防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-75 論文コンペの裏で

キョウコは珍しく午前中からマンションにいた。

今日、派遣会社の査察があるためだ、美輪への聞き取りも併せて行われる予定になっている。

但し査察と言ってもここに乗り込んでくるわけではない、通信でクライアント(美輪)と話すだけだ。

当然その後キョウコにも質疑応答、そして指導と言う流れになっている。

キョウコは美輪への事情説明と会社への通信接続をするために午前中から来ているのだ。

今は美輪と査察官が二人っきりで話している最中だ、一時間ぐらいだと聞いていたがもうすぐ二時間が経過する。

そしてキョウコは達也の家のリビングにいる、理由は査察が達也にも及ぶ可能性が有るからだ。

(キョウコへの業務命令が美輪と達也の仲を取り持つ事だからだ。)

表向きは美輪の後見人の話を聞くという物だが、実際は美輪との交際状況を確認したいんだろう。

一時間ぐらいと聞いていたからついでにお邪魔させてもらった格好だった。

達也はキョウコの目の前で学校のレポートを書いている。

何故か、達也は響子を自分の監視者だと思っている、だからこの家の中を詮索をしてほしくなかったのだ。

一方響子は達也の目の前にいるが達也の事を見てはいない、何かを考えているみたいだった。

今回の査察がこの状況を振り返るいい機会になったらしい。

この約一か月、激動の中に達也君がいる、中心ではないがきわめて近い存在だ。

ぼんやりとレポートを纏めている達也を眺めている、真田のあの事はもう考えない事にしている。

もう昼食、と言う頃になって美輪がやってきて言った。

「終わりました、キョウコさんとのお話は午後だそうです。」

「困ったわ、午後は用事が有るのに。」

「どんな御用事ですか?」と美輪が言った。

「親戚の子がこっちに来るのよ。

私の状況が変わったからこっちに来るついでに一度会いたいって言ってるのよ。」

「どなたが来られるんですか?」

「九島光宣君、私の従弟ね。

高校の論文コンペの関係で近くに来るのよ。」

「響子さんの従弟の方ですか、お世話になっているので私も是非ご挨拶したいのですが。」

「光宣なら俺が知っている、キョウコさんが忙しいなら取り次いでも良い。」達也が口を挟んだ。

「本当ですかお兄様、よろしくお願いします。」と美輪は喜んだ。

 

光宣は深々とため息をついた、ただ現在は体調が悪い訳では無い。

光宣は今年の論文コンペに参加するため横浜にいる。

(正確にはその準備だが。)

去年と同じくサブのプレゼンテータとして参加する事になっている。

ただし去年と同じく、メインが出られなかったら予備として出ると言う意味ではない。

光宣の体調が当日崩れなければ出ると言う変則的な体制になっている。

これはひとえに光宣の体調が不安定なための措置なのだ。

論文コンペに伴う打ち合わせやリハーサル(学校行事の為恐ろしく長い)に耐えられないと判断されたからだ。

二校は光宣の容姿がコンペにおいてアドバンテージが有る、と判断しているのだ。

 

現在光宣は響子姉さんに会うべく指定された建物に向かっている。

問題が起きた時のフォローをお願いするため連絡したところ、新しい職場が横浜だったので待ち合わせることになったのだ。

指定された建物の受付で名前と身分証を提示すると2階のゲストルームに案内された。

しばらくすると思いがけない人物が現れた。

美輪を連れた達也だ。

「すまん光宣、響子さんは今は手が離せない。

もうすぐ来ると思うから少し待っててくれ。」

「あ、はい…でこの方は?」光宣は一目見た時から少女から目が離せなくなった。

「俺の親戚筋の女性で黒刀美輪と言う。

彼女は響子さんに大変お世話になっているんだ。

だからぜひ会って話がしたいとの事なので連れて来たんだよ。」

「黒刀美輪です。

響子さんには大変お世話になっています。」

少し話をしていたが響子はなかなか現れない。

そこで達也が様子を確認しに行く事になった。

その隙に光宣はとても気になっている事を聞いた。

「あのー美輪さん、失礼な事かも知れませんがあなたのサイオンは非常に不思議な状態になっていますよね。

人為的な感じがするんですがなにか理由が有るんですか?」

光宣の目には彼女の周りのサイオンの異常がハッキリと映し出されている。

自分と同じようにサイオン情報体が壊れてサイオンが漏れ出している。

だがその糸の様に漏れ出たサイオンが規則的に折りたたまれて自身に戻っている。

十三束鋼のそれと似ているが、あれは蝶や蛾の繭の様で規則性が無かった。

十三束のサイオンの特性で自然とそうなっていると違い人為的な感じが有るのだ。

「響子さんに聞いた通り大変優秀な魔法師なんですね。」クスリと笑いながら美輪は言った。

   サイオンが体から抜け出るため体調不良を起こしている事。

   その対処療法の為こんな状態になっている事。

   副作用として魔法は使えなくなっている事。

などを乞われるままに話した。

「その施術に必要な物は何でしょうか、それとかかる時間はどのくらいなんですか?」

「施術自体は術者一人で行います、他に必要なものは特には無いみたいですね。

時間ですが、初めは私に会わせるためにかなり時間が掛かりましたが今は施術自体は10分程度です。」

「施術してから効果はどのくらいで現れる物なんですか?」

「すぐに現れますね。寝込むほど消耗していても3時間ほどでほぼ平常通りです。」

「その術とは?」

「それは四葉の秘術です。」と口に人差し指を当て得意げに美輪は言った。

その言葉にこの場でそれ以上の追及をあきらめる光宣。

その時響子がようやく表れる。

光宣は本来の用事を済ませてホテルに帰った。

 

光宣はホテルのベットで先ほどの少女との会話を思い出していた。

響子は達也のあの技を使えないものと考えたが光宣は違った。

彼女と僕では決定的な違いがある、それは回復力だ。

見たところ彼女は殆ど回復していないが、僕は3日程寝込めば何とか元に戻る。

あの術には施術の間魔法が使えない欠点があるのだが、寝込んでいる間は本当に何もできないので今と変わらない。

だけどあの術を使えば魔法以外の事は可能になる。

何も出来ない状態から制限はあるが出来ることが有る、100ではないが0と1の間には無限大の開きがあるのだ。

それに寝込む事が無くなれば誰かに迷惑をかける事もないし、自分も苦しむ事もない。

それにサイオン流出が抑えられるなら回復が早まる可能性すらあり得る。

出血した血を新たに作るのと流れ出た物を戻すでは、戻す方が回復は何倍も速い筈、たとえ戻るのが一部だけでも。

根本治療が一番だけど現在全くめどが立っていない今、見つけたこの技術。

光宣にとってこの術は救世主にも匹敵するものだと感じた。

「四葉の秘術か。」そうつぶやき手に入れる方法を検討し始めた。

 

「ふぅぅー」

響子は自宅へ帰り一息ついた。

査察とその後の指導、正直こたえた。

最近三人であまり外に出ない、つまり直接サポートしていない事を責められた。

「あとは若い方たちにお任せしましょう。」じゃあ無いんですからと嫌味を言われた。

見合いの後の定例句なのだが別の意味でこたえた。

実は三人で外出しなくなったのには訳が有る、

以前行くたびに『若いですね。』と言われてまんざらでもなかったのだが、ある店主の一言で一気に冷めた。

「いやお若い、とても中学生の娘さんがいるようには見えないですよ。」

中学生は12歳から15歳、20歳で生んだとすると母親は34歳ぐらいか。

つまり34歳にしては若い、そう言っていたのだ。

そして自分は中学生の娘がいてもおかしくないように見える事も同時に意味している。

(年の離れた姉妹ではなく親子と言われたのはそう言う事だろう。)

今まで軍務に追われてきたがお肌の曲がり角はとっくに過ぎた、父が焦るのも当然なのかもしれない。

自身の結婚問題が重くのしかかってきている。

そして響子は徐々に冷静さを失っていくのだった。

 




この話では光宣は絶望しません、少なくともこの時点では(アーッ)。

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