防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-40 市原鈴音(2)

鈴音は内心焦っていた、彼の論文は素晴らしい、だからこそ読み解くのに時間が掛かる。

今のペースでは圧倒的に時間が足りない、そこへきて大学の募集要項の大幅改定が発表された。

より研究色を強めるらしい、彼の妹の深雪さんには来るメリットがあまりない事になってしまう。

研究成果を公開して広く社会に役立る存在だとアピールする事で世間の批判を回避するつもりのようだ。

彼女が大学に来ない事になれば彼も大学に来れないかもしれない。

何か手を打たなくては、と考え始めていた。

 

真夜の話を聞いてから真由美は暫く自室に籠ってしまった。

あれ以来ずっと考えている、あの話の事を。

荒唐無稽な話と切って捨てられたらどんなに楽か。

司一、ブランシュの目的は図書館のデータだったの?

その為だけに壬生さんを時間をかけて洗脳し、お金で買えないアンティナイトをたくさん準備した?

それこそ大げさすぎないかしら。

横浜事変の時、ゲリラは人質を取ろうとしていた、具体的には誰を?

確かに今時一般人を人質にしてもメリットは無い、国際的に非難されるだけだ。

大亜連合の精鋭の虎の人、一校もターゲットだった。

こんな時に摩利が捕まらない、相談したいのに。

今は達也君に会いたくない、嫌でもこの話題を思い出してしまうから。

……

家にいても気が滅入るだけ、でも外では達也君に会うかもしれない。

…そうだ、あそこなら…

 

8月になり一般学生は休みに入っているが市原鈴音は今日も大学に来ている。

この時期大学は産休や育休した生徒向けに短期講習を開催している。

勿論空きがあれはその他の学生も受講可能だ。

(セキュリティの関係上ビデオ講義でも大学内限定だが。)

ただ学生は少ないので食堂やカフェは閉まっている所がある。

だから昼食時に彼女を見かけたのは偶然じゃ無いはずだ。

 

見かけた真由美さんが明らかにおかしい。

「真由美さん、本当にどうしたんですか?」

「…はっ、何かしら。」

「真由美さん、ボーっとしてますよ。やはりどこか体の調子が悪いのですか?」

体のどこかが悪いのだろうか?もうそんなに時間が無いと言うのに。

「ちょっと考えなくっちゃならない事が有って。」

「いつも相談していた摩利さんはどうしたんです?」

「摩利はこの春になってから付き合いが悪いのよ。

誘ってもフラれてばかり。」ため息をつきながら真由美は言った。

「…そろそろではないですか?」少し考えてから鈴音は言った。

「そろそろ、何が?」首を傾げる真由美。

「摩利さんがお付き合いされている方は来年の春、つまり約半年後に卒業予定でしたよね。

ですからそろそろけじめを付ける良い機会ではないですか。

春の式場予約はもう受け付けているのではないでしょうか?」

その言葉に真由美は固まった、それを見て鈴音はさらに言った。

「同期の方達の中にはすでに育休に入っている方もいますよ。

今更何をそんなに驚いているんですか。」

「それはそうなんだけど、知り合いが結婚するとなると意味が違うの。」と言ってテーブルに突伏した。

私には似合わないかもと内心ため息をつきたい気分だったが、摩利さんの替わりを務めるしかないか、と思った。

「では、私に話してみませんか?真由美さんがこのままでは私も困りますし。」

「でも…」真由美は躊躇した。

「自分で言うのも何ですが口は堅い方だと思いますが。

それに今の真由美さんよりは状況判断は的確だと思いますよ。」

「もぉーそれを言うのは卑怯よ。」と言って顔をそむけた。

それと同時に、横浜事変で鈴音が人質にされた時の事を思い出した。

今から思えば、あの時鈴音が言った言葉は意味深だ。

もしかしたら何か気が付いているのかもしれない。

「分かったわ、これは最近聞いた話なんだけど…」ため息をついてから語りだした。

2年前の新歓から九校戦、そして横浜事変への一連の流れを。

鈴音は興味深そうに聞いていたが一通り聞き終えてから言った。

「真由美さん、本当は何を悩んでいるんですか?

二年も前の事を悩むのは真由美さんらしくありませんよ。

それに真由美さんが狙われるのはこれが初めてではないのでしょう?」

「それはそうなんだけど、問題は七草家が全く察知できていなかった事なの。」

「ではこの情報は何処から?」

「それは…」言いよどんだ。

「情報戦は得手不得手が有ります、たまたま今回は負けただけなのではないですか。

一度出し抜かれたからと言ってそこまで気にすることは無いでしょう。」

「…今年2月のテロ事件は知っている?」

「大学が閉鎖された発端の事件ですから詳しく調べましたよ。

たしか十師族が捜査に協力すると表明しましたね。」

「七草家も捜査に協力したんだけど、結局ここでも実力の差を見せつけられたわ。」

「……もしかして四葉家ですか?であれば司波君と懇意にしているのですから問題ないのでは?」

「それが…」摩利に話した内容を繰り返した。

「…つまり七草家が横槍を入れて真由美さんが彼の婚約者になった、と言う事ですか?」

「候補、候補よ、あくまでも。」大慌てで言った。

なるほど司波君とそんな事になっていたんですか、ですが先の話との関連が分かりませんね。

ですがこれは使える可能性がありそうです、ちょっと探りを入れてみましょうか。

「それに関して真由美さんはどう思っているんですか?」

「…摩利にも言われたけど分からないの。」うつむいて言った。

「摩利さんに何と言われたんですか?

それに摩利さんとは春から会っていなかったのでは?

今頃悩んでいるのは何か状況が変化したんですか。」

その言葉に目が泳ぐ真由美、鈴音は真由美をまっすぐ見つめる。

「最初に話が持ち上がったのは今年の春なの、その時に摩利に相談を…

その時に摩利にはお似合いだから付き合ってみろって…でそれっきり。

それから最近また父があの二人の婚約に物言いをつけたの。

結果はまだ聞いていないけど…最近父は上機嫌だわ。」

これは候補が取れたと見るべきでしょうね、真由美さんと司波君……

鈴音は達也と深雪の仲の良さをある意味見せつけられていた、そして同じ女として深雪の思いに気づいていた。

だから今まであの二人は結ばれると単純に思い込んでいたのだ、そして真由美はうっぷん晴らしの恋愛ごっこをしていると。

だが改めて真由美と結ばれると考えると自身の問題が解決する事に気が付く。

深雪さんと結ばれて四葉の闇に沈み深雪さん以外は外に出てこない、だが真由美さんとなら180度変わる。

真由美さんを通じていつでも質問できる、もしかしたら共同研究も出来るかも知れない。

鈴音の冷徹な頭脳は一瞬で結論を導き出した。

「真由美さん、司波君と結婚を前提に付き合ってみてはどうですか。」

「…リンちゃん、貴女も摩利と同じことを言うの。」

「えぇ、第三者的に見ればそれ以外はあり得ないでしょう。」鈴音はきっぱりと断言した。

その言葉に真由美の目は泳ぐ、とっさに出た答えは。

「でもあの二人は『運命の人』なのよ。」

真由美も泉美の言葉には衝撃を受けていた、だからこう答えたのだ。

「運命の人?」真由美に似つかわしくない言葉に鈴音は聞き返した。

「そう……」泉美の主張をほぼそのまま告げ最後にこう言って締めくくった。

「あの二人は選択肢がありえない運命なの。」

鈴音は摩利とは違う、真由美の恋愛感情の深い所は必ずしも理解しているとは言えない。

だが鈴音は十師族への理解は遥かに高い、摩利はサラブレッドの交配と揶揄したが鈴音はそう思わない。

十師族直系の長女、真由美の結婚に関するプレッシャーを理解している。

「では真由美さん、貴女は選択肢の中からだれを選ぶつもりなんですか?」鋭く鈴音は尋ねた。

その問いに真由美は俯き答えなかった。

摩利とは違う、だが真由美と彼との相性は極めて良い、その認識は同じだった。

何よりその組み合わせは自身の願望に直結している。

この時鈴音は真由美の背中を押すことに決めた。

「司波君とは特に親しかったと記憶していますが、それに確かご自身でバスの隣に誘っていましたよね。」

「…それはそうだけど…」うつむいたまま真由美が言った。

鈴音は策を考える、その策は恐怖、丁度発端になった話題だ。

良くできた話だ、これを利用しない手は無いだろう。

「ではご自身の安全はどう確保するつもりなんですか?」

「えっ。」

「ですから狙われているんですよね、ご実家の力が及ばない相手に。」

「やっぱりリンちゃんもそう思うのね。」

「図書館のデータを盗むだけにしては手が込んでいると思いますね。

もしあの時司波君が居なかったらどうなっていたでしょうか?」

鈴音は真由美が狙われたとは言ってはいない、そしてさりげなく達也をアピールしている。

「…そうね達也君が居なかったら危なかったかも。」

「だからこそ真由美さんは九校戦で彼を信頼して、問題のほぼ全てを任せたんじゃないんですか?」

「流石に全部じゃないわよ。」

「CADのエンジニア、怪我をした摩利さんの手当て、事故解析、その欠場を深雪さんに押し付ける。

新人戦モノリス事故後の対応、本戦のミラージへの工作員の捕縛。」鈴音はにこりともせず列挙していく。

「うぅー」ありすぎる心当たりに真由美は大げさに胸を抑えた。

その事は同時にほかにもいろいろあった事を思い出させた。

去年の秋の京都、この時も摩利にからかわれたんだった、十文字君ではなく彼を選ぶのかと。

真由美の表情の変化を読み取って鈴音はいったん引くことにした。

これ以上押しても真由美さんは意固地になるだけだろうから。

「真由美さん、これで少しは気が晴れましたか。」

「…ありがとうリンちゃん。」真由美はこう言って席を立とうとする。

「真由美さん、貴女の人生、貴女の命です、悔いの残らない選択を。」と鈴音は最後の声をかけた。

その言葉に真由美はビクッと肩を震わせたが何も言わずに立ち去った。

 


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