防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-69 鎌倉から江の島へ

美輪が達也を寝室に連れ込んでいた頃、真由美は達也の事を考えていた。

ここ数日達也の様子がおかしい、長年付き合ってきたから分かる、と真由美は思っていた。

具体的にどこがおかしいとはっきり明言できないのだが、達也君にしては覇気が無いように感じられたのだ。

「達也君、元気がない。

…ここは一つお姉さんが一肌脱ぐべきかしら。」真由美は独り言をつぶやく。

隣で暮らすようになって妙に遠慮気味になっていた真由美だが、ここに来て本来のお節介な性格が出てきたのだ。

「さてどうしようかな?

幸い明日は日曜日、気晴らしにどこかにぎやかな所にでも連れ出そうかな。」

情報端末で『二人でおすすめスポット 横浜近郊』で検索。

候補の中から『鎌倉の寺院巡り』と『江の島の夕景』を選んだ。

理由は達也君の師匠が僧侶の九重八雲だったことだ。

達也君のスケジュールは大体教えてもらっている、確か明日は午後から空いているはず。

念の為明日の朝に確認しよう、そう真由美は思った。

 

次の日の朝、真由美は達也に言った。

ちなみに朝食は住人三人で取る事になっている、場所は持ち回りで今回は達也の番だ。

「達也君、今日の午後は暇?」

「今日でなければならない用事は有りませんが、今日やっておいたほうが良い用事は有ります。」

「ならちょっと付き合って。」

「強引ですね。」

「つ・き・あ・っ・て!」

「…」

「お姉さんの言う事は聞いておいたほうが良いと思ううんだけどな。」

「どこにですか?」

「鎌倉よ。」ニヤッと笑って真由美が言った。

「…鎌倉に何をしに行くつもりなんですか?」

「鎌倉なんだから寺院巡りよ…ここのところ色々あったから…」後半は達也の圧力で尻すぼみだった。

「お兄様、そう言う事なら行ってこられてはどうですか。

お兄様も気分転換が必要だと思いますよ。」と美輪が言った。

「…美輪もそう思うのか。」

「はいお兄様。

真由美さん、お兄様の事よろしくお願いしますね。」真由美に向かって頭を下げて美輪が言った。

「ありがとう美輪さん。

じゃあ達也君、一時に鎌倉駅前ね。」と言って部屋を出て行った。

 

達也は待ち合わせの30分前には駅前に来ていた。

こんなに早い時間に来ている理由は二つある。

一つは家にいても美輪がそわそわしているからだ、おそらく真由美から監視を頼まれているのだろう。

もう一つはエレメンタルサイトがうまく使えないので、真由美の位置を正確にとらえられないからだ。

これはエレメンタルサイトを使おうとすると深雪を見てしまいかねないからだ。

深雪を見ない事に少しだけ慣れたようだが、安定には程遠い状態だったのだ。

今までなら真由美の位置はハッキリわかっているので余裕を持って対応できていた。

今は全く分からない、この状態で真由美より遅く来て弱みを握られるのは避けたかったのだ。

3分前になった、真由美が後ろから駆けて来るのが感じられたが振り返らない。

実は10分前ぐらいから後ろで待機しているのが、ショーウインドウのガラスの反射で確認できている。

「達也くーん。」そう呼ばれて達也は振り返る。

「ごめんなさい、待ったかしら。」真由美は達也の前に来て少しだけ大きな声で言った。

「いや、俺も今来た所ですよ。」こちらは若干抑え気味に答えた。

達也も順調に調教されつつあるようだ、所詮姉に勝てる弟はいないのだろう。

真由美はその言葉に満面の笑みを浮かべて達也の腕を取った。

「先輩、荷物は俺が持ちます。」と言って達也は真由美のカバンの持ち手を掴んだ。

「ま・ゆ・み・よ、達也君。」少し怒った顔をして真由美はカバンを達也に押し付けた。

 

それから真由美は達也と腕を絡めながら寺社巡りを始めた。

達也は真由美に引っ張られるままに進んだ、行く場所も告げず行った寺社のご利益もバラバラだった。

どうやら真由美は目に付いた参拝者の後をついて行っているだけの様だ。

途中途中で土産物屋に入り美輪へのお土産を二人で選んだりはしていたのだが。

振り回されている様子の達也だが、内心は妹の事を考えられなくなっているので心は少し軽かった。

 

夕方、江の島へ移動した二人は海が見えるベンチへ来た。

「達也君、それを・」真由美の言葉の途中で達也はカバンを渡した。

9月の半ば過ぎなのでそれほど人がいる訳ではない、恋人っぽいカップルが目立つ程度だ。

カバンの中身はお弁当、これは達也も予想していた事だった。

真由美は中身を達也に手渡す、達也は受け取り蓋を開ける。

達也はそこで衝撃を受ける、思っていた内容と異なっていたからだ。

達也はここ半年、真由美の弁当を見て嗅いで食べてきた。

深雪のそれに似せた弁当、初めこそ新鮮だったが慣れて来ていた。

だがこの弁当は予想を超えるほど深雪のそれに似ていた。

驚く達也を見て真由美がおかしそうに言った。

「あの時と同じでしょう。」

その言葉に達也はあの生徒会の光景がフラッシュバックする。

あの雰囲気、香りが真由美と結合していく。

達也は今の真由美を知りたいと思いエレメンタルサイトを真由美に向けた。

高揚している、ネガティブな感情はない様だ。

「漸くいつもの達也君に戻ったかな?」真由美は笑って言った。

この時、達也のギアはまた一段変わったのだった。

 

この顛末はすぐにネットで話題になった。

真由美は深雪に対して容姿にコンプレックスがあるから気にしていなかったが、鈴音が言ったように”魔顔”の持ち主だ。

真由美はこの時は気にしなかったが世紀の美少女が男を引っ張りまわしているのだ、話題にならない訳がなかったのだ。

そして二人を見つめる目がある事も気が付かなかった。

 


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