話は少し前にさかのぼる。
3月24日、深雪たちが沖縄に旅立った翌日、七草弘一は朝食の席に泉美がいない事に気が付いた。
高校は今日から休みのはず、真面目な泉美がいないのはおかしいと思い香澄に聞いた。
すると沖縄に行った会長の代わりに学校へ行っていると聞かされた。
この時期会長はあいさつ回りにかなり忙しい、その事を2年前の真由美から聞いて知っている。
直ぐに弘一は司波深雪の沖縄での動向を入念に調査させた。
次の日の夜には調査の結果が出た。
ここの所のテロ事件における七草の失態への対策会議の疲れを見せずに資料を読む。
そして弘一は難しい顔をして考え込んだ、その裏にある意図を導き出そうと躍起になっている。
深雪嬢の沖縄訪問は『夏の慰霊祭の打ち合わせに参加する。』事らしい。
肉親が戦死したわけではない、あの戦争で使用人が関連死したらしい。
(穂波は兵士として戦ったわけではなく、敵兵士の直接攻撃で死亡したわけでもない。
戒厳令下わざわざ危険な海岸にいた時点でグレーだろう。)
それに式典当日ならともかく打ち合わせだ、代理人を立てれば済む事。
わざわざ『真由美の婚約者』を伴っていく必要は無いだろう。
おまけに全く関係が無い西果新島のパーティーにも出席しようとしているらしい。
これも二人で、…ここでようやく弘一は真夜の意図に気が付く。
既成事実を作って二人の関係を対外的に認めさせる事だと。
(二人の関係は魔法師の間でこそ噂になっているが、非魔法師の間では全く知られてはいない。
美人に敏感なはずの映画プロデューサーも深雪は知らなかった事でも分かるだろう。)
これは非常にまずい事態だ、既成事実を積み重ねられればなし崩し的に事態は動く。
このままでは二人は結婚し四葉との差を埋める事が不可能になってしまうだろう。
いやらしい事に沖縄、我々十師族の手が届かないいわば敵地、直接的な対処は不可能に近い。
こちらがテロ事件への対応で忙しい時期を狙ってくるとは流石真夜だ。
対応を考えこむ弘一。
時間もない、つてもない状態、まるで今回のテロの犯人のような状態だと皮肉な気持ちになった。
その時、天啓が弘一の頭に降りてきた。
魔法師嫌いのマスコミに良いように情報を流され窮地に陥った、それを応用すればいいと。
だが時はすでに深夜、明日のアポを取ってから眠りについた。
26日夜に弘一は九島烈に電話をかけた。
「先生、先日はご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。」
「あの件ははいずれあの様になっていただろう。
お前もこんな老いぼれに電話をかけるよりもせねばならんことが有るだろうに。」九島烈。
「なかなかに難航しております。
それより『お前も』という事は他に誰か?」
「二木殿だ、今回の事件の収拾について相談を受けておる。
この後会って話をする予定だ。」
「差支えなければお聞かせ願えませんか?」
「うむ、今の私は議長ではないしかまわないか。
テロの首謀者を差し出すことが出来なくなった今、人々の関心がそれるのを待つしかない。
ことわざにあやかって75日、いや3か月は間を置き人々の関心を他に逸らしたい。
だがそれをどうやって納得させるかが頭の痛い所だが。」
師族会議で力の有った九島、七草が失脚しコントロールが効きにくくなっていると烈は思っている。
「3か月と言うと6月…!」ベンチャーキャピタルを運営している弘一に閃くものがあった。
「株主総会!」
「何?」
「6月はもはや伝統になっていますが株主総会が有ります。
そしてそれは我々十師族全員にも大いに関係が有ります。
ですからマスコミに餌を与えないように、関連企業も含めて波風を立てない様、通達すれば…」
「なるほど…それはうまい手かもしれんな。
では今回の電話の用件を聞こうか。」幾分声を和らげて烈は言った。
「ではお言葉に甘えて、実は四葉の件で…」詳細に語った。
「なるほど、厄介なことを仕出かすつもりの様だな。
だが今の私には軍に対しても、協会に対しても影響力は無いぞ。
特に沖縄は元々十師族の影響が及ばない。それはお前も知っているはずだが?」
「はい、ですからそれを逆手にとっては如何でしょう。
素直に便宜を願い出れば相手は勝手に反発してくれるのではないでしょうか?
上層部に声をかければ勝手にそちらが妨害してくれるのではないかと思われますが。」
「なるほど、それなら上手く行くかもしれん、沖縄基地司令はかなりの十師族嫌いだ。
わかった、軍の方は私から働きかけよう。」
「よろしくお願いします。」と言って電話を切った。
「二木殿。それで相談事はテロの件でしたな。」
「はい、私どもはテロ事件の収拾に失敗してしまいました。
それで長年師族会議議長を務められた経験と知恵をお貸し願いたいのです。」
「私にもそのような経験はないが、お力にはなりましょう。
まず考えることは、十師族自体が批判の矢面に立たされている事ですね。
収拾に失敗したとなれば今は派手な動きをせず、失地回復の機会を待つしかないと思います。
3ヵ月、つまり6月ごろまではマスコミの注目を浴びるようなことは控えるのが良いのではと愚考します。
それでも何かしたいと言う意見が強いなら、6月に開催される株主総会対策を優先させるようにしてはいかかでしょうか。
どの家も問題が全くない訳は無いでしょうから。
もちろん自社だけでなく関連企業も含めてです、マスコミに付け入るスキを与えないように。
そのほかで出来る事と言えば、今回デモの対象になった魔法大学でしょうか。
本来大学の役割は研究機関の筈ですが、卒業生の四割が軍に入っていると批判されたんでしたね。
このあたりの改善を提案してみればどうでしょうか。
それともう少し大学の魔法研究が人々の役に立つ事を示しても良いんじゃないでしょうか。」
「たとえば…去年の一高の恒星炉実験の事でしょうか。」
「そう言えばそんな事も有りましたね。去年はあれで世間の風向きが変わりましたからね。」
「ありがとうございます。大変参考になりました。」
「いえいえお力になれたのなら幸いです。」
「七草先輩、本日はお招きいただきありがとうございます。」と深雪。
「達也君、深雪さんようこそ、十文字君は今回都合で来れなかったけれど話はしてあります。
泉美の話だと帰ってくるのはもっと後だと聞いているんだけど何かあったの?」
達也と深雪は素早く目くばせした。
「確かにもう少し沖縄に滞在する予定だったんですが、
事件に巻き込まれまして、事情聴取のため東京に戻されてしまいました。」と達也。
「事件?」
「沖縄で雫達と偶然会いまして、グラスボートに同乗させてもらったんですがそこで海賊に合いました。」
「でもなせ貴方達が事情聴取?、しかも東京で」
「襲ってきた船が潜水艦でした。たまたま第一発見者が俺だったので沖縄で簡単な聴取の後、軍本部で詳しく行う事に。」
「発見者って、あっ…そうだったわね。それで被害はなかったの?」横浜事変のトレーラーを思い出して言った。
「幸い発見が早かったお蔭でこちらに被害は有りませんでした。
ただ雫達は襲撃に有ったと言う事で、我々とほぼ同時に帰って来たみたいですが。」
「北山さんね。大財閥のお嬢様が狙われたんだから当たり前でしょう。」
「では本題に入りましょう。情報交換の場を続けたいとの事でしたが、テロの件は一段落したのでは?」と達也。
「それなんだけど、決して満足のいく結果にはなってはいないわ。
犯人は達也君の話だと一人、でも私たちの目の前で海の藻屑に。
あれは決して一人で出来る事じゃないと思うの。
仲間や協力者なんかがまだ潜んでるかもしれないと私は思っているわ。
この点だけでも情報交換の場はまだ必要だと思うの。」
「ですが具体的に何かあるんですか?ここまで来るのにこちらはそれなりの距離が有るんですが。」と深雪。
「今回のテロも事前に情報交換が上手く行っていれば防げたかもしれない。」
「それは…」と深雪。
「深雪さんを責めてる訳では無いわ。あれはこちらにも原因が有るもの。
でも今回、曲がりなりにも情報交換の場が出来た。
これをこのまま消滅させるのは惜しいと思うの。」
「そう言う事なら…ですが毎日ですか?」
「いいえ、さすがにそこまでは考えていないわよ。週1あるいは月1辺りでどうかしら?」
「では月1でお願いします。」と深雪。
「ではそちらは必ず出席でお願いするわね。
十文字君とは、大学で会おうと思えばいつでも会えるから。」
「…分かりました…。」と深雪。
「では早速情報交換ね。」
「???何をですか?」と深雪。
「ふっふっふっ、私が知りたいこと、それは妹たちの事ね。」胸を張って言い切った。
「そ、それは。」思わず怯む深雪。
「あの子たちが学校でどんな様子なのかが、非常に、とっても気になってるの。」
……
結局泉美の事を根掘り葉掘り聞かれ深雪は非常に返事に困ることに。
それで三者会議は週1となり、深雪は生徒会を言い訳にこれ以降出ることは無かった。
未だ交渉事においては真由美の方に分があるようだ。