ニッチだからだよね。
そうだよね。
変化の過程はあまり大事じゃないんでしょうね。
2016/08/27 昭の体の描写について追加
2016/09/02 誤字を確認。報告ありがとうございます。
身体検査といっても、たいしたことはしない。
レントゲン等の撮影や、持病のチェック、身体能力の検査などを行う。
これらを日数の経過と共に再びチェックを行い、データを比較していくのが目的となる。
血液検査などは行わない。
さっき朝飯食べたばっかだし。
「何か面白そうなことはあったー?」
「駄目ね。これだけでは何もわからないわ」
ちなみにこれらの業務は、外部委託の医療機関が行っている。
夕張も軍人であり、医療行為ができないわけではないのだが。
ただ、まあ、夕張や工作艦の明石といえど、現代日本の医療行為をするのは、ちょっと、ねえ。
まあ、本人の希望もあり、夕張はそれらをチェックする仕事をしている。
とはいえ決定権は一切ない。
要するにデータを好む夕張といえど、専門を過ぎたことに口出しはできない。
彼女の専門は、艦娘の艤装についてである。
「確実に解っていることは、武藤さんの体が艦娘の物にどんどん近づいていくってことね」
故に夕張はデータに基づいた、経験に裏付けされた結論を下す。
「そっか」
武藤は落ち着いているように見える。
怖くて恐ろしいことが起きてはいるが、それが自分の事だと思いたくない気持ちはもうない。
今ある気持ちは、どちらかというと諦めだった。
「あとは。これから、サンプルとして髪や唾液を大学のほうに回すことになるから、それの解析結果待ちになるかしら」
「ふーん」
「妖精さんがらみだったら、私も色々実験できるのだけど。それはこれからよね」
夕張は昭に何かを期待している様だ。
とはいえ、身体検査ならともかく、よく解らないことまで手伝う気は起きない。
「気が向いたらな」
「そう。楽しみにしてるわ」
夕張はニッコリ笑う。
「というわけで、ひとまずお疲れさま。どうだった? 感想を聞かせてくれる?」
「と言われてもな」
自分の体を見ても、検査されても、感想は最初から変わらない。
「まあ、気持ち悪いわな」
「まあ、そうでしょうね」
青葉も同感だ。
体のベースは男性だったが、表面が女性的になっていた。
髪は抜け落ち、茶色の髪が生えてきていた。
見てて、すげえ微妙な気分になった。
「体。なんかすごいことになっていましたね。我々もあんな頃があったのは感慨深いです」
とはいえ、青葉は話を続ける。
傷口をえぐる形になるかもしれないが、なんとか話を回転させなければ。
なんとか、明るい話に持っていけないだろうか。
自分たちは元から女性なのだけど、まあ、うん。
「筋肉もそうだが、肌がこんなにすべすべなのは納得いかん」
「あー。どうも、それ。妖精さんのせいだそうです」
「マジか」
一番は、筋肉だ。
これは本当に納得できていなかったりする。
それなりに鍛えていて、自慢の体だったのだが。
妙に柔らかくて、しなり、気持ちが悪かった。
しかし、今回ではっきりわかった。
これは始まりにすぎないということが。
まだ、体の表面が変化しているだけだが、いずれ体は別物になってしまうのだろう。
そして、その先には。
ところで、艦娘になった人が元の家族の元に帰えることは無い。
再びともに生活しようとしても、認識と思い出を共有することが極端に難しくなり、お互いにズレを感じてしまうのだ。
認知症をイメージしてもらうとわかりやすいのかもしれない。
艦娘になると、嗜好や思考パターンが大きく変わるので、人間と同じように扱おうとすると痛い目に合う。
現在は研究も進み、ある程度落ち着いているが、艦娘を基に戻す技術は糸口すら見つからない。
例え解体後でも体と記憶は基に戻らない。
そのため解体後の人間も、鎮守府や軍の裏方として余生を過ごすことになるのが一般的である。
「ムダ毛処理ですか。妖精さんなら、やりかねない、のかなあ? いや、こうしてされているのだけど」
「ムダ毛の処理とか、全部妖精さんがやっているってこと?」
「そうね。ある意味大発見よ、コレ」
加古が何でもなさそうに聞く。
加古は楽しそうだなあ。
「へー。そっか、どーりでアタシ。ラッキー。楽できるわー」
「加古さんはポジティブですねぇ」
そういう見方もあるのか。
しかし、夕張にはどうもそう思えない。
「妖精さんがそんな都合のいい存在だとは思えないのだけど。さて、ね」
夕張は小声でつぶやく。
なぜ、人間は他の生き物に期待をしてしまうのだろう。
夕張には妖精さんが、人間に依存し、尽くす生き物だとは到底思えなかった。
妖精さんは、いったい何を考えているのだろうか。
*絶望の国の希望の艦娘たち 3.Black Or White ③*
昭は検査中にいなくなった人物に気付いた。
今までいた人物がいないと不安になる。
「あれ、長月は?」
「夜勤だからね。もう寝る時間よ」
長月は日没後に建造艦を看取るのが役目である。
そのため日中は施設のベッドで寝ている。
「そっか」
「長月のことが気になるのかしら」
長月。
旧式の睦月型駆逐艦であるが、経験豊富で勇ましく、見た目と性能以外は頼れる艦である。
見た目は完全に目に優しいマスコットであるし、性能は完全に旧式だ。
とはいえ、夕張も、直接の上司である兼正提督も、長月を大層信頼している。
大事なのは中身である。
「まあな」
「武藤さんはあんなのがタイプなのですか?」
青葉の質問に昭は軽く流す。
「いや。妹がいたら、あんな感じだったのかなって思って」
「そういや、昭さん姉がいたよね。だから妹さんというものに憧れるのかしら?」
「あー。わかりますねー。そういう気持ち」
兄弟や姉妹が片方いると、いないほうの姉妹を羨ましいと思うものである。
「青葉には姉も妹もいるじゃない」
「いや、古鷹さんたちは姉っていうか。なんですかね? 年上のいとこって感じなんですよねー」
ちなみに夕張は一人っ子である。
夕張の設計が後の古鷹型以降に生かされているわけで、そういった意味で姉妹はいないことはないのだが。
まあ、それを言ったら艦娘、皆兄弟みたいなものである。
「なかなかいい感じだよねぇー。年上のいとこかー。えへへ」
加古もまた、妹のいない存在。
妹分が自分を姉みたいに慕ってくれるというのは、嬉しいものがある。
「ああ。もう。先に失礼するわ。青葉、加古、後のことは任せるわよ」
そんな話題を続けられても夕張はお気に召さないのである。
データ処理があると言って、夕張は去ってしまった。
「後の事って何だよー、夕張ー」
「多分、施設を案内しろってことじゃないですかねぇ。まだ、武藤さんにしてないわけですし」
青葉が思うに、ぶっちゃけ、そこまでする必要はないのだが。
施設内の殆んどの設備は勝手に使ってよいのだし。
だが、親睦を深めるためにも、やっておこうという意味もあるのかもしれない。
「ああ、そっか。でも、私も案内するの?」
「いいじゃないですか。暇でしょう?」
「そうだけどさー。ま、喜んでやるけど」
建造艦用の病院といったが、どちらかというと学校に近いような、旅館に近いような施設である。
小さいながらも浴場があり、工房があり、娯楽室と図書室があり、体育館と運動場が存在している。
そんな病院が普通ある訳ないのだが、まあ、豪華な合宿タイプの自動車教習所作りになっている。
あと、工房は妖精さんが使っているので、なるべく近寄らないように。
とはいっても、施設に入って使ってはいけない所は殆んどない。
妖精さんのいる工房も、基本見ているだけなら無害である。
本当に立ち入り禁止なのは、敷地の外だけ。
施設は国防軍基地の中にあり、建造艦である間は施設からの外出を規制されている。
無断で出ようとしてもすぐにバレるようなっている。
どうせ病人服を着て、艦娘の容姿をしていれば、見ればわかるのだし。
建造艦がここを出る時は、建造終了後になってからだろう。
そうやって施設を案内する中で、ふと加古は気づいた。
「そういやさ、姉妹がいるって、何か艦娘に関係あったりするのかなー」
さっきした、姉妹の話題が心に引っかかかったのだ。
「艦にも姉妹があるんだろうし。そこんところ、どうなの?」
もちろん、姉を持つ昭としても興味のある話題である。
この中で一番博識であろう青葉に目を向ける。
「夕張さんが詳しいと思いますが。私が調べた限りでは、あるといえばある、ですね」
「アタシの家族とか親戚とかに、艦娘になったとかは聞かないけど。アタシの前にも姉がいるけど、彼女も古鷹になるの?」
加古の考えも最もだ。
青葉は少し考え込む。
この話題は、十分配慮をして話すべきか。
だがそれでも、自分にはこうとしか答えられない。
「まー。それについても、その可能性はあるのですが、別にたいしたことではないのですよ」
「へえ」
「へー」
私も夕張さんの資料を見て知った話なんですが、と、前置いて説明をする。
「艦娘になる人間とその艦娘には、ある程度の共通点があるそうなんです。例えば姉妹がいたりだとか、事故によりトラウマを抱えている、とかですかね」
「夕張さんが家族構成や経歴を聞いていたのってそれ?」
「そういうことです」
ちなみに、この説は夕張が外国の研究から持ち込んだものである。
日本で適応されるかまだ検証中だが、それなりに傾向がみられることもあり、上層部の間では信じられている。
「特に兄弟や姉妹が多いと、そこから艦娘が出やすいって言ってましたねー。あくまで傾向らしいですけど」
だから、二人の姉が艦娘になる可能性はあるのだ。
艦との共通点があるのなら、猶更である。
また、家族に艦娘がいるということが共通点となる、かもしれない。
「だからといってご自身の家族が艦娘になると決まったわけではありませんし、今のところ家族に艦娘にいるからといって、家族が艦娘になりやすいとは確認されていません」
つまりは、二人の考えは偏見なのである。
二人から聞いた話だけでは、姉が艦娘になるという十分な根拠がない。
「大本営が発表しているように、艦娘になるのは適正年齢の女性なら誰にでも起こりうることなのですから」
艦娘は不思議の存在だ。
わからないから人は想像で不明な部分を埋めようとする。
その中には偏見も混じってくるだろう。
だが、それが正しいのか、間違っているとかはどうでもいい話であって。
艦娘は、不思議だからこそ艦娘なのだ。
良い偏見も悪い偏見も等しく、艦娘の一部となるのだ。
なお、昭はこれから世間の偏見にもまれることになるのだが、それはまた別の話である。
まあ、そんなのはよくある、誰だってあるありふれた話だ。
正しさなんて、そんなものである。
だが、そこが人の面白さでもある。
次で今月は終わりかなあ。