九校戦の準備では雫にかかりっきりだったので、北山潮は久しぶりに航と自宅の庭でキャッチボ-ルを楽しんでいた。
(自宅練習場の整備と応援遠征の準備、後は雫の頑張り次第。)
しばらく遊んでいたが、ボールが庭の木に引っ掛かってしまった。
そこで潮はボディガードを呼びよせボールを取ってもらおうとした。
しかし航はどこからか剣のような物を持ってきて言った。
「父さん、これで何とかなるよ。」
それはとても届く長さでは無かった。
不思議に思ったが潮は、黙って航のやる事をじっと見ていた。
航の持ってきた剣のような物の先端が宙に浮き、腕を振るとボールは落ちてきた。
「それはどうしたんだい。」潮が問うた。
「司波達也さんからのプレゼント、『小通連』と言うCADだよ。」
「坊ちゃんは魔法を使えないんじゃ。」はしごを持ってきたボディガードの男が言った。
「これは魔法力がそれほどなくても使えるんだ。」と航。
ボディガードの男が魔法に興味を持っている様子を見て潮が言った。
「お前は魔法師じゃないのに興味が有るんだね。」
最側近のボディーガードは魔法師を使わない、これはこの時代の不文律だ。
理由は警備の関係上魔法師が入れない場所が少なからずあるため。(例、政治家との会合)
「はい、此れでも昔は魔法師を目指したこと有るんですよ。
ただ魔法科高校の受験に失敗して諦めたんです。
俺の魔法式の規模がもう少しあれば、入学できたと思うんですがね。」と苦い笑いとともに言った。
「だったらこれならすぐ使えるよ。試してみる?」と航。
「いいんですか?」潮を振り返ってボディガードが言った。
考え込んでいた潮はあわてて頷いた。
航はCAD調整器のあるトレーニング棟(雫用?)に連れて行った。
当然ながら潮もついて行った。
それからは1連の流れ(魔法力測定、調整+チュ-トリアル、確認)であった。
潮が驚いて言った。「航、CADの調整が出来るのか?」
「達也さんに教えてもらったんだよ。
このCADは1つの魔法しか入ってないから調整箇所がとても少ないんだ。」
そして航はボディーガードに真剣な顔で言った。
「魔法師を目指していたおじさんには余計なことかもしれないけど、単機能でもこれはCADなんだ。
これを使うということは、あなたは魔法師だ。
魔法師の責任を自覚して使ってね。」
「航」驚いたように潮が言った。
「これをプレゼントされた時に、達也さんから言われた言葉だよ。」胸を張って航が言った。
その日の夜、リビングで航を除く3人は寛いでいた。
潮は紅音に聞いた。「魔法師とは何なんだい。」
「いきなりね、魔法を使う人かしら。」
「雫はどう思う?」
「ライセンス所持者かな?」
「一般的にはそうよね、でも軍なんかでは別の基準を採用してる所もあるわ。
でも何故今になってそんな事を聞くの?」
潮は昼間の航とボディーガードの事を話した。
「私は魔法師と非魔法師は、男女の差の様にもっとハッキリ別れているのかと思っていたよ。
ちなみにライセンスの評価項目は何だい。」
「簡単に言うと魔法の、発動の早さ、規模、強度ね、それと多様な魔法を操れる事かな。」と紅音。
「多様な魔法と言うのがよく判らないね。」
「CADを使うために起動式を理解する能力。
一般的には理系大学レベルの知識が必要とされているわ。」と紅音。
「その4項目全てに、足切ラインが有ると言う訳だね。
魔法科高校入学資格が千人に一人、0.2の4乗が0.0016つまり千人に1.6人になる。
だから一項目だけに限定するならば単純に考えると約2割該当者がいる計算になるね。
また(1-0.2)の4乗は0.4096だ。
つまり約4割ぐらいが一つも満たしていない事になる。
こう考えると現在魔法師と呼ばれている人は極少数だが、魔法の事を理解出来る人数は意外に多いんじゃないか。
そしてこの人たちを何とかすれば、魔法師たちへの風当たりも変わって来るんじゃないかと思うんだが。」
「具体的にはどうするつもりなの?」と紅音
「さっき出てきた『小通連』を考えているんだよ。
あれをうちで大々的に売り出せないか、と考えているんだ。」
「ああ航が使っているおもちゃね。」と紅音
「雫、ほのかちゃんはどうだい、確か深雪さんと張り合っていると聞いているが。」ここで唐突に潮は話題を変えた。
「だめ」雫が首を横に振った。
「振られたという事か?」
「違う、けど相手にされていない感じかな?」
「じゃあ深雪さんに負けた、という事なのかな?」
「それを今度の九校戦で確認するつもり。
達也さんと深雪の関係が決定的なのかどうか調べてほのかに伝える。」
「雫、何でそんな事を?」紅音。
「ほのかが誘っても達也さん全然応えてくれていないみたい。
流石にもう見ていられない。」
新学期になり雫は深雪だけ(水波は一緒)を頻繁に遊びに誘っていた。
もちろんその隙にほのかをと言うつもりだった。
だが雫は知らなかった、達也が三者?会談とトーラスシルバー関連で忙しくなっている事を。
深雪が雫の誘いに応じているのは達也に用事が有る時なので、たとえ誰が誘っても拒否せざるを得ないのだ。
そして雫はこの事が原因で水波とよく話をするようになっていた。
但し最近はさすがに達也も悪いと思っているのか、用事の前あるいは後の一時間程度は付き合うようになってはいたが。
ただほのかは明らかにデートとは違う為に雫にはその事を伝えてはいなかった。
「という事はほのかちゃんに脈は無いという事かい?」と潮。
「ほのかの場合はそれ以前の問題だと思う。
去年の秋論文コンペの視察に同行したらとほのかに言ったら『足手纏いになりたくない』って。
ほのかもホントは分かっている、達也さんとずっと一緒にいられないって。」
「論文コンペ、そう言えば一昨年は『横浜事変』だったわね。
あそこまでは無いにしても毎年物騒で、モノリスコードの優勝校が警備を担当するだったわね。」と紅音。
「つまりほのかちゃんは自分を守る力が足りないと?」と潮。
「それだけじゃないわね、彼は現四葉家当主の息子だもの。
家の格とでも言うべき物があるわ。」
「家の格?」と雫。
「そうね雫はあまり意識したことは無いかもしれないわね。
これは私の様に俗に言う『玉の輿に乗る』状態でないと意識しないかもしれない。」
「そんな…お前にはそんな事を意識させない様に気を配ったはず…」と潮。
「そう潮君には感謝してるわ、でもこの問題はゼロにはならないのよ。
相手は『あの四葉』企業連合の情報網を軽々と出し抜いた相手。
北山家が相手でもなかなか厳しいでしょうね。」
しばらく沈黙が続いたが潮が言った。
「雫、司波達也君に連絡を取ってくれ、用件は『小通連』の商品化についてだ。
これの権利は彼が持っている、それと商品化に関してアドバイスも貰えるとありがたいかな。」
「分かった。」と言って雫は自室て向かった。
(北山邸はセキュリティの関係で通信できる場所は個々人で限定されている。)
雫が出て行ったのを確認して紅音が言った。
「例の件、売り込みに来たけどどうする?」
「魔法師としての君の評価はどうだい。」
「ネームバリューも有るし技術力も高い、ただ…」
「何だい?」
「ただ今は少々騒がれ過ぎね、北山家で所有するのはリスクが高いかもしれないわ。」
「じゃあ止めるのか?」
「いえ流石にそれはもったいないわ、間に噛ませれば良いと思うの。」
「じゃあ悪いけど任せても良いかい?
魔法関係は他の人では良く解らないからね。」
「分かったわ、個人投資家として極力表には出ない方針で行くわね。」
「了解、それでいこうか。」
「ところで潮君、なぜあんなおもちゃに関心を持ったの?」
「ああそれはこれを思い出したからだよ。」と言ってある映像を見せた。
それは経営学などでお馴染みのヒット商品の研究などにあるCM映像だった。
その商品名は『高枝切りバサミ』、元々は高い場所の枝を切るだけの商品だったが爆発的にヒットした。
「なるほどね。」と紅音は言った。
こうして『小通連』は発売される事になった。
当初はソフトチャンバラの竹刀としてだったが、CMを見た達也が先端に物を付けられるように改造した為に広く普及する事に。
(これなら同じ硬化魔法でOK、ただし積載量は個人の魔法力による。)
なによりこれはCAD、9割引が効くので激安に生産出来るのだ。
(ただこの事態は想定外だった為に後で問題になる。)