その歌は、何のために?
その歌は、祈るために。
その歌は、何のために?
その歌は、感じるために。
その歌は、誰のために?
その歌は、私のために。
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「ーーーー!ーーーー!」
「はい、お終い!いい歌だったわよ!」
「あ、ありがとうございます!」
リハーサルが終わって控え室に戻る。
そこで着替えて帰るのだ。
扉を開こうとして体が固まる。
た、多分この扉の向こうにはミズキが……!
で、でもいつまでもここで立ち止まるわけにはいかないし、ベール様の言う通りに友達は作った方がいいと思うし、何よりこのままじゃ歌に支障が出るし……!
「何してんの?」
「アイエエエエエ!」
ミズキ⁉︎ミズキナンデ⁉︎
「とにかく、中入りなよ」
「え、あ、うん……」
ここにミズキがいるということは部屋の中には誰もいないということだし、5pb.は素直に部屋の中に入って出来るだけミズキと距離をとる。
中にはタオルが備え付けられていたのでそのタオルで汗をかいた体を拭く。
そして、反省。
(コーチはいい歌って言ってくれたけど……)
「ねえ、5pb.はさ」
「ひゃ、ひゃひっ……?」
「噛みすぎ、噛みすぎ」
「失礼、噛みま」
「そのネタはいいからね」
危ない、噛むところだった。
「5pb.は、何のために歌ってるの?」
「………何の、ために、か……」
結局、ボクの悩みもそれに由来するのかもしれない。
「実はボク、スランプなんだ……」
「そう?まだ人気は上がってる最中だと思うけど」
「まだみんなにはわからないだけで……。ボクの中では歌が何なのか、わからなくって……」
「歌が、何なのか……」
「最初は、みんなに声を届けたくて無我夢中だったんだ。でも最近は、ボクの歌って何なんだろう、って思って……」
椅子に座って俯く5pb.。
「言葉にできるものじゃないっていうのは、わかるんだ。誰かに聞いて答えが得られるものじゃないっていうのも。でも、ボクの歌に意味があるのかなって、最近思う」
「……………」
ミズキはしばらく黙った後に口を開いた。
「5pb.はどんな歌が歌いたいの?」
「どんな……歌、か?」
「5pb.が歌う歌に意味が付いてくるんじゃない。5pb.が意味を込めて歌うから、みんなにそれが伝わるんだ」
「…………」
「5pb.は、どんな歌が歌いたい?」
「ボクは……どんな歌が歌いたいんだろう……」
どんな歌が歌いたいんだっけ。
歌い始めた頃は確かにこの胸の中にそれはあったはず。それは一体、どこに行っちゃったんだろう……。
「わからないなら、考えてみよう。君は、どんな歌を聞かせたい?」
ミズキは部屋の端に備え付けてあるピアノに向かった。椅子に座って悲しげな旋律を奏で始める。
「行かないで、どんなに叫んでも、オレンジの花びら、静かに揺れるだけ」
「…………」
「やわらかな額に残された、手のひらの記憶遥か、とこしえのさよならつま弾く」
5pb.は知らぬ間に涙が目から溢れていたことに気付いた。
「……その歌、誰に向けて歌ってるの……?」
「………今はいない、友達に」
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本番前、最後のリハーサル。
結局、答えは見つからないままだ。
控え室に戻ってドアを開ける。そこにはミズキがいた。
「僕にもだいぶ慣れたみたいだね」
「そう、みたい……」
がっくりと椅子に腰を下ろす。
「まだ、見つからない?」
「うん……。それどころか、八方詰まりだよ」
「聞かせてくれるかな」
ミズキにはずっと歌の悩みを聞いてもらっていた。それ結局、後戻りのできない今日にまで。
「ボクは、凹んでいる人は励ましたい。泣いてる人を喜ばせたい。怖がる人を勇気付けたいんだ」
「うん。それは、すぐに見つかったよね」
「でも、ボクは1人だ。ボクが届けられる思いも、1つだけなんだ」
「…………」
「だから、わからない。どうすればいい?ねえ、ミズキ」
5pb.はミズキを振り向いて聞く。
「それに、ボクの歌は無力なんだ」
「無力……?」
「うん。歌は何でもできると思う。世界を変えられるとも思う。だけど、ボクの歌はテロリスト1人止められないんだ……」
きっと歌は世界を平和にできる。人と人だって繋げる。次元を超えて、想いを伝えられる。
けど、ボクの歌はそんな大層なことはできない。テロリストだって、止められやしない。そんな人が歌ったって、何もできるわけがない。
「……きっと、人には出来ることと出来ないことがある」
「………うん」
「5pb.も言ったけど、自分は1人だ。だから、想いは1つしか伝えられないっていうのも、正しい。5pb.には、人間にはいくつもの想いを1度に伝えることはできない」
「……やっぱり、そう、だよね」
「でも、歌うことは5pb.にしか出来ないことだ」
「……歌う、ことが……」
「人には出来ることと出来ないことがある。だから、人はきっと手を繋ぐんだよ」
「手を、繋ぐ……?」
「そう、手を繋いで、繋がろうとするんだ」
ミズキは歩み寄ってそっと5pb.の手を取った。5pb.は驚いたが、その柔らかい感覚に手を離せない。
「きっと、繋がることも人間には出来ない。でも、人は繋がろうとし続けるんだ。いつか、繋げる日を信じて失敗し続ける」
「でも……ボクは……」
「ある人が言ったんだ。『想いだけでも、力だけでも駄目なのです』って。5pb.には力がない。だから、想いを届けるべきなんじゃないかな」
「ボクが……想いを……?」
それはきっと、ボクが歌を通して届けられるもの。いや、歌なんか通す必要はない。言葉を通じて、時には話さなくたって伝わるもの。
「でも、ボクは、想いを届けられない……!ただ、1つだけだ。ボクは何を届ければいいんだ……⁉︎」
「その想いが伝わる」
「…………!」
「諦めないことだよ、5pb.。いくつもの想いを伝えようとすることをやめちゃいけない。その努力と頑張りと想いはきっとみんなに伝わる」
「そん……な……」
そんな、簡単なことだったのか。伝えようと努力することが、伝わる。そんなことで、ボクは全てを伝えられる……。
「応援してるよ、5pb.」
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ライブ当日。
5pb.は決意を胸に秘めてライブ会場に到着した。
「5pb.ちゃん、大丈夫ですの?」
「バッチリだよ。任せて」
今日はミズキには会わない。ミズキは持ち場について私を見守ってくれているのだ。
「5pb.ちゃん……なんか、一皮剥けましたわね」
「そうかな……。そうかもしれない」
大切なのは諦めないこと。ボクはいくつもの想いをみんなに伝えたいんだ。そのいくつもの想いを、1つも切り捨てなんてしない。全部まとめて届けるんだ。きっとそれは今は無理なことだけど、諦めはしない。いつか、届けたい。
そしてその想いは、きっと届く。私がガムシャラに努力する想いはきっと届く。
「ボク、歌うよ。みんなに届けたいんだ、想いを」
そのライブ会場の近くの港。そこに小さい黒いネズミがやってきていた。
着ているのはウェットスーツだろうか。酸素ボンベも担いでいる。
そのネズミは海に飛び込んで海底を歩き始めた。
「まったく、人使いが荒いっチュよ。傭い主だからって、あのオバハン……」
愚痴をブツブツ言いながらネズミはレーダーが示すある方向へと向かって歩き続ける。
「ん、あったっチュ!これで……チュ⁉︎」
海底には赤く輝くクリスタル。その近くにプラプラと海中で揺れる灯があった。
「ま、待つっチュ!それは美味しくは……!」
それはアンコウ。海底に隠れていたアンコウはその赤いクリスタルを餌と間違えて口の中に飲み込んでしまった。
「⁉︎⁉︎⁉︎」
その途端、アンコウは激しく苦しんで暴れ出す。
「ま、マズいことになったっチュ!ここは、逃げるが勝ちっチュ!」
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その頃、ネプテューヌ達はリーンボックスの教会についていた。
みんなでソファーや地面に座ってテレビ画面を見つめている。
「ライブ開始って何時からだっけ?」
「あと少しだよ、お姉ちゃん」
ウキウキしながら待っているネプテューヌにネプギアが言う。
「呑気ね、ネプテューヌ。ミズキがこの国にいるかもしれないっていうのに」
「だから慌ててないんだよ!このタイミングでEXモンスターとか出てこれば、きっと私達はミズキに会える!」
「この国にいる確証なんて、何もないけどね……」
「ミズキはきっと、この国のどこかにいる」
「ネプテューヌ……」
ネプテューヌはそれを感じているように見えた。
「あ!始まった!」
ユニが声を上げる。その声でみんながテレビを見つめる。
ライブ会場では、5pb.がパネルに乗って宙に浮かんだところだった。
そんな簡単にネズミにクリスタルは取らせませんよ(ゲス顔
アンコウさんはかの有名ゲームに出てきたあのモンスターになるかもです。
ミズキが歌ったのは「暁の車」。オトーサマー!