病院横の喫茶店で真由美は緊張しながら待っていた。
連絡した時間の5分前に達也は入ってきた。「少々お待たせしましたか。」
真由美は「たった今来たところです。達也君今日は急な変更に対応してくれて感謝しています。」形式ばった口調で答えた。
この口調に達也は真由美の意図を悟り、内心ため息をついた。
「先輩、俺は青い万能お助けロボットでは無いんですが。今度は何をさせるつもりですか?」
真由美は「毎度の事だけれど流石としか言いようがないわね、とりあえずついてきて。」そう言って席を立ち外へ出て行った。
達也はあわてて後を追いながら「何の説明もなしですか?もしかしてこの場所のサイオンの状態がおかしいのと関係が有るんですか。」
真由美は疑わしげな眼を達也に向け「弟は姉の言う事を聞くものよ。」と言い放った。
達也はまだその設定を引きずっているのかと思いながら黙ってついて行った。
(なぜか真由美には甘い達也であった。)
真由美は受付で洋史を呼び出し、病室で落ち合う事にして、達也を連れて行った。
真由美は苦しそうに眠っている澪をちらっと見た。
達也は病室のサイオンの嵐にやや戸惑いながら、部屋にいた洋史とあいさつを交わした。
真由美がまず洋史に達也を紹介した。「洋史さんこちら司波達也さん」
「きみがあの司波達也くんか、はじめまして。」
次に達也に洋史を紹介した。「達也君こちら」
「存じています、はじめまして五輪洋史さん。」ICUで寝ている少女をちらっと見ながら答えた。
(言うまでもないことだが、達也は寝ている少女が澪だとは思っていない。
病室までのセキュリティの無さ、サイオンの嵐で精霊眼は使用不可、
どう見ても中学生ぐらいの少女が、秘匿すべき戦略級魔法師で当年28歳の五輪澪と結びつかない。)
「さっそくだけど達也君、彼女の状態は会長選挙の時の深雪さんと同じだと思うの。
あの時と同じ事は出来ない?」
「深雪とは状態が違います、深雪は一時的に漏れ出ただけで直ぐに修復しました。
それに比べて彼女は封じ込めるべきサイオン情報体が壊れているようです。
同じことをしても持って三日、おそらく一週間後には元に戻ってしまうでしょう。」
言外に無意味だと告げる。
「それでもお願い!」
真由美は勢いよく頭を下げた。それを見てあわてて洋史も頭を下げる。
「俺は医者じゃないんですが。」
「それでもお願い!」
押し問答になったが、初対面でしかも五輪家次期当主にいつまでも頭を下げさせるのも問題だと思い、達也の方から折れることにした。
「わかりました、今回限りでお受けします。
それとここの医師に許可を取ってください。」少女の方を見つめながら答えた。
「ありがとう達也君。」
「洋史さんドクターの許可を取ってください」真由美は洋史の方を向き言った。
その言葉に洋史は、あわてて備え付けのインターホンへ向かった。
達也がじっと少女を見ているが気になり、並んで横目で見ていると泉美の言葉『見ている世界が違う』が浮かび思わず声をかけた。
「何かあるの?達也君」
「彼女の状態を『診て』いました、少し距離がありますが押し込むだけなら問題ないでしょう。」と真由美を見ずに言った。
『診て』と聞いて、九校戦のクラウドボール時の事を思い出していた。
自分も心当たりがあったんだと思い、達也君は何を診ているのだろうと気になった。
そこへ洋史が戻ってきて言った。
「先生は帰宅していましたが、許可はもらえました。」
「では始めます、少し下がってもらえますか。」と言い真由美たちが反対側の壁際に移動するのを確認してから少女の方を向いた。
次の瞬間達也から信じられない量のサイオンがほとばしり、やがて澪の中に入っていった。
真由美にはあの時と同じく嵐は収まりサイオンの状態は正常になったと感じた。
「終了しました。」と達也は言ったが、達也の目には漏れているのが見え、おそらく言った通りになるだろうと思った。
達也の言葉に真由美は我に返った。
「七草先輩、彼女は魔法を使わない方が良いと思います。
または、規模の小さい魔法で影響を確認してください。」
「分かったわ、ドクターには伝えておく。」澪はさっきまでと違い安らかに眠っている。
「用件は以上ですか。」
「ありがとう達也君。」
「約束は守ってくださいね。」
念押しをして達也は帰って行った。
ちなみに洋史はあまりの事に固まったままだった。
ちなみに真由美が鈴音の件を思い出したのは、自宅に帰ってからだった。