魔法戦姫Lyricシンフォギア   作:アメリカ兎

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惨劇を越えて

 

 ――思う。ノイズとの対抗策。想う。無力な少女を庇い、戦う奏を。クルヴィスは会場に飛び降り、駆ける。『LiNKER』を絶っている今の奏のガングニールはいつも以上に消耗が早い。既に崩壊の兆しを見せているのをクルヴィスは見逃さなかった。

 その欠片が衝撃で少女に突き刺さるのを、見てしまった。だが、それでも駆け出した足は止めない。人命救助は最優先だ。

 ノイズが迫る。歯噛みしながら待機形態のデバイスを起動させた。十文字槍にセットされた魔法を発動させると同時に投擲する。

 

(……なんで)

 奏には分からなかった。覚悟を決めていた、この一人の少女を救うためならば自らの命を賭して唄おうと。滅びの歌を。絶唱を、響き奏でようと――その歌声を止められた。十文字槍が突き立てられた地点から一定範囲のノイズは動きが鈍くなっている。

 

「なんで、だよ……!」

 どうして。奏には分からない。普段から飄々と軽そうな態度をとっているクルヴィスが今、必死になっていた。指を鳴らすと今度はノイズが“実体化”する。ノイズの持つ最強の矛盾、そのどちらかさえ無効化さえできればいい――。

 

「つッ、おおおぉぉ!」

 一足の元に踏み込み、掌打。ノイズを相手に、格闘戦。明らかな自殺行為。で、あったが然し破壊されたのはノイズだけだった。その手応えにクルヴィスは確信を持ち、拳を作ると人型ノイズの頭部と思わしき箇所を打ち抜く。

 

「どうして! アタシを助けるッ!」

「そりゃあ、決まってんでしょ。俺が天羽奏のプロデューサーだから」

「戦場にまで出てくんじゃないよ! それで死んだら、アタシは元も子もないじゃないかッ! 防人でもない、おちゃらけたお前が戦う理由なんて」

「人に“生きるのを諦めるな”と言っておきながら、死のうとされちゃ困るんですよ。っと!」

 飛びかかるノイズを半身で避けて、強烈なカウンターがノイズの身体を一方的に炭へと変える。その原理こそシンフォギアを纏う奏には衝撃だった。

 

「諦めてないなら、生き残れ。俺を過労死させる気ですか奏さん」

「ッ――――! だけど!」

 クルヴィスがポケットから取り出して投げたのは、奏がこの数日間絶っていた『LiNKER』そのもの。思わず受け取り、驚いていた。

 

「次の収録までくたばってもらっちゃ困るのは俺ですからね! どぉりゃー!」

「なに、考えてんだ……! なにを思って、こんな」

「奏のこと考えてるんだから感謝こそされど恨まれたかぁない」

 大型ノイズを見上げてクルヴィスは両手を挙げた。ああこりゃ無理だ、と降参の意思表示を見せる。しかし、次の瞬間にはノイズ達を蹂躙する流星群が降り注いだ。なのは達が一般市民の避難を終えて援護に駆けつけてきたのだ。既に会場を覆う人払いの結界がはやての手によって形成されている。

 

「クルヴィスさん! 無事ですか!」

「ノイズに触れたら人体は炭素転換されるって……どうやって?」

 フェイトも先程の攻防を見ていたのか、言葉を失っていた。クルヴィスの身体は健在だ。生きている上にピンピンしている。肩で息をしているのはライブ会場を走り回った疲労だ。

 櫻井理論によって作り上げられたシンフォギア。ノイズに対抗できる歌を紡ぐのが少女達ならば、大人になれない半端者のクルヴィスに出来るのは限りなく小賢しい対抗手段。

 

「ノイズの持つ位相差障壁。物理無効化の“障壁(プロテクト)”はアウフヴァッヘン波形によって奪われる、なら――俺に出来るのは『結界による同一空間固定』だけでしたんでね。結果から言えば上手くいきましたが……いやぁおっかねぇ」

 結界魔法による、強制的な物理法則空間への固定。一方的な炭素転換を可能とする結界の形成は、あくまでもクルヴィスの理論上の武器だった。それは転移魔法の応用理論。つまりはノイズと人体が触れることによる化学的反応を、ノイズ“のみ”で完結させる演算空間の構築。あくまでも仮定的結論に過ぎない為に、予備のデバイスは対ノイズ専用デバイスとして構成された。

 そして、その理論を実践することが出来たのがぶっつけ本番だったのは……運がなかったとしか言う他にない。

 

「じゃあもし間違ってたらクルヴィスさん死んでたんだよ!?」

「そんときゃそん時ってことで。それじゃあ後は任せましたよ高町一尉! 俺は要救助者を避難させますので!」

「了解!」

 クルヴィスはその場を早々になのは達に任せ、『LiNKER』を手にして涙を浮かべる奏の下へと駆け寄る。

 目頭が熱い、とめどなく流れる涙が注射器を濡らしていた。血反吐に濡れて手に入れた力。薬に頼らなきゃならない力。

 

「ッ――――こんな……!」

 こんな残酷な現実があってたまるものかッ! 奏が腕を振り上げて叩き割ろうとする手を止めたのは、やはりクルヴィスだった。

 

「離せよッ! 離してくれッ、アタシの歌じゃ完全聖遺物は起動しなかったんだろう! 人類の命運なんてアタシの歌じゃ、響かなかったんだッ!」

 自負、自責、自念――嘆く奏の頬を、クルヴィスは無言で引っ叩く。

 

「人類七十億を人間一人で救おうなんて無謀にも程がある」

「ッ…………!?」

「そんな無謀で死ぬのも」

 

 ――不滅のエースを知っている。豪華絢爛、華美な英雄譚で飾られた男を知っている。

 

「そんな無理も、無茶も馬鹿げている」

 

 その真実を、柳クルヴィスは知っていた。識ってしまった。助けられてしまった。だから……だからこそ、赦せなかった。

 

「天羽奏。誰かを救おうとするのなら、誰かを助けたいと言うのなら」

 防人稼業と言う奏の歌も、シンフォギアも。終わらない特異災害との戦いも。

 

「“戦うのを、諦めるな”」

 自らの命を賭してノイズを滅ぼそうとする絶唱を奏でようとしていたのを、非難された奏はクルヴィスから目を逸らそうとした。だけど、逃げた視線が彷徨うのは、瓦礫に身体を預ける少女の姿で留まる。自分が傷つけた、奪いかねなかった命。胸が締め付けられた。言葉にならない嗚咽が漏れる。――逃げようとした、諦めようとしたのは他でもない自分だ。

 “もしも”クルヴィスが居なかったら、そうしただろう。

 “もしも”助けが来なかったら、歌っていた。滅びの歌を、絶唱を。

 

「生きるのも戦いのうちなんだから」

 クルヴィスは奏の首に『LiNKER』を打ち込み、肩を叩く。そのまま少女を担いで走り出した。

 やがて、立ち上がり――奏は涙を拭う。戦場で泣いている暇などない。

 

「……、分かったよ。クルヴィス。アンタがそうまで言うなら、戦ってやるッ! 戦って、生きて、足掻いて、歌ってッ! 死に物狂いで生き足掻いてやろうじゃないか!」

 戦場に歌が響く。一人の戦士が奏でる歌声は、やがて翼を得て鳴り渡る。その声と共になのは達は特異災害を制圧していった。

 

 

 

 救護班に少女を引き渡し、クルヴィスはバックヤードから更に下。会場の地下を走る。本来であれば関係者以外立ち入り禁止区域だが、情報査察部で使用していた違法寸前グレーゾーンのハッキングデバイスを使って扉を開けた。

 起動実験場へと入ると、中は爆発によって惨状が広がっていた。瓦礫に押し潰された職員も多数確認できる。

 

「弦十郎さん!」

「……っ、クルヴィス、か……」

「しっかりしてください」

「……奏は、無事なのか……翼は……?」

「ええ、二人共無事ですよ。俺は始末書ものですけど」

 笑い事ではない。何が起きたのかは一目瞭然だ。完全製遺物の暴走……しかし、クルヴィスは実験場を見渡して眉を寄せた。

 

「ネフシュタンの、鎧は……」

「…………ありません」

「なん、だと……!?」

「動かないでください。今、助けを呼びますので」

 起動したはずの――暴走したネフシュタンの鎧が無い。誰かが持ち出した可能性が高い。そしてクルヴィスは改めて室内を見渡す。そこで、見知った一人が足りないことに気づいた。

 

「了子さんは?」

「了子君は、いないのか……?」

「探してきます、弦十郎さんはここで待っててください。すぐ助けが来ます」

「あ、おい! 待てクルヴィス……くッ!」

 止めようとした弦十郎は全身の痛みによって横たわる身体を動かすことが叶わなかった。去っていく背中に伸ばした手を最後に、意識が薄れていく。辛うじて聞こえてきたのは、慌ただしい足音――……。

 

 

 

 クルヴィスは何か嫌な予感がしていた。それは、言うならば情報査察部で何度も感じてきた生命の危機、第六感の告げる危険信号。嫌な予感というのは常々当たるものだ。だからこそ細心の注意を払っていた。

 一切警戒を緩めたつもりはなかった、だが、曲がり角の廊下で倒れている人影を見てクルヴィスは目を丸くする。

 

「櫻井女史!」

「うぅ……ん……」

「大丈夫ですか?」

「……はぁ、い。クルヴィスくん……」

「どうしてこんなところで」

「ネフシュタンの鎧が、暴走した後……助けを呼ぼうと思っていたのに、途中で気を失っちゃったみたいね……不甲斐ないわ」

「根性ありますね……」

 実験場の惨状を見てきたクルヴィスからすれば、それ以外の言葉が出てこない。システムの幾つかが非常用に切り替わっており、手動での解除を試みていたようだがその道中で倒れたということだ。

 

「弦十郎くんは……」

「無事です」

「……そう」

「とにかく、詳しいことは病院で休んでからにしましょう」

 クルヴィスは櫻井女史を背負い、来た道を引き返す。そこで救助隊が既に搬送作業に取り掛かっていたのですぐに同行する。足取り重く、気が滅入るような心地でクルヴィスはこの後の事後処理作業の量に辟易していた。どうやらまだ、自分の休暇は先になりそうだ。

 

 

 

 

 ――ライブ会場から去っていく一台の大型バイクがあった。後部座席にはトランクを積んでおり、アンバランスながらも慎重に運搬している。

 やがて、人気のない森の中へと入ると運転手はバイクを止めた。ヘルメットを外し、まだ黒煙の上がるライブ会場の方角を見るとつまらなさそうに携帯電話を取り出す。それは、地球の技術では決して辿り着かない産物。

 

「……」

 面倒そうに、億劫そうにため息をつくと青年は電話をかける。後部座席のトランクを開けると、そこにはネフシュタンの鎧が静かに待機していた。封印が解かれ、一度は暴走状態となったものの今は落ち着いている。この運搬作業を“依頼”された青年の髪は蒼かった。

 

「ニッポンの起動実験は失敗だ。何人死んだかなんて、ニュースで見るのが楽しみで仕方ねぇ。……ああ分かってる。このニュースの報酬は高く付くぜ? いやはやまったくよ、完全聖遺物の起動実験なんてどこでも失敗するもんなんだな。…………悪いな、世間話は趣味じゃない。それじゃあな」

 すぐに通話を打ち切ると、青年は嘲笑する。それは、誰に向けたものでもなく。

 

「六年前といい、何回失敗すりゃあ気が済むんだか」

 彼は、正確には地球の人間ではない。管理局の目を逃れて“商売”をしているだけに過ぎないただの悪党だ。今回もそう。

 依頼人から荷運びを頼まれただけのこと。それがどんな仕事であっても対価に見合う報酬が支払われるのであれば、彼はどんな危険でも犯す。法でも、何でも。

 

「見ものだな、アンタの悲願成就」

 ――見方によっては、彼こそが最も歪んだ極悪人かもしれない。


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