最終話まで書き終わりました。
疲れたー。
愚者は建前を重視する。
凡人は実利を重視する。
賢者は建前と実利を重視する。
建前だけでは生きていけない。
実利だけでは納得できない。
しかし、両立するには力が足りない。
この世はあまりにも難解すぎる。
誰が人を、無能と罵れようか。
それでも、人を無能と罵らなければならない。
ならば、艦娘は不要なのか?
必要なのか。
あるいは、どちらでもないのか。
*絶望の国の希望の艦娘たち 13.Wannabe ①*
「おはよ。そして、おはよう、夕張ちゃん」
昭が、昭に似つかわしくない愛想を夕張にふりまいている。
「何ばしよっとですか?」
夕張は困惑した。
昭の突然のキャラ変にびっくりである。
建造中だとはいえ、こんなの見たことない。
「何よ。そんな反応しなくても。使い分けの練習よ」
「はあ?」
「意外と面白いよね、コレ」
陸奥はわざとらしい仕草をとってみせた。
「昭として振る舞うのも、限度があるからね。だけど、振る舞いたい時のための練習よ」
「なるほど。それはいいな。頑張るといい」
「ん。ありがと」
どうやら昭も自分を保つための努力をしているらしい。
長月は納得して、部屋から夕張とともに出て行った。
「陸奥の建造も、もうすぐ終わりということか」
「ですねえ」
「というか。アレは使い分けできているんでしょうか」
「さあな」
建造が進んでも、別に基となった人格が失われるわけではない。
言うなれば、ただ、埋もれていくだけである。
昭という一人の人間も、陸奥の中に埋もれていっているようだ。
極めて順調に、予定通りに。
「だが、アレも一つの方法かもしれん」
「もしかすると、わざと陸奥さんらしく振舞うことで、昭さんと区別しようとしている、とか?」
「ふむ。それは効果があるのか?」
無理に昭として振舞うのではなく、己の艦を認め、その上で自分を大切にしている、とか。
少々苦しい解釈だろうか。
「さあね。でも、侵食を面白いで済ますのは、何と言うか」
「強い、な」
普通、建造が行われて、建造艦がまともいられるわけがないのだ。
混乱し、泣き叫ぶのがある意味では正常である。
だが、昭の場合は良い異常であった。
混乱はしていたが、意外なほどに落ち着いていた。
待てよ。
それはいいのだろうか。
異常な時に、そういった異常な反応をするのはどうなのだろう。
「一兵士には勿体無いものを持っている。是非とも、建造について協力して欲しいところだが」
「まあ、縁がなかったということよね」
昭は全く建造について考えなかった。
なぜ自分が建造されているのかというのを考え求め、苦しむ行為は愚かと思ったのだろう。
それは正しい。
建造は目を背けたくなる問題しか出てこない。
本来、別に夕張も長月も面倒を見る必要が一切ない。
それなのに、自分たちは建造に顔を突っ込んでいるのだ。
阿呆だと言われても仕方がない。
それでも、自分たちは顔を突っ込む理由があって、顔を突っ込んでいるのだが。
だが、ここに戦艦陸奥の建造は、問題が一切起こることのなく終わるのだろう。
「ただ、問題は」
「青葉の方、かあ。こんなこと、専門外なんだけどなあ」
二人はため息をついた。
「この鎮守府にはカウンセラーが居ただろう。あれに会わせてはどうだ」
「オススメはできないわね。前の人が加賀さんの怒りに触れて、問題になって辞めさせられたのは知ってる?」
「そうか」
艦娘の心は人と若干違う部分が見受けられる。
その辺りが人間に周知されるのは、時間がかかりそうだ。
今の所、艦娘が真に理解できるのは艦娘だけなのだろう。
「私が少し、見てみるか?」
「室井提督に丸投げってわけにもいかない、よね」
そうして、長月たちは管理人室へと向かった。
そこでは青葉がソファで横になっていた。
「青葉。大丈夫か」
「ええ。大丈夫、ではありませんが。なんとか」
青葉の顔色は優れない。
いつもの元気さが見えないのだ。
「提督に、何を聞いた?」
「艦娘と、軍が抱える問題について、一通り」
それを聞いて長月は顔をしかめた。
「馬鹿者。お前は大馬鹿者だ」
長月は青葉が何故そんなことをするのかわからない。
「私たちは艦娘だ。深海棲艦を相手に取るのが私たちの役割だ。人間や艦娘を相手取る必要はないのだぞ。青葉、お前が無理をする必要はどこにも無いのだ」
違う。
「長月や、夕張も同じではありませんか。人間を相手にしているのではありませんか?」
夕張は顔をしかめ、長月はそれを聞いて戸惑った。
「私は。いや、夕張は違うだろうが、そうなのかもしれん。だが、馬鹿者は私だけで十分だろう」
それを聞いて、青葉は力なく笑った。
「私も馬鹿者で、無理をしたかったのです」
「何故だ」
「私も、自分の居場所が欲しかったのですよ」
夕張は微妙そうな顔をしている。
青葉は結局、長月たちと似たものであるのだ。
「私は怖くて仕方がないのですよ。この戦いが、いつの日か終わってしまうのではないかと」
この戦いが、深海棲艦との戦いが終わると?
長月にはそう思えない。
「それは。まさかだろう?」
「でも、そうならない保証は、どこにあるんですか」
深海棲艦は話も通じない獣のような相手で、講和もできないのだ。
かといって日本の狼のように絶滅できるような相手だとも思えない。
「いえ。でも、本当は、そうなってほしいのかもしれません」
青葉は眼を閉じる。
「青葉は、ちょっと疲れてしまいました」
そう思うと、どうなのだろう。
我々の戦いは終わって欲しいといえば、終わって欲しいものだ。
当分、終わりそうにないが。
「戦っても、沈まず。沈んでも、またここに帰る。私たちはいつまで戦い続ければいいのでしょうか」
艦娘は撃沈されても、また出てくるのだ。
この青葉も艦娘としては二代目に当たる。
勿論撃沈された初代の記憶は引き継いでおらず、記録上だけで知っている。
艦娘はそうして戦い続ける。
「勿論、勝つまでだ」
「“欲しがりません、勝つまでは”でしたっけ。じゃあ、私たちは勝つまで永遠に戦い続けるんですね」
夕張はそれに反論する。
「そうとは限らないでしょ」
「じゃあ、何をもって勝利と言うんですか。相手と講和条約を結ぶまでですか。それとも敵を全部駆逐するまでですか」
「我々にできないとでも?」
きっとこの戦いにも終わりはあるはずだ。
なんか、こう、深海棲艦は軟弱だし、そのうち根負けするのだろう。
たぶん。
「じゃあ、何故できると思っているんですか。その根拠は?」
そう言われると、夕張も長月も何もいえない。
「結局一緒なんですよ、この戦争は。勝てるはずのない敵に立ち向かって、ひと時の勝利を喜んでいるだけなんです」
自分たちも分かっちゃいるのだ。
深海棲艦は自分たちより、弱い。
駆逐イ級は睦月型一人で簡単に倒せる。
ただ、数の強さは自分たちには無い。
相手の数は自分たちと違って限りが無いほどなのだ。
「何で私たちは戦えているんです? そんなの、相手は遊びがあって、最初から計画済みだからですよ」
かつての太平洋戦争でもそうだった。
ヤンキー共は軟弱どもの集まりで、こっちは最高の兵士がいて、艦は世界で一番を誇るものが揃っていたと今でも信じている。
ただ、戦争ははじめから負けていた。
相手は数が揃っていて、それを維持するだけの力を持っていた。
ああ、自分たちとは違って!
後々間が手手見ればつまらない話で、アレは自分たちの気合と根性でどうにかなる段階を超えていたのだ。
結果、当たり前のように負けてしまった。
「そうだったら。最初から、戦わなければ良かったんです」
さすがにその言葉は、長月にとって聞き捨てなら無い。
「それは。言うんじゃない。それは我々に対する最大の侮辱だと解らんのか。あの戦争が、今まで死んだ兵士は、祖国のために尽くした者たちは、国のために尽くすことが無駄だというのか」
「私たちは、負けるために生まれてきたのでは、ないんです。青葉さん。それは貴女も一緒のはず」
だからといって戦いをやめる理由にはならないのだ。
勝てる見込みが無いからどうした?
罠にはめられたからって何だ?
自分たちは守るべきもののために戦っているのだ。
ただ、それだけなのだ。
そして、それは青葉も同じで、なおかつ青葉もそう思っていた。
「お前も少し、寝るんだ。青葉」
「はい。そうします」
長月は、青葉の話を聞くに堪えなかった。
言ってることはわかるのだ。
だが、理解したくはなかったのだ。
こういった言い方は何だが、寝言は寝てからでいいのだろう。
「ですけど、その前に。昭さんに会わせてください」
さすがにこれには、夕張と長月は困惑した。
何故、ここで昭が出てくる。
「どうしてかわからんが。何だ。何をしたいのだ?」
「昭さんに、青葉をもっと知ってほしいのです」
二人は互いに顔を見合わせる。
青葉も何か、昭に思うところがあるのだろうか。
「いいんじゃない?」
「そうか」
そうして昭は青葉の元へと来た。
昭はいまいち状況が掴めておらず、曖昧な顔を浮かべている。
「ども、みっともないですけど。その。ありがとうございます」
「あー。私じゃなくて、昭の方によね。といっても、俺は何もやれていないと思うんだけど」
「こうやって来てくださっただけで、青葉は光栄です」
この青葉の姿勢は、何なのだろうか。
昭と青葉は関わりが薄く、昭はあまり理解できずにいる。
「青葉は、その、嫌なものを見ちゃいました」
昭は少し何のことを言っているかを考える。
「建造のこと?」
「まあ、それと、いろいろなのですが」
青葉はぼんやりとした顔で、問う。
「昭さんは耐えられますか? 戦争が、艦娘がこんなものだと知って」
どうなのだろうか。
これから、自分の戦いが始まるのだ。
そうとは知っているが、それについて、自分はどう思っているのだろうか。
「まあ、俺は。陸奥もだけど、よく解ってないんだと思う」
それが昭としての、そして陸奥としての本音なのだろう。
「でも、こう在ることしかできないから。それでも、いいんだと思っている」
昭はあまり褒められる姿勢ではないと思っている。
長月には、もっと真剣に取り組めと怒られた。
でも、どうしていいのかわからないのだ。
「そうですかー。うん。その方がいいのだと思います」
褒められる姿勢ではないのだが。
何故か、青葉は肯定している。
「青葉は昭さんが羨ましいです。青葉でない私も、貴方のようでありたかったです。ですから、私の分まで、頑張ってもらえると有りがたいです」
自分が、羨ましい。
そういわれるのは悪い気がしないのだが。
なんなのだろう。
「あー。いや、解体をするという訳ではありませんが。私が青葉でなくなっても、別の青葉が現れる訳ですし。うん。青葉は既に一戦から身を引いているのですが」
傍で夕張と長月は見ているのだが、微妙な表情をしている。
「これくらいでは、青葉はめげません。だから、心配しなくて大丈夫です。青葉は降りることは許されませんから」
根本的なところで青葉を理解することができないでいる。
それが何だか、昭にも陸奥にも理解できない。
「青葉。それは言い過ぎだ」
「そうですね。ですが、私が青葉であることには変わりありませんから。例え、解体されても、近代化改装に使われようとも」
恐らく、この二人はわかりあえないのだろうと夕張は感じている。
同じ艦娘だが、生きている世界が違うのだろう。
「上手く言えませんが。青葉は応援してます」
何が何だかよくわからないまま、昭は答える。
「そっか」
**
「どうして、我々は人なのだろうな」
「さてね」
そういった問題は哲学や生物学的である。
夕張と長月には難しい話だが、やはり思わずにいられない。
「艦というのは人の身には重すぎるのかもしれんな」
「いい表現ね。それ」
皆が皆、艦娘であることに耐えられるわけではないのかもしれない。
「妖精さんも完璧という訳ではないのでしょうね」
どうやら艦の重みに耐えられるから、艦娘になる、ということではないようだ。
艦娘の研究は、中々進歩が難しい。