魔法戦姫Lyricシンフォギア   作:アメリカ兎

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Tr.13 前進の襲撃

 

 

「……――はい、了解。ご注文承りました、と。早ければ明日には」

「それじゃお願いします」

 夜遅くまで居座ってしまったクルヴィスは、店主に礼を言って会計を済ませる。相変わらず採算が取れているのかわからない値段設定に「よく営業できているなこの店」と思いながらも喫茶店よろづを後にした。

 

「ああ、夜道に気をつけてくれよ。ここ最近は何かと物騒だから」

「お気遣いどうも。そちらさんも強盗に気をつけて」

「余計なお世話どーも。見慣れない外国人がうろついていたから、見かけたら逃げるか通報しておくのをおすすめしておく」

 店主からの忠告に、片手を振って去っていく。店内は閑散としており、既に繁盛期を過ぎた以上、これ以上はただ暇を持て余すだけだ。早々に店の後片付けを始めているルナリアに大まかなところは任せて、店主は仕込みも含めた準備を始める。

 

「そういや、お前はアメリカ人だっけ?」

「……」

 無口な少女は一瞥をくれるだけで答えない。

 

「まぁどうでもいいか。そちらの会社の都合はともかく。今の生活が中々どうして気に入ってるもんでな。雇用契約書には載ってない不確定事項多すぎだが」

 だが何よりも、日本独特の文化に触れるのはマスターにとって魅力的な話であった。和洋折衷が見境なく混ざるこの国で触れる食文化を探るだけで飽きない。しかし、それとは別に一つだけ不満を抱えていた。どうしようもない悪癖が解消できない、そしてそれは無視できないストレスの一端を担っている。どうしても手元が苛立ちを抱えていた。

 

「あちらからの連絡はまだ進展なしか?」

 頷き、肯定する。ルナリアは米国の企業が請け負っている、米国連邦聖遺物研究機関のとある開発に携わっている。それは今まで進展がなかったものの、とある組織と接触したことにより目覚ましい進展を見せていた。実現もそう遠くないはずである。

 マスターは手元を動かしながら、自分の身の振り方を考えていた。今はフィーネの監視を米国から依頼され、同時にフィーネ自身の計画に加担している。ともすれば、今のライフスタイルはフィーネが軸となっている。そして、生活への貢献度は米国よりもフィーネから贈られるものの方が大きい。最終的に対象の研究成果を持ち出すにしても、援助を失うのは手痛い出費だ。マスターにしてみれば、収益が見合わない。むしろ、米国側は報酬がなければ手を切ってしまってもいいくらいだ。

 そうなれば、当然ながら両者から独立した組織へ加担するのが最も自分の利益になる。

 そして、自分の中で結論付けると不敵な笑みを浮かべた。マスターのその笑みに、ルナリアが首を傾げている。

 

 

 

 食後の散歩がてら、クルヴィスは夜の東京を歩いていた。奏に言われた通りに睡眠を摂って、目が覚めたら夕方だったので夕飯のついでにと喫茶店よろづに立ち寄ったのだが、奏への退院祝いも同時に済ませることが出来て僥倖と言える。後は完成を楽しみに待つだけだ。財布と相談しつつ。

 アーケード街を歩いていたクルヴィスの顔を見て、ある団体が静かに動き始めた。

 

「そこのアンタ」

「はい?」

 呼びかけられて、素直に返事をする。相手は四、五人程度の集団。いずれも外国人旅行客と思わしき身なりだが、違和感を覚えた。それは、旅行客に相応しくない警戒心、或いは敵意。これから事を起こそうかどうかという剣呑な雰囲気だ。そしてその意識が自分に向けられている。それでもクルヴィスはあくまでも心中穏やかに会話に耳を傾けていた。

 この程度、脅威という程でもないの修羅場、くぐり抜けてきている。

 

「柳クルヴィス“三等陸佐”で間違いないな」

「……俺を階級付きで呼ぶってことは完全にクロってことで」

「おっと、下手に動かないほうがいい。なにせこの世界で魔法の存在は秘匿事項だからな。アンタが一番知っていることだろう?」

 往来のど真ん中でデバイスを起動するわけにもいかず、かといってこの状況を無視できるはずもない。管理局の柳クルヴィスを知っているということは、彼らは違法魔導師だ。外世界からの来客。だが、それが自分に何の用事があるのか。恨みを買った覚えならごまんとあるが。

 集団の一人、ナイフ型デバイスが背中に小さな痛みを訴える。スーツに穴が開くからできれば突かないでもらいたいものだ。

 

「一緒に来てもらうぞ」

「飲みに誘ってもらってるなら喜んで行く所だけど、どちらまで?」

「来れば分かる」

「その口ぶりだと、日本じゃなさそうだし。米国連邦聖遺物研究機関?」

「――――」

「押し黙るのは肯定と見て良さげ?」

 それなら話は早い。

 

「……魔法の使えない管理局の魔導師が、抵抗できるとでも?」

「まぁ仰りたいことは非常に同意。生憎と、まぁ――」

 整息、クルヴィスの手が、ナイフ型デバイスを持つ男の手首を捻り上げる。次の瞬間、男の視界が一回転した。その手からナイフが取りこぼされる。何事かと足を止めた通行人たちも、その足元に落ちた凶器を見て一団から距離を取った。

 

「慣れっこなもんで、痛い目見ると思うけど」

「貴様!」

 残る男たちも懐からデバイスを持ち出す。形状はどれも同じナイフ型。量産されている違法デバイスの出処は後にして、クルヴィスはデバイスを起動させないままに構える。それを見て失笑した一団であったが、最初の一人が踏み込んだ。

 ほんの、小さな動き。クルヴィスは相手が突き出した拳の外側から内側へ拳を滑り込ませる。胸板に手を当てて、ほんの僅かな動きで掌打を加えた。踏み込んでいた相手が自分から拳をめり込ませる形で鳩尾の衝撃に咳き込み、左手で鼓膜を叩かれてたたらを踏んだ。

 

「くぁッ!?」

 違法魔導師からすれば未曾有の衝撃だったことだろう。今まで受けたことがない重さに動転したが、次の瞬間には既にクルヴィスの連撃を顎に受けて昏倒した。

 それを見て、一斉に笑みが消える。手慣れている。魔法に頼らない戦い方に、むしろそれが本来の実力なのだと。

 

「野郎……! おとなしく――」

「そぉい!」

 腕を足の内側に引っ掛けて、攫うように持ち上げられた男性が派手に転倒する。持ち上げながらクルヴィスは倒れ込む男性と一緒に寝転ぶ形で肘を腹部へと押し込んでいた。即座に距離を離し、立ち上がる。挟み撃ちの形で襲い掛かってくる一人に、胸の内ポケットから何かを投げつけた。それは正面の一人の太ももに突き刺さり、思わず足が鈍る。

 背後から襲いかかろうとしていたもう一人は、既に投げられていた。

 

「つッ……? なんだこれ」

 男が太ももに突き立つ、見慣れない針のようなものを抜くと、それは団子の竹串。そんなものが人体に突き刺さるとはにわかに信じ難く――疑問を抱いている間に、更に一人が八卦掌で沈んでいる。唖然としている間に、更にもう一人。今度は頭を揺さぶる連撃を受けて気絶させられる。

 突き出した腕を掻い潜って顎を掴み、持ち上げるようにして腹部に肘と頭部への打撃を兼ね合わせた通背拳が強烈に意識を奪う。

 

「カッ……」

 ドサリ。気づけば、自分が最後の一人となっていた。当人は涼しい顔でスーツの襟を正している。

 

「どうする?」

「……ふざけやがって!」

 男は逆上した。ふざけている、管理局の魔導師にデバイス一つ起動させないままに手も足も出せずに捕まるなど。魔導師人生に終止符を打たれるようなものだ。痛みを忘れて勢い良く駆け出し、ナイフを振るう。それを正面から受けるのは危険と見たのか、流石にクルヴィスも回避に徹した。

 

「この野郎!」

 懐に手を忍ばせて、避ける。竹串を投げるにしても、距離が近すぎる。かといって刺すにしてもタネがわかれば脅威ではない。だが、男の手首を襲った鈍痛は、強烈な打撃だった。骨にまで響く、神経を震わせる激痛に思わずデバイスを手放す。

 クルヴィスの手には、銀色に輝く鈍器。何の魔力も持たない、ただの趣味で買った逸品。鉄扇で自分の顔を扇いで冷まし、男の愕然とした表情にクルヴィスは優しく微笑む。

 

「お気に入りなんだ、これ」

「ふざけ――!」

 ふざけた現実――だが結局のところ、その違法魔導師は柳クルヴィスにデバイスをただの一度も起動させることも出来ず、魔法も使わせることなく鉄扇の一撃を首に受けて悶絶した。こめかみに鈍い衝撃、くらむ視界に、逆手に持ち替えた鉄扇が手首を捉える。引き寄せられる身体が次の瞬間には後ろにふっ飛ばされていた。優に二、三メートルは背後へ押し戻されて、男は立ち上がる気力すら沸かずに気を失った。

 静まり返るアーケード街に、クルヴィスは電話をかける。

 

「もしもし、弦十郎さん? ええ、ちょっと襲われまして。……怪我はないんですけど、むしろ相手の方が重傷と言いますか。とりあえず、訳アリな連中なので確保お願いします」

 間もなくして、彼らは確保された。それは表向きは公安警察の手によって。だが、実際は時空管理局の関係者だ。違法魔導師であることが判明した以上、それは地球の領分ではなく時空管理局の仕事だ。

 確保された違法魔導師達は、魔導師としてのプライドも犯罪者としての矜持も何もかもボロボロにされて連行されていく。クルヴィスはそれに微塵も同情しなかった。暴漢相手に情けを掛けた方だ、五体満足ないし、骨の一つも折っていないのだから。

 

「あー事後処理嫌ですわぁ……」

 仕事が増えたことを大いに嘆いて、クルヴィスは二課へと報告に戻る。自分が襲撃されたことで進展があるのは嬉しい誤算だが、倍々で業務が増えてほしくないものだ。


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