「……それで? それが例の米国デバイス?」
「ああ、放置しとくわけにもいかねーもんで、連れてきた。あちらさんは、フィーネのことを信用しちゃいないようだが、こいつらを紹介するなとは言われてねーしな」
あっけらかんと笑うマスターについてきた三機のフレームデバイスは周囲を見渡している。
黒尽くめの機体、指揮官機として設計されたシャドウ。遠近両用のアームドデバイスを携帯している。しばらく室内を見渡した後、脅威が無いことを確認するとフィーネへと向き直る。
《……個体識別コード、シャドウ》
「自己紹介のつもりらしい。一応人並みの知能もある」
そして、もう一体。細身の肢体に、放熱用コードを首周りに纏うのはライダー。前線強襲機として設計された。所有しているアームドデバイスは大型自動二輪型。破格のサイズを誇るデバイスは現在、駐輪してある。
《地に足をつけているのは落ち着かん。俺はライダーだ》
「ま、個性もある」
「そうみたいね」
クリスはそれぞれの機体を見比べて、一際巨体を誇るバスターを見上げていた。
「このデカブツは」
《……個体識別コード、バスター。任務内容の提示を求む》
「待機」
《了解。索敵モードへ移行する》
フィーネは椅子の背もたれに体重を預け、三機を面白くなさそうに見つめる。だが、使い道が思い浮かんだのか、笑みを浮かべた。現状の計画に障害となる相手との数の不利が埋まっただけのこと。そうであれば条件は対等だ。
「融合症例第一号のこともあるし、目障りな管理局の介入を阻むにはちょうどいい。聖遺物と人体の融合がもたらす可能性を見たい」
「そういうことならアタシに任せてくれ、フィーネ」
「そのつもりよ、クリス。アナタには期待しているわ」
フィーネの微笑みに、クリスは頬を綻ばせる。自分が期待されているという嬉しさから。一方でマスターは、自分に預けられた煮ても焼いても食えそうにない三体のデバイスを持て余していた。こういう指揮を執るのは苦手分野である。というよりも、率先して行動を起こすのが面倒くさいという出不精だ。
それが殊更、自分の利益ではなく他人の為というのが。
(ま、フィーネはフィーネで動くようだし俺も好きに動くとするかね)
まずは――明日の営業に使う材料の仕込みから。
二課の戦闘訓練場では、クルヴィスとシグナムが向かい合っていた。だが、対峙してより数十秒が経過しようとしている。その間、二人は一歩も動かなかった。
魔導師同士の戦闘がどういうものなのかを見学してもらおうと響と翼もなのはに連れてこられている。本当はフェイトが適任なのだが、シグナム本人からの指名とあってはクルヴィスに逃げ場はない。
「……動きませんね、二人共」
互いに攻めあぐねている。とはいえ、一気呵成にシグナムが攻めてしまえばそれこそクルヴィスの敗北は決定的だ。しかし――勝機を差し込むには十分過ぎる。
「うん。シグナムさんは古代ベルカ式の守護騎士。だから接近戦では真価が発揮される」
「でもそれなら、接近しちゃえば勝てるんじゃないですか?」
響の率直な疑問は尤もだ。誰もがそうだと信じて疑わない。だが、クルヴィスを知っている魔導師であれば口を揃えて言うだろう。『柳クルヴィス三等陸佐と接近戦は、ヤバイ』と――。
(……さて、どう出るべきかな)
シグナムはアームドデバイス、レヴァンティンを構えて静かに整息する。クルヴィスは穂先を地面へ斜めに構えていた。カウンターの刺突で急所を狙う腹積もりだろう。構えから予想されるモーションへの対策は万全だ。だが、シグナムが攻めあぐねているのはそうではない。その後が問題なのだ。かつてはそれで一敗を喫している。そしてクルヴィスもそれで勝ちを掴んでしまったものだから、どうするべきか考えていた。
幻術魔法特化型のクルヴィスにとって、戦闘訓練はただの苦行でしか無い。それは手品師に突然マジックを頼むようなもの。タネも仕掛もあるトリックをそうそう何度も同じ相手に使えるはずもない。
(あー、やっべー。これ絶対負けるやつですわ)
クルヴィスは確信めいたものを抱いていた。かといって手を抜けば後が怖い。
シグナムが踏み込む――身体強化を含めたスピードに、クルヴィスは敢えて身を引いた。誘い込み、下から石突きを振り上げる。長槍のリーチを殺す長剣の接近を良しとした。柄の中央付近を握り込み、持ち手を巧みに変えながらレヴァンティンの軌跡を逸らして凌ぐ。たたらを踏むクルヴィスに、シグナムは目を細めて攻め手を緩めて身を引いた。決して勝ち気に乗せられない。それは蜂の一刺し、蠍の毒針一つで勝敗は決まる。
「その手には乗らんぞ」
(いやマジなんですけど)
長槍の切っ先を地面に打ちつけて持ち直す。シグナムの剣をクルヴィスが捌き、転々としながら二人の勝負は長引いた。それを見ていたヴィータが眉を寄せている。
「なんでシグナム、ここぞと言う時に攻めねーんだ。アイツらしくもねー」
「そっか、ヴィータはあの時いなかったんだ。シグナム、それで一回負けてるから」
「クルヴィスったって、たかが幻術だけだろ? あとは研修生でも使えるような魔法だけじゃねーか」
「それが原因」
フェイトの言葉に、ヴィータはますます疑問符を浮かべていた。
勝敗は一瞬で決した。ますます苛烈になるシグナムの連撃に、レヴァンティンが形を変える。蛇腹状へと変じ、自在に動く搦め手にクルヴィスはデバイスを複製して二槍流で対抗。シグナムは手元を動かすだけでクルヴィスを翻弄していた。
「――ッ。やっべっ!?」
思わず漏れた失言。完璧に追い込まれている、そんなクルヴィスへ向けてシグナムはレヴァンティンを納刀しながらカートリッジを装填する。――飛竜一閃。咄嗟に複製した長槍を投擲し、空いた片手で防御魔法も張りながら衝撃に備えた。
爆発に呑まれ、衝撃で痺れる空気の振動に響が思わず体を守ろうとする。なのはがバリアで難なく防いで響を安心させるように笑った。
「大丈夫だよ、響ちゃん。これくらいなら安全だから」
「は、はひ……ありがとうございます」
「クルヴィスの負けか? つーか直撃だろ、アレ」
防いだ、凌いだ、とはいえクルヴィス自身の魔力の消耗量にしてみれば長引くほどに勝機が遠ざかる。
レヴァンティンが過剰魔力を排出する。周囲には土煙が充満していた。だが、シグナムはまだ気を許してはいない。朧気に揺れる影に向けて再び蛇腹状のレヴァンティンを叩きつける。砕け散る鏡像に、シグナムは目を見開き、全身が総毛立った。
――してやられた!
接近を許さない事を念頭に置いて戦ったことが裏目に出た。見通しの悪い土煙を一掃し、シグナムは左より接近する気配を両断する。再び砕け散る長槍の複製品。冷や汗がどっと吹き出た。
(違う、アイツは既にもう間合いに入っているはずだ!)
そうなれば、どこへ? 背後か、或いは――だが、クルヴィスは射撃魔法を用いない。だからこそデバイスを投擲する。つまり、現在の自分より見て、真正面。シグナムが踏み込もうとしたその矢先、足を絡め取られた。
「なッ!?」
予想から外れた一撃に思わず体が掬い上げられる。回転する世界の中で、クルヴィスが左手をゆらりと構えていた。その掌にミッド式の魔法円が浮かんでいる。
飛竜一閃を防いだ後、幻影を置いてクルヴィスはシグナムの左手側へ移動していた。そこから更に複製品を投擲して、更に背後へと回っていたのだ。だが、シグナムが動きを起こそうとしていた為に急遽攻撃方法を変更した。
死角よりの接近と、死に体となった相手への追撃。即ち、近接砲撃魔法――有効射程
「虎砲――ッ!」
頭部へと叩きつけられる瞬間的な魔力放出。Aランク相当に匹敵する砲撃を受け身も取れずに頭部へと受けたシグナムは為す術なく昏倒した。
仰向けに倒れ、動かないシグナムの隣にクルヴィスは尻もちをついて乱れた呼吸を整えるのに全身を使っていた。勝利の喜びなどそこにはなく、あるのはただ、やっちまったな俺。という失念だけだった。
「二度と、二度と――俺は模擬戦なんてやんねーですよ!? 俺をイジメて楽しいですか高町一尉!? なんべんでも言いますが幻術使いに実践訓練は自殺行為でしかねーんですからねゲホッゴホッ」
「むせるほど言わなくてもいいんじゃ……」
クルヴィスにしてみれば死活問題なので仕方ないことだ。
「と、まぁ。ちょっと特殊だったけれど、これが私達魔導師の戦い。見て学んでもらったけれどどうだったかな」
なのはの後ろでクルヴィスが「俺じゃ参考になんねーですよー!」と抗議していたが誰も聞いていなかった。無情。
「凄すぎて、何がなんだかわからないのを学びました」
「まぁ徐々に慣れていこうね。翼ちゃんは?」
「実に興味が惹かれます。ですが、柳三佐の言う通り、参照元が適任ではなかったのでは、とも思います。本人もああ言っていますし」
「そうだとしても、色んな魔導師がいるからね。例えば私は砲撃型で、誘導弾や高速射撃がメインになるから、どう接近するかが要だね」
「今後の課題とさせていただきます」
「クルヴィスさんもお疲れ様。大丈夫?」
「でぇじょばねぇですってば!」
「何語のどこ方言だよ」
ヴィータからの辛辣なツッコミに、クルヴィスは半泣きになりながら訓練場を後にした。その後、響と翼に基本的な魔導師対策の訓練メニューが行われた。