ここへきてようやく達也のスケジュールがまとまってきた。
月曜日、夕方まで学校、その後真由美との時間。
火曜日、夕方まで学校、その後美輪との時間。
水曜日、夕方まで学校、その後休み(トーラスシルバー社の仕事、主に雫のフォロー)。
木曜日、夕方まで学校、その後真由美との時間。
金曜日、夕方まで学校、その後美輪との時間。
土曜日、昼まで学校、その後休み(トーラスシルバー社の仕事、主に雫のフォロー)。
日曜日、夕方まで深雪(偽)との時間、その後休み。
美輪は夜遅くまで何かやっていた様で最近大人しい、時折メイドの真似をしてキョウコを慌てさせるぐらいだ。
雫はかなり難航している、水に落ちた犬は棒で叩け、とばかりに相手は手を変え品を変えて何とか譲歩を引き出そうとしてくる。
大財閥の娘である雫でさえこのありさま、お蔭で替わりの人材選びが非常に困難になっている。
響子と言えばらしくない、達也の印象の颯爽としたお姉さんのイメージは微塵もなく家に引きこもっているような状態だ。
リーナの事もあるので(望みを叶えるためには響子の情報操作が必須だ。)気にはなる所だ。
そして真由美、、今までとは打って変わって大人しい。
(鈴音からのアドバイスだ、振り回してなし崩しと言う方法は達也には効かない、今は正攻法で攻めるべきと。
真由美の要望もあり大人な雰囲気でデートを楽しんでいる。)
今、真由美と達也は社交ダンス(上級)教室にいる。
デートの一環だがこれは達也からの提案だった、他にもお茶会(和洋)なども同時に提案された。
二人は緩急織り交ぜた難しいステップを難なく踊っている。
「…やるわね達也君。」若干悔しさを滲ませて真由美が言った。
真由美としては達也に良い所を見せようと思っていたのに、予想以上に達也の社交ダンスの腕前が良かったらしい。
「先輩も…」
一方達也の方と言えばそれほど余裕がある訳では無い、真由美が不意にステップを変えてくるからだ。
しかもいやらしい事に作法には逸脱しない方法と程度でだ。
「真・由・美よ、私たちパートナーなんだから。」若干顔を赤らめそっぽを向く真由美。
「真由美さん、もっと音楽をよく聞いてください。」流石に講師から真由美に注意が飛んだ。
「すみません、先生!」真由美が謝る。
それからは真面目に踊り続けた。
達也としては真由美に雫の替わりを、と考えているのだ。
大企業の長子の雫にずっとトーラスシルバー社の営業を任せるわけにはいかない、相手の都合が読めないからだ。
その点真由美は長女だが長子ではない、フリーハンドの可能性が高いのだ。
何より雫よりも条件がいい人材を真由美の他に達也は知らない。
万が一に備えて達也は慎重に見極める積りだった。
美輪は購入した服を達也にお披露目した、スカート丈はメイド服より短い膝上10cm。
だが美輪の容姿と相まって可愛いと言える物だった。
ショッキングピンク、ブラッドオレンジ、レモンイエローなどそれぞれ意匠を凝らし美輪の魅力をうまく引き出している。
替わってインディゴブルー、ディープパープルなどは大人っぽい仕上がり。
ミントグリーン、シアンはその中間だ。
「似合ってるよ美輪、暖色系は明るい美輪にぴったりだし、寒色系は大人な魅力をうまく引き出している。」
(ちなみに美輪も家では履いていない。
その事で真由美ともめたが全裸で抱き合っているんだから今更よ、と美輪に言われて撃沈した。)
達也が褒めると美輪は頬を染めて喜び言った。
「キョウコさんとお揃いなんです。」
達也はその言葉に激しい違和感を覚えた。
達也としては珍しい事だが行動する事に躊躇していた、その相手は響子だった。
婚約者候補の三人は深雪の様に常時監視はしていなかったが、達也自身の監視者であろう響子はそうはいかない。
ただし当然ながら深雪レベルではない、また敵の監視ほどでもない、精々時々視る程度だったのだった。
では何を躊躇しているかと言うと、響子の行動が最近明らかにおかしいからだ。
まず外に出る事が少なくなった。
出ようとしても玄関付近で出入りを繰り返している様だ。
あらためて描く必要は無いのかも知れないが、達也と響子は五輪澪の事は知らない。
達也は響子が自分の監視者であり、響子は響子で仕事として達也の連絡要員だと思っている。
(これは響子のそう思いたい気持ちが現れている、軍から離れ従卒の真似事、しかも相手は将軍などではない一般人。
響子の感覚では左遷などではなくもはや懲罰扱いなのだ。
だからメイドは方便で実は戦略級魔法師の監視員兼連絡役だと思いたいのだった。)
去年の九校戦でも明らかだが響子は自分の敵ではない、命令に違反しない範囲ではあるが。
限定的では有るが今の達也にとっては数少ない味方と言える存在となりうる。
それにリーナの事もある、リーナをこちらに引き込むためには響子の情報操作能力が絶対に必要だ。
その響子が不審な行動をしている、何か理不尽な要求を受けているのではないかと考えたのだ。
いつまでたっても収まらない、未だ不安定さを引きずる達也はのんびりと待つ余裕は無かった。
届いた荷物を前に響子は途方に暮れていた。
勢いで注文したあの服だが、当然ながら響子の趣味には合わなかった。
その中でも比較的落ち着いた色(7色セットだった)を着てみるのだが今度は露出が気になる。
オーダーメイドで到着まで1週間かかった、流石に素材も着心地も文句のつけようがない。
美輪からはこの服の評価を求められるプレッシャーをひしひしと感じる。
単純な着心地は残念ながら最高だ、だがこれを着て出歩く、
ましてや達也君に見せて感想を聞いてほしいとのお願いは聞ける物ではなかった。
正直着たくは無いが、あの服を着ていないと評価が終わったとして服の感想を求められるからなかなか脱げない。
その返事を引き延ばすために着続けているが、美輪には相当気に入っている様に思われているらしい。
だんだん切羽詰まっていくのを自覚せざるをえなかった。
そのとき不意に玄関のインターホンが鳴る。
このビルで受付を通さないという事はその他の住民だ。
おそらく真由美が来たんだろうと思い確認をしないでドアを開けた。
時が止まる、この時の響子に関しては正にそれだ。
訪ねてきた相手は達也だった。
達也はそれを見て達也は行動を先延ばしにした事を後悔した。
自分を見て固まったからだ、こんな響子さんは見たことが無い。
何時も大人で、常に自分を慮ってくれている、そんな存在だった。
悪い予想が当たっていたのかと危機感を感じ、達也は2階の応接室個室に引っ張り込んだ。
後ろで美輪が不思議そうにしていたが達也は無視をした。
応接個室に入った二人だがしばらく会話は無かった。
達也は響子が落ち着くのを待って語りかけた。
「響子さん、何が有ったんですか?」響子の顔を正に凝視し、真剣な口調で語りかけた。
その達也の様子に響子は何故かさらにうろたえた。
個室は小さなテーブルに椅子が4脚、当初達也はテーブルを挟んで響子と対峙していた。
だが響子は口を割らない。
その事自体は驚くに値しないがその挙動は達也にとっては不自然に感じる物だった。
話せない場合はその事をはっきりと言い堂々としているか、優雅に追及をかわす、いわば大人の対応をしていたはず。
それがフリフリの衣装を着てそれを恥ずかしがっている、まるで伝説の可憐な女子中高生の様だ。
はるか昔に絶滅したらしい大和撫子に続いて存在が確認されなくなったあれだ。
達也にもっと余裕が有ればもしかすれば分かったかもしれないが。
顔を背けたままの響子に達也は焦れて隣に座り肩に手を置き真剣な口調で語りかけた。
「響子さん、何が有ったんです。どんな理不尽な事なんですか?」
「そ、それは…」『似合わない服を着た自分を評価して欲しい』確かに理不尽だ。
響子は達也の目(エレメンタルサイト)の凄さを良く解っている。
この春の潜水艦の発見、そしてその追跡は常識外れの能力を証明したも同然だ。
自分の状況も知っているんじゃないか?そんな強迫観念が生まれていた。
ただもしそうなら達也はこんな方法は取らない、普段の響子ならそれは分かったはず。
だが響子も余裕がない、その為決定的にすれ違っていた。
しばらくかみ合わない会話の後やっと状況を理解する響子。
狭い部屋で身の置き場に困り達也の胸に顔をうずめた。
灯台下暗しという訳だ。
一方達也は響子の告白に困惑していた。
達也はもちろん作戦行動の中で響子の裸を見た事もある。
多少露出の高い服を着ている事が問題だとは思いもしない事だった。
深雪は室内限定だが露出高めの服を着ている事もあり余計にそう思ってしまっていた。
その為達也には珍しく無難な返事をしてしまう。
「響子さんが思っているほど悪く無いですよその黒の衣装、活発な印象の響子さんには合っていると思います。
少なくとも俺は似合っていて非常に良いと思いますが。」相手を持ち上げるため深雪を思い出しながら言った。
「ほ、本当に?」
「ええ、こんな事に嘘は言いませんよ。」
その言葉に響子は目に見えて浮かれ出ししばらくとりとめのない会話をしてから別れた。
美輪の家に帰るとそこに真由美が居た。
「元気そうじゃない?」真由美が美輪にささやいている。
「キョウコさん、お兄様とのお話は終わったんですね。」
響子はその言葉にバツが悪くなった、婚約者達を差し置いて二人だけで話していたのだから。
「そ、そう、ちょっと悩み事を聞いてもらっていたの…」
「もしかしてマリッジブルー?」と真由美。
「えっ…ええ」キョウコはあいまいに頷く。
そう言えば以前寿退社すると言われた事を思い出したのだ。
あの時響子ははっきり否定しなかった、今更否定はできないだろうから。
「マリッジブルーですか…そう言えばキョウコさんの相手はどんな方なんですか?」と美輪。
これには真由美も食いついて身を乗り出してきた。
「…黙秘権を行使します。」
「えぇー」
「キョウコさんは伝統ある古式の家の一人娘だから言えない事もあるわ。」真由美が美輪にフォローを入れている。
「じゃあどんな方だけでも教えてもらえませんか?」と食い下がる美輪。
「でも…」答えを渋るキョウコ。
「こうなってそれは無いんじゃないですか?
言える範囲で構わないですからお願いします。」と美輪は頭を下げた。
「響子さん、ここまでされたらある程度話さないと収まらないと思うわ。」と真由美。
キョウコは少し考えていたがやがてあきらめたように話し出した。
「…彼は名門魔法師の出で本人も実力があるわ。」
響子としては真由美が同席している関係上いい加減な事は言えない。
極端な話、魔法力のない一般人ではつっこまれることは避けられないだろう、実家に確認をされかねない。
「そうね、ご実家の状況ならそれしかないわよね。」と真由美は呟いた。
「真由美さんは交友関係が広いですから誰か分かりますか?」美輪は真由美にコッソリ聞いている。
「うーん、十師族では居ないんじゃないかしら。」
「お兄様はどうですか?」
「!そうか今は達也君もはいるのか、でも婚約者だって聞いてないんだけど…」
真由美たちの発言に動揺する響子。
「それと丈夫で死なないと思える人なの。」
達也が出た事で思わず自分の欲求を言ってしまう。
この言葉に首を傾げる美輪。
「前の婚約者は沖縄で…」と真由美はフォローを入れた。
「改めて真由美さんの知り合いで該当する方はいますか?」
「知り合いの現代魔法師で響子さんの家の格に合う方と言うと…わからないわね。
私の知らない魔法師と言うと古式の方なのかしらね。」
響子はその言葉に苦々しい思いが有った。
藤林家は古式との関係をすべて斬り九島家にすり寄った、周公瑾の抗争でさらに力を失った古式に今更頭を下げるとは思えない。
父はどうするんだろうと響子は暗い気持ちで考えていた。