防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-09 トーラスシルバー

小さな記事だ、毎週のようにある魔法を使った犯罪の一つ。

ドロップアウトした魔法師崩れが引き起こした犯罪。

ただ一つ違うのは奴が先行販売したFLTの完全思考型CADを使っていた事だった。

 

何故それが問題なのかと言うと、それはこの国の(ほぼ全世界でこの方式を採用しているが)犯罪捜査手法にある。

魔法を使った犯罪、それには従来の街頭カメラ(光学式)では全く役に立たない。

魔法の発動者と犯罪行為の場所が異なるために光学カメラでは因果関係を立証できない。

この解決の為、各地にサイオンセンサーを設置、魔法の発動場所を絞り込む。

その後そのセンサーの周囲でCADを操作している人間を特定する。

遅延魔法はほぼ考慮する必要が無い事もありこれまでは犯人検挙に十分役に立っていた。

だが完全思考型では慣れてしまえば全く動きを捉えることが出来なくする事が可能となってしまう。

サイオンカメラを設置すれば検挙も可能だが全国に配置するとなるとコストがかかりすぎる。

 

4月半ば、FLT第三課

「まいった、こんな事態は想定外ですぜ。」と牛山。

「現状はどうだ?」と達也。

「現在警察、公安、軍の三者が協議中です。

中には『発売を禁止しろ!』なんて過激な声もありやしたぜ。」

「それは拙いな、飛行魔法では名を売り、こっちで実を取るつもりだったからな。

中長期計画を一から見直さなければならなくなる。」

「ですがどうしやす?本社は今期の販売の中止を決定していますぜ。」

「……警察や公安、軍に大量に貸し出そう。

使ってもらえば必ずこの製品の有効性を理解してもらえるはずだ。

なら販売停止なんて過激な意見は出なくなるはず。

幸いなことに貸し出せる製品は売るほど有るんだからな。」

「今の所それしかないですね。

所で御曹司、婚約者が待っている家に帰らなくて良いんですかい?

ここんとこ缶詰めになっていやすぜ。」

「深雪には了解を得ているよ、一年続くという訳じゃ無いんだからな。」

「それならこっちも助かるんですが、くれぐれも無理は厳禁ですぜ。」

 

4月末、達也に真夜から意味深な電話が掛ってきた。

「こんばんわ、『叔母上』、何か緊急のご用ですか?」

「かわいい息子に用事がなければ、電話しちゃいけないのかしら。」

「……叔母上ご用件を承ります。」

「達也さんノリが悪いですよ。亜夜子ちゃんが嘆くわけですね。

誕生日おめでとう。プレゼントは考えてあるから楽しみにね。」

「……」

「もう一つの用事は、ノリが悪い達也さんには、教えてあげません。」と言って電話は切れた。

 

5月半ば、CAD業界を揺るがす大ニュースが2つ飛び込んできた。

一つ目は、

『完全思考型CADは許可制に』

「かねてより問題の有った完全思考型CADについて政府は許可制とする事を発表しました。

使用を要望される方は警察への申請が必要です。

使用個数、目的などを登録して許可を得る必要が有ります。

警察は目的を厳密に精査するとしており、事実上障碍者以外は許可は下りないのではないかと言われております。

また紛失には罰則も有ります、保管には十分に気を付けるようにとの事です。」

二つ目は。

『FLT社、トーラスシルバーを分社化へ』

「FLT社は本日、トーラスシルバーを独立させることを発表しました。

株式はストックオプションとして全従業員に配る予定(全体の6割強)。

完全思考型CADの失敗をカバーする為と推測されます。

今後数年をめどに完全独立を目指す予定です。」

(ストックオプションとは、株式を定額で購入できる権利の事です。

例えば一株当たり千円、一万株購入できる権利を持っているとすると100万円で一万株手に入れられます。

その株式がその時一株2千円の時でも、一万円の時でも変わる事は有りません。)

 

「青木さん、これで良かったんですか?」と龍郎。

「ええ、こと経理に関しては私が全権を委任されております。

それに今回の事は奥様もご相談申し上げております故。」と青木

「では従業員のとりまとめの方はよろしくお願いしますね。」

「それはお任せ下さい、連中を快く思っていない人たちは数多くいます。」と小百合。

「それは頼もしい限りですな、準備が出来ましたらまた連絡いたしましょう。」

 

「こう来たか…」と達也。

「ことごとく後手に回っていますぜ。

こんな事になるんだったらあの話を受けておけばよかったですかね。」と牛山。

「三課の皆の様子はどうだ?」

「珍しく全員出社してますね、ですが管理部からはニュース以上の情報は来ていません。」

「ここに至っても守秘義務か。」

「詳細は株主総会決めるとの事です。

『不確定な情報を流すのは悪影響でしかない』と言う理屈は分かるんですがね。」

「だがこのままでは不味いだろう、みんなを集めてくれ。」

「分かりやした。」

 

「本日ここに集まってもらったのは他でもない、御曹司から話したい事が有る、との事だ。

心して聞くように。」と牛山が

その言葉にざわめいていた雰囲気が一気に引き締まる。

みんなが落ち着くのを待って達也は語りだした。

「まず初めに、失望させて済まないが俺と牛山さんにも詳しい話は伝わっていない。

マスコミ発表以上の情報は本社管理部からは情報は一切出てきていない。

理由は来月の株主総会で最終決定するからだそうだ。」ここで達也は話を区切った。

再びざわめきだすが直ぐに静かになる。

「詳細はいまだ不明だ、だがFLTから独立する事はすでに決定している。

そこで提案だ、独立したらまず何をするかそれを考えようと思う。

具体的にはシルバーホーンの改良版を独立記念に出そうと思っている。

もちろん他にいいアイデアが有ればそれでもかまわない。」

この言葉に一同はまたざわめき出したが、その方向性はさっきとはまるで違った。

「御曹司、また妙な事を考えやしたね。」と小声で牛山。

「こんな時は下手に自由に考えさせないほうが良い。」

「なるほど、確かに今は前向きに考えるほうが良いでしょう。

ですがなぜシルバーホーンです?」

「理由はいろいろある、まずはシルバーホーンは本社の手がほとんど入っていないから我々に残される可能性が大きい。」

「確かに考えたは良いが、あっちに持って行かれたんじゃあ話しになりやせんね。」

「第二にあれが我々の名前を世に出した作品、我々の原点ともいえる製品だ。

新しく始めるにあたって原点に返るのが良いと思ったんだ。」

「流石は御曹司、考えている事が違う。

で具体的には何か考えているので。」

「そのへんはみんなで考えて欲しい所なんだが…

一応俺なりの考えはある。」

「それは?」

「ループキャストはすでに完成された技術だ、だから照準補助を改良してみてはどうかなと思っている。

ショートタイプでロングと同等の精度を出す、あるいはドロウレスの補助辺りは出来るんじゃないか。

去年、汎用型に組み込むために照準補助システムをいじった時のデータが使えると思うんだが。」

「…もうグウの根も出やしません。……」

 


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