LOCATION:讃州中学校、勇者部部室
樹の流れは悪い。
前局、手中の牌すべてが園子のロン牌になるという不運。
普通にいけば倍満の振り込みのところを、なんとか跳満にまで止めたものの、そもそもあんなロン牌を掴むこと自体が不運。流れは明らかに園子…
この振り込みで樹の点棒は残り4000点。
あと一度園子に振り込めば、すべてが終わる…!
風「(頼むわよ樹…流れが来るまで耐えてちょうだい…その間は…そうね。私も積極的にあがるか振り込むかして場を流す…そうすればいずれ、チャンスは訪れる!)」
樹の配牌…!
{一二六②⑦⑧⑨14西西發中}
東郷「(配牌はあまりいいとは言えないわね…一九字牌が半分を占めている…まぁ、こんな手でも頑張るしかないわ…なんせ樹ちゃんは、跳満をツモられたらとぶ…点棒回復のためにも、ここは攻めないと話にならない…)」
園子の配牌…!
{五五③③⑥⑦356東發發發}
若葉「(ドラはないものの…配牌から發の暗刻に中張牌多め…面前でうまく仕上げれば三色も付く好配牌…まさに盛運だな。リーチツモでドラがうまく乗れば跳満…樹はとぶ。それでジ・エンド(最近覚えた単語)…とばないにしろ、流れは園子…この局も園子のあがりで間違いないな…)」
しかし、このとき園子…この無垢な少女は、若葉とはまったく別のストーリーを思い描いていた。
数巡後、園子テンパイ。{4-7}待ち。
{五五③③③⑤⑥⑦56發發發}
若葉「(何事もなくテンパイか…だがこれではリーチツモでも2600点オール止まり…裏が乗れば満貫手だが…とりあえずリーチは保留して手替わりを待つ…か…それとも、ダマテン維持で樹からの出あがりを狙っているのか…?)」
若葉の思いとは裏腹に、樹は振り込まない。
東郷「(これが、天性の勘…?樹ちゃんはテンパイに向かいつつも止めるところはきっちり止めている…なぜそれを止めるのか、私にはわからない…それはきっと、その場で打っている者にしかわからない感覚…感性…)」
園子「(イッつんには読まれている…ロン牌はでない…そんな気がする…)」
読み切っているのは園子とて同じ。
ともに振り込む気配はない。どちらかがあがるにしても、ツモあがりしかない。
そう思えたとき…
東郷「(来たわっ…!絶好のところ…!)」
樹、{發}切りでイーシャンテン。徐々に復活しつつあった。
{一二⑦⑧⑨⑨⑨112西西發} ツモ{三}
樹「(生牌の{發}か…関係ねえっ…!)」
園子「………ボソ」
若葉「(園子…!?やめろ!)」
園子「ふふふ…カン!」
樹「え?」
園子、樹の{發}をカン。
園子「イッつん~、牌を倒してからもめるのは嫌だから、確認させてもらうよ~」カン{發發横發發}
樹「?」
園子「もし、今ここで私が嶺上開花でツモあがりした場合なんだけど~…そのときの支払いは、生牌をカンさせたイッつんの1人払いになるんだ~そのことは知っているかな?」
樹「…そうなんスか?」
風「え、ええ。たしかに大明槓には責任払いってルールがあるわ。けど、そんなことめったには…」
園子「(…そう、起こらない…でも、常に何%かの可能性はある…私たちのように…)」
樹「(…はっ!)」
園子「(ツモ…!)」
東郷「(うっ…まさか…!)」
園子「…ごめんねイッつん…引いちゃったよ。發、嶺上開花…一本場で3500点…!」
{五五③③③⑤⑥⑦56} カン{發發横發發} ツモ{7}
樹「…!」
東郷「そ、そんな…!」
夏凜「ばっ、馬鹿な…」
園子「ふっふっふ…イッつん~、新ドラをめくってちょうだいな。ドラが1個でも乗れば6700点…残り4000点のあなたは、それでとぶ…」
東郷「くっ…ドラは…!」
新ドラは{②}…乗らず…!
風「(た、助かった…!とりあえず命拾いね…)」
夏凜「(でもこれで点棒は500点…次はノーテン罰符でとぶ…いよいよ後がないわね…)」
園子「…なかなかしぶといね~…でも、それもここまで…次かその次…イッつんの顔が赤くなるのか、青くなるのか…楽しみだよ~」
樹「………」
園子「…あうっ」
園子、突如卓上に倒れ込む。
樹「!?」
風「乃木!?おーい」
園子「くかーっ」
友奈「…寝ちゃったの?」
東郷「そのっち、どうしたんですか?起きてください」
夏凜「寝ているっていうか、気を失ったように見えたけど…」
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???「ううっ…」
東郷「そのっち…大丈夫?」
若葉「うっ…ここは…そうか…私は…」
樹「あ…あなたは…」
乃木若葉である。
東郷「若葉先輩!?」
友奈「あー!若葉先輩だー!テレビ見てます!」
夏凜「若葉先輩も、この次元に来ていたんですね…」
風「え?アタシついていけないんだけど」
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若葉「…こほん。私の名前は乃木若葉。乃木園子の祖先だ。ちなみに、初代勇者でもある。今はわけあって、園子の身体を借りて一緒に生活している。ヒモではないぞ。好きな食べ物はうどん」
風「ど、どうも…」
夏凜「変な感じね…身体は園子なのに、しゃべっているのは若葉先輩だなんて…」
東郷「そのっちから聞いたんですが、若葉先輩は幽霊のような存在なので、肉体は持っていないらしいです」
樹「でも目つきや声…雰囲気は変わりましたよね…」
友奈「それにしても、どうして若葉先輩がここに?」
若葉「すべてを話すと長くなるが…私が園子の身体を使って出てきた理由…それは、園子が仕掛けた嶺上開花…あれが原因なんだ」
友奈「嶺上開花ですか?」
若葉「ああ。あれは言うなら、園子の…いや、私の力…能力とでもいうのか…霊体的な力だ」
夏凜「霊体的な力?」
若葉「私が園子の身体を借りていない間、私は通常、肉体を持たない霊体のような存在だ。つまり、霊体のときは物や壁など…物質をすり抜けられる」
友奈「…はっ!そっかー!」
風「な、なるほどねぇ…」
夏凜「え?なに?なに?わかんないわ」
樹「わかんないんスか?にぼしさん…簡単なのに」
東郷「で、では、あの嶺上開花のツモあがりは…」
若葉「そう。園子は、樹が{發}を捨てた瞬間…ここで勝負を決めようと…見たのだ。私の霊体能力を使い、この後ツモる嶺上牌を…!そしてその牌が、園子のあがり牌だった。だから園子は樹の{發}をカンし、嶺上開花を成功させることができた」
夏凜「えええ…」
友奈「…あ、若葉先輩!質問です。どうして園ちゃんは、若葉先輩の霊体能力を使えたんですか?」
若葉「今の私は、園子の身体を借りていると言っただろう。つまりこの身体は、本来は園子のものでもあるが、私の身体でもある。逆を言うなら、今回のように園子も私と同様に霊体に…物質をすり抜けられる存在になれるということだ」
樹「そうなんスか。ここテストに出ます?」
若葉「…だが、やはりそれは本来の自分の身体ではないため、長くは続かない。私が園子の身体を操る場合、動かす対象…つまり肉体は実存するから必要なのは私の精神力だけだ。だからこうして長く話せるのだが、霊体を操る場合だとそうはいかない。
霊体を動かすにも、肉体を動かすときと同じく精神力が必要になるのだが、霊体は肉体と違い、動かす対象が実存しない。肉体+精神力で操る身体と、精神力のみで操る霊体。精神的にどちらが疲れるか…それは明らかに後者だ。ああ私か?私は元が霊体だから、それが普通というか…慣れっこなんだ」
友奈「…じゃあ園ちゃんは、それで一気に体力を消耗して…」
若葉「ああ。今は疲れて寝ているだけだ。またすぐ起きるとは思うが…今の精神の構造上、園子の身体を支配しているのは私、ということになっている。慣れないことをしたな、園子…」
東郷「それで今、若葉先輩の精神が出てきてしまったんですね…」
夏凜「一気に漫画みたいな展開になってきたわね」
友奈「それにしても、どうして先輩はこのことを私たちに…?」
若葉「私がこうして出てきたのは…樹…お前に、頼みがあるからだ」
樹「私に?」
若葉「頼む樹…この勝負に勝って…園子を…救ってくれ…」
樹「え?どういうことっスか?」
第九話、完