達也は今マンションを出て近所の大きな公園へ歩いて向かっている。
歩いて行くには少々距離が有るのだが真由美からのリクエストだ。
何でもせっかくこっちに引っ越してきたんだから街を歩いてみたいと真由美はそう説明した。
後、今回真由美は自分が待つ方をやりたいらしく先に出発している。
また茶番をやりたいらしい、その後何時もの様に達也の腕を抱えて歩く、手を引っ張って店に入る。
周囲から見ると珍しい女性が積極的なバカップルだが真由美は楽しいらしく気にした様子はない。
当人はそうだが当然ながら他人は違う、ネットでこのカップルは話題になっていたのだ。
真由美は一校会長時代にファンクラブがあったほどの美少女だ、話題にならない訳がなかった。
達也は元から気にしないし七草家は酷い書き込み以外は放置、何なら推奨している勢いだった。
そして達也は比較的自由になったエレメンタルサイトで真由美を見ている。
未だ気を抜くと妹の深雪を探そうとしてしまう、達也はその事に細心の注意を払っている。
深雪を診るのをやめた時は全てをシャットダウンするしかなかった事を考えると短期間に随分改善したものだ。
この点に関しては雫に絡んできた各社の若い営業担当者に感謝しなければならないのかな、と達也は皮肉に思った。
あの後もトーラスシルバー社の営業担当の雫に執拗に絡んできたのだ、川に落ちた犬は叩けとばかりに。
雫の婚約者として(経理としては口を挟めない)全能力を駆使する勢いでサポートをして押し返しに成功ている。
達也は人とは何でも慣れるものだ、とこの時は思っていた。
順調に待ち合わせの場所へ達也は歩いていたが、突然路地裏に入り街頭に有るサイオンセンサーを避け全速で別の方向へ駆け出した。
真由美は上機嫌で街を歩いている。
生意気な弟の達也を自由に振り回せるのが楽しくて仕方が無いのだ。
真由美視点では、出会ってから今まで何時も達也君に振り回されていると感じていたから。
ボディガードは少し遠くにいて街頭カメラを併用して真由美の警備をしている。
達也が来たらどうしよう、公園で何をしようかなどを考えているのだろう、時折笑みをこぼしながら楽しげに歩いている。
突然幸せな空間は破れる、街頭カメラの僅かな死角、普段なら問題にならないそれが真由美に牙をむいたのだ。
いきなりビルの隙間に引っ張り込まれた、関節を極められているのか腕が動かずCADを操作できない。
袋をかぶせられて視界が遮られる、これだけで真由美は恐ろしく不安になった。
相手は魔法師のようだ、遮音障壁を張りつつ信じられないスピードでどこかへ運ばれて行く。
高速で上下左右に方向を変えるせいで今どこにいるのか全く分からない。
真由美は視界を塞がれ音も聞こえない事がこんなに怖いとは思わなかった。
唐突に始まったそれは終わりもまた唐突だった。
突然急停止しゆっくり地面に降ろされた真由美は身動きできずに震えていた。
魔法が解除され誰かが近づいてくる、真由美は身を固くするしかできない。
そして頭を覆っていた袋が取られて問いかけられた。
「七草先輩、大丈夫ですか?」
「…真・由・美よ達也君。」幾分声が震えていたがしっかりした声で真由美は言った。
達也はそれを聞いてしばらく待ったが起き上がる気配がない。
「真由美さん?」
真由美は両手を達也に差し出して言った。
「ごめん、腰が抜けて立てないみたいなの。
達也君、悪いんだけど運んでくれない…美輪さんの様に。」最後は小声だったが達也には聞こえたようだ。
達也は真由美の膝を少し曲げてから首を差し出した。
そして真由美が首につかまるのを確認したら手を背中と太ももに差し入れてゆっくりと立ち上がった。
そして少しだけ速足で真由美のボディガードの下へ、ただなるべく人通りが少ない所を選んで。
ボディガード達がこちらへ向かってきているのを確認して真由美に呼びかけた。
「お迎えが来たようです、おそらくカメラで確認したんでしょう。
もう大丈夫ですよね。」言外にもう良いだろうと達也は真由美に言った。
その答えとしてだろうが真由美は達也の首に絡ませた腕の力を少しだけ強めた。
結局ボディガードに引き渡すまでそのままだった。
真由美は念の為病院へ、達也はボディガード達を真由美を確保した場所へ案内した。
達也はその間に状況を説明した、犯人はヘルメットをかぶっていて不明だと説明すると解放された。
真由美は病院から七草邸へ帰って来た、懸念された遅効性の毒や変な装置を埋め込まれてはいなかった。
この時真由美は襲われたにもかかわらず取り乱したりしてはいなかった。
その様子を見た執事が真由美に言った。
「お嬢様、ご無事で何よりです。
これは今回の資料です、本当に危ない所でした、取り返してくれた達也殿に感謝ですな。
ですがお嬢様も御身の安全をもう少し考えてくださいませ。」
今日は久しぶりに実家に泊まる(客間)事にした。
「ふぅー」真由美はベットの上で一息ついた。
そして今日の事を思い出していた。
「達也君…」真由美は少し頬を赤らめて言った。
今の真由美には襲われた事より達也に抱っこされた事の方が大きいようだ。
「澪さんと一緒…」ぽつりとそう呟いたかと思うと真由美はベットの上で左右に転がり始めた。
おそらくあの日病室で達也と裸で抱き合っていた美輪と自分を重ね合わせたんだろう。
それは二年前の深雪の姿と酷似していたが真由美は当然それには気が付いていない。
ひとしきりベットの上で悶えていた真由美だが、やがて我に返ったんだろうゆっくりベットから降りた。
頬を軽く叩き気持ちを切り替えた真由美は少し考えある物を手に再びベットへ向かった。
それは執事から渡された今回の襲撃事件の報告書、ベットに腰掛け読み進める。
読み進めるうちに真由美の表情はみるみる険しくなっていく、遂には真っ青になった。
そこには驚くべき内容が書かれていた。
犯人はいまだ不明、達也君が見たのはフルフェイスのヘルメットに簡易ライダースーツの人物。
その特徴でカメラの映像を検索しても該当者はいなかった。
達也君は私の安全確保を優先したためそれ以上の詳しい事は分からなかったらしい。
真由美の身辺を過去にさかのぼって徹底的に調べた所、それらしい人物が浮かび上がってきた。
それは真由美が暮らしているマンションの独立した防犯カメラ、それに捉えられていたのだ。
何日も前から尾行されていたようだ、ようだと言うのはその前後が街頭カメラに捉えられていないからだ。
つまり犯人は警察しか把握していないとされるカメラの情報を巧みに使って犯行に及んだという事だ。
犯人は何時でも真由美を殺せた、そして達也が居なければ誘拐は成功していただろうことも書かれていた。
その為犯人は真由美の誘拐が目的なのではないかと締めくくられていた。
(これは怖がる様子の無かった真由美を見た執事が、危機意識を持ってもらおうと思って報告書を書かせたことも関係している。)
達也君が居なかったら誘拐されていた、四葉真夜のあの告白を思い出す。
四葉真夜が大漢にさらわれてどうなったのかと共に。
「達也君…」さっきと同じ言葉、だが込められた思いは正反対だった。
私には達也君が『必要』、もう七草の力は当てにできない、と真由美は強く思った。
この事件が、打算が入った選択だが迷っていた真由美への最後の一押しになったのだった。
達也は真由美のボディガードと別れ、尾行されていないのを確認すると少し離れた小さな公園に向かった。
そこにはブランコに乗る一人の女性がいた。
「ここにいましたか。」と達也は驚かさない様にあらかじめ声をかけ手から近づいた。
女は何も答えない、達也も答えを急かしはしなかった。
しばらく沈黙が続いたがやがて女は写真を達也に見せて言った。
「……彼女は貴男を振り回し過ぎよ。
今回の事は警告、これで少しは大人しくなるのかしら。」
写真には真由美に腕を引っ張られて困った顔をした達也が映っていた。
「…この後どうするつもりなんですか?」
「どうもしないわ。ケリをつける気なら一撃で済んだもの。」
それを聞いて達也は去って行った。
「……またね、達也様」