「やったぞ、昭。外出の許可が取れた」
それを聞いて昭は、そして陸奥は歓喜の顔を見せる。
「へぇ」
心残りのひとつが、ここで果たされるのだ。
*絶望の国の希望の艦娘たち 14.Wannabe ②*
夕張、長月、青葉の三人と昭は鎮守府の車、S-MXを借りて外出をしていた。
夕張が運転席に座り、隣には青葉が座り、後部座席に昭と長月。
青葉は扉にもたれかかって寝ていて、長月も昭の太ももを枕にする形で寝ていた。
現在地は、山口県大島大橋。
目的地は。
「陸奥記念館に行きたいだなんて、どういう吹き回しで? 昭さん」
「さて、ね。私にはわからないわ」
「ホント、外出許可が取れたのがビックリです。まあ、今まで博物館の類に行きたいっていう人もいませんでしたが。しかも、自分の艦の博物館、だなんて、ねぇ」
陸奥記念館。
名のとおり、戦艦陸奥の博物館である。
「ま、いいじゃない」
「またそうやって、誤魔化そうとするー。まあ、いいですけど」
陸奥が車の外を見ると、海岸で釣りをしているおじさんが見える。
「ふーん」
ちょっと離れたところでは、マリンスポーツを楽しむ若者の姿が見える。
「アレは、ねえ。海が怖くないのかしら」
「まあ、アレは不用心ですよねー」
言うまでも無くこの時代の海は危険だ。
釣りをしてたら駆逐イ級に砲撃されたとか、水上スキーしていたら偵察機が突っ込んできて機銃撃ってきたとか。
そんなことがザラにある時代だ。
「艦娘が羨ましいとか? 私たちいつも水上スキーしてますし」
「記念館に行くのにも、水上スキーで行ったら良かったかしら」
それでも人々は海で遊ぶのをやめない。
娯楽というのは命を賭してやるだけの価値があるのだろう。
「ははは。そりゃあ、いいですね。私たちもその方が楽ですし。それに、地元メディアが喜ぶんじゃないですかね」
「そうねー。喜ぶでしょうね」
二人は笑いあう。
もう二人は眠りが深く、起きるそぶりは無い。
「この辺りは、平和なのね」
「そうですね。この辺りは、深海棲艦の攻撃にさらされることも殆んど、なかったのでしょう」
陸奥が周りを見渡して言う。
周防大島の辺りは寂れてはいるが、無傷に近かった。
車を使う人の姿も少ないながらあり、そこら辺に人がぽつぽつと生活しているのが見える。
「陸奥さんは、核兵器ってどう思います?」
と、その中で夕張が話を振った。
「うーん、思うところはあるけど。続けて」
核兵器。
かつて広島出身の昭も、平和学習で散々学ばされてきたもの。
兵器の身であっても、あまり良い思いをしないもの。
「よかった。この話題ができる娘って中々いなくて」
「でしょうね」
兵器がする話題としては、兵器の話は適当なのだろうか。
陸奥にも昭にもそこらへんはよくわからない。
だが、やはりというか、艦娘の間でもあまり好まれる話題ではないようだ。
「もしや、核ミサイルあたりが、深海棲艦に向けて使われたとか?」
「幸運なことにまだ、それはないようですね。皆そこまで血迷っている訳ではありませんし」
核兵器を使えば、後々処理が大変になることは目に見えている。
それを海にぶち込んでいいのだろうか。
撃滅できても、海を多大に汚染することになるだろう。
そもそも核兵器を深海棲艦に使っても効果はあるかもわからないのだ。
「ただ。某国の、原子力潜水艦ってあるじゃないですか。何でも、めっちゃうるさいけど、航海能力がめっちゃ高いというアレです」
「ああ。あるわね」
「で、その原子力潜水艦が深海棲艦たちに撃沈されてしまったそうで」
「そ、それは笑えないわね」
言うまでもなく大惨事である。
大量の放射線が海に撒き散らされることになった。
「で、海域も汚染されて。艦娘が対処すべきか迷っている内に、そこら一帯が凶悪な深海棲艦の巣窟になってしまったそうです」
「うわあ。ゴジラ?」
「多分そこまでとはないんでしょうけど。ま、似たようなものですよね」
どうやら深海棲艦に核の力はあまり効果的でないらしかった。
夕張はため息をついた。
「何で爆発したら困るものを作ろうとしたんでしょうかね」
「それは、核兵器が化け物相手に作ってないからよね。人間なら爆発させようとは思わないもの」
「それもそうですね。納得です」
実際は、事故で原子力潜水艦が沈没することもあるのだが。
作った後のことを考えるのは、人間には難しいようだ。
「まあ、私たちも笑いごとではないんでしょうけど。この国も随分と、守るべきものが増えました」
日本は核兵器を持たないが、原子力は持っている。
そう、原子力発電である。
「核の力。私たちの戦場には無かったものですが。これを守れというのは、複雑ですよ」
未だに原子力発電は、細々とだが用いられている。
軍の努力と幸運により、未だに深海棲艦からの被害は受けていない。
だが、今後どうなるかはわからない。
万が一、ということは十分にありうる。
「そうね」
艦として核の力を知る者はいる。
陸奥の姉である長門も、その一人。
彼女が今の日本を知ったら、どんな気持ちなのだろうか。
陸奥としては、そのことを、そもそも姉がどうなったかを知らないのだ。
ただ妹として、姉は自分と違って立派にやってくれたのだと、陸奥はそう信じている。
そうして車は陸奥記念館の前、陸奥野営場へと止まった。
陸奥は車から降り、周りを見渡す。
「ああ。ここ、行ったことがあるんだった」
「へえ」
「いつかバーべキューしに来てね。だから一応、思い出の場所ってことになるかな」
ここはあの時から、思ったよりも何も変わっていない。
小さい水族館。
広がる海。
そして、自分の記念館と自分の碇。
「記念館の中は、よく覚えてないけど。バーベキュー用品を買いに、中へ入っただけだし」
中に入りたい、という誘惑を抑え、水族館の隣へと眼を向ける。
そこには、休憩所があり、黒髪の若い女性が待っていた。
艦娘ではないただの日本人で、昭が会いたかった人の一人。
「姉さん」
女性は、昭の方へ振り返ると、苦笑した。
「地方公務員になるつもりだったんだけどな。どうしてこうなったんだか」
「艦娘だって公務員でしょ」
「そりゃそうだけどさ。コレは違うだろうよ」
昭は自身の体を示す。
「こうしてみると、本当に女らしくなったね」
「やめてくれよ。不本意なんだから」
昭は事前に携帯のメールで、陸奥の姿を姉へと送っていた。
だが、こうして見せるのはやはり、恥ずかしかった。
「大丈夫そう? 艦娘って?」
昭は青葉の言葉を思い出す。
“昭さんは耐えられますか? 戦争が、艦娘がこんなものだと知って”
「きっと、大丈夫」
昭の姉、香織は弟が遠くに感じる。
いつも弟とは距離を感じていた。
「昭?」
「どうしたの? 姉さん」
特に今は、自分から遠いところに行ってしまった気がする。
目の前の女性は、本当に自身の弟だったのだろうか。
「本当に、また、会えるかな」
「会えるさ。きっとね」
弟が微笑みかけてくるのを香織は見たことが無い。
この微笑は、違う。
「ねえ。一緒に、記念館、見てかない?」
「ごめん。また今度ね」
そう言って昭は、艦娘たちの元へと歩んで行った。
「だからごめん。姉さん、一人で行かせて」
昭の後姿を姉は黙って見ていた。
でも、このそっけなさは、確かに昭のものだったんだな、と香織は思った。
「いいのですか?せっかくのお姉さんとの再会なのに」
「これでいいのよ」
確かに、姉との時間をもっと楽しみたい、という気持ちはある。
だが、姉との関係は、いつもこんな感じだったのだ。
何より、姉さんに今からの自分を見せる訳にはいかないのだ。
陸奥記念館の中は、陸奥たちの予想に反して整っていた。
このご時勢、寂れてしまったり、砲撃されたりする海岸沿いの建物は多いのだ。
陸奥はガラスに手を置き、遺品を眺めている。
「ふーん。やっぱり、あの爆発の原因は、解らなかったのね」
「陸奥さんも、解らないのですか?」
夕張が問う。
艦娘は艦の記憶を持っている。
謎の爆発事故の原因は、本人なら知っていると思ったが。
「ええ。私も知らないわ」
「知りたいと思います?」
陸奥は知りたいとは思う。
でも、知ってどうするのだろう、とも思う。
世の中には知らないでもいい物もあるだろう。
あの爆発は、ミロのヴィーナスの手足みたいなものだ。
知らないほうがいいのかもしれない。
「んー。そこまではないわね。二度とあの事故は御免だけど。今度はもう、起こらない。それで十分よ」
そうして中を見て回って最後に、陸奥はあるオブジェクトの前で立ち止まる。
それは死者を悼む塔だ。
艦の乗組員の名前プレートで塔は構成されている。
そして周りと比べてより光る、最近設置されたと思われるメッセージが上に添えられている。
“戦艦陸奥が再び平和への礎となることを願って”
「私が、平和に、かあ」
「陸奥さん?」
**
しばらく陸奥たちが記念館を見回った後、陸奥が外の空気を吸いたいと言いだした。
今は記念館の外に出て小屋で休んでいた。
陸奥は転落防止用の柵にもたれかかり、海の向こうを見ている。
ふっと何かに気づき、長月に話しかける。
「ねえ。見てよ。これ」
陸奥が下を向いて指を指した先には紋章がある。
長月はその紋章を見て納得する。
「これは」
紋章が、陸奥になっているのだ。
「私が沈んだのはとっくの昔の事なのにね。未だにこうやって、慕ってもらえるなんて」
うつむいて、つぶやく。
「戦艦陸奥ってのも、悪い気はしないんじゃない?」
すると、黙って陸奥は歩き出し、高台につながる階段を上りだした。
長月と夕張はそれを追う。
上った先には、野外展示があった。
戦艦陸奥の艦首と副砲等が野ざらしになっている。
しかし、そこに陸奥はいない。
夕張が見渡すと、石碑の前に陸奥がいた。
「陸奥さん?」
後ろ姿に、哀愁がただよっている。
陸奥はここに来て、いったい、何を思ったのだろうか。
それは夕張にも長月にも、よくわからない。
本人はそんなに喋ってくれない。
ただ、亡くなったものたちを思っているのは確かなのだ。
夕張にはそんな気がする。
「まさか、自分の墓参りができるとは思わなかったわ」
突然、陸奥はくらりと姿勢を崩し、倒れた。
「陸奥」
長月が陸奥の体に手を当てる。
「気を失っているな」
「記憶のショックですね」
長月と夕張は、陸奥を車まで運び、後ろのシートに載せた。
そうした中、長月が高台の方を向いてつぶやいた。
「まったく。けしからん」
それを聞いた夕張は、くすりと笑う。
「妬いてますね。長月」
「妬いてないぞ」
気持ちはわかる。
ここまで日本帝国海軍の中で、艦として遺物が残っている艦は陸奥だけだろう。
しかも、陸奥記念館以外にも、各地に遺物が残っている。
うらやましい限りだ。
「ただ。陸奥は色々残していったのだと、思っただけだ」
「本人は絶対不本意だろうけどね」
ここまで陸奥が残っているのは、日本に沈みかつサルページが難しいことに由来する。
日本近くで沈んだ艦のほとんどは戦後の復興のため、サルページされスクラップに。
日本の外で沈んだ艦の亡骸は、今も海の中で眠っている。
まあ、ここまで持て囃されているは、本艦の魅力もあるのだろうが。
「戦艦や空母に成りたいという気持ちも、わからんでもないな」
日ごろから戦艦になりたいと言っている駆逐艦の姿を頭に浮かべる。
「駆逐艦や巡洋艦じゃねー。雪風ぐらいよね。今でも人気あって、色々作られているのって」
長月は、俯いてこぼした。
「私も、もっと活躍したかった」
「何言ってんの。まだまだこれからでしょ?」
まだ、自分たちは、終わっていない。
思いがけず得られた艦娘としての生。
自分たち艦生は、これからなのだ。
「せっかく化けて出たんだし、これから活躍するのよ」
それを聞いて、長月は顔を上げる。
「そうか。そうだな」
自分の墓参りって表現好き。