5月の終わり真由美は家で調べものをしていた。
4月の達也君との話し合いの後、久しぶりにリンちゃんから会いたいとの連絡が有ったのだ。
去年大学に入ったら学業に専念したいとの事で、しばらく没交渉だったが鈴音の噂は聞いていた。
「久しぶりね、リンちゃん。」ことさら明るく真由美は言った。
「お久しぶりです、真由美さん。」対する鈴音は硬い。
「相談事が有るんですって、高校ではお世話になったし私に出来る事なら言って。」
「ではお言葉に甘えて…」
真由美は鈴音の話を聞くにつれて驚きの表情になった。
「まさかそんな事になっていたなんて、達也君も水臭い・」
「いえ彼とアプローチが違うのは論文コンペの時に分かっていました。
それにあの時は時間が無くて彼の話に関心を示しませんでしたから。」
「そういう事、でも今は違うんでしょ?
直接聞いたほうが良いんじゃないかしら、知らない仲じゃないんだし。」
「…『あの家』の方だと知ってしまいましたから、私には敷居が高すぎます。」と恐縮する鈴音。
「…そう、ね…分かったわ。ならリンちゃんに代わって達也君に聞いてあげる。」
「有難う御座います、ではまずは基礎的な資料をお願いしますね。」
「それで良いのね、結果が出たら図書館に行けばいいかしら?」
「ええ、今期はそこにいると思いますから。
また気になることが有れば質問させてくださいね。」
次の三者会談、ちょっとした変化が有った。
それは真由美のポジションだ、克人の隣ではなく二人の間、つまり真由美を頂点とする三角を描く位置だ。
それは奇しくも二年前の生徒会室の昼食会での位置と似ていた。
(真由美と達也の席であり、あの時は司波兄妹を真由美がからかい達也が応戦する。
そしてその他の人は真由美の餌食にならないように発言は控えめだった。
つまりあの時は真由美と達也が主に話をしていたのだった。)
真由美は話が弾んだあの生徒会室を無意識に思い浮かべたんだろう、終始ニコニコしていた。
今回は二人で達也を説得する訳では無い、克人は特に何も言わなかった。
食後、真由美の思惑通り話は弾んだ。
話題は去年の恒星炉、達也の得意分野だ。
別れる時、達也に次回質問する事を告げておいた。
暫く話題に事欠かない、真由美は上機嫌だが話についていけない克人は複雑な心境だった。
だが他に話題がある訳も無い、しばらく我慢するしかないかと克人は思っていた。
一方達也はと言うとこれもまた複雑な心境だった。
大学の話題が尽きたのは達也も感じていた、だから今回はどうするのかと内心身構えていた。
真由美がまた何か無茶を言ってくるのではないかと、例えば真夜に会わせろや四葉本家に連れていけなどだ。
ところが蓋を開けてみれば全く違う話題だった。
克人は全くしゃべらない、この真由美との話は達也にも二年前の昼を強烈に思い起こさせた。
新学期になり新入生が入ってきて、深雪との関係にまた注目が集まってしまっている状態だ。
屋上は好奇心と温かくなったことにより人がそれなりにいる。
注目の中生徒会室も使用し辛い、また昼食の場所に困る事になってしまったのだった。
達也は今更ながらあの生徒会室の昼食が、深雪とあまり人目を気にせずに出来た稀有な事だと気が付いた。
家では四葉の監視が有るのは真夜の電話のタイミングから明らかだし、学校や外は深雪の美貌の為不特定多数の視線を避けられない。
達也は真由美との食事会が大切な思い出とリンクしていると無意識にすりこまれた。
5月になった、未だ三者会談の話題は市原鈴音の話(去年の公開実験に関する質疑)が続いていた。
明日の会議に備えて(大学で少し調べたが専門的すぎてさっぱり解らない)一般向け解説を調べていると、父親から呼び出しを受けた。
「真由美、明日少し時間はあるか?」
「午後なら大丈夫です。」
「ではxx病院へ行ってくれ。澪さんが会いたいと言っているようだ。」
澪(五輪)と聞いて体をこわばらせた。
一昨年の出撃の無理がたたり体調を崩し、最近はかなり具合が悪いと聞いていたからだ。
「では午後に伺います、先方には連絡をお願いします。」そう言って真由美は父の部屋を出た。
自室に戻ると克人からメールで、明日は欠席したいとのこと。
「十文字君でも難しかったか。」とつぶやき作業を再開した。
(あのレストランはキャンセルした、克人が居ないならと真由美が遠慮したためだ。)
翌日午後に病院を訪問すると、受付でしばらく待つように言われた。
ロビーで待っていると知り合いが声をかけてきた。
「真由美さんお久しぶりね。」
「響子さん」どこかで聞いたようなやり取りで、真由美はあの時の事を鮮明に思い出した。
「誰かのお見舞い?」響子が聞いてきた。
「ええちょっと、響子さんは?」言葉を濁しながら返事をした。
「光宣君の事を先生に相談。」
「たしかサイオン漏れで体調を崩しているんでしたよね。」
「達也君ね、まあ秘密という訳では無いからいいか。」
そこへ響子電話がかかってきた、相手を確認して「ちょっと失礼」と言って響子は席を外した。
ほとんど時間をかけずに帰ってきた。
少し苛立っている様子に「何か?」と真由美は声をかけた。
「母親よ、見合いの相談、もう煩くて。」うんざりした声で響子は答え、さらに言葉をつないだ。
「なかなか相手が決まらなくて、父は家柄にこだわって変な人ばかりを紹介して来るのよ。
(真由美がいい例だが魔法師の間では早くに婚約者が決まっている。
決まらないのは響子自身も含めて何か問題が有るからだ。)
もっとも決まっても彼の様な状態よりは、ましなのかもね」ため息をこぼしそうに言った。
「彼?」
「達也君よ。深雪さんはどうか知らないけれど、まだ妹にしか思えない。
だけど他の婚約者を嫌がっている深雪さんを思うと断れなかったって言ってたわ。」
ここで受付から真由美への呼び出しがかかった。
響子と別れ迎えに来た看護士と特別病棟へ向かう、途中で五輪洋史が合流。
「気をしっかり持ってください」深刻そうでなく緊張をはらんで洋史は言った。
真由美は不思議に思ったが、病棟が近づくにつれ理由がわかってきた。
周囲のサイオンがおかしい、まるで嵐の中に入っていく様だ。
病室はICUになっており、強化ガラス越しにマイクを通して会話できるようになっている。
病室に入ると澪が話しかけてきた。
「ごめんなさいね、もう押さえておくことができないの。」少し苦しそうにささやいた。
真由美はこの感覚に覚えがあった。
それを頭に入れつつ世間話に花を咲かせた。
「姉さんそろそろ」洋史が言った。
「もうそんな時間なのね、真由美さん今日は本当にありがとう。」
「また来ますね」真由美がそう言うと澪は寂しそうに笑った。
病室を出て真由美は洋史に聞いた。
「澪さんの病状はあのサイオンの嵐と関係が有るんですか?」
「関係あるも何もそれが元凶た、とここの医者は言ってるよ。
成長が止まってしまったのも含めてね。」
その答えを聞いて真由美は言った。
「澪さんに合わせたい人がいるの、面会申請をお願いできますか。」
少しだけ考えて洋史は言った。
「判った手続きはしておこう、それでいつが良いのかな?」
「できれば、今日の夕方に。」
「話はできないけれどもそれで良いのなら。」真由美は黙って頭を下げた。
簡単に許可が下りそうなことに少し驚き、澪の病状の深刻さが解って気合を入れなおして電話ブースへ向かった。