摩利と深雪は顔を見合わせ言った。
「それでは失礼します。」「シュウ、いつでも連絡していいからな。」
駅への道中深雪は、気になっていた修次の容姿の変化について摩利に尋ねた。
「一昨年九校戦でお見かけした時と、雰囲気がずいぶん変わっていて驚きました。」
「今年、お兄さんがお亡くなりになってから急に変わったんだ。
ずいぶん無茶な修行をしているみたいで心配しているんだよ。」
「それで今回の事を?」
「そうだ、九校戦も終わり今なら君たちにも少し余裕が有るんじゃないかと思ってね。
シュウも気にしていた達也君と話せば少しは落ち着くんじゃないかと。
このままだと大変なことになるような気がしてね…」
駅に着いて摩利は言った。「今日は悪かったね。」
「いえ私も会えて嬉しかったですから。」と深雪は言って駅から出ていった。
深雪としては真由美と付き合えと言われた前回の心配がなくなった事がうれしいのだ。
また摩利が修次と関係が良好で、やけになって達也様に迫る恐れも無い様だった。
深雪の言葉に摩利は少し違和感を覚えたが、心配事の方が勝った。
「これで少し落ち着いてくれればいいんだが」そうつぶやいた。
二人が去って修次が言った。「これで心置きなく話せるだろう。」
「何が聞きたいんですか、先にも言いましたが事の顛末は師匠から報告があった筈ですが。」達也が冷静に言った。
「君と戦う事になった経緯は聞いている、この件に関しては直接の恨みはない。
ただ兄が君と戦った、そして敗れた、その時の事を詳しく聞きたいんだ。」
「どこまでですか?詳しい話はここでは出来ませんよ。」
確かにここは単なる喫茶スペース、人目が有る所で殺し合った事の話は出来ない。
「場所を変えようか。」そう修次は言い車を持ってくる。
達也は素直にそれに乗り込む、ここからなら千葉本家が近いからおそらくそこへ向かうのだろうと思っていた。
駐車場に車を止めたが前回通された場所から少し離れた所に案内された。
そこは板葺きの道場だった、千葉家のそれよりかなり小さい物だ。
外観は年季を感じさせる作りだったが中は古さを感じられない、ちゃんと手入れをしているらしい。
その道場には一人の人物が待っていた、着物を着た和風美人だ。
「早苗さん、貴女もですか。」と達也は声をかけた。
「ええ、私も弟の最後は気になりますから。」
「和俊氏と戦う事になった経緯については知っていますか?」
「はい、とても信じる事が難しいお話でしたが、確かに貴男をバイクごと切ろうとしたのはうちの弟です。」
早苗は達也のバイクのドライブレコーダーの映像を見たようだ。
「ですが見たのはそこまでです、どうか詳しい話をお聞かせください。」と言って早苗は頭を下げた。
「分かりました、答えられる範囲でなら。」と達也は言った。
三人で道場に車座になって座った。
「まずは捕まった経緯と敵の術式についてお願いしたい。」
「それは判りません。あの事件で会ったのは、傀儡にされた後ですから。」
「では兄の戦い方はどうでしたか?摩利に聞いたが、君は魔法式が解るそうだね。
戦った時に使っていた魔法も教えてほしい、出来れば使っていた得物も。」
「初め相対した時、顔と仕込み杖の構えですぐ寿和氏と分かりました。
何故テロリストに与するのかと問いかけましたが返って来たのは最小で最速の剣戟でした。」
その言葉で修次は兄が千葉家の技を失っていない事を悟った。
「その後は?」
「彼の自己加速術式を無効化しようとしましたが、グラムデモリッションで対抗されてしまいましたね。
刀には単一の存在にする魔法?が掛かっていて苦戦しましたが何とか刀を切り飛ばす事に成功。
この時点で彼が操られていると確定し再度呼びかけを行いました、意識はあるか?と。」
修次は内心穏やかではいられなかった、兄は操られていても力を失っていない。
その上で呼びかける余裕すら有る、親父の焦りが分かった気がした。
「そんな状態でご配慮いただきありがとうございます。」と早苗。
「その後、反りが強い見たことが無い刀を持ち出してきましたが彼には合っていないように感じました。
その刀には魔法が掛かっていましたから無力化し切り飛ばしました。
そして名前を呼び答えられる医師が有るかどうかを確認しました。」
ここで早苗が秘かに泣き出した。
修次は表情を消して静かに達也の話を聞いていた。
「ですが彼は折れた刀で切りかかってきました。
その刀には『圧斬り』の魔法が掛かっていたようです。
事ここに至っても彼からの返答は無く、やむなく倒してしまいました。」
早苗が涙を拭いて「有難う御座います。」と言った。
修次は眼を閉じ少しの間物思いに耽った。
「それじゃあ次、去年の冬の市街地での件、あの後の事を教えてくれないだろうか?」
「その件は相手側と約束を交わしています。
これ以上手を出さない代わりに一切を秘密にすることになっています。」
「結末についても?」
「今ここに俺がいる、これが全てです。」
修次は、彼がその後まったく何事も無く学校に出てきた事を思い出した。
今度は苦虫を噛み潰した様な表情をした。
しばしの沈黙が流れ、おもむろに修次が言った。
「兄は、千葉寿和は手強かったですか?」その言葉を聞き達也は、真夜との会談を思い出してしまった。
「敵の術で魔法力が増大していたこともあり、手強かったですね。」これを聞いて修次の顔から表情が消えた。
話を聞いても兄が弱体化した形跡はない、むしろ強化されたと考えたほうが良い。
彼が直後に千葉家を訪れた時には怪我をしている様子はなかったと聞いている。
現にエリカと試合をして完勝している。
彼は強い、だがエリカと同じく一科生ではない。
つまり魔法力はなくとも強い、千葉家の求めている理想そのものだ。
修次は父の焦りを初めて理解したと思った。
能面のような表情の修次は、少し間をおいてこう切り出した。
「司波達也殿、私とシアイをしてくれないだろうか?」
「お断りします。俺にはあなたと戦う理由がない。」
「そこを曲げて何とかお願いする。」修次は頭を深々と下げて行った。
「修次さん、俺の事を誤解していませんか。
確かに戦いになることは多いですが、鍛練を除くと自分から戦ったことはありません。
自身が攻撃され、戦う以外に方法がない場合は戦いますが、避けられるならは極力避けています。
ちょうど去年の冬、あなたが乱入してきてから戦闘不能になるまで戦わなかったように。
あるいは深雪に何らかの危害が加えられる恐れがある場合だけです。
今回はどれにも該当しません。」
修次は再び苦虫を噛み潰した様な表情をしたと思ったら、達也に向けて剣気を放った。
しかし達也は平然としていた。
エリカの様に跳ね返す訳でもなく、いなすでもなく、修次の感覚では剣気がいきなり消え失せたように感じた。
顔をさらに引き締め、今度は駅に向かって剣気を放とうとした。
すると修次は、突然不気味な不安感と、強烈なプレッシャーを感じた。
「良いでしょう、シアイをお受けします。場所と時間を決めましょうか。」おもむろに達也が言った。
プレッシャーを撥ね退ける様に修次が言った。
「場所はここで、お互い何時仕事が入るか分からない身だ、早い方がいい。
ここ数日は空いているのでそちらで決めてくれ。」
「では今日6時に。ところでエリカは?」出社前に済ませるつもりだ。
「九校戦から帰るなり何やら調べものをしているみたいで、このところ早朝から夜まで家にはいない。」
「分かりました。それでシアイと言うのはこの解釈で良いんですね?」さらにプレッシャーをかけて達也は問うた。
そのプレッシャーを撥ね退けて修次が言った。
「もとよりその覚悟だ、余人を排して待っている。」二人は別れた。