鈴音と別れた後に真由美は考え込んでいた。
摩利に次いでリンちゃんにも言われた、彼と付き合えと。
そんなに分かり易かったかしらと、出会いから思いだしてみる。
初めは学年主席の兄、二科生の差別されるかわいそうな存在と思った。
半蔵君の挑発に乗り彼はその恐るべき能力に一端を現した。
それに興味を抱いた『摩利』は彼を重用しだす事になる。
(あくまで摩利が先に重用しだした事にしたいらしい、初めの『達也くーん』は無かった事になってるようだ。)
そこで彼の異能、いや規格外の力を持って次々と問題を解決していく。
そしていつしか私も彼を頼りにしだす事に……
そして何かを思い出して顔を真っ赤にする真由美、京都のホテルの件を思い出したのだろうか。
鈴音に相談したが解決はせず、かえって悶々とすることになってしまったのだ。
(定例になっている達也との会談は諸般の事情により延期になっている。)
8月末真由美は突然父に呼び出された。
あの臨時師族会議から初めての呼び出しだ。
あの日以降真由美の夏休みの公式予定はすべてキャンセルされている。
狸親父が何か考えているのは明らかだが、窮屈な行事が大好きなわけではないので特に抗議はしなかった。
だがその分考える時間がたっぷりあるのは現状では微妙だったが。
父の話は単純、しばらくある場所へ行ってほしいという事だった。
ただし今すぐ、必要なもには購入してかまわないとの事なので迎えの車に乗り込む。
簡単な買い物(女性なのでそれなりの時間はかかっている)を済ませついた先はとあるビル。
教えられるまま4階へ、すでに個人認証が済ませてあるのかスムーズに部屋に入れる。
入った途端狸親父の意図に気付く、そこに自分の部屋が持ってこられていたからだ。
広めの1LDKの家、1フロアー3家のこじんまりとした作りだ。
恐らく達也君の家の近くなんだろう、会うのが少し怖いがずっと会わずにいる訳にはいかない。
しばらくとは何年ぐらいなのかを考えていると、インターフォンが鳴った。
映像で相手を確認して慌てて玄関へ行きリビングへ迎え入れる。
「澪さん、どうして貴女がこんな所に。」
「……ああ、真由美さんですか。こんにちわ。」
澪の言動に真由美は違和感を覚えた。
もともと夢見がちなふわふわした印象だったが今日はさらに強い。
この日の午前中に達也の術を受けているのだ。(真由美と会うのは響子と入れ替わりという感じだ。)
真由美は澪が達也君の最後の術を受けてから1か月以上経過しているからその影響を心配した。
ただ不思議と澪からはあのサイオンの乱れは感じられなかった。
「どうしたんですか、澪さん。」不安になって恐る恐る聞く。
「その名前で私を呼ぶという事は事情を知らないんですね。」
「事情?」
「七草家には一応話は通っているはずですが、そこまで詳しい話はしてなかったのかも知れませんね。
真由美さん、貴女にお願いがあります。」
「な、何かしら。達也君の話ならもう無いわよ。」先回りして言った。
「それはもう良いんです。お兄様のことは自分で確かめますから。」
「お兄様って、澪さんは年上でしょう?」
「お兄様って呼ばれるのを喜ぶって言ったのは真由美さんですよ。」
「確かにそう言ったけど…」
「お願いしたい事は私のサポートなんです。
もし倒れてしまった時にお手伝いをお願いしたいんです。
ここはセキュリティの関係上限られた人しか入れませんから。」
「そんな事ぐらいなら良いけど、ここは何、なぜ貴女はここに一人でいるのかしら?
それとさっき言っていた名前の事情を教えて。」
「では順番に、ここは協会所有だったアパートです。
協会幹部用に設計されたのでセキュリティは万全ですね。
後の事は順を追って説明するほうが良いでしょう。」ここで少し区切った。
「真由美さん、貴女は師族会議の結果を知っていますか?」
「いいえ、でも父はあれから上機嫌だわ。」
「そこからですか、では結果を。
真由美さんは正式にお兄様の婚約者になりました。
以前の婚約者に替わってここで一緒に住む事になりました。」
「ちょ、ちょっと、深雪さんはどうなったの?」慌てて真由美は言った。
「彼女はしばらく別れて暮らすだけと聞いています。
その後真夜様と五輪家との間で密約を交わしました。
真夜様はお兄様を私の後見人に、そして婚約者の一人にもしてくださいました。」
「えっ、そんな事が認められたの?」
「はい、私はお兄様との結婚は望まない、家族になれればそれで良いと言いましたから。」
「結婚を望まないなんて…」
「私がそう考えるのは真由美さんの所為なんですけどね。」クスクス笑いながら言った。
「えっ、何で?」
「正確には貴女と弟ですが、もう忘れてしまったかもしれませんが二人は婚約していましたよね。
つまり将来結婚する予定だった、ですが私から見てちっとも幸せな感じはしませんでした。
それを見ていた私には結婚が素晴らしいものには思えませんでしたよ。
ですからせめてもの思いで二人の子供を楽しみにしていたんですよ。」
真由美はその言葉に顔を伏せた。
「そして結婚を望まない代わりに私を四葉の分家にして、名実ともにお兄様の家族になりました。
今の私は名前を『黒刀美輪』黒い刀に美しい輪っかです。」
「名前を捨てるなんて…」
「お兄様と出会って私は自由になりました、ベットに縛り付けられる事もない。
今のように自由に歩ける、でも戦略級魔法師の五輪澪は違う。
その名は全世界から狙われる、今の私はその力を失っているにもかかわらずに。」
この言葉に真由美は顎に手を当てて考え込む。
「ですからこれからは私の事を『こくとうみわ』と呼んでください。」
「そう言う事なら…じゃあ肝心の達也君は?」
「お兄様は四校での講演の準備で今はいません、週末にはお戻りになる予定です。」
「四校なら通えるんじゃないの?」
「今回は二週間の予定だそうで、四校側で宿を取ってくれたんです。
聞きたい事が多すぎてこれでも足りないそうですよ。」
「じゃあこれからはここで三人で暮らす事に?」
「いえ私には軍の方から家政婦さんが来る予定です。」
「メイドねえ…どんな人か分かっているのかしら。」
「何でも軍を寿退官されたそうです、真由美さんより大人な感じの素敵な方でしたね。」
「すぐに結婚されないんですね。」
「何でも花嫁修業されるそうです、軍人らしい凛々しい感じの方でしたから民間に馴染む為ではないでしょうか。」
(裸を見ても見せても動じないでは今時問題だ、真由美嬢の様に水着でも観られれば大騒ぎなのが民間の常識なのだから。)
「そう…」そう言って真由美はその話題への関心を失った。
「…でね真由美さん聞いてください………」
この後真由美は二時間ほど美輪の達也に関する妄想を聞かされたのだった。
真由美は自室の浴槽に体を沈め一息ついた。
七草邸の豪華な浴槽とは比べられない程廉価な物だが、開放感はこちらの方がはるかに高い。
浴槽のお湯につかりながら今日の出来事を振り返った。
澪さん、いやもう美輪さんだろう、不自由だった彼女はもうどこにもいないのだから。
これでようやく納得できた、うちの狸と五輪が共謀したからこんなに事態が急展開したのだと。
それにしても美輪さんも思い切った事をする、があれ以外に方法が無いのも事実だろう。
美輪さんの事はなるようにしかならない、それより達也君の事だ。
正式な婚約者、そしてこれからはお隣さん…
結局摩利の言う通りになってしまった。
達也君を好きかどうか見極める、それについては気になる事が有る。
それは洋史さんとの対比だ、洋史さんとの時はこんな抵抗をせず受け入れた。
確かに実感が無かったと言えるのかもしれない。
それにしても問題、だって達也君とは実感があるという事だから。
もしかして本当に達也君の事を…ここで真由美は頭を振る。
ううん、達也君は弟、そうなの、それで彼と同じように戸惑っているのよ。
流石に無理がありそうな考えに真由美は浴槽に一度沈む。
盛大に水しぶきを跳ね上げて浴槽から出る。
そこで自分の体を見る、プロポーションは悪くはない、だがそれだけだ。
達也君絡みだとどうしても彼女と比較してしまう。
深雪さん、完璧なプロポーションの彼女を見慣れている彼に私はどう映っているんだろうか。
ため息をつき再び湯船につかる。
するとこんな事を考えるのは達也君を意識しているからではないか?
思考がループする、止める者のないこの場所で真由美がのぼせたのは仕方が無い事だったろう。
週末、真由美と美輪そして達也は建物の二階に集合していた。
(この建物は登録した人以外は三階以上に入れない仕様だ。
だから二階は共用のリビング、喫茶店のようなスペースになっている。
外部からのお客さんはここで会うのがきまりになっている。
テーブルに加えてティーサーバー、コーヒーサーバーは付属しているし個室もある。)
丸形のテーブルには真由美お手製の料理が並んでいる。
美輪はニコニコしていて達也はいつもと変わらずだが真由美だけが挙動は少しおかしかった。
「真由美さん、この料理はおいしいです!」
「え、えぇ非常に苦労させられましたからね。
で、達也君としてはどうかしら?」チラチラと達也をうかがう真由美。
「正直に言うとまだまだですね。」ニコリともせずに言う達也。
「はぁー、まだまだ先は長いかー」ガックリとうなだれる真由美。
(5月から初めて3か月、月2回で計6回、これで再現出来るほど深雪の料理は甘くはない。
だが達也は真由美と食事するこの雰囲気は嫌いではなかった、深雪との思い出の生徒会での昼食を連想させるから。)
「これがお兄様の好きな味ですか、真由美さん今度教えて下さいね。」
「それは良いけど達也君に教えてもらったほうが…」
「それもそうですね、お兄様教えてくださいますか。」
「かまわないぞ。」達也は美輪に微笑みかけた。
「ずいぶん仲良くなったのね、こんな事になっちゃったのに。」
「七草先輩、他人事の様に言いますね。」と達也がツッコミを入れる。
「私は真由美さんに感謝していますわ、お兄様と出会うことが出来たのもみんな真由美さんのおかげですから。」
「あの時はこんな事になるなんて思いもしなかったから…
達也君はそれで良いの?」
「俺にとっては正月の件も全く想定外でしたから。」
「やっぱり妹さんとの結婚は抵抗があったの?」
達也は真由美がその事を知っているの不思議だったが、すぐこの事は響子に話した事を思い出した。
響子と真由美の仲を考えると話を聞いていても当然だと思いなおした。
「ええ長い間妹として暮らしてきましたから。
ですから俺としては納得する時間が欲しい所でもありましたからね。」
(トーラスシルバー騒動でこの事を後回しにしていたのは話せないから。)
「そう…」
この後美輪が週末の予定を楽しそうに話した事で話題は変わった。
後見人として情報開示を受けた達也は、美輪と相談の上ある事を決めた。
それにより達也の懸念の一つが消える事になった、それが実はこの事態を受けいれる主原因だ。
真夜に振り回されるならこのぐらいの役得があっても良いだろうと思いながら。