絶望の国の希望の艦娘たち   作:倉木学人

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頑張って書いた明るい日常の話。


7.Close To You ③

気分の方が乗ってきたので、少し、明るい話でもしようか。

今の日本は暗く重苦しい。

だから、少しでも明るくなろうとしてもいいと思うのだ。

 

 

そうだな、カレーの話でもしようか。

日本人にとってカレーは、最も親しまれている日本食の一つだ。

 

日常的に食べられるジャンクフードの中でも、特異な地位を持っているように思える。

寿司や天ぷらよりは、日本での歴史が浅い。

ピザやハンバーガーよりは、日本の特色を持っている。

そしてうどんよりも明確に、海外から来たというイメージがある。

 

異文化を取り込み、しかし決して染まらず、新しい価値を作り出す。

これぞ日本の花。

 

カレーこそが正に、日本人のソウルフードだと、そう思わないだろうか。

 

ちなみにライバルはラーメンだ。

ラーメンには負けたくないの。

 

「今日は、カレー曜日ですね」

 

ある日の昼方、青葉がそんなことを言い出す。

海軍は毎週金曜日の昼にカレーが出されるのだ。

ここ特設病院も鎮守府の一部であり、例外ではない。

 

「ああ、海軍のカレー? 美味しいよね。あれ」

「おお。カレーがお嫌いとか、そういう訳ではありませんかー。それは良かったです」

 

昭も食べたことはある。

ちょうど艦娘が現れだした後の頃の地域のイベント。

艦娘だという茶髪ポニーテールの小さい娘が、カレーを振る舞っていたのを覚えている。

友人たちと食べたカレーは美味しかったが、当時、艦娘に興味は湧かなかった。

友人たちは、艦娘を可愛い子ちゃんだと持て囃していた。

 

まあ、今は自分が可愛い子ちゃんに成りかかっているのだが。

大分、風呂で自分の体を見るのもつらくなってきた。

今、友人たちに姿を見せたら可愛い子ちゃんだと持て囃されるのだろうか。

 

自分がそうなるとは、人生、わからないものだ。

 

「というか、鎮守府だとはいえ、入院している人にカレーを出すって、どうなんですかね。やっぱり建造って可笑しいですよ」

「いいんじゃない? 別に病気じゃないんだし」

 

カレーは栄養豊富だとはいえ、ルーの油がキツイ。

普通、入院している人間に出すべきではないだろう。

 

とはいえ、カレーは無慈悲に、無差別に出されるのであった。

現実は残酷?である。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 7.Close To You ③*

 

 

 

そうして、三人で昼食を食べるわけだ。

本日のメニューはカレーのセット。

ビーフカレー、胡麻ドレッシングサラダ、固ゆで卵、冷凍ミカンである。

それがプレートに乗ってくる。

実に、バランスが取れているではないか。

 

「いただきまーす」

「いただきます」

 

青葉と長月はそう言ってサラダを食べ始めた。

夕張は無言で、カレーを食べ始めている。

昭もそれに倣ってカレーを口にする。

すると、あることに気付いた。

 

カレーが美味しくない。

 

いや、何と言うか、いろんな味が感じられて頑張っているんだなーとかは、解るのである。

だが、フルーティーなのである。

これが昭の口にあわなかった。

 

「しかし、こんだけ手の込んだカレーが食べれるとはね」

 

そう口にするしかない。

正面切って不味いだとは言えないだろう。

 

「んー。こんなカレー、普段は食べないのよね?」

「まあね。俺らが食うのは学食とか、レトルトのカレーだし」

 

このご時世で、カレーも大分高くなってしまった。

カレーのスパイスは輸入品である。

スパイスだと、アジアなどから船で輸入するが、深海棲艦の脅威が当然ある。

輸入は空でもできるが、それだと高くつくわけで。

 

そんな風に今では、昔のようにグルメな生活はしにくくなってしまった。

それでも、いろんな食べ物を食べられるのは、艦娘のおかげである。

 

「レトルトや学食のカレーって、私たちのカレーと、どう違うのですか?」

「そうだなあ。何が違うって言われると、困るんだけど。何だろうな」

 

昭は、二人と微妙にズレを感じる。

艦娘は世間ではまず見ない故に、案外世間知らずなのかもしれない。

 

「聞くけど、カレー曜日のときは、いつもこんな感じのカレーを食べているのか」

 

艦娘たちの知るカレーは、戦時のカレー、そして鎮守府でのカレーが全てである。

 

「そうねー。よねぇ?」

「ええ。そうですねぇ。シーフードだったり、カツカレーだったり、違いはありますが」

 

となると、普通のカレーとは何だろう。

今食べているビーフカレーを基準にするべきだろう。

 

「まあ、俺らの普通のカレーにしても、3つぐらいでいいかな。単純か、ほどよいか、凝っているか。かなあ」

「へぇー。それってどう違っているのですか?」

「単純は、レトルトで。程よいのが、学食とか家庭の味で。凝っているのが、高級店とかココの味かな」

 

勿論、昭のお気に入りは家庭の味である。

そういや、久しく食べていないな。

何か恋しい。

 

「単純がレトルトってのは、納得よね」

「でも程よいって何でしょう。青葉、気になります」

「程よいというより、親しみやすく、個性が出ている味かな」

 

うんうん、と二人は頷いている。

 

「なるほどね」

「まあ。たまにしつこいって思うときはありますねぇ。ここのカレーの味って」

 

げ、本音を微妙に気づかれたか。

女性って何かと鋭い時があるんだよな。

 

「そうよね。鳳翔さん辺りが作った、家庭の味のカレーぐらいが、私たちは丁度いいって思っちゃいますねー」

「あー。あれは、いいよね」

 

と、話が少しずつズレていってる。

まあ、そうなるな、と思いながら話を考える。

 

「あとは、兼正提督の所で食べたカレーは、格別に美味しかったわね」

「兼正提督のところは、ああ。ひょっとして足柄さんのカレーですね。カツがまた―」

 

そうして、また、別の話題へと移っていく。

 

さて、この三人、そこそこの仲を保っていた。

夕張が話しかけ、昭が反応し、青葉がどちらかに合わせたり、合わせなかったり。

そんな感じで、そこそこ楽しくやっていたのであった。

 

**

 

夜中の食堂で長月は、テレビを見ながら夜食のカレーを食べていた。

 

別に寂しくはない。

テレビの中のアンパンマンだって、愛と勇気だけが友達なのだ。

それと比べれば、何と自分の恵まれたことか。

自分には、頼れる仲間たちがいて、夕方と休日には会えるのだから。

 

さて、長月は夜勤である。

夜中に何か事件が起きたとき、対処をするのが彼女である。

その中には、夜にウロウロする建造艦の暇つぶしも含まれている。

 

「よっす」

 

ウロウロする建造艦が現れた。

まあ、いつもの昭である。

 

「む。来たか。とりあえず、食うか?」

「ああ、大丈夫だ。既にあるからな」

 

昭は、アンパンを握っている。

夕張に夜食として強請ったのだ。

未だに面会は実現しないが、そのぐらいの自由は保障されているのだ。

 

「それに、長月の夜食なんだろう」

「まあ、そうだが」

 

長月はテレビのリモコンを慣れた手つきで操作し、停止させた。

画面にはアンパンの顔をしたヒーローが映っている。

 

「で、アンパンマンを見てるのか。この時間にやってないはずだし、録画か」

「ああ。夕張に録画してもらっている」

 

見たところ、映画版のアンパンマンのようだ。

砂漠の国の話で、どこかで見たことがある砂の巨人が暴れている。

 

「意外だな。もっと大人っぽいと思っていたが。そんなところもあるんだな」

 

フッ、と笑って、長月は涼し気に宣言する。

 

「アンパンマンはな、いいぞ」

「そんな台詞どこで覚えたんだ」

「夕張が、一押しの作品があるときは、こう言うと良いと言っていた」

 

まあ、いい言葉だとは思う。

昭としても、素人がグダグダ興味の無い話を延々とされても困る。

だから、素人が作品を称賛するときは簡単でいいのだ。

これはいいぞ、と。

 

まあ、口が上手い奴が延々と話してくれても、それはそれで構わないのだが。

そういうのは聞いていて気分が良い。

 

「アンパンマンは私たちに大切なことを教えてくれる」

 

もう少し茶化してみようと思ったが、長月は何時になく真剣な顔をしている気がする。

アンパンマン、か。

そういえば、自分は映画をちゃんと見たことがないのでは。

小児科とかを兼ねた病院で、一部分を見る程度だ。

 

自分も黙って見ていることにした。

 

 

結果、普通に面白かった。

ばいきんが悪を働き、その結果が暴走し、アンパンがそれを解決する。

単純だが癖が無く、演出は手抜きが感じられない。

少し子供には怖すぎるように思えるが、ここに子供はいない。

 

長月がいいぞと言っていた理由が、少し解った気がする。

 

「なるほど、こいつはいいな」

「そうだろう、そうだろう」

 

さて、これからはどうしよう。

とりあえず、テレビでも見て夜ふかしするか。

 

「あ、リモコン貸して貰ってもいいか」

「ん、わかった」

 

録画されているのは、ドキュメンタリーとアンパンマンばかりである。

別のアンパンマンを見るのもやぶさかではないが、さて。

 

何かアンパン以外の物が欲しい。

具体的には酒とか。

 

そういや、しばらく飲んでない。

別にアルコール中毒ではないが、普段適度に飲んでいた。

口元が寂しい。

 

「このテレビ、夕張とかは使わないのか」

「そうだな。夕張は自分のテレビを持っているからなあ。恐らく今は自室でアニメを見ているのだろう」

 

夕張はそんな趣味を持っているのだろうか。

ふと、あることを思いつく。

 

「なあ、長月」

「なんだ」

「夕張の自室って、ここにあるんだよな。普段アニメ観ながら何しているんだろう」

 

夕張の自室は実質二つ。

一つは鎮守府本棟の部屋、もう一つは建造ドッグの工房の一室。

長月が思うに恐らく、今は工房に夕張はいるはずだと思うが。

 

「一つはそうだが。まあ、普段あいつは、酒を飲みながらアニメを観ているはずだが」

「夕張のところに遊びに行かないか」

 

暇だからと言って何を考えているのだ。

というか、夕張は付き合いが悪い。

あまりそういうのに付き合ってくれると思えないのだが。

 

「ちょっと待て。酒が目当てじゃないだろうな」

「そうだが」

「おい」

 

工房は立ち入りが推奨されていないが、夕張は工房を拠点としている。

別に、立ち入りが禁止されている訳ではない。

最悪夕張が怒り、空気が悪くなる程度だろう。

 

「患者がカレー食ってるんだし、いいだろうよ、酒ぐらい」

「まあ、いい? のかなあ?」

 

昭が止まる理由は無い。

 

で、夕張の工房に来たのはいいのだが。

 

「何をしているのよ。長月」

「何といわれてもな。昭に工房を見たいと言われてな」

 

昭は冷蔵庫を勝手に開けている。

ビール缶を見つけ、勝手に開け始めた。

 

「わーい。ビールだ」

「ちょっと勝手に開けないでよぅ」

 

昭としては久しぶりの酒である。

夕張なら持っているかもしれないと思っていたが、まさかあるとは思わなかった。

この機会を逃すわけにはいかない。

 

「何で酒は駄目なのさ」

「だって、建造に悪影響がでるかもしれないでしょ」

「じゃあ今からそれを調べればいいじゃん。建造時間が伸びれば万歳だし」

 

夕張はため息をついた。

 

「だいたい何をしに来たのよ」

「遊びに来ました」

「もう。帰ってよぅ。アニメがあるよ」

 

長月を見る。

 

「まあ、夕張。偶にはいいだろう。夕張は一人で遊んでいるか、仕事をしているかのどちらかだろう」

「いいじゃない。どうせ私はデータが友達だもん。それに、いつも皆とコミュニケーションとってるからいいでしょう」

「じゃ、コミュニケーションのために一緒に飲もうぜ」

 

こうなったら、面倒だろう。

昭は酒飲みのようだ。

どう見てもスイッチが入っていて面倒くさい。

 

「はあ」

 

夕張は再びため息をつく。

 

とはいえ、こんな日もいいと思うのだが。

艦娘の活躍もまだまだで、今の日本は暗く重苦しい。

だから、少しでも明るくなろうとしてもいいと思うのだ。

 

 

 

 




次からまた、無意味に暗い話です。

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