――特務次元航行隊旗艦、L級強襲型高速戦艦『デルタ』
歪曲次元間移動航行。他中域との移動中、敵艦との接触もない数少ない平穏な時間。本局へと帰港途中であっても通常業務から手は離せない。とはいえ、いつもよりは業務も少なかった。
つい二時間ほど前の話だ。特務次元航行隊は本局から発令された古代遺物の確保、並びに違法所持する次元犯罪組織を“壊滅”させてきたばかりである。所属する違法魔導師達は全て後続の航行隊へ委任して撤退した。
その筆頭である特務隊長は現在、報告書の作成中だ。副隊長は――戻ってくるなり戦闘訓練場に篭っている。
「…………ふぅ」
名目上、現在は特務次元航行隊の下で管理されているユニゾンデバイス、リインフォース。区別を付けるために皆からは「アインス」と呼称されている。黒を基調とした特務制服に身を包み、書類作成に打ち込んでいた。休憩に入ろうと席から立つと、オフィスから出てすぐに廊下を走る二人に足を止める。
保護観察という名目、ファルド・ヴェンカー一等空佐が成人してすぐに身元を保護した。そして、それと時期を同じくしてロア・ヴェスティージ一等空佐もまた闇の書の意思。初代リインフォースを“回収”した。しかし、職務に復帰したのは副隊長であるロアの方が先である。
「切歌、調。またファルドに怒られますよ」
名前を呼ばれて二人が立ち止まった。管理局の制服を着ているのは、二人のわがままだ。
米国聖遺物研究機関に監禁されていた少女達を解放した折、シンフォギアを纏う事のできる子達を、管理局は認定特異災害に対する“戦力”として換算した。
「心配しなくても大丈夫デス」
「うん。ファルドからの頼みだから、急いでるの」
「ファルドから? 珍しいですね」
一時は聖王教会に預けられ、ファルドの退院後、特務次元航行隊と共に活動している。
暁切歌と月詠調の後を追って、もう一人。廊下を歩いてくるのは、二人と一緒に保護された少女、セレナ・カデンツァヴナ・イブ。
「もう、二人共飛び出していくから驚いちゃった」
「セレナもですか?」
「はい。今回の戦闘でノイズとも少数でしたが交戦したので、シンフォギアの点検に」
違法魔導師、認定特異災害。混戦状態となったが、被害は最小限に留まったのもセレナ達のおかげだ。
「だけどファルドはワタシ達を心配し過ぎデス。あれくらいのノイズ、どうってことなかったデスよ? ねぇ調」
「うん。でも、心配してくれるのは嬉しい」
「でも子供扱いされている気がして、ちょっと不満デス」
「まだまだ子供でしょう」
アインスの言葉に切歌が物申したそうに頬を膨らませるが、調がそれを横から指で突く。
「ぷぇー。何するデスか、調」
「切ちゃんのほっぺたが膨らんでたから」
「二人共、点検にいかなくていいのですか?」
「話してる場合じゃなかったデス! 調、急ぐデース」
「うん。セレナも一緒に行こ」
「二人からは目が離せないからね」
「それ、どういう意味デスかー!」
微笑ましい談笑の中、遮るような衝撃が室内から響き渡る。目を見合わせて、戦闘訓練場に視線を移す。十中八九、間違いなく副隊長の仕業だと、アインスが呆れたように室内の様子を見れば、最高設定の回避訓練で迎撃していた。それは回避訓練であって、迎撃する訓練ではないのだが彼の戦闘スタイルはそういうものだ。
四方八方から放たれる射撃を、己の四肢で全て相殺していく。
「うわぁ、相変わらず傍目に見ても分かるゲロヤバデース……」
切歌のげんなりとした表情が全てを物語る。相手の攻撃を相殺し、防御を粉砕し、攻防一点突破の破壊力で全てを地に伏せる。ストレング・アーツの使い手であるロア・ヴェスティージ一等空佐の真価は接近戦なのだが……当人の性格も相まって、両極端なことに一騎打ち、或いは、広域殲滅が得意分野だ。そのせいで周囲の被害総額に頭を抱える事案が途絶えない。
「ロア」
アインスの一声に、回避訓練という名前だけを借りた“迎撃戦(仮)”は終了。戦闘シミュレーターが停止した。バリアジャケットを解除して、特務制服の上着を脱ぐとタオルで汗を拭う。
「おー、アインス。それに切歌達、どした?」
「はぁ……貴方の戦闘訓練の音。廊下まで響いてましたよ」
「そりゃ悪かった。さっきの戦闘で不完全燃焼なもんでよ、ちょいと一汗流したかったんだ」
「アレで不完全燃焼だったんですか……?」
ロストロギアを違法所持していた犯罪組織、頭数にして約二百人。有象無象と言えばそれまでかもしれないが、それを相手取って不完全燃焼の一言。そして、思い返せば――相手が空を飛んでいた気がする。台風に巻き込まれた木の葉のように。
思わず引きつった笑みを浮かべる面々に、ロアは眉を寄せた。はて、何か変なこと言っただろうかと、自らの言動を鑑みて。思い当たる節無し。
「ちょうど戦闘訓練終わりだしな、どうする? 一戦やってくか?」
「無理デス!」
「遠慮しておく」
「私もちょっと……」
「謹んで辞退させて頂きます」
全力でノーサインを出す三人。御免こうむる、管理局の紅鬼と模擬戦。それは一種の自殺行為に数えられるほどだ。特務隊隊長は戦技教導免許を所有しているからか、時折切歌達に手ほどきしている姿が見られる。
「んじゃあ、寄り道してないで早いところ行って来いって。アイツの余計な仕事増やすな」
「はいデース」
「それじゃあ、ロアさん。また後で」
「あいよ。……アインスは休憩か?」
「まぁ、そんなところですね」
「ホント、お前がいてくれて大助かりだ。俺、書類作成とかそういう細々した仕事苦手でな」
「お役に立てるのなら、私は構いませんよ。貴方には返しきれない程の恩がありますから」
「よせよ。そういうのはクルヴィスの野郎に言ってくれ」
「機会があれば。今は主はやて達も地球での職務に精を出しているでしょう」
「偶には、顔出してやれ。うちの方ばっか手伝っててもアレだろ、ほら、なんつーかよ……暇だろ? 毎日似たような仕事で」
「そうでもありませんよ。切歌達と話をするのは楽しいですし、セレナとマリアの歌を聞くのも好きです。私もあんな風に歌ってみたいものですね……誰かの為に。私のしてきた罪の償いにでもなれば」
「あー、やめろやめろ。そういう重い話。俺ぁ好きじゃねーんだ。俺の性格知ってんだろ」
「大雑把で適当で、面倒見は良いみんなの兄貴分。そうでしょう?」
「知ってんなら言うなよ。ほら、せっかくの休憩時間、俺なんかと話して無駄にするよかファルドの様子でも見てこい」
「マリアが付いているから大丈夫でしょう」
「そうかもしれんが、この三日寝てるところ見てねーんだよ。その上、本局戻ったら報告書の提出と特務航空戦技教導隊の面子と打ち合わせ。休めるのは今だけだ」
それならば、何故自分が行かないのかとアインスは疑問に思ったが、それはロアも似たようなものだ。本局に戻ればどこかしらの最前線に派遣される。当人もそれには意見は無いらしい。それも、クレイモア絡みだ。
アインスが執務室へと立ち入ると、特務次元航行隊隊長ファルド・ヴェンカー一等空佐は一心にキーボードを打ち込んでいる。その隣に秘書として書類作成に手を貸しているのは特務制服に同じく身を包んだマリア・カデンツァヴナ・イブ。入室してくるアインスを横目で見ると軽く会釈した。
「あら、どうしたの?」
「ロアに頼まれて、ファルドの様子を見に来ました。進捗はどうですか?」
「順調だ」
短く、ハッキリと返す。それきり無言で手を動かしている。左手だけにひし形の水晶の付いた手袋を着用しているのは、それが彼の所有しているデバイスの待機形態。管理局が造り上げたデバイスの中でも曰く付きの逸品。
《既に前回の仮眠から連続七十時間行動しています》
「ちょっと、ファルド。貴方寝てないの?」
「休息は摂っている。問題ない」
《現段階での作業ペースであれば二十分以内に業務終了が想定されます。ご安心を、リインフォース》
「ケルベロスが言うのなら、間違いないんでしょうね」
隣の秘書殿はすっかり呆れ果てている。マリアが特務隊と行動を共にして学んだことは、ファルド自身よりもケルベロスの方が愛嬌があるということだ。社交性がある、とも言う。とかくファルドは自分の事となると、まるで、とんと、まるっきりと言っていいほどに無頓着になる。現に今も、ケルベロスの言う仮眠から七十時間も活動している。それでいてロストロギアの回収と保管、違法魔導師との戦闘を繰り広げて涼しい顔をして報告書の作成に勤しんでいる。
アインスの少しだけ睨む顔に、マリアは頬杖をついてファルドを横目で眺めた。
『休みなさい/休んでください』
二人の言葉が重なる。それに、一瞬だけ手を止めて顔を上げたファルドは、短く一言だけ告げた。
「これが終わったら、休憩の予定だ」
「…………はぁ~~~~…………」
“そういう意味”で言っているのではない。マリアは今度こそ呆れた溜め息を漏らす。
人は言う。管理局の蒼鬼――不滅のエース・オブ・ストライカー。その実態は、末期症状の仕事中毒者であるのだと。