注文してみたものの――なるほど確かに、気まぐれだ。パフェとしての盛り付けは完璧の一言。それでいてフルーツの配置もそれぞれの角度で食べれば複数の味が楽しめる寸法。アイスもスプーンを刺してみればまろやかにとろける。冷えた舌を休めるシリアルに溶けたアイスクリームが混ざり、バニラとチョコレートの凶悪なカロリーのコンビネーション。
「……」
はやては言葉を失っていた。それから、店主と言われていた青年に顔を向ける。パフェに視線を戻す。
「え、いくら?」
「千円以下」
値段も本当に適当だった。レストランで頼むよりも遥かにボリュームがある。採算取れるのだろうか? いや、これは間違いなく赤字だ。そうに違いない。
「安ない?」
「高くしていいのか?」
安いままでお願いします。注文した内容が一通り並べられたなのは達のテーブルで、ヴィータはホカホカの呪いウサギカップケーキを前ににらめっこしている。目の前には色とりどりなカップケーキ。いずれも呪いウサギの顔が描かれていた。ふっくらまるまると焼きあがったカップケーキを前にしてヴィータが思うことは一つ。
「……食うのが勿体ねぇ」
「いや、食べてくれないと作ったこっちも困るんだけどな」
サービス精神に溢れるデザートの数々に、敵わない。しかしこのお店、これで中々に繁盛している。気づけば席の大半がリディアンの生徒達によって占領されていた。勉強している生徒もいれば友達と談笑している客もいる。だが、誰もそれに興じて大声を出したりはしていない。喫茶店のクラシックBGMもあるのだろう。しかしながら年頃の女子高生がこうも上品に振る舞えるのか、と疑問を抱く。
「騒ぐと店主さんに叩き出されるので……」
客であろうがなんだろうが容赦しないのが方針――らしい。それと注文した内容によっては居座れる時間も限定されている。
「コーヒー一杯、三十分。食い物なら一時間。それ以上は叩き出す」
存外自由そうに見えて規則が設けられているらしい。注文がなければ店主も退屈しのぎに客との雑談に興じている。雑誌の一面を見せてもらい、話題のスイーツなどのページを読むと店の奥へと消えていった。それからしばらくして――試作品、という名目でそれを作って持ってくる。
どうやらそういうサービスもあることからこの辺りでは大人気らしい。
「ところで、学校とか行ってへんの?」
「行ってないな。高校中退みたいなもんだし」
言うのも悪いが、決して優等生タイプではない。むしろ素行不良、悪い方向に場馴れしていそうだ。もう一人の店員はと言うとリディアンの生徒達に混じって雑誌とか読んでいたりするが、それはそれでいいのだろうか。お店に来た、というよりはどちらかと言うと「友達の家に遊びに来た」という感覚で来店している。馴染みやすいのもあるのだろう。店主も仕事ではなく趣味と言っていた。そのせいか、仕事をしているというよりは単に料理を振る舞っているだけのような、アットホームな雰囲気で和やかに談笑している。
「あ、すいませーん。追加でー」
「はいよー」
それはそれとしても、店は繁盛しているようだ。態度に目を瞑れば、たしかにこれほど親しみやすく通いやすいお手頃な喫茶店も無い。それでいてメニューも幅広く取り扱っている。融通もきかせてくれると、個人経営ならではの利点。今はまだ良いが、もし知名度が上がれば確かに翠屋にとって脅威となるだろう。
「むむむ……」
「難しい顔せんと、大丈夫やろ。なのはちゃん」
「だってぇ~!」
平和な海鳴市の脅威がここに一つ。敵情視察のつもりが思わぬダメージを受けてしまった。
「それで? お土産買っていくの、はやて」
「せやな。これほどの腕なら買ってってもいいかも」
「はやてちゃんまで……」
「それはそれ、これはこれ。買っていけば喜ぶやろ、みんな」
問題はテイクアウトを受け付けるかどうかだ。はやてが手を挙げると、すぐにルナリアと呼ばれた少女がテーブルに近づく。
「ここってテイクアウト大丈夫なん?」
首を縦に振り、メモ書きをテーブルに置いて店主を呼びに行った。
「テイクアウトメニュー?」
「そう。大丈夫みたいやけど」
「まぁ一応やってはいるが。どれぐらいの量の何を持っていくかだ」
「何かオススメとかあればいいんだけど」
「こっちの都合で言うなら、ケーキかクッキー。楽だし」
「マジでそっちの都合かよ……」
むしろここまで腹を割って一言断っていると清々しい。取り敢えず、店主が一番大量生産しやすいという理由でクッキーの詰め合わせということになった。明細書にサインを入れて、予約の形で承った店主はそのまま別な客の会計の対応をしていると街中にサイレンが鳴り渡る。
それに怪訝な表情を浮かべているのは店主一人で、リディアンの生徒達はうろたえるばかりだった。なのは達にもその理由は分かる。これは――認定特異災害が発生した警告のサイレン。
「ん?」
おもむろにポケットから携帯電話を取り出して言葉を二、三交わすと億劫そうに溜め息をついていた。それぞれのテーブルに載せられていた伝票を手渡すと、店の扉を開ける。
「お代はいいから、はよ逃げろ」
「え、でも」
「その伝票。次に持ってきたら無料にしてやるから」
「店主さんは逃げないの?」
「客預かってるのに先に逃げるわけないだろう。ルナリア、お前も早く行け。ちょいとした私用だ」
ルナリアが頷き、店主に催促されてなのは達が退店する。思い出したようにはやてが立ち止まり、店主の方へ向き直った。
「なんだよ。クッキー詰め合わせなら明日には用意しておく」
「それはええけど。まだ名前聞いてへんかったなって」
「自己紹介するほど親しい仲でもなし、店を預かってる身分。“マスター”とでも呼んでくれりゃ……まぁ、ちっとは嬉しいか」
「そっか。それじゃ、そっちもすぐに逃げるんやで、マスター君」
「またのご来店をお待ちしております」
これまた適当な態度で店主、マスターははやてを見送り、店内に客が残っていないことを確認するとすぐに厨房に放置していた道具を片付け、ガスの元栓などを閉めて裏口から出ていく。避難勧告の出ている人々とはまた別な方角へとのんびり歩き始めていた。首元のボタンを外して襟元を緩め、気だるそうに吐息を漏らす。それは一種の病気、発作のようなものだ。
「こんな時に呼び出さなくてもいいだろうがよ、まったく……」
――ノイズ発生から間もなくして、クルヴィスが向かった先は二課本部ではなく、とある民間人の尾行。その少女こそは二年前のネフシュタンの鎧起動実験に助けた、立花響に他ならなかった。あの日から、二課の方で秘密裏に監視されていたが、それも今日まで何事もなく普通の女の子として生活を続けてきている。
その理由は、奏の纏っていたガングニールの破片が響の身体へ混入したことからだ。人体と聖遺物の融合。それは作為的なものではなく、事故によるものだが、それでも聖遺物の経過を観察するのには好都合だ。あまり褒められたものではないが、クルヴィスはそれに否定的な意見は無い。仮に、もしもの話。適正のない普通の女の子が聖遺物を扱えるのならば――それは即ち、適合系数の低い適合者にも転用できるのではないか。そうすれば、いつかはガングニールを自在に扱える日が来るのではないだろうか、と。クルヴィスはそう考えていた。
《クルヴィス、そちらからの観察はどうだ》
「ノイズだらけで鬱陶しいことこの上ありませんな」
対認定特異災害専用デバイス。ノイズキャンセラー。二叉の長槍型デバイスとして調整され、それによって切り裂かれたノイズが炭素転換されて消滅していく。この二年、地獄のような調整と修練と調整と調整と調整と――それと、残業は無駄ではなかったようだ。
ここまで作り上げるのにどれだけ苦労したと。クルヴィスはその効果が確かなものであることに達成感で胸が震えた。
(ノイズに効果あり、と。問題はコイツが量産出来ないってことか)
まだ課題は残されているが、実戦投入可能なレベルだ。立花響が逃げ遅れた民間人の幼女を抱えて走るのを追いながら、クルヴィスは助けにいけない自分の境遇に歯噛みする。無論、いざとなればすぐにでも助けられる距離だ。こちらに狙いを定めたノイズの攻撃を一発でも貰えばそこには死が待ち受けている。
「死ぬのだけはマジ勘弁な! まだ奏の退院祝い用意してないんだから、さ!」
横薙ぎ一閃。ノイズが蹴散らされていく。