超次元機動戦士ネプテューヌ   作:歌舞伎役者

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暴走

「これが……」

 

ジャックとイストワールは夢のフィールドを作り出す装置をコントロールする部屋にいた。

少し開いていた差し込み口がついさっきまでアブネスがいた事実を告げていて、胸が痛む。

 

「移動までの間にシステムは参照した……ウイルスは既に作ってある」

「ですが、もしまたあの人が抵抗したら……」

 

前回はあまりの熱にジャックの体が燃え尽きてしまっていた。だから今回は直接ビフロンスとサイバー上での戦いは行わない。

 

「波状攻撃だ。ウイルスを防げばまたウイルスを注ぎ込む。無論ヤツは抵抗するだろうが……」

 

ジャックが振り返った先には強固なガラスの先に見える球体の機械。妖しく光り輝き、今も不気味な駆動音を鳴らしている。

 

「それと同時にこれも壊す。俺のウイルスと装置のバックアップ……それをミズキと戦いながらこなすのは流石に難しいはずだ」

 

ジャックが端子差し込み口に手を入れる。

 

「アレを壊してくれるか、イストワール」

「え、私ですか!?」

「粉々にしろというわけじゃない、深い傷をつけてくれれば十分だ」

 

イストワールが不安げにガラスの向こうの機械を見つめる。ガラスにはアブネスとモビルスーツ達が放ったであろうビームや武器の焦げ跡が付いていた。それでもガラスには傷一つついていないが、イストワールの魔法ならガラスの向こうに攻撃を行うことが出来る。

 

(………私も……!)

 

「分かりました、やってみます」

「その意気だ。始めるぞ……!」

 

ジャックがウイルスを流し込むのと同時にイストワールが力を集中してガラスの向こうに魔法陣を作り出す。

四属性全ての属性を同時に叩きつける奥義。それは魔法の1つの完成形とも言える。

 

「先代の力の一部を解放します」

 

史書、その名の通りイストワールは歴史そのもの。そして歴史は力。積み重ねられた人の進歩そのもの。

その身に収められた歴史、しかしイストワールは歴史だけを収められた本なのではない。その権限をもって自身の歴史すら書き換え、現れるのは存在するはずの無かった力。

 

「光となって、消えてください」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

《夢のフィールドが……ッ!》

 

デブリが消え始め、真っ暗だった空間に白い穴が開いていく。ビフロンスが作り出した夢のフィールドが消え始めていたのだ。

 

《夢が……私の夢が!っ、がっ》

 

イブリースが体を抱き抱えるようにする。

夢のフィールドの効果のおかげで形を保っていたイブリースはその効果が消えた時点で自壊し始めてしまうのだ。

 

(それだけは……!なめん、なよ……?)

 

ビフロンスが髪のユニットを使って直結していた夢のフィールドから立て直しを行う。

 

《システムと機器の同時破壊……!?誰がッ!?見つけたのは……あの女かァァッ!》

 

今更ながらアブネスが繋いだ火がどれだけ大きかったか気付くビフロンス。今やその火は炎となって自分を燃やし尽くそうとしている……!

 

(システムを弄るなんてことは出来るのはジャック……!システムについては問題なく対処できるが、機器は……クソッ!予備ルートを使う調整を、システムの相手と同時に……ッ!)

 

ここまでの思考を一瞬で終わらせてビフロンスは舌打ちをする暇もなくシステムの復旧に挑む。

せめてイブリースの体だけは保たなければならない、そこを最低ラインとしてシステムとの戦いを始めたビフロンスの目にアデュルトの拳が映った。

 

《っ、がっ……!》

 

イブリースがアデュルトに殴り飛ばされる。

吹き飛ばされたイブリースが姿勢を直そうとするが、宙返りしようとしたイブリースの背にすぐ地面があった。

 

《っぐ、チッ……!》

 

地面に倒れたイブリースは素早く立ち上がる。

 

《今はアンタに構っている時間は……!》

 

手を強く握りしめ、飛び出したイブリースだったがその体の重さに自分自身が驚いてしまう。

 

(ここまで遅いか……!)

《る、ああああっ!》

 

アデュルトのカウンターを貰い、逆に弾き飛ばされてしまう。そのまま背中にあった崖を蹴って上に飛び、イブリースはアデュルトとの距離をとる。

 

(このままじゃイブリースがもたない……もたせる方法は!?わかってるただ1つ……それを私が許容できるか!?)

《待てぇぇぇぇっ!》

《やるしかない……!》

 

このままでは勝負以前の問題だ。

時間が無い、限られた時間でイブリースをもたせるほどの夢のフィールドを作り出す残された道は1つ、夢のフィールドを暴走させること。

 

《一か八か……っ》

《だあああああっ!》

 

イブリースに追いついたアデュルトの両手にエクスブレイドが握られる。そのままエクスブレイドはイブリースの両肩に振り降ろされ、VPS装甲とぶつかって火花を散らす。

 

《舐め、ないで欲しいわねッ!》

 

夢のフィールド暴走開始。

切れかかっていたバッテリーに再び電気が走ってVPS装甲を相転移させて強固にする。実体なら何者も……例えエクスブレイドであっても通さない。

 

《ふんッ!》

 

イブリースが顎にアッパーを打ち込み、それが当たったと思った。そうイブリースには見えたが拳は宙を切り、1歩離れたところにアデュルトがいた。

 

(なに……?)

 

そこでイブリースは違和感に気付いた。このギョウカイ墓場全域に降り注ぐキラキラとした雪のような、塵のような何かに。

 

《僕の声を聞け……っ》

 

アデュルトがイブリースに背を向け、急加速する。

逃げたのではない、助走をつけるためだ。

しかしその背に浮かぶ蝶の羽がイブリースの目に信じられない光景を映す。

 

《僕の気持ちを知れェェェェッ!!》

《シェアクリスタルの……柱……!?》

 

アデュルトの蝶の羽が通った場所からクリスタルの柱が生まれていき、それが一定の長さになると消えていく。

アデュルトの軌道をなぞるシェアクリスタルの柱は各国のシェア保有量を合計してもまるで足りないほどの量を持つ。

 

(何が起こっている……!?降り注ぐ塵はシェアクリスタルか!?それをミズキがなぞると……膨張している!?)

 

夢のフィールドの暴走はイブリースの形を留めるという意味では成功したと言える。だが暴走は更なる予期せぬ事態を引き起こした。

 

「これは……傷が……?」

 

ネプテューヌ達の怪我がみるみるうちに治っていく。それどころか今までにないほど力が湧き、体から薄いオーラが見えるほどだ。

 

「この暖かい雨……ミズキさんの涙だよ……」

「雨に触れると力が湧くわ。これ……小さなシェアクリスタル?」

「……そうらしいな。何がどうしたか分からねえが……」

 

降り注ぐシェアクリスタルの雨は女神の傷を癒し、力を与える。

 

夢のフィールドの暴走。未だ誰もその意味を理解していなかったが……それにより夢のフィールドは星を包み込み、強い想いがあれば誰しも夢を叶えることが可能となった。

ミズキの想いと夢のフィールドは呼応し、世界中にミズキの気持ちを伝えるシェアクリスタルの雨を降らした。

だが……。

 

「でも、お姉ちゃん……涙が、止まらないよ……?」

「……悲しいから……ミズキが悲しんでるから、伝えたい想いも悲痛なのよ」

 

全世界が同時に涙を流す。

ミズキの悲しみに影響され集められる強い悲しみのシェアはミズキに集まってシェアクリスタルの柱を作り出し、それがミズキに還元されその想いに影響されたさらに強い悲しみが世界に降り注ぐ。

ある種の悪循環。しかしその悲しみは愛。

 

《アブネスが!なんで死ななきゃいけなかった!?》

《言ったでしょ……!それがこの世の運命!》

 

2人の手が組み合った。

イブリースが頭突きをアデュルトに食らわすが、弾かれたのは頭突きを仕掛けたイブリースだった。

アデュルトは微動だにせず頭突きを弾き返し、イブリースに頭突きをし返す。

 

《うっ、がっ!っ、アンタがどれだけ叫ぼうが!世界の理は変わらないのよッ!》

《じゃあッ!僕は1人の人のために、世界だって壊せるッ!》

《巫山戯んなッ!アンタだって、結局悲しみでしか世界を動かせないクセにッ!》

 

ビフロンスもシェアの影響を受け、ミズキの心の叫びを直接感じていた。

だからこそ、ビフロンスはミズキの叫びに逆らって反発する。

 

《みんなが、僕の目の前でッ!消えていって、死んでいって……!》

《なんでたかが数百人への感情で動くッ!》

 

アデュルトが動けば動くほどシェアは増え、性能は上がっていく。

理論上、無限の力。それほどの悲しみにミズキが耐えられれば、だが。

 

《僕の目の前で……死ぬなァァァァァッ!》

《暴走してるアンタなんかにィィッ!》

 

「いけませんわ、あのままでは……」

 

ベールが危惧した時にはもう遅い、ミズキは全世界の悲しみをその身で感じていた。

 

《1人の人が世界中の感情を受け入れられるわけないでしょッ!ましてや肉人形のアンタにッ!》

《ああああああああッ!》

 

悲しい、悲しい、悲しい。

どう頑張っても人は死ぬ……消えていく。突然に、必然的に、ゆっくり、あっさり、あっけなく。でもそれだけは許せない。

体中から悲しみを発散してそれを力にしているくせに、悲しみを否定しながらミズキは戦う。

自分を、世界を自分の力で変えておきながら自分でそれを否定する。

矛盾の塊はビフロンスと組み合ったまま体をシェアクリスタルの塊に変えていく。

 

《飲み、込まれる……ッ!?》

 

イブリースの腕がアデュルトの腕から伸びていくシェアクリスタルに飲まれていく。強固なシェアクリスタルは不完全な性能のイブリースでは破れず、腕から胴へ、胴から足へ、イブリースはシェアクリスタルに飲み込まれていく。

 

《お、前はァァァッ!クソッ、離せッ!》

 

だがアデュルトも……いや、ミズキもシェアクリスタルに飲み込まれていく。もはや原型を留めないほどに肥大化したシェアクリスタルはイブリースもアデュルトも飲み込んで巨大な球体となる。

 

《なに、を……する、気……ダ……!》

《…………ウウッ……!》

 

「ミズキッ!」

「何をしてるの……!?ミズキさんは何をしてるのよっ!?」

 

巨大なシェアクリスタル、それは強い悲しみというエネルギーに包まれた牢獄となる。そのエネルギーは膨大なものとなり……2人の体から魂を切り離した。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「うっ……ひぐっ、ぐすっ……うえぇ……」

「…………」

 

目の前がクリスタルで何も見えなくなったと思った瞬間、ビフロンスは真っ白な空間にいた。

目の前では背中を向けてしゃがみ込んだ男の子が泣きじゃくっている。

 

「………呆れた。一皮剥けばアンタはガキだったってわけ?」

「寂しい、よぉ……なんで、いなくなるの……?」

 

白い部屋にホログラムのように景色が映し出される。

白い機体、ガンダムが現れて緑色のモビルアーマーを撃墜した。そして次、また次のガンダム……歴史は繰り返し、また別のガンダムが現れ……最後に電源を切ったように映像は消えた。

 

「……ダイジェスト?私が消した次元ね、今のは」

 

そして次に現れたのは液体越しに眺める白衣の男。女の子、女の子、男の子。ミズキの人生の始まり、そのダイジェストだった。

 

「そう、アナタってこういう目線してたのね」

 

最後に現れたのは高笑いするビフロンス。そして次元の向こうに自分だけが送り込まれる映像だ。

 

「あら、これ私?やだ、張り切ってるわね。相当アガってたからねえ、あの時は」

 

そして始まるゲイムギョウ界での生活。平穏な日常はすぐに崩れ、戦いに明け暮れることになる。

 

「………僕は」

「ん」

 

ビフロンスが振り向くとそこには立ち上がった男の子がいた。目は赤く腫れているが、涙は止まっていた。

 

「世界を平和にしたい」

「私と同じよ」

「僕はみんながみんなの手を掴むことができれば、そうなれると信じてる」

「私はそう思わない」

 

白い部屋には無数の顔が映し出されていた。不気味とも思えるが、それは人それぞれの純粋な願いを喋っていた。

世界平和を願う者から永遠の命が欲しい者、果てには彼女が欲しいとかお金が欲しいとか……ただの純粋な願いたち。

 

「アナタはこれを聞き遂げる気なの?」

「……みんなの願いが叶えば、人は争わなくなる」

「人が全人類の願いを聞けると思って?」

「………」

「それが出来るのは正真正銘の神よ。アナタはそれになる気?」

「……今の僕ならなれる」

「かもね。私もそうなりたいわ。あ〜羨ましい」

 

ビフロンスは茶化すように言っているが、それは本心だった。神のように世界を変えられるならそうしている、力のない人の身だからこそ様々な方法が生まれ、そしてこうして対立しているのだ。

 

「ねえ、アンタ。そこの座、譲る気は無い?」

「無いよ。今度こそ、僕が誰も悲しまない世界にしたい」

 

莫大に得られるシェアのエネルギーを使って世界を変える。そうできれば、どれだけ良いことか。

 

「でも……」

「でも?」

「クス……無理みたいだ」

 

笑ったミズキの顔は清々しくて、諦めなど微塵もない顔だった。

 

「僕を呼んでる人がいる。……僕を見守る人がいる」


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