達也は真夜から言われた事をあれからずっと考えていた。
深雪とのつながりをすべて断ち切らなければならない事を。
もちろん拒否する事は可能だろう、このままでも何もしなければおそらくバレることは無いはずだ。
だが深雪に何かあった場合、自分は行動せずにいられない。
その場合は叔母上に何故駆け付けられたのかと問い詰められるだろう。
言い逃れは難しいだろう、真夜ならば一般的な意味での運命的な扱いで宣伝するかもしれない。
又は叔母上との約束を破ったという事になればそのペナルティが恐ろしい。
更に悪い事には真夜の要求はある意味正当な物ではあるのだ。
エレメンタルサイトで24時間ずっと深雪を見ている事は現在の状況では確かに問題がある。
今や深雪はミストレスではないし、親戚の小さな子供でもないのだから。
真夜にワビをいれれば避けられるかもしれないが、確実に深雪と結婚と言う流れになる。
それは妹と言う存在を永遠に失うという事、感情のバランスが壊れている達也にとって致命的になりかねない。
所詮達也の壊れた感情が求めているのは妹であり深雪本人ではないのだ。
もちろん深雪本人は超絶な美人であり第一高校主席、おまけに自分を慕っている。
その意味での欲求はもちろん達也にも有るが、妹を求める心には到底かなわないのだ。
(正確には姉妹愛と言うべき物なのだが達也には妹しかいない。)
深雪を未だ妹としてしか見ることが出来ない達也にとって、考える時間が出来たこの状況は必ずしも悪くない。
だから深雪と晴れて婚約者になったらかえって状況は悪くなってしまう。
特に期限を切られていない事もあり達也の悩みは深いものに待っている。
悩んでいる達也だが状況はそれと関係なく過ぎて行く。
トーラスシルバー社が筆頭株主の代理人に要請していた営業担当(仮)が決まったと牛山から連絡があった。
牛山からの要請で顔合わせに立ち会って欲しいらしい。
「牛山さん、会うのは構わないんですが、先ずはCEOが会われてそれから紹介されるのが流れなんでは?」
「はい、それはそうなんですが相手は学生、現在高校三年生の女の子なんですよ。
しかも大企業の御令嬢らしいんです、ただし今後のトレーニングも兼ねているんで遠慮なく使ってくれとの事でした。
流石に高校生の女の子の相手は厳しいんで御曹司、よろしくお願いします。」
その言葉に達也は少し笑って言った。
「そう言う事でしたか、なら了解です。
ではこの後の予定はどうなっていますか?」
「これから軽く食事、その後茶道のお茶会、最後に舞踏会を考えてます。」
礼儀作法をカルチャースクールで学んでいる牛山ならではの発想だろう。
「なるほど、関係企業の経営者との会合のへの対応能力を見る、という訳ですか。
だが茶会や舞踏会をよくこの時間で用意出来ましたね。」
「はい、今回は両方とも教室の体験入学を利用しました。
都合のいい事に茶会は我々だけ、舞踏会は我々の他は三組です。」
「了解です、ではお姫様を接待するとしますか。」
牛山が用意したレストランは都内のビルの一室の小さな所だった。
だがしっかりとドレスコードのある本格的なレストランだ、今回はそこを貸し切りにしている。
「では私は玄関ホールで相手の到着を待ちます。」
「まだ少し早いのでは?
それに出迎えなら俺も一緒に・」
「いえ御曹司、相手は筆頭株主様からの推薦、いわばスポンサーの代理人です。
CEOの私が迎えに行かないと失礼に当たります、では。」と言って牛山はレストランから出て行った。
達也は不味い事を牛山さんに言ってしまったかと少し反省した。
経理責任者の自分とCEOを同列に扱うのは問題ではないか、と言いたかっただけなのだが。
人事権はCEOにある、これに異を唱える事は本来は経理責任者には出来ないのだから。
それにしても牛山さんにはかなりの負担をかけているようだ、江戸っ子っぽい訛りが影を潜めている。
礼儀作法のカルチャースクールに通っている成果だろう、だが達也はこれも少し寂しかった。
なるべく牛山さんの負担を減らさないと、と達也は強く思った。
先ずは今から会う営業担当の少女への対応だろう。
能力的に問題がある、性格的に問題があるやその他諸々の条件で100件ほどシミュレートした所で入り口の扉が開いた。
TPOをわきまえて達也は笑顔で迎え入れる、だがその笑顔は途中でひび割れた。
そこに現れたのは達也が予想もしていない人物だったからだ。