魔法戦姫Lyricシンフォギア   作:アメリカ兎

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Tr.3 裏方コンビの連携力

 二課の管制室が立花響、並びに別行動中の柳クルヴィスの動向に注目している最中、不穏な動きを見せる男がいた。それは、秘密裏に掛けられた招集命令によって都心を離れた一軒の館へと向かう。フルフェイスヘルメットをかぶってバイクを走らせること小一時間。合鍵を使って館へ入ると面倒くさそうに嘆息する。どうしてこう、非常事態に呼び出してくれるのか。人様の神経を疑う。だが、理由はどうあれ仕事が舞い込んでいる以上は仕方ない。

 かくして、喫茶店『よろづ』の店主(マスター)は不満げに椅子に座り込んで唇を尖らせている少女とすれ違いざまに片手を挙げて無言で挨拶を交わす。

 

「……ふん」

 鼻を鳴らされ、その手に持っている杖を一瞥する。

 

「ちゃんと起動してるじゃねぇか、それ」

「当たり前だろ」

 ぶっきらぼうに会話を切られるも、マスターは気にも留めなかった。東京都心を中心に発生している特異災害を人為的に引き起こす元凶が、こんなにも近くにある。その事態を解決するどころか傍観を決め込んでいる彼こそは共犯にして共謀者に間違いないのだが、誤認だ。何故ならばマスターは“この事件に一切関与していない”のだ。協力者ではない。ただ仕事先がそういう場所であったというだけの話。彼の仕事と言えば、この館の掃除と身の回りの世話程度のもの。下働きというだけで罪に問われることはない。――だが、彼は確かに共謀者だった。

 

「なにしに戻ってきた。まだ向こうで仕事じゃねーのか」

「そうなんだが、仕事の取引に俺が代理で呼ばれてな」

 マスターはそう言いながら少女の顔を見る。

 

「“フィーネ”の世話も楽じゃなそうだ」

「俺としては今の境遇が気に入ってるんだがね、雪音クリス。衣食住揃って、趣味に没頭出来る。多少退屈なのが玉に瑕だが……ま、そこは目を瞑るさ」

 肩をすくめながらマスターは部屋の奥へと歩み、モニターを点けた。サウンドオンリーのディスプレイに語りかけると、すぐに反応が返ってくる。

 

「毎度どうも、フィーネの代理人だ」

《……》

「御用があるなら手短にどうぞ? 米国連邦聖遺物研究機関のお偉いさん」

《あの女が女なら、貴様も大概だな。子飼いの分際で》

「減らず口は減らないから減らず口って言われるんだぜ? 余計な一言ともな。用件は」

《ソロモンの杖は》

「順調に起動中。俺は詳しく知らないがね。動作確認中だが、今のところ不備はないようだ」

 ふてくされているクリスが持っているソロモンの杖を見て、それから画面に視線を戻した。

 

《ならば良い。引き渡しの期日は》

「悪いがそれは俺も聞いていない。直接フィーネに言ってくれ。他には?」

《……こちらで製造した“デバイス”の起動実験。それに貴様の手を借りたいと思ってな》

「どっちのだ」

《フィーネではなく、貴様個人にな》

「あー、そういう。どちらにしろ俺個人に“依頼”したかったのか。別にいいぜ、話は聞くだけ聞いてやる」

《日を改めて連絡する。フィーネに伝えておけ、いつまでも甘い汁を吸えると思うなよ。とな》

「覚えてたらそう伝えておくさ。それではまた今度」

 通話を終えてモニターを切ると、壁面に収納されていく。コンソールパネルを叩いて画面を切り替えると、東京に発生したノイズの動きが観測されていた。頬杖をついてしばらく眺めていたマスターだったが、途中で飽きたのかすぐにディスプレイを消した。

 

「いいのかよ、フィーネの指示もなく勝手に」

「向こうが勝手やってんだ。俺も好きにするさ。それで、クリス。暇そうだな」

「アタシはフィーネに言われた通りにノイズを呼び出しただけだ」

「なーに考えてんだかね、俺のクライアントは」

「知るかよ。ただ……」

「ただ?」

「アタシが見た限りじゃ、カモネギみてぇな顔してた」

「カモっつうか女狐の間違いだろ」

「どこ行くんだよ」

 広間から去ろうとするマスターの背中に声をかけると、一枚の紙切れを取り出して見せる。

 

「予約の注文が入ってな。明日までにクッキーを山ほど焼かなきゃならん。しばらくキッチンに篭もるから邪魔してくれんじゃねーぞ」

「こっちのセリフだ。勝手にしてろ」

 ああ言えばこう言う。広間に一人残されたクリスは、手持ち無沙汰にソロモンの杖を弄んでいた。

 

 

 

 柳クルヴィスは、終始ノイズの群れとの交戦に手一杯の状態となり、気づけば立花響を見失っていた。それに愚痴を漏らしながらも迫る一匹を破壊して、二匹目を自壊させ、三匹目四匹目と立て続けに炭素転換させる。

 

「ええいちくしょうに! 数だけはやたらめったら多いったりゃねぇ!」

 息を切らしながらクルヴィスは現状打破に乗り出せずにいた。数の暴力とはこういうことかとクルヴィスは整息しながらノイズの攻撃を避ける、捌く。怒涛の攻撃の波を乗り切って、一転して脱兎のごとく駆け出す。その後姿を追うノイズ達だが――不思議なことに追いつけない。届かないどころか距離が離されていく。それには二課の管制室もどよめいていた。どんな手品を使えばそんな脚力が出るのかと。しかし、と答えに至った。

 そも、柳クルヴィスは地球出身、管理局育ち。そうなれば、自然とその手段も見えてくる。身体強化。補助魔法の一種ではあるが、瞬間的に魔力を放出させることで効力を倍加させている。跳ねるようにして駆け抜けてノイズの包囲網から離脱した。空中で反転しながらノイズキャンセラーを投擲、着弾点から周囲に結界を発動させる。徒手の状態から本来のデバイスを構えて薙ぎ払う。魔力によって延長された穂先がクルヴィスに襲いかかろうとするノイズを一掃した。

 

「……――ふぃ~……!」

 汗ばむ身体を冷ましながら呼吸を整える。魔力の消耗も激しく、目標を見失った以上焦っても仕方がない。クルヴィスは一度状況確認の為に手を止めた。

 

「こちらクルヴィス。目標の行動は――」

 二課に通信を取るクルヴィスに返ってきた言葉は、立花響がノイズに追い詰められているという報告。それに胸を捕まれる思いをしながら、先を急ぐ。座標確認、位置の把握もできている。後は、自分がどうやってそこまで行くかだ。気づけば日は暮れている。そんな長時間戦闘したのもそうだが、よく逃げ切れたものだと驚かされる。

 

《クルヴィス》

「なんですか、風鳴司令」

《立花響君が聖遺物……つまりは、二年前。身体に埋まったガングニールを起動させた》

「……マージすか。奇跡って起きるんですね」

 聖遺物と人体の融合症例、その第一号である立花響の監視は間違いではなかったことがこれで証明された。そして、管理局に報告する事案が一件増えたことにクルヴィスは深々と吐息を漏らす。

 

「ですが、戦闘訓練を受けたことのない彼女が聖遺物を扱えるんですか?」

 率直な疑問に当然の答えが返ってきた。ガングニールに振り回されている、と。

 まぁそらそうだわな――クルヴィスはそんなことを考えながら、暴走の危険に備えながらも自らも移動していた。流石に連戦が厳しく、思うように身体が進まない。そんなクルヴィスの横に止められる一台の車。

 

「クルヴィスさん!」

「お、さすが緒川さん。ナイスタイミング!」

 車に乗り込み、先行している風鳴翼の後を追う。

 

 到着する頃には既にノイズの殲滅は終了しており、民間人の少女は無事に保護された。その後二課による情報規制が行われ、二年ぶりの再会を果たす。

 自分の身に起きたことが分からず狼狽えている立花響に、柳クルヴィスは親しみを込めて笑みを浮かべながら小さく手を振る。

 

「あ……」

「やあ、久しぶり」

「もしかしてー……ライブのスタッフさん?」

「そう、元・ライブのスタッフさん。今は色々事情が織り交ざって特異災害対策機動部二課の協力者!」

「そうなんですか!」

「そしてこちらは緒川さん」

「緒川慎次です」

「あ、どうも」

「はい、そういうわけで君の身柄を確保させていただきます」

「え?」

「ではこちらに」

「えっ?」

 流れるように自己紹介から立花響を確保して二課本部へと連行することに成功した。


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