魔法戦姫Lyricシンフォギア   作:アメリカ兎

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Tr.7 フレームデバイス

 

「ディナーBセットでお待ちのお客様ー」

「お、来た来た」

 はやてのテーブルに置かれるのは洋風のディナーセット。マカロニサラダにオニオンスープ、そしてベーコンパニーニ。ザッと見ただけでもどこの店に出しても恥ずかしくないほど整えられている。

 

「握り飯でお待ちのお客様、ほら」

「は、はい」

「次からはまともな注文でお願いします」

 おむすびが三つ。肉じゃがにコロッケ。そして山盛りサラダ。テーブルに置かれるドレッシング数種類。伝票を丸めて置いて、店主はクルヴィスにいつも注文しているセットを並べていく。響の注文した和風セットと少々内容は異なるが、似たようなものだった。

 

「遠慮せずに食べてな。ほいじゃ、いただきまーす」

「いただきます」

 響も手を合わせ、おむすびを一つ食べる。程よく握られ、塩っ気の効いた白米は添えられた肉じゃがとの相性抜群で箸が驚くほど進む。

 

「あー肉じゃがうめー……日本人と言えばこれですわ」

「毎回注文してくれるもんだから俺も助かる。和食はまだ慣れてなくてな」

「ほぶッ!?」

 今、はやてが聞き逃せない言葉が聞こえてきた。思わずむせてしまう。和食に慣れていない? 響が平らげていく皿を見ても、どこと比べても遜色ない彩り。それに驚愕しながら水で胃に流し込む。ちなみにクルヴィスは生姜焼きを食べていた。喫茶店というよりは定食屋ではないのかという疑問は、店主曰く「俺の夕飯だった」とのコメント。納得だ。

 

「……あ、あの~」

 おずおずと響が頬を赤らめながら手を挙げる。それに店主が応じると、どうやら追加のおむすびが欲しいらしい。それに口をへの字に曲げながら具材は何がいいかと聞き返し、同じものでいいと言われるとすぐに厨房へと去っていった。それから間もなくして戻ってくると、空の皿と入れ替える。そのついでにと味噌汁もついてきた。

 

「せっかくだから味噌汁の味見に付き合ってくれ」

「手厚いサービスやなぁ」

「何度も言うが、喫茶店経営してんのは俺の趣味だ。まともにコレで食っていくつもりは欠片もねぇんだよ。そんなもんだから、適当やってる。金は取るけどな、そうでもしなきゃ店やってけねーし」

 趣味の延長線で店をやってはいるが、継続させる為には顧客の協力が必要とのこと。つまり店主が言いたいことは――俺のメシが食いたきゃ文句言わず金を出せ。

 味噌汁を冷ましながら一口啜る響が吟味する。不味くはない、むしろ美味しい。これはこれで良いのだが、なんと言えばいいのだろうか。

 

「お味噌汁、おいしいです」

「そうか。そりゃよかった」

 心がホッとするような、そんな味。落ち着いた気持ちにさせてくれる料理に、思わず涙が溢れる。はやてもギョッとしたが、響自身、どうしてかわからない。店主は相変わらず無表情で腰に手を当てていた。クルヴィスは食事の手を止める。

 

「どないしたん、響ちゃん」

「あ、あはは……なんででしょね。わたしも、わかんなくて……」

 昨日の今日で、ノイズに遭遇した。逃げ惑うばかりだった自分が手にしたシンフォギアの力。今までの自分が変わっていってしまうのではないかという不安を、八神はやては、柳クルヴィスは何も気にした風もなく接してくれた。よろづの店主は何も事情は知らないかもしれないが、他と同じように料理を振る舞っている。それが嬉しい。

 

「……訳アリか?」

「まぁ、ちっとだけ」

「ふぅん。ま、別に客が何を話していても俺は知らんけどな」

 それは暗に『自分を気にせず話してくれ』と言っていた。店主も用事があるので早めに店を閉めるらしい。その為、追加の注文がなければ会計を先に済ませてくれれば言うことはないようだ。不用心過ぎないかという問に、店主は皮肉たっぷりな笑みを浮かべる。

 

「なぁに、もし売上盗まれてたら顔と名前は覚えてるから地獄まで追いかける」

「末恐ろしいやっちゃな!?」

「それにほれ、常連様と連絡先知ってるクッキー姉ちゃんに、その制服。リディアンの生徒だろ? 住所特定ぐらいしでかすぞ、俺」

 法に触れようと知ったことではない。それに少しだけ背筋が寒くなった。だが、そんな気はないはやて達は会計を済ませると、涙ぐむ響を連れて店を後にした。クルヴィスが停めていた車でリディアン音楽院まで送り、響と別れる。

 

 

 

「……響ちゃん、大丈夫やろか」

「ま、その気持は分かります。昨日の普通とこれからの普通っていうのは別世界ですからね」

「そうやろな」

 少なからず、自分達にも経験はある。闇の書から現れたシグナム達と出会った日。そしてクルヴィスは魔術と出会った日。それにふと、思い出したようにはやてが話題を切り出した。

 

「そういえば、クルヴィスさんが管理局に入った理由知らんけど。なんなん?」

「え、言ってませんでしたっけ俺?」

「せやなぁ、聞いたことないで」

「まぁ、ありきたりですよ。管理局と偶々出会って、魔術適正があったというだけです」

「……そんだけ?」

「それだけ。八神二佐とか高町一尉みたいな劇的な運命とか無いっす、俺」

「……えぇ~~? つまらんなぁ。もうちょっとこう詳しく」

「強いて挙げるとすれば、そうですねぇ。ハーフってことでいじめられてた環境に嫌気が差したので、こう転校とかそういう気分で入局しました」

「動機かっるいなぁ自分!?」

「さほど珍しくもないでしょう」

 地球に魔術の文化があったとは記録にない。確かに聖遺物といった分類上の古代遺物(ロストロギア)は存在する。それでも、リンカーコアを持った存在は稀と言えた。高町なのはと八神はやての両名が異常だっただけで柳クルヴィスは平均的な魔力量だ。それでも本人に適正があったのが幻術魔法一択というのは希少種中の類まれで稀有な存在であるが。

 

「ほらー、なんていうんですか? 地球で言うところの、なんか流れで就職して特に冴えることもない労働環境みたいな」

「あんな、クルヴィスさん。世知辛いからそういうのは無しやで。やめーやそういうこと言うのは」

 それでも、だ――はやては運転するクルヴィスの横顔を盗み見る。

 なのはのように、エース級の活躍をしたわけではない。かといってはやてのように特殊なものがあるわけでもない、文字通り平凡な管理局員。それが三等陸佐の地位まで上り詰めたのは、やはり偉業と言える。情報査察部は、管理局の中でもクルヴィスにとって天職であったと言える。

 

「でも、それだけでそこまでやれるのはやっぱり凄いと思うけどなぁ」

「ご謙遜を。俺なんてほぼ地球に左遷みたいなもんですからね?」

「あかん、それはキツイ」

 心がしんどくなる。これ以上は不毛なのではやてはそれ以上クルヴィスに触れることはなくなった。その代わりに雑談に興じることにして、すぐに家まで到着する。

 

「あんがとな、クルヴィスさん」

「それでは、八神二佐。また明日にでも職場で会いましょう」

 

 

 

 米国から運び込まれるデバイスが、三機。そして、深夜に集まる屈強な違法魔導師達をまとめあげるのは、クレイモアのナンバー2。

 “復讐鬼”ルード・ヴァサリアは、周囲を見渡していた。会話も無く、微妙な距離を置いて集まっているのは、今回の協力者である米国人。フィーネの加担者である彼らではあるが、最近の働きに不満を抱えていた。それを鑑みて彼女の配下である個人に“依頼”したのだ。

 やがて、一台のバイクが彼らへと接近する。警戒するが、ルードが手で制するとすぐに解除された。バイクから降りて近づくのは、よろづの店主。

 

「よぉ、皆さんお集まりのようで」

「……来たか」

「こりゃどうも、クレイモアのナンバー2。こっちの生活も中々楽しいもんだ」

 ルードと気さくに挨拶を交わし、程々に済ませると米国人の集団へと近づく。

 

「それで? 俺に預けたいデバイスってのは、それか?」

「ああ、そうだ。聖遺物研究機関が造り上げた機械制御によるデバイス――持ち込まれた外来の聖遺物、ロストロギアを用いてようやく日の目を見ることとなった」

「ほぉ」

 興味深そうに頷くマスターが値踏みするように三機のデバイスを見比べる。

 全長はおおよそ成人男性ほどのサイズ。その内、一機は見上げるほどの巨体だった。

 クレイモアが管理局より奪還したロストロギア。それは人造の人間。自己学習能力を備えた機械人形は、やがて人類の宿敵と成り果て、結果として次元世界一つを崩壊にまで導いた。その回収を行っていた管理局は廃棄処分としてきたが、目をつけたのがクレイモアだった。戦闘機人に類した性能を誇る三機の人形デバイス――フレームデバイスは未だ沈黙している。

 

「大変だったんじゃねーの、コレ造るの?」

「構想自体は既にアメリカ側で固まっていた。それの背中を押しただけだ」

 そう静かに告げるルードに、マスターは「ふぅん」と頷いた。聖遺物の機械制御を目標としていた米国聖遺物研究機関の、まず最初の一歩。それは時空管理局の残したデバイス技術による魔法制御――そもそも、魔術を使用する為のリンカーコアを前提としたデバイスの製造など彼らは考えてなどいない。

 

「で、性能は」

「“俺よりは”弱い」

 平然と言うルードに、米国人達が面白くなさそうな表情をする。それになにか不満でもあるのかと睨み返すと何も言い返せずに舌打ちした。結局のところ、彼らが手を加えたところと言えば、着手した構想。デバイスの設計。肝心の中身は殆どがクレイモア製だ。地球の技術が管理局に追いつくには気が遠くなるほどの歳月をまだ必要としている証拠。

 

「さて、それじゃ――依頼内容は?」

「話は簡単だ。コイツを使ってフィーネの計画を支援。以上だ」

「解りやすくて助かる。基本、実戦投入でいいんだな」

「ああ、構わない。仮に壊れたところで、その程度だったということだ。起動させろ」

「名前は?」

「個体登録名は、シャドウ。バスター、ライダーの三機だ。管理局が相手でもいいし、シンフォギア装者でも構わない。戦闘データさえ取れれば良い。好きに壊せ」

 それだけ言い放つと、ルードは部隊を撤収させた。残された米国人達はもともとフィーネの計画の為に呼ばれた協力者だ。それにマスターは気さくに手を振る。

 

「そちらさんも、よろしくな」

「……フン」

 鼻を鳴らして背を向けて去ってしまった。

 

「アンタはどうする?」

「管理局がいるとなれば挑みたいところではあるが――グレイの命令がある。今暫くは泳がせておく」

「そうかい、それじゃそっちの団長さんによろしくな」

 人気のなくなった倉庫で、一人と三機が残された。マスターは起動したフレームデバイスを眺めて、ポツリと呟く。

 

「さぁて、どう使ってやろうかね。こいつ等?」


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