達也はリビングで学校の課題のレポートを纏めていた。
(いまだにしつこく存在する記憶力を試す様なテストは達也には問題にならない。
自分の考えをまとめ発表するレポートが成績に重要な占めているのだから。)
メイドが来てから達也は比較的平穏な生活を取り戻したと言って良かった。
真由美の無茶な連れまわしも鳴りを潜め、また日常のこまごまとした雑用も不要になった。
四葉本家の監視は彼女を見ていれば済むようになった。
また四葉から送り込まれた所為か美輪との仲がすこぶる良い、この家に来ているときはキョウコの出番がないくらいだった。
彼女は公約通り真由美も達也も直接には襲うことは無かった。
真由美が彼女に突っかかって行く事は有ったが彼女は余裕でいなしていた。
キョウコはと言えば不思議なくらい何も言わない、達也はそれが気になった。
次の日、真由美の姿は大学の図書館にあった。
当初、真理に連絡を入れたがすげなく断られた、何か忙しいらしい。
今までなら有無を言わせず突撃していたのだが、鈴音の言った言葉が重かった。
『結婚式の準備をしている』のではないか、それが真由美のこれ以上の行動を抑制していたのだ。
仕方なく言った本人の鈴音を直撃したのだが、意外にも真剣に聞いてくれた。
調子に乗って今までのうっぷんを晴らすかの様に取りとめなくしゃべった。
一方鈴音は真由美の話を冷静に分析していた。
もちろん真由美の心の内を暴き、誘導する為だ。
冷徹な思考で真由美の愚痴話を分析していく鈴音。
第一弾の深雪さんの料理を再現するのを手伝い、それは上手く行ったらしい。
それからなし崩しに付き合いに持ち込む予定だったが
真由美さんが司波君を強烈に意識しているそれは確かだ、恋愛感情かどうかは正直微妙だが。
だが真由美の感情が恋愛かどうかは鈴音には関係のない話だった。
数字落ちではあるが鈴音は十師族に考えが近い、魔法師なんて希少動物の繁殖、少しでも気になる相手なら御の字だろう。
それに一般人だってどれだけ本当の恋愛感情だけで付き合っているのだろうか?
そんな事は有りえない、それは離婚率が証明しているだろう、多分に打算が含まれているのは明白だった。
そうこうしている内に真由美が一通り話し終えたのか少し間があいた。
そのタイミングにすかさず鈴音が感心した様に言った。
「真由美さん、司波君に相当気が有るんですね。」
「えっ」達也の悪口に近い事を言っていた自覚のある真由美は虚を突かれた様に言った。
「でも真由美さんの話は司波君の事ばかりでしたよ。」
真由美自身も判らないほど微妙ならそれは恋愛感情だと誘導してやれば良い、そう鈴音は考えた。
「でも良い事ばかりじゃなかったわよ?」
「それでも気にしている事は紛れもない事実でしょう。
それに真由美さんは司波君の婚約者になったはずでは?
それとも、愛情が全くなく打算でのみでお付き合いを始めたのでしょうか?」少し責めた口調で言った。
「そんなことある訳ないじゃない。」少し自覚があるからか強い口調で否定した。
「それを聞いて安心しました。真由美さんがそんな悪い人でなくて。」
「その通りよ。」真由美は胸を張った。
鈴音は優しく微笑みながら言った。
「では先ほどの話を要約すると、『愛する司波君にかまってもらえなくて寂しい』という事で良いですね?」
「えっ、それは」あまりの事に言葉に詰まる真由美。
「あくまで要約ですから。」
「でも…」
「では具体的にどこがおかしいのですか?
結局は司波君の対応が、かまってくれない事が不満なのでは?
これが婚約者への対応と言うのならば真由美さん、貴女の反応はあながち間違いではないでしょう。」
「…」こう言われると言い返せない真由美。
「不満がありそうですね。ではもし司波君と結ばれなかったとした時の事は考えていますか?」
「???どういう事?」
「真由美さんを見ていると、何が何でも司波君をモノにしたいという強い思いが感じられませんよ。
もしかして事情が変わってしまったとか。」
それを聞いた真由美は体をぶるっと震わせた。
ついこの間襲われたばかりだ。そして達也君にまた助けられた。
その事をまざまざと思いだした、犯人は殺そうと思えば実行できたタイミングだった。
その様子を見た鈴音は畳みかけた。
「ならなぜ?深雪さんはそんなに手ごわい相手ですか?」
「そうよ!スタイルも魔法力も何もかも上だわ。
そんな相手にどう対抗すればいいの!」
鈴音は考え込むそぶりを見せてから言った。
「それらは恋愛に関しては決定的なファクターではありませんよ。
もしそうなら各々トップの一組しかカップルが成立しない事になってしまいます。
それに深雪さんはともかく司波君はトップには程遠い筈ですが。」
「達也君はカッコ悪く無いわよ!」反射的に真由美は叫んだ。
「そうですか?
クリムゾンプリンスなどと比べるとどうかと思いますけどね。
所で司波君は深雪さんへの対応はどうですか?」
「何も変わりはないけど。…何故そんな事を?」
「私の見た所、少なくとも司波君は深雪さんを妹としてしか見ていませんでした。
だからこそ真由美さんもからかっていたのではないのですか?」
「それはそうだけど…」
「未だ深雪さんを妹として見ているのなら、真由美さんにも十分にチャンスが有ります。
真由美さんあなたは未だやれる事をすべてやってはいません。」
「だけど…」弱々しく真由美は答えた。
「では諦めるのですか?いつ来るかも分からないその時をただ待つと。
私には真由美さんがどんな目に会うのかは分かりませんが…それも一つの方法かもしれませんね。」
真由美は今度はさっきより明確に震えだした。それを見て鈴音は言葉を続けた。
「真由美さん、貴女が司波君を奪っても深雪さんは四葉が守ってくれます、もちろん司波君も協力するでしょう。
ですが司馬君を奪われたら、四葉に逆らった七草家の長女の真由美さんは……」
鈴音は少し間を置き続けた。
「ですが今ならまだ間に合います。司波君が深雪さんを妹と認識している間はですが。
真由美さんはご自分を卑下していますが実績では負けていません。
生徒会長の時に1科生と2科生の間の差別を取り除いたのは間違いなくあなたの功績です。
深雪さんにはそのような物は有りませんよ。」
真由美の体の震えは止まった。
「真由美さん、私もお手伝いします。高校生活の3年間、私は貴女を見てきました。
貴女の素晴らしい所はいっぱい知っていますよ。」
「リンちゃん、ありがとう…私頑張ってみるわ。」
その言葉に鈴音は大きく頷き微笑んだ。
だが心の中では『やはり私には詐欺師の才能が有るんですね』と皮肉っぽく思っていた。
あの会議から数日が経ち、美輪のもとに荷物が届いた。
キョウコからそれを受け取りウキウキして自室に入った。
届いた荷物は衣類だったので着替えているのだろうとキョウコは思った。
そしてこの時はどうやってほめようかとお気楽にキョウコは考えていた。
部屋から出てきた美輪を見てキョウコは唖然とした。
それはメイド服っぽい物だった。
ただあのメイド服よりカラフルで、よりレースを多用し、よりスカート丈が短い。
スカート丈が短いのだが中学生体型の美輪が着ると不思議といやらしい感じはしなかった。
ピアノ発表会に来ていくドレスに近いと言えば良いのか。
キョウコが返す言葉に困っているとそれを勝手に忖度した美輪が言った。
「素晴らしすぎて声が出ないんですね。
知り合いのデザイナーと長い間話し合った甲斐が有りました。」
「え。」意外な言葉に返事が続かない。
「そうだ、響子さんも一緒にどうですか?二人でこの服を着てお兄様を悩殺しましょう。」
美輪には似合っているその服だが流石に自分に合うとは思えない。
「美輪さんには合っていると思いますが私にはどうかと。」
美輪はあからさまにガッカリして言った。
「そうですか。大人なキョウコさんには合わないのでしょうか?」
色々あって年齢に過敏になっている響子は『大人』の言葉にピクリと反応する。
キョウコの脳内では『大人』は『年寄』に変換されて聞こえていた。
「ま、まあ確かに服は着てみないと分からないかもしれないわね。」
その言葉に美輪は満面の笑みを浮かべて通販サイトを開き、響子に入力をお願いした。
キョウコは手慣れた手つきで体型などの必要事項を入力し注文した。
動揺していたのかいつもの癖で入金まで済ませてしまう。
たかが7着の服ぐらい預金から十分払える、そう思いしつこい位の確認にOKし続けた。