防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-83 新年の儀

今年も四葉家から十師族に当てて通達が届いた。

ただ今回の内容は外部へ広まることは無かった。

その通達は大部分の魔法師には影響がない物。

だがごく一部の人間には到底無視できなかったようだ。

 

通達の当日、十文字克人は趣味のレコード鑑賞をしていた。

べつに余暇がある訳では無い、かかって来るであろう電話を静かに待っていたのだ。

やがて予想通りに待ち受けていた電話がかかってくる。

「…十文字君、どういう事?」

「電話をかけてきたという事は通達を見たんだろう七草。書かれてある通りだ。」

「十文字君、どういう事なの?」質問を繰り返す。

予想通りの答えにため息をついて克人は答えを返す。

「他の人間ならともかく七草に言われるのは心外なんだが。」

「???私、訳が分からないんだけど。」

「俺とお前は同級生、そして同じ十師族の一員だ。

この話題では共通しているはずだが?」

「……男と女で違うじゃないの。」

「俺は当主でもある。その事を考慮すればそれほど違いは無いだろう。」

「でも」さらに言い募る。

「七草、掛けてきたのは秘匿回線なのか?」

「いえ、普通に家の電話よ。」

「ならばこれ以上話す事は無い。」

「今日、あのレストランで会う事は可能?」

「午後5時から1時間程度なら。」内心ため息をこぼしながら克人は言った。

「じゃあそれで。」と言って電話は切れた。

 

その日の午後5時、あの隠れ家レストランに二人の姿は有った。

お約束の会話の後に席に着く。

席に着くや否や真由美は洗いざらい話せと無言でプレッシャーをかけて来る。

「七草、電話で話した通りだ。

俺から追加する事は何もない。」

「そんな事が聞きたい訳じゃなの。

電話じゃ話せない事が有るんでしょう?」

克人は腕を組み少しの間考えていたが唐突に語りだした。

「七草、派手に立ち回ったようだな?」

「何のこと?」

「司波とのデートだ。」

「!!!のぞき見していたの!」勢いよく立ち上がって詰め寄り真由美は言った。

「落ち着け、司波はともかくお前は有名人だ。あれだけ動けば嫌でも俺の耳に入ってくる。」

端末を操作して秋の真由美の騒動のまとめサイトを開いて見せた。

それを見た真由美は赤面してゆっくり席に戻った。

七草家はわざとそれを残すように取り計らっていたので今も見ることが出来るのだ。

様子のおかしかった達也を後先考えずにあちこち引っ張りまわした事を思い出したからだ。

真由美が落ち着くのを見計らい克人は再び語りだした。

「繰り返すが俺も七草と一緒だ。

ハッキリ言えば七草家を見限り四葉家の力を得たい。

信義としてはどうかとは思うが、あれほどの力の差を見せつけられては当主としては決断せざるを得ん。」

ようやく真由美は克人のこれまでの言動がつながり腑に落ちた。

正にその通りだった、自分と同じく圧倒的な力を見せつけられて七草家から四葉家へ乗り換える決断をした。

そしてこの話を七草家の回線で話すなどあり得ないだろう、これからは注意しようと秘かに決めた。

冷静にその様子を観察してから克人は言った。

「ようやく理解してくれた様だな。

…七草、そもそも何の権限が有ってこの話に口を出すんだ?」

「それは……失礼します。」真由美は逃げるように立ち去った。

克人は真由美が重要な点に触れて来なかった事に安堵していた。

『何故このタイミングなのか?』真由美が正式に婚約者になった半年前、あるいはテロのあった一年前でも良かったはずなのに。

それを知られたくない為に真由美に対して克人はこんな事を言ったのだ。

克人は最後は少し意地が悪かったかと思いながら懐から書類を取り出した。

今時紙のそれは極めて機密性が高く重要な物であることを示している。

もう何回読んだか分からないそれを克人は再度読む。

一通目は佐渡で負傷した吉祥寺真紅郎の診断結果で、これは一条家から要請された時の物だった。

今までの克人なら繰り返し読むなど考えられない代物、魔法師としての死亡通知書だ。

今まで何度もこれと同じものを見てきた、十文字家に関わる宿命ともいえる代物。

特に苦しかったのは親父のそれを見た時だった、己の運命を見せつけられた思いだったから。

診断書には原因が詳しく書かれている、真紅郎は点で作用する魔法を無理やり面に拡張したらしい。

しかも格子幅は素粒子レベルらしい、こんな無茶をすれば魔法力は無限に必要になってしまう。

でオーバーヒートを引き起こした、障害レベルは5に近い4、ちなみにレベル5は死亡だ。

克人は静かにそれを読む、有るはずのないあらを探して。

オーバーヒートではなく別の原因ではないか、実際には障害レベルが異なっていたんじゃないか?

克人はあの時の事を鮮明に思いだしていた、この診断書を一条家に出して一か月以上たったあの日の事を。

 

その日克人は重い気持ちで電話が掛かってくるのを待っていた。

診断書を出してから一か月、そろそろ諦めが出始める頃合いだ、そう思い一条家に連絡を入れた。

この時克人はどんなお悔やみの言葉を言うべきか、それを考えていた。

そして時間が経ち相手から電話が掛かってきた。

「十文字先輩、お久しぶりです。」その明るい声に克人は顔をしかめた。

最悪の事態になっての空元気なのか、それとも吹っ切れてしまったのか、その時克人はどちらだろうかと思っていた。

悲痛な思いで克人は返事をした。

「吉祥寺真紅郎君の事は…」

「あーやっぱりその事ですよね、学校への復帰に手間取り連絡が遅れてすみませんでした。」

「…学校への復帰とは君の事か?」と克人は悲しみを込めて返事をした。

「えっ、ジョージいや真紅郎の事ですよ。」

「……どういう事だ?」克人は混乱している。

「ですから吉祥寺真紅郎は三校へ復帰し、このまま何もなければ今年卒業できそうです。

医師団を派遣してくださり有難う御座います、これを機会にもう一度言っておきます。」

「結局うちは何もできなかったからお礼の必要はない。

それで真紅郎君の容体はどうだ、後遺症は?」

「あ、はい、初めこそ何もできませんでしたが今は普通ですね。

こちらの医者も問題あるとは聞いてはいませんね。

で今は補習の毎日です、前田校長の英断に感謝です。」

「…それは良かった…

だが念の為うちの医者にも調べさせたいのだが良いだろうか?」

「そうですね…そのほうが良いかもしれません。

ですが今はジョージは補習に忙しいからなー」

「そう言う事なら日程はそちらに合わせよう、ぜひうちの医者にも診させてくれ。」

「そこまで言われるならお願いします。

日程は後でお知らせします。」

「よろしく頼む。」

 

もう一通の文書を克人は手に取った、それは吉祥寺真紅郎の最新の診察結果だった。

そこには十文字家の宿願とでも言える内容が書かれてあった。

『現在、吉祥寺真紅郎に異常は見られない。』、前回の報告では魔法師としては死んだはずだった。

当主代行になってからも何人もこの報告書を受けて家族を、知り合いを見送ってきた。

吉祥寺真紅郎より症状が軽い者でも完全復帰できない事が多かった。

だがこの報告書は、吉祥寺真紅郎が完全復活した事を示している。

その理由についてはいまだ不明なれどこの報告書の最後の一文に簡単に記載されている。

報告書は数百回、その一文に関しては千回では効かないぐらい克人は読んでいる。

『四葉家の医師が治療に使った精神魔法が、この劇的な効果をもたらした可能性が極めて高い。』

「虎穴に入らずんば虎子を得ず」克人はそう呟きこの決断を下したのだ。

 

 

一条剛毅はこの通達を将輝には見せなかった。

真紅郎君の決意は聞いている、通達がどうであれ将輝がやらねばならない事には変わりはないからだ。

 




あえて明記しませんでしたが分かる人には分かりますよね。
原作では一条剛毅が回復しているのを十文字家はスルーしていますが、この作品では食いついています。
何故ならこれは十文字家の宿業であり、どんな小さな糸口でも調べずにはいられないはず、と判断したからです。

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