防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-70 北山雫

達也は珍しく途方に暮れていた。

三回目の営業引継ぎ、雫と共に達也は出席していた。

達也は当初営業引継ぎを軽く考えていた。

大企業の北山家の令嬢たる雫が担当になって安心して任せられる、そう考えていた。

ただ初めの何回かは同行する必要があるだろうが。

だが実際は全く違った、若い担当者がガンガン責めてくる。

前回は雫がやりこめられていた、慌てて間に入り少し譲歩して話をまとめた。

今回もかなり厳しい交渉になった、それで雫がかなり落ち込んでいる様だ。

運転手の黒沢さんに言ってビジネス用の喫茶店を選んでもらって二人で入った。

 

「雫、寒くはないか?」きっかけが欲しくて達也は喫茶店の冷房が効きすぎている事を話題にしてみた。

雫は硬い表情のまま首を振りCADを操作した。

すると周囲が少し暖かくなった。

「温かくなった、ありがとう雫。」

「いいよ、それよりごめんなさい。」と言って雫は頭を下げた。

「ん、何の事だ?」達也は分かっているがあえて分からないふりをした。

「さっきの事、また上手く出来なかった。」雫はすっかり気落ちしている様だった。

「そんな事は無い、それだけ会社の状態が悪いという事だ。

ここまできついのは想定外だった、こちらこそ大変な仕事を押し付けてすまない。」

雫はまた首を振り言った。

「それが私に仕事、受けた以上はちゃんとしないと。」

「そうか、だが俺は雫の婚約者でもある、何かあったら手伝うぞ。」

「ありがとう、ならちょっと相談にのってほしい。」

「何だ?」

「一つ目は父から、小通連の次を考えて欲しいって。

私では何も思いつかなかったから。」

「分かった、何か考えておこう。で次は?」

「二つ目は私の進学について。

魔法大学に行きたいけど、研究する事が見つからない。」

「研究を重視する方針に変更されたが、必ずしも必要じゃないはずだ。

適当に研究室に入って教官の指導に従えば良いんじゃないか。」

「それでは父を説得できない、デモの標的になったから出来れば行かせたくないみたい。」

「そうか…では今までで魔法関係で気になった事とかは無いか?

出来れば授業内容以外が望ましい。」

「何故?」

「その内容は皆が考えるから競争率が高い、雫が家族に反対を押し切ってやるのは難しいだろう。」

「それもそうか……」雫は考えている。

やがて雫は何か思いだしたようだ。

「ブラックホール実験!」

「パラサイトの時の奴か。」

「そうそれ、あの時魔法に満ちた世界が有るって達也さん言ってたよね。」

「あああれか、だが雫、あの話をちゃんと覚えているのか?

大学生のテーマとしてはかなり難しいぞ。

もう少し絞り込めないか?」

「魔法のエネルギーは異次元から供給されるって言う所をもう一度お願い。」

「分かった、じゃあ簡単におさらいするぞ。

雫も学校で習ったと思うが、今知られている4つの力の内、重力だけが非常に小さい。

これは重力だけが次元をまたいでいて、こちらの観測できる4次元空間に部分的にしか表れていないからではないか。

こちらに現れている以外の余剰分が次元の壁になっているのではないか。

そしてUSNAの実験でブラックホールを作った事で、次元の壁が壊れて魔法的なエネルギーが漏れ出したのではないか。

それがパラサイトを呼び寄せたと俺は思っている。

また今回の事で仮説としては唱えられていた『魔法のエネルギーは異次元から来ている。』は正しいんじゃないだろうか。」

「という事は力と次元は何か関係が有るの?

4つの力、確か次元も時間を入れて4つだったよね。」

「その発想は無かったな、じゃあまず力の方から簡単に解説するか。

4つの力とは、強い力、弱い力、電磁気力、重力だ。

強い力とは原子核で陽子と中性子が結合している際に発生している力だ。

電気的に正の陽子と電荷をもたない中性子では電磁気的には斥力が発生しているから他に力が無ければ結合しないからな。

弱い力は核子変換に関わる力だ、ベータ線(電子線)を放出して中性子が陽子に替わるベータ崩壊などに関わっている。

これら二つの力の特徴は原子核レベルの非常に狭い範囲に作用する力だ。

そして電磁気力、これは現代社会ではおなじみだろう、情報端末やCADなどはこれをつかっているな。

前二つと違いこの力は空間が続く限りどこまでも届くという点だ。

またこの三つの力は正と負の概念があり、いわば双方向な事が共通している。

ちなみにこれら三つの異なる力は『大統一理論』で統合されている。

最後の重力、これは他の三つの力とかなり異なっている。

先ずはさっきも言った弱いという事・」

「達也さん、弱いのになぜ星は重力で動いているの?」

「良い質問だ、それは重力が引力しかない、いわば一方通行の力だからだ。

弱い力強い力は有効範囲が狭いから星レベルでは無意味だ。

電磁気力は正負が有るから遠くから見ると相殺される部分が多くなる。

これは原子が構造で見ると正の原子核と負の電子ががあって力が働いている。

だが人か認識する物質のレベルになると電磁気力を感じる事はほとんどないのを考えればわかるんじゃないか。

そして重力、これは引力しかないから相殺されることが無い、どこまでも力は届くことになる。」

「なるほど、じゃあ同じ四つの次元の方は?」

「同じ四つだから必ず関係がある訳では無いんだがな。

昔(肉眼で見える)惑星の数と正多面体の数が同じ五つだから関係が有ると考えられていた事が有ったからな。

そうだな関係ありそうな感じで解説してみるよ。

四次元は三次元空間と時間に分けられる。

空間は色々な座標系があるがここでは極座標で解説しようか。

この座標系では二つの角度と距離で空間を表すものだ。

二つの角度は当たり前だが±180度と言うごく小さい範囲。

一方距離は当然だが事実上無限だ。

そしてこの三つは正負と言うか双方向に行くことが出来るのも特徴と言えるな。

また座標を変換すれば統一的に扱うことが出来る、例えば直交座標系(X軸、Y軸、Z軸)なんかだ。

そして時間、これは当たり前だが一方方向にしか行くことが出来ない。

こう考えると見事に対応している様だな、もしかすると次元と力は本当の意味で裏表なのかもしれないな。」

「じゃあパラサイトたちがいた魔法次元に対応するのが魔法力という事だね。」

まあ超弦理論によれば実際はこの次元は四次元ではなく13または26次元らしいから8種の力ぐらいは余裕だな。」

達也は笑いながら言い付け加えた。

「で、何か参考になったか?」

「うん、これを研究テーマにする。」

「言った通り学士のテーマにしては難しすぎるぞ。」

「全部解明したい訳じゃない、取っ掛かりが出来ればそれでいいよ。

科学で研究できるようになったら良いなぁって。」

「なるほど『十分に進んだ科学は魔法と変わらない。』か。

その逆と言うより対偶だな『魔法に見えるのは十分に科学が発達していないからだ。』

これなら雫の父上も賛成するかもしれないな、魔法への偏見に心を痛めておられたからな。」

「達也さん…ありがとう、父と話し合ってみる。」

雫の様子が少し落ち着くまでしばらくそこにいた。

 

もういつもの事になる、雫に家の玄関ドアの前、黒沢さんは車をガレージに持って行った。

二人は見つめ合っている、雫は突然頭を下げた。

「ごめんなさい…」消え入りそうな声で雫は言った。

「うん、何だ。」

「…今日も助けてもらった…」

「……雫が口下手なのは自信が無いからか?

一拍おいてから短くしゃべるのは誤解されるのが怖いからなのか?」

引継ぎでは矢継ぎ早に畳み掛けて雫の返答を封じ、自分の要求をのませるように動いていた。

雫は少し考えていたがいきなり達也に抱きついて言った。

「…そう、私は北山家の長女、お姉ちゃん。

だから私の不用意な言葉で人を傷つけてしまう。

…だから達也さんみたいに頼れる姉兄がほしかった。」

達也はその言葉に雫の頭をやさしくなでた。

深雪と似た髪の手ざわり、そしてそれは妹としての深雪を強烈に思いださせた。

そう、またギアが一段変わったのだった。

 

達也は雫が自分から離れるまで優しくなでていた。

落ち着いたのを見計らって達也が言った。

「雫、じゃあまた今度。」

雫が頷くのを確認して帰って行った。

しずくはその背中にもう一度小さく言った。

「ごめんなさい。」と。

 


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