犬吠埼樹は悪魔である   作:もちまん

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第二十一話 彼岸花は上を向く

LOCATION:大赦本殿前

 

 

翌日、12月24日。

犬吠埼樹、風、結城友奈、東郷美森らが集う。

時刻は19時30分。勝負開始30分前。

 

 

風「全員揃ったわね?さーて、大赦に乗り込むとしますか!」

 

樹「人聞き悪いよ、お姉ちゃん」

 

風「樹はちょっと眠そうね」

 

樹「うん。夕飯食べたばかりだし…」

 

友奈「…あ!樹ちゃん、眠たいのなら…はい、飴あげるよ」

 

樹「眠そうな人になんで飴あげるのか、わかりませんが…もらっておくっス」

 

東郷「そろそろ時間ですね」

 

風「よっし…勇者部4人!行くぞーっ!」

 

4人「おおっー!」

 

 

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LOCATION:大赦本殿入口

 

 

上里「こんばんは」

 

樹「あ…上里さん…」

 

風「樹、この人は?知ってる人?」

 

樹「うん、昨日会ったの」

 

上里「犬吠埼樹様、そして勇者のみなさま。お待ちしておりました。私、乃木様の身の回りのお手伝いをさせていただいている、上里と申します。早速ですが、ここにいる4人の身分証明書とスマートフォン端末を確認させていただけますか」

 

樹「…これです」

 

上里「拝見します………はい。たしかに、勇者のみなさまご本人の身分証明書と、その端末でございますね。すみません。御手数をお掛けして…」

 

樹「イエイエ、とんでもないっス」

 

上里「大金が動くということですので、失礼とわかっていながらもこちらでこのような処置を取らせていただきました。この2つは勝負の間、こちらで預からせていただき、終了した際にお返し致します。それでは地下の最終待合室までお進みください」

 

 

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LOCATION:待合室

 

 

上里「(お茶をどうぞ~)けっこう高いやつです」

 

友奈「(カッコが逆じゃないかなー…)」

 

東郷「いい茶葉使ってますね。ごくごく…」

 

樹「バリバリ!ボリボリ!」

 

風「樹ィ!?」

 

樹「飴消費してるんスよ。お茶飲むために」

 

友奈「目ぇ、覚めたでしょ?」

 

樹「ええ。ある意味。これチョー甘いっスね」

 

友奈「練乳味だからね。最近お気に入りなんだ~」

 

上里「ぼた餅もどうぞ~」

 

東郷「むっ…このぼた餅に使われている小豆…どこの小豆かしら…舌触りが独特で、飽きのこない味付けね。餅本体も…やるわね」

 

友奈「うん!東郷さんのぼた餅と違って、また美味しいね~!」

 

東郷「むむっ…さらに見た目も、私が作るものより拘っているのがわかるわ。味だけではなく、さらに上質の喜びを提供するその気持ちが伝わって…私に足りていないものは、これだったのね…!作り手の気持ちや愛…それが和菓子にはうんぬんかんぬん…」

 

樹「素直に美味しいって言いましょうよ。私は、みもりんさんのぼた餅の方が好きっスけど」

 

東郷「い、樹ちゃん///」

 

友奈「東郷さん、顔赤いよ?」

 

上里「ふふ、お口に合って良かったです」

 

風「あの…今更なんですけど、アタシたちも入ってよかったんですか?勝負するのは樹なのに…」

 

上里「どうぞ、お気になさらないでください。あなた方は勇者である以前に、乃木様たちのお友達なのですからね。若葉様、園子様も友人が多い方が嬉しいでしょう。ですが、少々お待ち願いますか。只今先客がございますので…」

 

風「先客?」

 

上里「あら、ご存じないのですか?」

 

風「え?」

 

上里「本日のお昼過ぎでしょうか、三好夏凜様もここにいらしたのです。今も乃木様たちの相手をなさっているはずですが…」

 

樹「にぼしさんが!?」

 

友奈「夏凛ちゃんがここに来ているんですか!?」

 

東郷「『相手』?一体、何をしているのでしょうか…」

 

風「あ、あの!その、今の夏凜の様子…って言うか、今どこにいるのか…会えるのなら案内してもらえませんか?」

 

上里「…ええ!どうぞどうぞ。こちらですよ。勝負の邪魔をなさらないのであれば、ご自由に」

 

風「(『勝負』…まさか夏凜…)」

 

 

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LOCATION:大赦VIPルーム

 

 

上里に導かれ、4人はとある地下の一室へと案内される。

ドアを開けた風たちの目に飛び込んできたのは、四方形の麻雀卓。

そして、それを取り囲む乃木若葉たちの姿があった。

 

 

風「…これは…麻雀…?」

 

上里「はい…」

 

若葉「………」

 

 

正面の若葉はすぐ風たちに気付いたようで、一瞥後すぐに麻雀卓に視線を落とした。

彼女たちが行っているのは…麻雀。しかしそこに和気あいあいとした雰囲気はない。

場は緊張と静寂に包まれており、聞こえるのは微かな水音と、牌を切る音のみである。

そしてその静寂の中…間もなくして風たちも気付く。

若葉と対面している見覚えのある後ろ姿…それは…

 

 

風「かっ…夏凜…!?」

 

夏凜「………え…?誰…」

 

風「(うっ、目が虚ろ…!ハイライトが消えかかっている…!私が、わからないの?夏凜…!)」

 

若葉「ククク…三好さんも大分死んだ…あと一押しだな」

 

園子「そうだね~」

 

風「(あっ…!あんたは…!)」

 

 

そこにいたのは乃木若葉…

否。怒りに染まった彼女の瞳は、もはや人のものではない。

その様子を一言で例えるのなら、『悪魔』…犬吠埼樹と同質の匂い。

彼女の麻雀…そして脳は、すでに常軌を逸している…

 

 

ざわ…

 

 

風「夏凜…あんた一体、ここで何を…」

 

上里「三好様は、ここで働いているお兄様…三好春信さんの借金返済のために勝負をしていらしゃいます」

 

風「借金?それになんで乃木たちが…」

 

上里「それは…」

 

東郷「…そのっちからの…借金ですね」

 

上里「はい。それは昨年、園子様が賭け麻雀に没頭していらした時期…園子様に無理に勝負させられてできた借金でございます。その際に春信さんが背負われた金額はおよそ5億円…そして三好様は今、お兄様に代わってその借金を返済しようとしているのです。麻雀で、自分自身を賭けて…」

 

風「『自分自身を賭けて』…?」

 

上里「先日お送りしたメールはご覧になりましたか?」

 

風「はい」

 

上里「それには、三好夏凜様25億円と記載されていたはずです。この25億円という数字…あまり公にされては困るのですが、これは『大赦がこれまでその勇者1人に費やした金額』でございます。主に、勇者システムですね。当然、三好様ご本人が返済可能な額ではございません」

 

 

風、友奈、東郷、夏凜それぞれに明記された25億円という数字。

それは、大赦がこれまでその勇者1人に費やした『勇者システム』の開発費であった。

※神世紀の25億円は西暦の貨幣価値に換算すると、250億円以上である。

 

しかし、上里レベルの人間が知れるのはここまで…内訳は明らかにされていない。

 

樹が30億円と他の勇者と比べ5億円分多いことに関しては、なんら特別な理由はない。

樹は今回勝負するメインキャストということで、若葉側が特別に都合を付けただけのこと。

 

 

上里「つまり25億円という数字は、三好夏凛様そのもの。そして三好様が、今この場で25億円すべて負けてしまうようなことがあれば…それは三好様ご本人に価値がなくなったことを意味します。つまり、三好様は『大赦の物』になる…というわけでございます」

 

風「そんな…夏凜はなんでこんな勝負を…アタシたちに内緒でっ…!」

 

東郷「…上里さん、今、夏凜ちゃんは勝っているのでしょうか?」

 

上里「正直…厳しいと思われます。あの麻雀卓の下をご覧下さい」

 

 

夏凜たちが使用している麻雀卓…

その下は透明なガラスケースとなっており、そこには大量の札束が入っていた。

 

 

風「あ、あのガラスの箱は…?それに、その中にある札束の山…」

 

上里「あれは勝負に必要な金を一時的に預ける箱です。乃木様の麻雀……『乃木麻雀』は、1回ツモるごとに金を箱の中へ投入し、最終的にその半荘をトップであがった者がその中の金を総取りできるルール…」

 

風「『乃木…麻雀』?」

 

上里「通常、麻雀には親と子がありますが、『乃木麻雀』ではさらに、親の権利として場代を設定することができます。親とそれを受けた子は、それぞれ1回ツモるごとに親が設定した場代をあのガラス箱…『共卓』に入れていくのです。子が場代を払いたくない場合は降りることもでき、降りた後は牌をツモ切るだけです。そしてこの『乃木麻雀』における場代の最低金額は100万円…親はそれを100から200、200から400…のように、ツモ順が来る度に倍々に上げる権利を持ちます」

 

風「1ツモに100万円…?そこからさらに倍々って…本気ですか?」

 

 

※神世紀の100万円は西暦の貨幣価値に換算すると、1000万円以上である。

 

 

東郷「『乃木麻雀』においては、お金がないと勝負すらできない。そういうことですね」

 

上里「『金』がものをいうルール…そう設定してあります。さらに場代とは別に金を支払えば、ある程度の不正も可能となります」

 

風「不正?」

 

上里「例えば自分がツモった牌が気に入らなかった場合、そのツモ1回につき一度だけ、その牌をツモ山へ戻し、次の牌をツモる…つまり、前後の牌を入れ替えてツモることができます。もちろん明らかな不正ですから、罰則金として現在の場代の3倍を共卓に出す必要がありますが…」

 

風「はぁ…?」

 

 

ざわ…

 

 

風「これってつまり…」

 

東郷「…さらにお金を払えば、それだけ勝ちやすくなるってことですね」

 

上里「そうですね。2回ツモができるようなものですから」

 

風「…仕組みはなんとなく解りましたが…なんか納得いかないわね。だってそれじゃあ、お金をたくさん持っている方が圧倒的に有利じゃないですか」

 

上里「…そうですね。ですが若葉様、園子様はおっしゃっていました。所詮この世は『金』…金を持っている者が勝つ…それが基本。そしてそれは、結局のところ平等なのだと…」

 

風「バカなっ!」

 

東郷「くっ…!資本主義の青狸どもめ…!」

 

樹「あ…みもりんさん、そこはまた違う話になるので、その辺で」

 

友奈「…でも、風先輩や東郷さんの気持ちもわかるよ。勝負が始まる前から優劣があるのは、フェアーじゃないよ…」

 

上里「…おっしゃりたいことはわかります。ですからこの二度ヅモというルール、不正ではなく投資と考えた方がわかりやすいかも知れませんね」

 

風「投資…?」

 

上里「たしかに金に糸目を付けない方は勝ちやすいです。しかし、考えてみればそれも当然のこと。それだけ金を…つまり『投資』をしているのですから、別の言い方をすればそれだけリスクを負っている。先ほど若葉様は二度ヅモを使用しましたが、結局その牌をツモ切りしています。ニ度ヅモは連続しての使用はできませんし、それをしたからといって必ずしも有効牌を掴めるとは限りません。注ぎ込んだ金をそっくり無駄にしてしまうこともあり得ます。それはわかりますね…」

 

風「ええ、まぁ…」

 

上里「現在、あのガラスケースにある金のおよそ半分は若葉様が出した分。それなら、若葉様があの金を総取りする可能性が一番高くなるのも当然じゃありませんか」

 

風「そうかも知れませんが…」

 

 

ツモ…

 

 

上里「あ、終わったようですね」

 

風「え?」

 

 

乃木若葉のツモでこの半荘は終了。トップは43000点で乃木若葉。

ガラスケース(共卓)の中の金はすべて乃木家のものとなる。

 

これで乃木若葉は3連続トップ。

一方、夏凜はまだ一度もトップを取れずにいた。

半荘1回で4~5億円は溶ける麻雀である。

彼女がはじめに乃木家から借りていた25億円も、残り少なくなっていた。

夏凜のここまでの負けはゆうに20億円を超える。

 

 

『乃木』の麻雀は、狂気の麻雀。

一度ツモるごとに大金を供託に投げ込む麻雀である。

正気の沙汰ではない。とても正常な精神で続けられる麻雀ではない。

乃木側はこれを『投資』と呼んだが、それは金に余裕のある者の台詞。

この麻雀をギリギリの金で打つ者にとって、一打ごとに出す金は自分の血であり、肉でもあるのだ。

 

特に夏凜の場合、それはまるで身を切られるかのような思いであった。

投資などという冷めた感覚はすでにない。つまり地獄である。

対する園子や若葉には、そのような感覚はない。

なぜなら夏凜と違い、彼女たちは何百億円という資産を有しているからである…!

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

 

第二十一話、完


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