犬吠埼樹は悪魔である   作:もちまん

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第八話 杜若の地を追え

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

絶一門の戦いから一時間。

最初五分五分に見えたこの戦いも、次第に2人の優劣がはっきりとし始めた。

 

 

園子「リーチ~」

 

樹「(そのっちさんは溢れる端牌を狙っている…これなら通るか…)」

 

園子「(ふふ…)」

 

樹「{西}」

 

園子「はい。ロン~、リーチ一発七対子で6400点なり~」

{一一六六⑥⑥6688發發西} {ロン西}

 

 

樹「(西単騎待ち…!?そんな…)」

 

 

絶一門に限り園子の方が上。樹の不利は明白に。

園子の点棒は増え続け、ついに50000点越え。

樹は序盤のあがりをじりじりと吐き出し、点棒は22000点にまで落ち込む。

 

 

園子「(勝負の最中、負けが込んだ人間が求めるものは安心…現物があれば現物を、なければもっとセーフティーと感じる牌を捨てる…私はただ、そこを狙い撃てばいい…ふふ…)」

 

若葉「順調のようだな、園子。どうだ?樹は…」

 

園子「うーん~…最初はね、イッつんは私がこれまでに蹴散らしてきた(足は動かなかったけど☆)大赦の人たちとは少し違う…って感じていたけど~…やっぱり初心者だね~私がその気になれば、ちょちょいだよ~」

 

若葉「そうか、だが油断はするなよ」

 

 

園子が押し切るか…?

樹が盛り返すか…?

そして数局後、ついに最初の山場が訪れる。

 

 

園子「{6}」

 

樹「{④}」

 

若葉「(樹の捨て牌…萬子が1枚もない…そして園子の捨て牌も…つまり、2人とも萬子の染め手か…!面白い…絶一門ならぬ…絶二門と言ったところか…)」

 

東郷「(樹ちゃん…それはちょっと無謀じゃないかしら。流れは今、あなたにはない…あがり牌を掴むのはそのっちが先…)」

 

 

東郷の推察は当たっていた。

このときの樹に勢いはなく、好調なのは園子。

 

{二三三四四五六七八九中中中}

園子、{三-六-九}待ちテンパイ。

 

 

若葉「(この勝負…やはり園子か…ドラの{中}を暗刻で抱え、この早いテンパイ。しかも三面待ち…理想的じゃないか)」

 

友奈「カン!」{■東東■} 新ドラ{七}

 

風「(何やってんのよ友奈!こんなときにドラを増やすなんて!)」

 

 

風はこの勝負、最初から樹のサポートに回っていた。

自分のあがりは眼中になく、樹の当たり牌と思われる牌や鳴きそうな牌は積極的に樹に渡す打ち回し。

今回の勝負、サシウマの対象ではない風と友奈の点棒に実質意味はない。

風にとって重要なのは、樹の点棒を0にさせないこと。

樹に流れがない今、カンをして新ドラを増やすなど以ての外。

しかし、この勝負において友奈の打ち筋は異端。

誰をサポートするわけでもない…誰よりも自分のあがりを優先している。

 

 

友奈「リーチ!(あれ、風先輩怒ってる?)」

 

樹「(友奈さんはリーチ…この局は早く終わりそうな予感…)」

 

 

このときの樹の手…まだこの形…

{一一二二四四六八八九九九西}

 

この形、七対子イーシャンテンとも言えなくはないが、そのときに溢れる{九}が園子のロン牌という魔の悪さ。樹もこの牌が危険ということは感じている。

そこで風の{七}切り。

 

 

風「{七}」

 

樹「チー!」{横七八九}

 

 

この鳴きで、樹は危険牌である{九}を面子として1枚確定させてしまう。

 

 

樹「(よし…)」

{一一二二四四六八九九} チー{横七八九}

 

 

こうすれば残った{六九}も手牌にいい形で残り、溢れにくい。

樹のセンスが光る絶妙の仕掛けで危険回避。

が、園子もこの動きをすぐに察知。

樹の動きを的確に読み切った。

 

 

園子「(…イッつんから{三-六-九}は溢れない…)」

 

友奈「{五}」

 

園子「チー!」{横五三四}

 

 

{二三四五六七八中中中} チー{横五三四}

園子、{三-六-九}待ちから{二-五-八}へ待ちへ変化。

次に樹から溢れそうな{八}へ待ちを移行。

攻撃目標が変化すればそれにピタリと付いていく…まるで誘導ミサイル。

しかし樹もそれを受けて…

 

 

風「{七}」

 

樹「チー!」{横七六八}

 

 

{一一二二四四九} チー{横七八九横七六八}

手中の{八}が消え、打{九}。再び園子の待ちを振り切る。

次巡…

 

 

友奈「{二}」

 

園子「(ロン牌だ…でも…)」

 

樹「(ふふ…あがらないんスか…?じゃあ鳴かせてもらうっスよ…!)」

 

 

{二}は園子のロン牌…だが、園子あがらず。この局は樹からの直撃を狙う肚。

 

 

樹「ポン」{二二横二}

 

 

{一一四四} ポン{二二横二} チー{横七八九横七六八} 

この鳴きで、樹もテンパイ。園子に追いつく。{一-四}待ち。

次巡、園子のツモは{一}。またも手替わりの選択。

 

 

園子「(イッつんは手中の{三-六-九}と、{二-五-八}を整理した…つまり手中にあるのはまだ切られていない{一-四-七}…!)」

 

 

{一二三四五六七中中中} チー{横五三四}

園子、{八}切り。これでさらに待ちを変更、{一-四-七}待ち。みたび追いかける…!

樹と同じ待ちではあるが、{七}の待ちが多い分、園子に有利…!

次巡、樹のツモ。

 

 

樹「(…{七}…!)」

 

 

{一一四四} ツモ{七}

掴んだのは最悪…ドラの{七}…!

 

 

園子「(掴んだかな~…?)」

 

風「(樹…?)」

 

樹「{四}…」

 

園子「ふっふっ…ロン~、ホンイツ中ドラ4、親っパネだよ~18000点」

{一二三四五六七中中中} チー{横五三四} ロン{四} ドラ{中七}

 

樹「っ…」

 

園子「(ついに捕まえた…!イッつん…♪)」

 

樹「………」

 

風「(ああ…これで樹の点棒は残り4000点…)」

 

夏凜「(次は直撃どころじゃない…園子に跳満をツモられたら、とぶ…)」

 

東郷「(やっぱり、そのっちには敵わないようね…)」

 

樹「…ちょっと、外の空気を吸ってきてもいいっスか?」

 

園子「うん、いいよ~」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

樹「………」

 

風「元気出しなさいよ、樹。際どかったとはいえ、まだ点棒はあるんだし」

 

樹「でも…雀の涙もいいとこっスよ…」

 

東郷「…いえ、負けたとしても樹ちゃんの麻雀はすごかったわ。凄みという意味では、そのっち以上かも…」

 

風「?どういうこと?」

 

東郷「あの局。樹ちゃんは、なんとかそのっちの待ちを潜り抜け、テンパイ…{一-四}待ちまで来ました。そこで持ってきた超危険牌ドラの{七}…先輩なら何を切りますか?」

 

風「何って…」

 

夏凜「…私は{七}ね。いくらドラでも、テンパイで来れば関係ないわ!それに通る可能性もあるんだから、テンパイ維持はしておくべき…」

 

東郷「{一-四-七}はすべて当たり牌と感じていたとしても…それでも{七}に手が伸びると思うんです。{一-四}も同じように危ないのですし、それに万が一通ったときのことを考えて、夏凜ちゃんのようにテンパイを維持しておきたいと思うのが人情…でも、樹ちゃんはその『万が一』を追いませんでした」

 

夏凜「あのとき樹はテンパイを崩して{四}を切ったわね」

 

東郷「もし、その『万が一』を追ってドラの{七}を切っていたらドラがひとつ追加されて、そのっちの手は倍満にまで手が伸びていた…」

 

夏凜「あ…」

 

樹「…そうっスね」

 

東郷「親の倍満は24000点…残り22000点しかない樹ちゃんは、それでとんでいたわ…軽率に{七}を切らなかったこの粘りは驚異的…私たちにはそこまで気が回ったかどうか…回ったとして、テンパイの誘惑を絶てたかどうか…」

 

樹「『もし』『万が一』を追いかけて勝てるほど、この勝負は甘くない…そういうことっスよ」

 

風「樹…」

 

樹「そうでなきゃ、勇者だったこの半年間…とても生き残れなかった…」

 

 

『勝つ』ということは、現実の中での出来事なのだ。

『現実』を追求せずして勝てるわけがない。

樹は、振り込みつつも意志は残した。それは、現実の中で勝とうとする意志…!

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

風「…ていうか、友奈はなんでカンしたりリーチしたりしているの?さっきの局だって、友奈がカンをしなければ{七}がドラになることはなかった…友奈はこの勝負の意味…わかってんのかしら」

 

夏凜「そうよね。これは樹と園子のサシ勝負…友奈があがる意味はないと思うけど…」

 

東郷「私が友奈ちゃんに頼んでおいたんです。この勝負、友奈ちゃんは普通に打っていいと」

 

風「え?どうして?」

 

東郷「…話は少し戻りますが、新部長決定戦…オーラスでの友奈ちゃんの最後のあがり…裏ドラを9つ乗せての逆転トップは、みなさん覚えていると思います」

 

{③③③⑥⑥⑥三三三五五五五} ロン{四} 裏ドラ{三三⑥}

 

夏凜「6話だったかな…あれはすごかったわ…」

 

風「まぁ、違和感もあったけどね。四暗刻を蹴るあたりは特に…」

 

東郷「そうですね。あのあがりは、風先輩も言うように今思えばかなり不自然…通常、裏ドラ3つがすべて暗刻になるなんて、あり得ると思いますか?偶然にしては、出来すぎなのではないか…と」

 

風「うんうん。夏凜は?」

 

夏凜「わ、私もちょっとは…そう思ったけど…」

 

東郷「もちろん、友奈ちゃんがイカサマをしていた…と言いたいのではありません。では、イカサマではないとしたら何なのか…そこで私は、ある1つの仮説を立てました」

 

風「仮説?」

 

東郷「はい。もしもあのあがりが、イカサマでも何でもなく、友奈ちゃんの実力…あの勝利…それこそが、友奈ちゃん本人の読みや駆け引きの結果だとしたら…」

 

風「そ、それはある意味おそろしいわね…」

 

東郷「つまり、友奈ちゃんに下手な考えや小細工は不要ということです。ですからこの勝負、友奈ちゃんに樹ちゃんのサポートをさせるよりは、普通に打ってもらった方がいい。そうすれば、おのずと良い結果に繋がるかも知れない…そう考えたからです」

 

風「…でも、それが樹のためになるとは限らないじゃない。現にさっきも…」

 

東郷「新部長決定戦での、友奈ちゃんのあのリーチ…友奈ちゃんには3つの選択肢がありました。{五}を切って{9}待ちの四暗刻単騎か、{9}を切って{四}待ちのタンヤオ三暗刻…または{五}を暗カンしての確定四暗刻。嶺上牌単騎・嶺上開花狙いか…」

 

{③③③⑥⑥⑥三三三五五五五9}

 

風「うん」

 

東郷「そのときの私の手牌が、これです」

 

{三四⑦⑦666北北北} カン{■88■} ドラ{6}

 

風「ん?{二-五}待ち?」

 

東郷「はい。リーチしていた私の手はリーチ三暗刻ドラ3と跳満が確定していて、待ちは{二-五}でした。そして私のリーチ直後、友奈ちゃんは手牌にあるドラの{9}を切ってリーチにでました。これは、友奈ちゃんクラスの打ち手では通常あり得ない打牌。なぜなら、あの場面での{9}はドラ。いくら端の牌とはいえ、それで待たれる可能性もあるのに…友奈ちゃんはそれをおそれず切りました」

 

風「…でも仮に、友奈が四暗刻を目指して{五}を切っていたら、東郷に振り込んでいた…」

 

東郷「その通りです。その打ち方は、さきほどの樹ちゃんと似ています。逆転の手を崩したように見えても、実は違う。それは勝つための、誘惑に惑わされない堅実な打ち筋…!{五}を暗カンしなかった理由も、なるべく他に警戒されないようにしたため…私は後ろで樹ちゃんを見ていて、まるで友奈ちゃんを見ているようでした…」

 

風「東郷…」

 

東郷「ですから、もう少しだけ…信じてみませんか。友奈ちゃんを…樹ちゃんを…!」

 

 

 

第八話、完


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