達也が四校から帰ってきた、入れ替わるかのように深雪と水波は三校へ。
エリカ主導で早速アイネブリーゼで慰労会を開いた。
「お疲れさま、達也君。」とエリカ。
「「「お疲れ。」」」雫、レオ、幹比古。
「「お疲れ様です。」」ほのか、美月。
みんな口々に言った。
「で、四校ではどんなことを話したの。」とエリカ。
達也は四校での講演の概要を語った。
その内容は、深く納得できる物でもあったが、そんな所まで考えていたのかあきれる所でもあった。
ひとしきり話を終えてそれぞれの思いに浸っていた。
このタイミングでエリカはコーヒーを一口飲みこう切り出した。
「ねえ達也君、今度家にお邪魔しても良い?」
「ん、いきなりだな。」
「深雪に聞いたんだけど達也君、今一人暮らしをしてるって。」
「えっ、達也さん一人暮らしなんですか、私と同じですね。」とほのか。
「達也が一人暮らしか、あんま想像できねえな。」とレオ。
「そうだね、僕も想像できないや。」と幹比古。
「達也さん、何故。」と雫。
「深雪から聞かなかったのか?」
「そうね、プライバシーを盾に聞きそびれたわ。で、なんで?」とエリカ。
「…エリカなら無理やりにでも聞き出しそうだな。」
「えー、酷いー」
「わかったわかった、ただし人数は限定させてもらう。」
「まあ当然だな。」とレオ。
「それじゃあ言い出しっぺの私。」とエリカ。
「達也さんの部屋、私も行きたいな。」とほのか。
「じゃあ女だけか。」とレオ。
「そうだね、じゃあ風紀委員長の僕も行こう。」と幹比古。
「それじゃあ…」
達也に案内されたそこは懐かしいと言っていいかもしれない場所だった。
横浜事変、あの事件で破壊され大幅に変わったあの場所だった、
二階の談話室に案内された3人は緊張しながら待った。
しばらくして達也は電動車いすを押してきた。
車いすには中学生と思われる少女がいた。
「紹介するよ、彼女は」
「お兄様、自己紹介ならできますわ、私の名前は黒刀美輪。
漢字では『くろ』い『やいば』に『うつくし』い『わっか』です。
ある事情で天涯孤独の身の上になったので、お兄様に後見人になってもらいました。
よろしくお願いします。」
「あたしは千葉エリカ、達也君の元クラスメイトよ。こちらこそよろしくね。」
「僕は吉田幹比古、よろしくね。」
「わ、わったしは、三井ひょのか。よろしくお願いしまふ。」
「ひょのかさんですか変わったお名前ですね。」
「わ、わわ」
「違う、彼女は三井ほのかだ。」と達也が突っ込む、まるで漫才の様な事をしている。
ほのかはそれで緊張が解け楽しそうに話しだした。
少し離れていた幹比古は小さくつぶやいた。
「なるほど。」
「なによ。」その言葉を鋭くエリカが聞きとがめた。
「エリカ、覚えているかな、去年の四葉の分家の話を。」
「たしかクロハ、だったかしら、四校の姉弟がそれじゃないかと話題になったっけ。
でも該当者が見つからなかったんじゃないの。」
「そうだ、結局見つからずガセネタだと思われていたんだ。
彼女の名前を漢字で書いてみてよ。」
「黒刀…そうかクロハは符丁だったんだ。」
「そう、クロハは諜報を司っていると言われていたよね。
だけどこれはおかしいいんだ、諜報部門の名前が出るのは本来ならばあり得ないんだよ。」
「マタ・ハリやゾルゲなんかは有名じゃない?」
「その人たちは捕まった、つまり失敗した人なんだよ。
本当に優秀なスパイは影に生き陰に死ぬ、名前が出る事は有りえない。
だけど全滅していたのなら話は別だ。
その分家が全滅したから名前が出て来たんじゃないかな。」
「彼女はその分家の一員だってこと?」
「彼女の『お兄様』を聞いただけでも、深雪さんと親しい間柄は明らかだろう。」
「そうね、でも…」言葉を聞いて少し考えてから達也に聞いた。
「ねえねえ、達也君。でも何でここで二人で暮らしているの?」
「彼女は見ての通り体が弱い。ここの裏は魔法師専用の病院なんだ。」
「私はお兄様に命を救われました。お兄様がいなくては生きてはいけません。」熱く語る美輪。
「そ、そうなんだ。」幹比古はタジタジになりながら辛うじて言った。
「達也君、ここは何なの?随分セキュリティがしっかりしているみたいだけど。」
「ああ、ここは本来協会の持ち物になるはずだったんだが、協会に近すぎて入居者希望者がほとんどいなかったらしい。
そこで横浜事変で活躍した先輩たちの功績で十師族が使っていい事になったらしい、それに便乗した形だ。」
その後少女と話に盛り上がった。
エリカは思った、深雪と達也君の間に何か重大な事が有ったのは間違いない。
彼と深雪の間で何かが起こっている、そしてこれは付け入るチャンスだと。
ただしどっちに付くか、これだけははハッキリしている。
深雪だ、彼を直接動かせるとはエリカには思えないから。
達也にとっては優先は深雪だ、他は意味をなさない。
深雪からお願いされれば達也は言う事を聞くはずだ。
深雪を説き伏せ、ローゼンに協力してもらう様に持って行く。
それしかしか道はない、これからは特に深雪に注目していこう。
雫はほのかから話を聞いて疑問を持った。
雫は深雪の思い(執念?)を良く知っている、聞いた話位で離れるなんて考えられない。
そこで風紀委員長からも事情を聴いた、達也の被後見人に関して推測も含めてすべてだ。
被後見人は深雪のサブセット、それが雫の印象だ、命を救われているという点も同じだ。
ただ年齢がほぼ一緒の深雪よりも彼女の方が妹らしいのかもしれない。
深雪とは年が離れていない事もあり、妹という印象が少ない。
むしろ恋人の印象が強い、二年前には二人の関係はよく聞かれるものだった。
場所も変だ、四葉の分家の娘と暮らすのに何故十師族の家を使うのか。
これはこの事態に十師族が関係していることを示唆しているのではないか。
その夜雫は両親に会いに行った、情報を得る為だ。
特に母の紅音は学生時代に十師族にコネがあるから。
三日後、雫は両親から呼び出された。
「雫、この前のあれ漸く分かったわよ。
今回はなかなか口が堅かったから大変だったわ。
これまでの貸しを随分解消させられたわね。」紅音が言った。
「そんな事より結果を。」と雫、少々苛ついている様だ。
「まったく、こっちの苦労も判ってほしいものね。それじゃあ…」
「…」雫は深く考え込んでいるようだ。
「それじゃあ、黒刀さんの事は?」すこし間が空いて雫が言った。
「さすがに四葉内部の事は、企業連合でも私の個人のコネでも解らないわよ。…
どうやら結婚の判断は四年後の次の師族会議まで先延ばしにしたみたいね。」
「で、彼には誰が宛がわれているんだい。」と潮。
「今の所、七草家の長女の真由美さんね、十師族の2大巨頭の婚姻になるわね。
両方とも当主候補じゃないから丁度いいと考えているみたい。」と紅音。
「ほのかちゃんには厳しい事には変わりないか、いや更に難しくなったのかな。
達也君は高校卒業と同時に結婚と思っていたから、時間は出来たかもしれないけれども。
四葉家公認の婚約者候補が別にいるなら、お付き合いそのものが無駄かもしれんぞ。」と潮。
「そうね、情報は十師族内のみで共有されているわね。
彼の実績を考えれば囲い込みとみるべきでしょう。」
「ほのかは入り込めないと。」
「ええそうね、北山家でもギリギリでしょうね。」
「私の親友でも?」
「話にならないでしょうね、娘本人なら何とかなるかもしれないけれどもね。」
難しい顔で考え込む雫、それを見かねて潮が言った。
「…手が無い訳では無いが…、ほのかちゃんが死ぬような努力が必要だよ。」
雫に促されて潮はその考えを告げる。
難しい顔でしばらく考えていた雫だったが
「ほのかを呼んで話をする。」そう言って雫は決意を潮たちに語りだした。