防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-08 北山潮

北山潮は、真夜中自室で考え込んでいた。

テロ事件への対応を、司馬達也君と話し合ってから約2週間ずっとこんな感じだ。

沖縄で娘の雫が狙われたことも潮には重くのしかかっていた。

確かに複雑な問題だ、下手に手を出せば逆効果なのは十分すぎるほど分かっている。

だが私は約束したんだ、魔法師の紅音と結婚する時『”私が”守ってみせる』と。

少しばかり困難だからと言って諦めてしまうのは違う、と潮は思っている。

壁のディスプレーには少し前から、去年の春のローゼンによるインタビューが、一定間隔で繰り返し流れている。

紅音が入ってきて言った。「まだ休まないの?根を詰めすぎても良いことないわよ。」

「分かってるよ。」

紅音はディスプレーをちらっと見て言った。「貴方がこれを真似ても逆効果にしかならないわ。まさに『愚者は経験に学ぶ』よ」

「それも分かっている。我々は、魔法関連企業と認識されていないからね、私が同じ状況で同じことを言っても、

魔法師たちの共感は得られず、非魔法師からは依怙贔屓だとしか見られない。

だが産業界からの働きかけで効果が有った物はこれしかないんだ。」

しばらく沈黙が続いた。潮が苦渋に満ちた顔で言った。

「この映像の前だったな、君が初めて司馬達也君に会った時『何かあったら家族を守る。』と大見得を切ったがこの様だ。」

紅音は優しい目をして言った。

「経験してみないと判らないこともあるわ。…『賢者は歴史に学ぶ』に倣って歴史をおさらいしてみましょうか。」

「そうだな、このまま考え込んでいても埒が明かない。視点を変える意味でもやってみようか。」

紅音が言った。「あんまり昔から検討しても社会情勢が違うのであまり参考にならないわね。第二次世界大戦以降にしましょうか。

私が箇条書きの要領でまとめていくから、補足が有れば言ってね。」

「わかった」

「戦争に負けて国土は廃墟のようになった。

この時は生きていく事に必死だった。

デモもあったけど、『食料を』のような物ね。

この後国際情勢が好転して、食べることは出来るようになったが、社会問題が表面化して政治的なデモが盛んになったのよね。」

「このころ、今はほとんどいないサラリーマンと言う職業が大半になった。

軍隊がなくなり、1次産業が衰退したからね。」と潮。

「ここでデモに手を焼いた政府が、所得倍増計画を打ち出し、高度経済成長に入った。

当時の政府の思惑通り景気が上昇するに従いデモは鎮静化していった。

この辺にヒントが有るかもしれないわね。

そのサラリーマンの事を後で教えてね。続けるわね。

急激な経済成長、それが国際摩擦を引き起こし急ブレーキがかかるわけね。

0.1%が0.2%になっても全体的には影響はほとんどないけど10%が20%になったら大問題だわ。

パイ自体はそれほど増えないんだから分け前に有り付けない所が出て来るわ。

それで一転して低成長時代に、失われたと言われた時代になった。」

「だが同時にコンピュータが著しく発達、ITとAIが生まれ、あと高度ロボットと3Dプリンターもね。

これらに仕事の半数が奪われると言う予測はこのころにはもう有った。

予測は当たり、サラリーマンはこの後いなくなる。

サラリーマンとはいわば人力で会社を動かしていた時代の名残だな。」と潮。

「ここで地球が寒冷化し農業が壊滅、自動化工場に取って代わられる。

そして世界が不安定化し、20年続く世界大戦に。」

「仕事を奪われることに初めは抵抗していたが、戦争に人が取られると次々と置き換えられていった。

そして戦争が終わったら以前あった仕事の大半がなくなっていたんだ。」と潮。

「この戦争で魔法師が台頭、CADが開発され応用範囲が一気に広がり、今後の社会の中核を担うことになった。

今非魔法師は2種類に分かれているわね。

まず政治家と財閥、上流階級と言う奴ね。

それ以外は1次と2次産業が無人工場化、結局中小商店主がほとんどね、人口減少もあって生活は厳しいみたいよ。

つまり事実上今はほぼ世襲になっているわ。

そして中間層はほぼ魔法師が占めているから、非魔法師は分断されたままになっているわ」

「大体こんなところだね。じゃあサラリーマンの話をしよう。

本来企業に勤める人を指していたんだが、内容が全く変わってしまった。

いまは、人員は研究職と保安部門がほとんどを占めている。

魔法師の比率は研究職が8割以上、保安部門は3割だが非魔法師はほぼ35歳以下だ。

研究職は、実験装置の代わりや保安部門への移行など潰しが利くからどうしても魔法師を欲する。

保安部門も武力、コンピュータセキュリティが主だ、共に魔法師の優位は揺るがない。

IQ250以上や武術の達人などの例外はあるが、あまりにも人数が少ない。

昔はこの分野は、全体の1割程度だった。

残りのの9割は、今は経営者一族で占めている管理部門と、製造部門が占めていたんだよ。

今や一般の非魔法師の需要は比率を考えると限りなくゼロに近いね。」と潮。

「そう言う事なのね。じゃあ歴史の検証に入りましょう。高度経済成長期にデモが減ったのよね、収入が増えたからかしら?」

「それも有るだろうが、需要が有る、つまり社会に必要とされていることが重要な気がするよ。」と潮。

「じゃあ企業に勤める以外の職業は、どうなったのかしら?」

「政府は研究職が情報部になっている位で、ほぼ世襲の上層部と各国政府要人と付き合う外務省以外は、魔法師優位は変わらない。

芸能界は、アイドルがすべてCGに替わった事で人数は激減したね。

プロスポーツはほぼ姿を消したね、人口の減少に加えて魔法競技の派手さ、華やかさを見るとどうしても見劣りするからね。

伝統工芸、芸能は戦前に有名なところは残ったけど上流階級以外に客がないから人間国宝クラスでないと生活は厳しい。

無人配送が当たり前な今の感覚では驚くんだけれど、昔は物流にも人がいっぱい働いていた。

今は外国航路ぐらいだね。だけど良い官警ばかりではないし、無政府状態の場所の方が多いぐらいなんで人がいる。

海賊も多いから戦闘力は必要だ、これも当然ながら魔法師の領域だね。

こうして考えると、非魔法師の居場所は、人数の多さに比べると無いと言って良いね。」と潮

「非魔法師の人たちも、自身の魔法以外の才能で努力して居場所を勝ち取ればいいのに。

私は魔法技能を得るのに人一倍努力したわ。」

少し考え込んで潮が言った。「紅音、きみは道路を、時速何キロぐらいで走れる?」

「計ったことはないわね。ただ少し前、千葉家の麒麟児が時速120キロオーバーを出したって聞いたわ。」

「魔法師として君に聞きたい。平地をただ走るだけで、MAX40キロしか出せない事をどう思う。」と潮

「魔法師の戦闘タイプによるけれども、一般的な中近接戦闘魔法師だとそのスピードで戦闘できないなら使い物にならないレベルね。」

「紅音、100年前その当時あった百数十国が、己の威信をかけて行われた国際大会があった。

国の威信がかかっているんだ、数年の歳月をかけて選抜し、トレーニングして臨んだ。

その競技に100メートル走、直線的に走ってただ速さを競う種目があった、

その記録は9秒台つまり10秒弱、このあたりが人間の肉体の限界と言う訳だ。

ちなみに100メート10秒は、平均時速にすると時速36キロだ。」

その言葉に紅音が顔をひきつらせた。潮が続けた。

「魔法はCADを得たことにより圧倒的な力になった。

その差は国家レベルの努力でも覆せないほど大きなものだ。

結局これが根底にあるんだろう。

人間主義者の言う『人には過ぎた力』だね。こう見ると大きな力に対する恐れもあるかもしれない。

紅音、さっき努力したと言ったね、あれは具体的にはどんな事だい?」

「具体的にねえ、……先ずは学校ね、特に高校は一年違うと人によるけど別人のようになるわね。

それから実戦を経験する事も同様ね、特に実戦経験は命がけになるわ。

さすがに国を挙げてのに比べれば見劣りするかもしれないけどね。」

「とすると、普通の人はその辺を実感できないわよね。非魔法師は、当たり前だけど魔法に馴染みがないからね。

結局、非魔法師の居場所を作るか、魔法師の比率が高くなるかの2択しかないのかな。」と潮

「どちらもすぐに解決しないわよ。また魔法が使えない非魔法師に、魔法を実感させる事はほぼ不可能だしね。」

「結論は達也君の言うとおり、社会の不満が根底にある。

そして我々としては魔法産業に関わっていないから発言に影響力がでない。

よし決めた、魔法関連企業をM&Aしよう。採算はこの際度外視で相手を探す。来週の経営会議で提案するとしよう。

社会情勢がきな臭くなっている、そこを強調すれば問題なく通るだろう。」

「でも気を付けてね、下手なM&Aは恨みを買うかもしれないから。」

 


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