来るのかよ?」
ヴィータの疑問に、クルヴィスは答えない。地上の局員が本局に紛れ込むことなど不可能だ。
「ま、そこはそれ。うちの部隊は優秀なので」
「答えになってないで、それ」
「んんんんんーーーーー!!!」
「言う気がないなら言わんでええよ! 凄い顔しとるから!」
唇を固く噛んで、眉間にしわを寄せて鬼のような形相をするクルヴィスに、百面相という言葉が脳裏をよぎる二課だった。
時空管理局本局。フェイトが地球での違法魔導士を連行して帰投し、それを迎えたのは地上の制服を来た一団。クルヴィスの情報査察部だ。本局の顔があまり良くない。
「……」
「ああー、お待ちしておりましたテスタロッサ執務官! こちらです!」
わざとらしく声を出してにこやかに手を振るのは情報査察部副隊長。クルヴィス曰く『仏の副長』との人柄。
「こちらが、例の?」
「え、ええ……そうです、けど……」
特急と言われたので日を跨ぐ前に移動してきたのだが、既に手が回っていた。素早く他の局員達から遠ざけ、先頭を切る副隊長は尋問室へと連行する。
(テスタロッサ執務官。此方なら、本局に情報が漏れることはありません)
「そこまでして、どうして」
「詳細は省かせていただきます。クルヴィス三佐から話は聞いていますので」
「本局に、地球の情報を漏らしていけないのですか?」
「現地で起きた事件を本局には持ち込まないことも規定の一部です。“だから”我々が派遣されました」
――そういうことか、とフェイトは納得した。本局はあくまで中継地点、都合よく使われる場所だ。得られる情報は地球と、その関係者にのみ明かされる。
「――くそ、テメェら! 俺は何も吐かねぇぞ!」
「資料を」
「はい」
「あー、君は鬼面仏心という言葉を知っているか」
「……はぁ?」
「隊長が曰く。私は“仏面鬼心”らしい。残念だが君たちの情報なら、二時間弱でまとめ上げた。いやくそ眠いんだがね」
なにか今、本音が聞こえた気がした。
「ハッタリを」
「犯罪組織クレイモアは米国連邦聖遺物研究機関と接触している、間違いないな。お前達の使用していたデバイスはコピー品だ。以前、管理局が潰した犯罪組織で使用していた物と同一の規格が確認されている――お前達は、その残党だな。クレイモアに吸収されたか」
顔を引きつらせて固まる違法魔導士に副隊長は資料を投げる。
「必要とあれば君たちの出身地と家族構成も割り出すがどうするかね。むしろ感謝してくれ、“ここまで”で済ませているんだから」
「――――ぁ、アンタ一体……?」
「時空管理局情報査察部副隊長だ。なに、私達の隊長はこれより凄いぞ? 手段を選んでいるだけ慈悲と思ってくれ。安心しろ、クレイモアに身柄は渡さない」
犯罪者としては終わりだが、そう付け加えて情報査察部による取り調べが始まった。残りはそちらで引き継ぎ、追って情報をクルヴィスに渡す。そういう手筈で話が進んでいた。
「テスタロッサ執務官。こちらを」
「これは……?」
「彼らの使用していたデバイス。その元となった、過去の同一品です」
「え、えっと。これも、クルヴィスが?」
「はい、そうですが? というのも彼らが使っていたデバイスを解析したのはクルヴィス三佐です。我々はそれを元に情報を辿っただけですので」
早業にも程がある。クルヴィスの襲撃から五時間弱、それでここまで調べ上げて情報をまとめて本局にも……?
本局に、地上の局員が連携を?
「あの。本局と連携は」
「してません。無断です」
「えぇぇぇ!? それって、いいのですか?」
「我々の悪評が広まるだけでしょうねぇ、あっはっはっはっは。その不名誉は全部クルヴィス三佐に投げます。いやだって我らも被害者なので」
鬼かこの人は。フェイトは受け取った書類に感謝しながら、情報査察部と別れる。
小休止を挟んでいたフェイトだったが、見覚えのある顔に視線が止まった。
特務次元航行隊の黒を基調した制服。目を引く銀髪、連れ添っている小柄な二人組も、フェイトには馴染みのある顔だった。遅れて、緊張感のない伸びをしながら制服の上着を脱いでいる管理局の紅鬼も。
「アインス」
「ああ、フェイト。久しぶりですね」
「お久しぶりデース!」
「切歌、調も元気にしてた?」
「よ、フェイト。地球で任務じゃなかったのか?」
「そうだったんだけど、ちょっと。クルヴィスが襲撃されて」
「ほーん」
心配する素振り一つなく、まるで雑談でもするかのような気軽さで話を流した。
「クルヴィスが襲われたデスか!」
「切ちゃん、声が大きいよ」
「情報査察部隊長が違法魔導士に襲撃された? 別に、珍しい話でもない」
「だけど、クルヴィスは部下でしょ。心配くらい」
「する必要ねーよ。俺の部下だったんだぜ? 本局第一線部隊、
管理局の中でも秘匿された第一線任務。現地住民を含め、根付いた犯罪組織の一掃。作戦名『カントリースイーパー』遂行は、投入された管理局員百名以上にも関わらず生存者は片手で数えられる程だったという。一人はロア・ヴェスティージ――まさに鬼神の如き一騎当千の活躍だったという。
もう一人。柳クルヴィス。決して表沙汰にはされない。ただ生き延びた、逃げ延びた。そんな評価だったが――ロアだけは知っている。
「多分、アイツ。あの作戦で俺の次に倒してるぞ」
「まっさかー。ロアは言いすぎデス。あのクルヴィスさんデスよ?」
「うん。いっつもお菓子くれたし、それに……私達より弱いし」
秘密裏に行われたシンフォギアとデバイスの演習。特務次元航行隊の管理下で行われたその演習は、クルヴィスが切歌と調に敗北という形に終わった。
「まーシンフォギア相手は向かないだろうなぁ……それにほれ、二人はちっこいし」
「……いつまで立ち話してるつもりだ、ロア。制服目立つんだから早く報告しに行くぞ」
「おー、ファルド。悪いな、フェイトがいたもんで」
「そうか。久しぶり。ロア、書類を預かるぞ。切歌達と一緒に俺の報告を待機。それまで自由時間だ。先に行ってるぞ」
ファルド・ヴェンカー一等空佐はロアの手に握られた報告書を引ったくりながら早歩きで去っていく。
「なんというか、相変わらずだね」
「ああ。上官としては最高の逸材なんだがね……人として、どうなんだか……」
それは自分自身にも言い聞かせているようで、何も言えなかった。最高の戦力ではあるが、以下同文――。だが、本人は気にせず切歌と調の頭を撫でると笑ってみせた。
「自由時間だし、演習でもやるか?」
『嫌です!』
満場一致で拒絶されてロアは肩を落とす。演習の一言を聴いた瞬間、周囲の局員が一斉に身を引いた。絡まれたら最後、朝まで病院のベッドだ。触らぬ神に祟りなし。顔を背けて自分達の仕事に没頭する振りをしていた。