澪と達也の出会いの日からちょうど1週間後、真由美は達也をあの病院に呼び出した。
(克人は、鈴音の追加質問があるとの嘘で撃退した。)
達也が現れると「先週の件でドクターが話したいそうなの、付いてきて。」
そう言い、真由美は病室とは別の方向へ歩き出した。
真由美の少し強気な態度が気になったが、主治医なら説明しておくべきかと思いついて行った。
小さな待合室を抜け診察室に入る。そこには白衣を着た女性と五輪家当主勇海がいた。
挨拶もなしにいきなり女性が質問をぶつけてきた。
「彼女に何をしたの、詳しく教えて。」
「ただ漏れ出ていたサイオンを戻しただけですよ。」
「もっと具体的にお願いするわ。」
「他人の術式を詮索するのはマナー違反では?」
「じゃあこちらの推測を話すから、それについてコメントしてちょうだい。」
「おおむねそんな感じですね。」
「状態が長続きしないのはなぜだと思う?」
「彼女のサイオン圧力が強い、彼女のサイオン体の修復力が弱い、あたりだと思いますが。」
「やっぱり…、圧力に圧力で対抗するから長持ちしないのね。
…要するにサイオンを戻せば良いんだから何とかかならないかしら?」
「直接跳ね返すから壊れる、ならうまく誘導できないだろうか、帆船の様に。」
勇海が海運業の五輪家ならではの意見を言う。
「可能か不可能かと言えば可能でしょうが、サイオンは拡散していますからロスは大きいでしょう。」と達也。
「拡散かぁ、収束させる事も考えると現実的じゃないわけね。」と女医。
「そうなりますね。」
「うーん、収束させる物……例えば水流ジェットなんかはどうだ?
渦を描いて流れを収束して後ろへ放出、これならどうだ。」
「問題点は二つ、一つは彼女のサイオン流が強いせいで収束させるのが難しそうな事です。」
「何とかならない?」と達也を見ながら真剣な表情で真由美が言う。
その言葉に考え込む達也、何故か真由美には少々甘い様だ。
達也はイメージする、放出されたサイオン流が収束し糸の様になる。
収束には長くかかるだろう、それが少女の中に戻るイメージ。
それはまるで十三束様に達也には感じる、サイオンの繭玉だ。
だが十三束のそれは自身のサイオンの特性で形成されている。
繭玉は糸自身の粘着力で形を保っているがそれは今回使えない。
糸だけで出来ると言えば布、つまり織物をイメージしてみる。
上手く行けば多少の変動にも耐えられるだろう、だが制御はとんでもなく大変だろう。
達也は律義にここまで考えて答えた。
「二つめは制御の問題です、そこまで制御できる自信はありませんね。」
「グラムデモリッションの応用だったわよね。」
「おおむねその通りかと。」
「なら他の術者なら出来るのかしら?」
「可能性としては有るんじゃないでしょうか。
ただ俺は他のグラムデモリッションの使い手は良く知りませんから…」
勇海と女医はその言葉を聞いて部屋を飛び出す。
真由美はその行動にあっけにとられたが気を取り直して達也に言った。
「なら彼女に会ってくれない?紹介してくれって頼まれているの。」
「紹介は要りませんよ、少し話すぐらいなら構いません。」
達也としては彼女はもってあと半年、紹介してもらってももう二度と会うことは無いだろうと思っていた。
だが真由美は博史の事を知っていたから不要なんだと思っていた。
寝ている少女のそば(強化ガラスで隔てられている)へ行くと少女が起き上がろうとした。
真由美は慌てて手を前にかざして言った。
「待って、起き上がらなくて良いから。
ご要望の達也君よ、挨拶は不要だからね。」
「初めまして、体の調子はどうですか。」と達也。
「ありがとうございます、おかげさまでずいぶん楽になりました。
一度お礼が言いたくて真由美さんにお願いしてしまいました。
ご迷惑だったでしょうか?」と少女。
「いえ、お話しするぐらいなら構いませんよ。」
その言葉に少女は明るく笑って言った。
「ではですね……」
少女は高校での事を聞きたがった。
達也は丁寧にそれに応えていく、当然ながら答えられない事は上手く誤魔化していたが。
しばらく二人で話が弾んでいたが不意に達也が言った。
「七草先輩、そろそろ…」
その言葉に真由美は澪を見ると少し呼吸が荒い。
「そうね、そろそろお開きにしましょうか。」
そう言って真由美と達也は病室を出た。
「今日はありがとう、達也君。」
「いえ大したことじゃありませんでしたよ。」と言って達也は去っていった。
この時達也は少女の事を頭の片隅に追いやった。
もう会う事もないと判断しての事だった。
言うまでも無い事だがこの時も真由美は鈴音の件を忘れていた。