防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-19 九校戦の陰で(2)

3年連続になる九校戦観戦、今日もエリカはレオを連れてホテルに戻ってきた。

去年の騒動に懲りたエリカはコネを使い軍のホテルを取ったのだった。

二年前にアルバイトで利用したホテル、美月とはこのロビーで合流の予定だ。

レオにカギを受け取りに行かせている間に、ロビー横に簡易的に作られているバーに見知った人を見つけた。

ここは九校戦の招待客も入っている、その客様にロビーにはいろいろな施設が作られていた。

(部隊の点呼などの為にロビー前は広く作られている。)

このホテルは、上層階の上級士官用を招待客に、下層階の一般兵士用を九校戦関係者に割り当てられている。

レオは鍵を受け取ってきた時にエリカが1点を見つめているのに気が付いた。

視線をそちらに向けると思いっきり顔をしかめた。

「エリカ早く行こうぜ。」レオはそう声をかけたが、エリカはかまわずバーに入って声をかけた。

(オープンな設定なので酒を注文する、あるいは飲むことをしなければ未成年でも入れる。)

「ずいぶん荒っぽい飲み方ね。」

「久しぶりだね。」声をかけられたエルンスト・ローゼンは答えた。

あわててエリカを追いかけてきたレオもカウンタを見て思わず言った。

「おっさん飲みすぎだ。」

「どうしちゃったの、大企業の支社長さんともあろうお方が。」幾分侮蔑を込めてエリカが言った。

「こうなったのは、君たちにも原因が有るんだがね。」自嘲気味に笑いを浮かべてから言葉を継いだ。

「そしてこのままでは、君たちにも降りかかって来るかもしれないがね。」

エリカとレオは顔を見合わせた。

レオがうなずきエリカが答えた。「どう言う事なの?」

「ここでは不味い、そこへ行こう。」エルンストが1Fに仮設置してある商談室を指し言った。

もう一度頷きあってエリカとレオは部屋へついて行った。

部屋へ入るなりレオが、懐から完全思考型CADを取り出しスイッチを入れた。

「悪いが完全に信用できないんでな。」とレオが言った。

エリカがじっと見つめると、あわてて言葉を追加した。

「ちゃんと許可は取ってあるぜ。」

「警察病院に優先的に入るのに、警察の協力者登録をしたからね。」と頷きながらエリカ。

「なかなか許可が下りないって話だったからビビッていたが、あっさり許可が下りたのはそのせいか。」

「何ならシルバーのやつでも許可が出るわよ。」とエリカ。

「残念ながら俺のCADは対象外だぜ。」とレオ。

エルンストはそれを見て微笑んだ。

「愚痴を聞いてあげるから早く話しなさいよ。」エリカが照れ隠しに叫んだ。

エルンストは語りだした。

「直接の原因は正にそれだ。」レオのCADを指して言った。

「許可の話が出たから、完全思考型CADの騒動は知っているんだよね。」

「おう、一時あのトーラスシルバーが、危機に陥ったんだよな。」とレオ。

「今は持ち直しているわ。ううん警察、軍で大人気になって経営は持ち直したはずよ。

知り合いがもう何人も個人で購入しているわ。」とエリカ。

「うちのCADはどうだい。」

「管理の関係上とても普段使いは出来ない、だからそのCADを使うなら二つ持つ必要があるわね。

だからCADの調整の手間が2倍になる、持っている人はレオ以外知らないわ。」とエリカ。

「そう、それこそが現在のローゼンの苦境の原因だ。

我が社が満を持して、世界で初めての完全思考型CADを発表したが、結果は散々。

エリカ君が話した様にまったく売れなかったんだ、結局国に頼らざるをえなくなったよ。

『2番手のシルバーは持ち直したのに』その時言われた言葉だよ。

これでわが社は国の信用をさらに落としたよ。」

「さらに?」エリカが聞いた。

「それこそが君たちの話になる。

考えてもみたまえ、私たちが敗けた去年の事は、君たちには満足いく結果だったのかもしれない。、

だけどそれこそが、こちらにとっては大問題なんだ。

そして事もあろうに彼女たちはこの国の軍に捕らえられてしまった、その装備と共にね。

それで国際問題になり、我が国に経緯がばれてローゼンの失態が曝された。」

「だが国とはお友達じゃないのか?」とレオ。

「確かにある意味運命共同体と言えなくもない。だが当然それにも限度があるからね。

そう言えば君のCADは、何世代も前の物なのに最新機種と遜色が無いね。」

「おう、達也の手が入っているからな。」

「司波達也君かい、彼もスカウト対象だったんだがあの四葉だったから不可能だよ。」

「ちょっと聞きたい事が有るんだが?」とレオ。

「何だい?」

「前から疑問だったんだが、一昨年早打ち新人戦決勝リーグで北山が使ったCADの話だ。」

「思い出した。あの時はいろいろ有ったからすっかり忘れていたわ。」とエリカ。

「おれは遠隔操作魔法が苦手だから興味が有ったんだよ。

学校でいくら勉強しても、汎用CADと照準補助装置を繋ぐのが解らないんだ。

おっさんはCADに詳しい筈だろ、何か知らねえか?」とレオ。

「ちょっと待て、一昨年だと。そんな時期にその技術を投入していたのか。」あわてて九校戦の録画を見るエルンスト。

「これは凄い、この速度と精度か、やはり達也君は欲しかった。

もし来てくれるなら最上級の待遇で迎えるのに。」

「あんたでも分からないのか?」とレオ。

「悪かった、簡単に言えば処理途中でトラップを掛け、式を書き換える事で実現しているんだ。」

「そんな強引な方法で速度が出るの?それとよく知ってるわね。」とエリカ。

「元々は3年前のデュッセンドルフで発表された、つまりは我々の技術だよ。

だがその時は、速度も精度もまったく足らず、評価は散々だった。

発表した開発局はトラウマものの叩かれ方をした物だよ。

ところでわがローゼンの事は何と呼ばれているか知っているかい?」

「『営業のマクシミリアン』に対して『技術のローゼン』ね」とエリカ。

エルンストは頷いて続けた。

「そうだ、最近まではね。

トーラスシルバーがループキャストを発表して以来、我々は苦戦を続けている。

そこで社運をかけて世界初の完全思考型CADを発表したんだが、結果はさっき君が話した通りだ。」

「今までのは全部自爆じゃない、それで私たちに関わる話は?」とエリカ。

「今からその話をしようとしていたところだよ。その前にレオ君、人間主義をどう思う?」

「現代の魔女狩りだな。」

「では魔女狩りと聞いてどの地方を連想する。?」

「すぐに思いつくのはヨーロッパ、今のEUだな。だがニュースになって無いだろう?」

「レオ君、君の事はいろいろと調べさせてもらったよ、君はあの吸血鬼事件に関係していたね。

あれはUSNAが発生源だったが、ニュースになったのは日本が先だったよね。」

「まさか報道規制してるって言うの。」

「過激な行動こそ鳴りを潜めたけど確実に信奉者は増えているみたいだ。

それだけじゃない、USNAの徹底弾圧で軸足をこちらにシフトしている節があるね。

こっちのテロ以降、人と金両方がEUに流れてきているらしい。」

エルンストはここで言葉を区切り、エリカたちに考える時間を与えた。

「レオ君、ブルク・フォルゲ第一世代は君の祖父を除いて、つまり公式にはすべて自壊した。

これを人間主義者が知ったらどうすると思うかね?」

「この国でも、魔法師は悪魔の実験で生み出された、て信じてる奴がいるからな。

実証が有ったって大騒ぎになるだろうよ。」

「それだけじゃないわよ、下手をすると影響は全世界に波及するわよ。」とエリカ。

「そう火に油を注ぐ事になるだろうね。

君たちと戦った彼女たち第3世代でも、完全に自壊を防げないからね。

この状態で、わがローゼンの価値が下がった、すると第2の案が出てくる。

国レベルに関与が無ければ出来ない第1世代の証拠を消すことだ。

そして第3世代作成の罪のみに矮小して、政府以外の存在で重要でないものに被ってもらう事だ。

敗ければ賊軍と言う訳だね。」

「スケープゴートと言う事か。」とレオ。

「まさかローゼンをスケープ・ゴートにするって事?」とエリカ。

「全体で言えばこの考えはまだ極一部だ、しかし確実にいるね。

これは政府にいる友達からの情報だよ、そしてこれはレオ君に直接原因がある。」

「おれ?何も悪いことはしてねえぜ。」とレオ。

「君は結果的に、軍に委託された最新式調整体を倒した、こちらから仕掛けたにもかかわらずだ。

しかもこの国の軍隊に捕らえられるというおまけ付でだ。

この体たらくで軍が素直にあの調整体を受け取ると思うかい。」二人とも難しい顔になった。

「レオ君、一昨年のモノリスコードで一条将輝君の圧縮空気弾を受けたよね。」

「それを言うなら達也君だって。」深く考えずにエリカが言った。

「そう達也君も受けたね。レオ君は将輝君の九校戦規定内の一撃で、一時行動不能になったよね。

そのまま戦闘不能にならなかったのは凄い事だけど。

その後、達也君は一度に16連発をうけ、14発撃ち落とし2発を受けたが行動不能になることはなかった。

外から見れば明らかにレオ君の方がだいぶ下だ。」

「達也君は技で防いだんじゃないの。比較はできないわよ。」とエリカ。

「これは耐久性の話ではなく戦闘能力の話だ。技を繰り出せないのは未熟者でしかないよ。

残念ながらレオ君の達也君や将輝君達との格の違いは明らかだね。

おまけに君は、魔法科高校では補欠の扱いだ。

そのレオ君に、こちらから挑んで敗けたんだ、言い訳はできないよ。

軍としてはそんなものに大金を支払う気にならないだろう。

つまりは利用価値が無くなったわけだ。

もちろんローゼンの替わりの会社が直ぐに出来る訳では無いさ。

人間主義者の活動が、直ぐに活発になるわけでもない、ただ止められるかは疑問だがね。

今は残念ながらと言っておこうか、相続の件でエリカ君はローゼンの一族だと国に認識されたね。

そしてレオ君は、その罪の証だ、非魔法師では調整体自壊防止のサンプルにはならないが、証拠としては遺伝情報が有れば問題ない。

だから君の家族も含まれてしまう。」また言葉を区切った。

「その時が来ても各国政府は慈悲心で、証拠を隠滅しようとしないかもしれない、日本にいるエリカ君は見過ごされるかもしれない。」

ここで少し間を開けた。

「そもそも私は、世界で初めて飛行魔法を開発したトーラスシルバーをスカウトする為にこの国に来たんだ。

春にトーラスシルバーが危機になった時、引き抜くチャンスだと思ったよ。

だが今はこちらがピンチだ。」

「会社ごと買収すれば良かったじゃない。」とエリカ。

「魔法産業は国策要素が強い、外国資本には投資に制限が有るんだ。

だから人を引き抜こうとしたんだよ。だが未だ正体は不明だ。

さっき出てきた出てきた達也君も、有力候補だったんだが、あの四葉のプリンスではお手上げだよ。」

エルンストは自嘲気味に笑って言った。

「そうだ名刺を渡しておこう、この国にいる間は会ってあげるよ。

後任がレオ君『たち』の刺客でないことを祈るよ。

そうなったらエリカ君も覚悟するんだね。」

言い終えると部屋から出て行った。

エリカとレオはしばらく部屋から出てこなかった。

 


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