花音は病院の待合室を抜けだし連絡艇に乗り西果新島の港に着いた。
『失敗した!』そう花音は思っていた。
涙は病院で出尽くした、今はただひたすらパーティー会場を目指してひた走る。
目的はただ一人、司波達也だ。
あの力を使えばまた元通りの二人でいられる、あの時の様に。
ただそれだけを思い、彼がいるはずのパーティ会場を目指した。
直前の通達でパーティーは夜通しに変更された。
(特別な理由が有れば沖縄軍の艦艇を使用して沖縄本島へ護送してくれる。
こんな事になっているのは警備体制の強化を誤魔化す為だ。)
だから必ずここにいる、そう花音は思っていた。
もうすぐ夜明けだが、未だ見つからない。
ここでようやく入れ違いになっていた服部たちと合流する事になった。
「達也君が見つからないの。」顔をクシャクシャにしながら皆に訴えた。
あずさ、服部、沢木には訳が分からなかったが桐原と紗耶香だけは理由が分かっていた。
だが二人はそれは言う訳にはいかない。
「…えーっと司波君ですか?
そう言えばパーティーでは見ていませんねー」とあずさ。
「…俺も見てはいないな。」と沢木。
「俺もだ、だがあの二人は本当にパーティーに出席したのか?」
「でも昨日は出席するって言ってましたよ。
広い会場だから見つからなくても不思議じゃないですよ。」と中条。
「だがあの二人は目立つ、登場すれば必ず大きな騒ぎになるはずだ。
俺たち全員が知らないのはおかしくないか?」と服部。
「確かに、だが北山夫妻はいたぞ。
確か少し遅れるかもと言っていたはずだ、遅れて来たのかも知れん。」と沢木。
「でも何で司波君なんですか?
他の人じゃダメなんですか?」とあずさ。
「彼じゃないとだめなの!!
彼じゃないと」と絶叫する花音。
桐原と紗耶香は慌てて隅の方へ引っ張って行った。
但し紗耶香は「ちょっと落ち着かせてきます。」と一言言ったが。
しばらく三人で言い合っていたが、紗耶香だけが小走りで戻ってきて言った。
「とにかく司波君に会わせてあげてください、お願いします。」
一同は二人が戻るのをやや緊張して待った。
「出欠は受付の人に聞けばわかるんじゃないですか?
それくらいだったら教えてくれますよ。」とあずさが言った。
「はい、そのお二方は出席名簿には有りませんね。」と受付のAIが答えた。
「招待された方ではなく随伴者として来ていると思うんですが。」とあずさ。
「はい、そちらもチェック済みです。」
「そんなぁ」みるみる花音が落ち着きをなくす。
「そうだ壬生、お前は司波の電話番号を知っているんじゃないか?」放送室占拠事件を思い出して服部が言った。
「ごめんなさい、桐原君とお付き合いする時に消去してしまったの。」顔を少し赤らめて紗耶香が言った。
「そ、そうか、それは残念だ。」狼狽えて服部が言った。
「じゃあどうするの、ホテルをしらみつぶしにでもしろって言うの!」とヒステリックに花音は言った。
「それはさすがに非現実的だろう、本島にどれだけ宿泊施設が有るか検討もつかない。
警察じゃないから電話で宿泊者を問い合わせても答えてはくれないだろうからな。」と服部。
「いやそうでもないぞ、あの二人は四葉家の代表としてここに来ていた。
だからそれなりの所に宿泊しているんじゃないか?」と沢木。
「確かに、だがそんな所はガードが堅い筈だぞ。」と服部。
「私が直談判する!」と言って飛び出そうとした花音を、秘かに見張っていた桐原と紗耶香が止める。
「良くやった、今の千代田じゃあ警察を呼ばれかねないからな。
だが沢木、ガードを突破する方法は?」と服部。
「彼女を使えばどうだ。」と沢木はあずさを指した。
「へっ、私?」
「彼女なら余計な警戒心を煽らないだろう、俺や桐原、壬生なんかは少々闘気が強すぎる。」
「確かにそうだが中条だけで本当に大丈夫なのか?」と服部。
本人以外の率直な感想だろう、入学式のあれは彼らの心に深く浸み込んでいる。
「彼女だけならそうだろうそこで服部、お前がカバーするんだ。
生徒会で知らぬ仲じゃ無いはずだ、お前なら上手にやれるだろう。」
「何々服部と『彼女』ペアーならOKだと。
確かに服部とその『彼女』なら上手く行くだろうぜ。」とニヤニヤ笑いながら桐原が言った。
「私と服部君はそんな仲じゃ…」
「桐原、こんな時にからかうな。
そうだ中条、生徒会の緊急メールは使えないのか?」
「ああ有りましたねそんなモノ、在籍中一度も使わなかったので忘れていました。
ですがあれは学校のシステムがメンテナンス中かダウンした時に使用するのを想定しています。
ですから予備の端末に登録する事が義務付けられています、ちなみに私のは今はホテルに預けて有ります。
なので学校のシステムにアクセス出来ない場合にはじめて確認するんです、深雪さん気が付きますかね。」
「それでも良い、教えて!」と叫ぶように花音。
「ですからホテルへ帰らないと…」
「じゃあ早く、ここにいても意味がない。」と言って花音は港へ走り出した。
(この時代、電話番号やメールアドレスなどは特に親しい間柄でしか交換しません。
事務連絡は所属組織が中継する事で個人情報を保護しています。
だから深雪が怒ったり、幹比古がからかわれたりしたんです。
但し例外もあります、それは達也が一年の時の平川小春の場合です。
あの時達也は小春のカウンセリングの仕事を受けていました、また論文コンペの引継ぎもありました。
その為学校から特別に開示を受けていました。
その為この時深雪はその事を怒ってはいません。)
船の中で花音を除くメンバーは話し合った。
「二人が泊まっているホテルの条件をを考えようか。」と服部。
「まずは高級ホテルだな、四葉を背負って来ているんだから。」と沢木。
「飛行機で一緒だったから沖縄本島に宿は有るわね。
トランジットには時間が早すぎるわ。」と紗耶香。
「それと遊びに来ている訳じゃ無いから、郊外のリゾートホテルも除いて良いんでは。」とあずさ。
「それらを除いても10件以上ある。」端末を見ながら難しい顔で服部が言った。
「そこからは二人の力だな。」と桐原。
「桐原いい加減にしろ、高級な所ほど客のプライバシーには五月蠅い筈だぞ。
俺たちで行ってもまともに相手にされんだろう。」と服部。
「それなんだけど宿泊していない事だけなら確認できるんじゃないかな?
お客さんが宿泊していない情報はプライバシーには当たらないと思うの。」と紗耶香。
「だがそれでも教えない所は有るはずだぞ、それはどうする?」と服部。
「それでも絞り込めると思うわ、数が少なくなったらみんなで手分けしてロビーで見張るしかないわ。
この高速艇ならまだ十分に朝と呼べる時間に着けるから。」と紗耶香。
「それしかないか、…千代田、今の内に少しでも体を休めておくんだ。
司波に会って何をするのか知らないが、会った時疲労困憊だと話にならないぞ。」と服部。
その言葉に花音はシートに体をうずめた。
それを見届けてから服部は桐原を外へ連れ出した。
「ここなら他に誰もいない、詳しい話を聞かせろ。」と服部。
「すまんが言えん。」
「お前と俺の仲でもか?」
「そうだ、しゃべる権限が俺にはない。」
「そうか…」
桐原は服部から海の方へ顔を向けた。
「だが会えれば可能性はある、とだけは言っておく。」
服部も海を見、しばらく二人で海を見ていたがやがて服部は船内に戻って行った。
それを見計らったように紗耶香が桐原に並ぶ。
そのまま二人して海を眺める。
「なあ、これで良かったのか?」と桐原。
「それは…」
「無理やりにでも千代田を止めるべきだったんじゃないのか?
どんな事情が有っても他人に痛みを背負わせるべきじゃない。」
「…桐原君こっちを見て。」
ゆっくりと紗耶香を見た桐原の表情は、泣いている様でもあり怒っている様でもあり苦笑している様でもあった。
「ぷっ、変な顔。」紗耶香は思わず吹き出した。
「わるかったな、変な顔で。」そう言い桐原は再び海を見た。
「でもそれじゃあ花音ちゃんは納得しなかったと思う、私かその立場だったらって思うと…」
「そうか…」
「お願い、私を同じ立場にしないでね。」
「…善処する、俺も痛いのは嫌だからな。
だがその時でも奴を恨まないでくれ。
人間は二度目の奇跡を願うべきじゃない。
一度も奇跡にあずかれない人は大勢いるんだからな。」
「…はい。」
二人は船が港に入るまで海を眺めていた。
服部に言われてシートにもたれ目を閉じる。
この時間に眠ろうとするが上手く行かない。
後悔だけが渦を巻き心を責めてくる。
あの少女に不用意に近づいてしまった事、相手は髪の色を変えたりして明らかに怪しかったのに。
そして敬に助けられて舞い上がり警戒心を忘れた、敬を狙った犯人は逃走したままだったのに。
敬が魔法で攻撃された、目の前にいたのに何もできなかった。
警戒していれば何かできたはずなのに、最悪突き飛ばせば軽いケガだけで済んだのに。
目の前で血を吐き倒れる姿を見て頭が真っ白になり言われるまま病院へ緊急搬送された。
手術にはどれだけ時間が掛かるか分からないと言われ、想像以上の重傷だった事に涙があふれた。
幸い仲間たちのおかげでやる事は決まった。
彼女へメールを打ち、ロビーを見張る。
だが花音の思いもむなしく彼がロビーに現れることは無く、メールの返事はその日の夕方だった。
達也と別れ深雪は水波と合流、夕飯の買い物をして自宅に戻った。
二人で達也の荷解きをして、深雪は自身の荷解きをするため自室へ。
荷解きしながら今回の沖縄行きについて思いを巡らせた。
響子さん達も達也様を便利な道具としか見ていない。
面倒事には手を出さない様だ。
軍に拘束された時、響子が助けに来ると思ってしまった。
だが実際は介入は無く、おばさまの不興を買ってしまう事になった。
とすると牛山さん達は達也様によって唯一の重要な味方という事になる。
お手伝いして差し上げたいが、会社経営となると流石に手が出せない。
出来る事と言えば、達也様を煩わせずに専念させてあげる事だけだろう。
そんな事を考えながら荷解きを行っていたが奥に突っ込んであった予備の端末が出てきた。
そろそろ充電が必要かと端末を開くとメールが来ている事に気が付いた、それも数十通も。
差出人は千代田花音、内容は初めこそ『連絡してください』と丁寧だった。
後のメールになるほど高圧的で支離滅裂になっていた。
普段ならこんなメールは無視する深雪だが、どうやら達也に用事があるらしい。
気になった深雪は初めのメールに有った電話番号へ掛ける事にした、もちろんセキュリティ対策をして。
「誰?深雪さん?」電話の相手は千代田花音で間違いないようだ。
「千代田先輩、司波深雪で」
「司波君をXX市XXXXへ大至急寄こして!」深雪が言い終わる前にしゃべりだした。
「えっ。」
「だから司波君をXX市XXXXへ連れて来て。」花音は怒った様に言い放った。
「申し訳ありませんがその要望にはお答えできません。」きっぱりと深雪は言い切った。
「えっ。」今度は花音が言った。
「ですからこちらの都合も無視して事情も話さず『ただただ来い』、ではお受けすることは出来ません。
達也様は貴女の召使ではありませんよ。」あまりに高圧的な物言いに深雪は言い返した。
「くっ、分かったわよ、敬がパーティーで大怪我をしたの、大至急司波君を。」
深雪はニュースを素早く検索し記事を読んだ。
「今ニュースを読みました、『壇上で倒れた方がいる』とありますがこの事でしょうか?」
「そうよ、だから早く。」
「記事には『病院に運ばれ、命に別状はない。』とありますが。
お医者様にお任せする事をお勧めします。」
「そんな事どうでも良いの、司波君を早く」
「大変申し訳ございませんがお断りします。」
「えっ」
「ですから達也様をそちらへ行っていただく事はありません。」
「何を言ってるの、敬が大怪我なのよ、死んじゃうかもしれないの!」
「それは達也様の仕事では無く、お医者様の仕事です。」
「なんで、なんでなのよ!」
「申し訳ありませんが。」きっぱりした口調で断る深雪。
「…お前らはいつもそうだ、助けられる力が有るのに助けない。
私たちに迷惑ばかりかけて、そんな十師族なんか滅んでしまえば良いんだ。」
ここで深雪は電話を切リため息をついた。
誰も彼もが達也様の力を利用しようとする。
こんな仕打ちを受けると横浜事変で助けなかった方が良かったんじゃないかとさえ思う。
「達也様。」そっとつぶやき荷解きの作業に戻った。
達也がこの事を知ったのは随分後になる。
沖縄基地司令は達也を追い払った副指令と対峙している。
「司令、お考えは変わりませんか?」
「そうだ、これは俺なりのけじめのつけ方だ。」
「そうですか、ですが私は納得してい無い事だけはお伝えしていきます。
あれは司令の落ち度じゃありません。」
司令は立ち上がり窓の外を見て言った。
それはまるであの時の様だ。
「なあ、もしあの時俺が奴らの邪魔をしなかったら彼の運命は変わっていたのか。
諜報にたけた奴らならもっとうまく立ち回れただろうか。」
「司令、『歴史にもしはない』と言います。
賊を事前に捉える事が可能だったかもしれません。
ですがあくまで可能性です、そんな話に意味は有りません。」
「そうか、だが俺の決心は変わらん。」
「残念です。」
3か月後、沖縄基地司令は引継ぎを終え除隊した。
本人の意向で華やかな式典も無い寂しいものだった。
五十里敬はあの時ジャスミンのオゾンサークルのターゲットとなってしまった。
魔法を駆使しながら演説している敬は格好の的だった。
ジャスミンのオゾンサークルは密閉されていない屋外で訓練された兵士を倒す威力がある。
それを密閉された屋内で訓練されていない五十里敬が受けたらどうなるか。
演説中だったためまともにオゾンを吸い込み肺の大部分は漂白され、血液中のヘモグロビンは破壊された。
つまり酸素を取り込めなくなった事により、演説で大量に酸素を消費していた大脳に大ダメージを与えた。
施術が早かったため脳幹の機能は保たれたが、大脳は重い障害が残った。
五十里敬の命に別状はない、ただ静かにカプセルの中で眠り続けている。
そしてこの沖縄基地司令の事実上の更迭は諜報機関に教訓を残す事になった。
『四葉はアンタッチャブル、手を出せば不幸を呼ぶ。』は未だ生きていると。