真夜との会談を終え帰宅した深雪。
だが落ち着くことは出来なかった、達也に関する師族会議、真夜からのペナルティ、時がたつほど不安は増すばかりだった。
その知らせはその日の午後四時ごろに深雪の下に届いた。
すぐさま当主に会談を申し込むも当然ながら予約はいっぱいとの事。
止む終えず深雪は達也にメッセージを残し水波を連れて本家へ急行した。
結局のところ真夜が帰って来たのは夜中だった。
翌日に葉山は言った。「申し訳ございません。本日のスケジュールは埋まっています。」
「そこを何とかできませんか?」
「相手もあることなので如何ともしかねます。
明日の朝食時なら少し時間が取れると思います。」
「そうですか…」
「ところで深雪様、家の者がぜひご挨拶に伺いたいと申しております。
次期当主と定められて半年、学業の都合があったことは理解していますが、我々の気持ちもご理解ください。」
「わかりました。」深雪はうなだれながら言った。
しばらくすると達也から葉山に電話がかかってきた。
「葉山さん、深雪がそちらにお邪魔してると思うのですが。」
「おや達也殿、深雪様は今は次期当主として、家の者がご挨拶をしております。呼んでまいりましょうか?」
「いえそちらにいることが解ればそれでいいです。」
「次期殿に決まってから半年もこちらには来られていません。
うちの者もこの機会にご挨拶をと考えておるものが多い、今のペースですと最低でも2~3日かかってしまいそうです。
お帰りのご予定が決まりましたら、こちらからご連絡差し上げます。」
「よろしくお願いします。」
翌日深雪は真夜と朝食共にしていた。
何事もなかったように食事をする真夜に対し、深雪は緊張していた。
マナー通り食事の後に深雪は勢い込んで言った。
「叔母様、今回の」真夜が深雪の言葉をさえぎって言った。
「そういえば深雪さん、何かお話が有ったんですね、お話は昨日の会議の事でしょうか。
ならば確認しておきたいことがあります。」
深雪は気持ちを落ち着かせ頭を下げた。
「深雪さん、達也さんとの関係を達也さんから聞いていると思うのだけれども、どの様に聞いてるか教えてくれないかしら。」
「はい叔母様、私と達也さんは間違いなく実の兄妹だそうです。
ただし私は調整体であり遺伝子的には達也様とは違うもの。
また私の遺伝子操作には問題はなく、達也様と結ばれてもその子供に影響は無い。
そして叔母様は私たちを結婚させようとしている。
障害となる戸籍、DNA検査は四葉の力で対応できるらしい。」
「達也さんはあなたに関しては、正確に伝えてくれたのですね。
それなら達也さんとの結婚について、危うい状態も理解していますよね。」
「危険な状態とは?問題はすべて解決済みなのでは。」深雪は首をかしげながらこたえた。
真夜はため息をついて言った。
「何もかも一から説明しないと解らないとは、本当にこのままでは当主は務まりませんね。
大前提として、『兄妹は結婚できない』は何によって定まっているのですか。」
「法律です。」深雪は即答した。
「そう法律ね。
ただしそこには遺伝子的に近いから禁止とか、生まれてくる子供に悪影響が有るから禁止と書いてはいませんよ。
ただ『兄妹は結婚できない』としか書いていません。
(正確には二親等以内はと言う表現)
だから遺伝子的に遠いから合法、子供に影響がないから合法ではありません。
ですから、何らかの方法であなたたちが兄妹と発覚すると、それだけで違法となり破たんします。」
深雪はうろたえながらようやく言った。
「ですが四葉の力で」深雪の言葉を途中で遮って真夜は言った。
「そう四葉の力であれば無理を通す事も可能、逆に言えば四葉に匹敵する力が有れば状況をひっくり返すことも出来る。
そうなってしまったら理は相手にあるのだから、こちらが負ける事が十分に有りえます。
深雪さん、貴女が四葉の当主になり、他の二十七家を従えることで、ようやく安心できるのよ。
そして深雪さん、今のあなたはまるで子供、その時の感情で短絡的に行動しているわね。
今までは達也さんが甘やかしていたんでしょうが、当主になったらあなた一人で決断しなくてはならない。
でないと必ず権謀術数渦巻く師族会議でボロを出すでしょう。」
深雪はうなだれて言葉もない。
「達也さんは貴女と四葉を出て暮らせると思っていた様だけれども、それには去年の年末からの事は考えに入っていないでしょうね。」
「何故ですか。」深雪が問いかけた。
「自分で考えなさいと言うのは、現時点では無意味なんでしょうね。」真夜はため息をついた。
「貴女はもう四葉の次期当主、これまでのように一般人に紛れることはもうできません。
日本魔法師の頂点、四葉の次期当主よ、真由美さんの様にこれからは常に狙われることになります。
一昨日の話を思い出して御覧なさい、七草家ではあの誘拐計画は阻止出来なかったでしょう。
よって少なくとも七草家より力のある組織の後ろ盾が無いと、貴女は安心して暮らせませんよ。
貴女の美貌と魔力は権力者にとっては宝石の様な物、連合にとっては七草3姉妹などよりはるかに重要です。
その機会が有れば万難を排してでも手に入れようとするでしょうね。
そして七草家より力のある組織を動かすためには、当然達也さんは対価を支払う必要があります。
その対価は、四葉の当主になった深雪さんが留まる為の運営コストより十分に小さいのかしらね?」
深雪は頭を上げられない。
「深雪さん、何か心配事でも有るのかしら。一昨日からどうもうまく頭が働いていないようですけど。」
「………いいえ」
「そう…、ならなぜ達也さんと婚約者として仲良くなっていないの?
貴女が達也さんと結ばれたいと言う思いは、私の勘違いなのかしら?」
「…解らないんです、達也さんが徐々に遠くに感じて。」少し考えて真夜は言った。
「ならまた少し聞きたいのだけれど。」
「はい…」
「貴女は、達也さんの感情の状態をどのように認識しているの?」
5年前を思い出しながら深雪は答えた。
「達也さんは、人造魔法師計画により激情のほとんどを失っています。唯一残されているのは兄妹愛です。」
「残された感情なのよね。新たに作った感情ではなくて。」
「そのように聞いています。」
「ならそのキョウダイ愛はどう言うものなのかしら?」
「どうとは?」深雪は聞いた。
「キョウダイとはどの様な関係を指すのか?キョウダイで骨肉の争いは決して珍しくないわ。
愛情になるのはどんな条件が必要か?あたりね」
「兄妹の関係は、両親から生まれた子供のことでは。」深雪は首をかしげながら答えた。
「真由美さんと兄は異母兄妹ですよね、この場合は?
もっと極端に両親の連れ子の場合は?
また養子の場合は兄妹愛は発生しないのかしら?」
「確かに両親から生まれた子供以外でもありますね。」はっとして深雪は答えた。
「この場合は、両親が決めた関係と言えるかもしれないけれども。」深雪はうなずいた。
「深雪さん、覚えているかしら。周公瑾のことを。」
「まだ1年たっていませんから。」深雪は答えた。
「周公瑾と言えば三国志、その名場面に『桃園の誓い、義兄弟の契り』が有るんだけれど、この場合は両親は関係ないわよ。」
「そうですね。」
「結局当人たちの認識次第なんでしょうね。達也さんもキョウダイと認識した人がいると起きるかもしれないわね。」
深雪はしばらく考えてから答えた。
「その通りだと思います。すると愛情の条件もお互いの気持ちですか。」
「恋愛の場合は、片思いで思いが募ると言うことが有るんでしょうが、キョウダイ間ではあまり聞かないですしね。
それと5年前の沖縄の事を考えるとそうなんでしょう。
あの時を境にあなたたちの関係は大きく変わりましたが、大きく変わったのは深雪さんの心でしょう。」
深雪改めて五年前を思い出していた。
自分を前に一歩引いていた達也、そして自分をお嬢様と呼んでいた。
あの夏、達也様は何も変わっていなかった。
何であの人の妹なのかしらと思っていたが、敬愛すべきお兄様と自分の認識が大きく変わった。
それから同級生も驚くほど関係が変わった。…
「なぜ聞いたかわかるかしら?」妖艶に微笑む真夜。
「……いいえ」うつむきながら深雪は言った。
「達也さんと兄妹の関係を築いているのは深雪さん、貴女の最大の利点だった筈なのよ。
それを生かしていれば今頃幸せに暮らしていれたはず。」
「だったらなぜ教えて下さらなかったんですか?」叫ぶように深雪が言った。
「先ほど話した通りあなたは次期当主、当主になれば自分で判断しなくてはならない。
私は貴女の魔法力に期待していますよ、四葉の関係者もそれは同じでしょう。」
深雪は息をのんだ。