《ぷっ、ヒィーヒヒヒヒヒヒッ!》
《何がおかしいッ!》
《いや、アナタにとっては嬉しいお知らせよ?女神たちは見事に罠を退けたらしいわ》
イブリースが大笑いしている。アデュルトの装甲は破壊されていないものの、かすり傷でいっぱいだった。
《あの次元の希望の光……あの子達はそれを退けてしまった。即ち彼女らは希望を退ける絶望に違いない》
《違う!この次元の希望がお前の幻想を乗り越えただけだ!》
《じゃあアナタは?アナタまで退けたのよ、あの子達は!アナタは用済みなんじゃない?》
《それも違う!》
《違う違う違うって……ワガママだこと》
イブリースの髪から放たれる無数のビームを避けながらエクスブレイドの長さを伸ばす。
《だああありゃあっ!》
《ふんっ》
イブリースは軽くバク宙して避け、アデュルトへと接近する。
《まだわからない?人はいずれ終わるのよ》
《けど、その時はまだ来ない!》
イブリースの拳とアデュルトのエクスブレイドがぶつかり合う。しかしアデュルトは拳の威力に吹き飛ばされた。
《くっ……!》
《でも、このまま人はゆったりとした絶望の最中に消えていくことは確定してる》
吹き飛ばされたアデュルトにイブリースの追撃の蹴りが決まる。
さらに吹き飛ばされたアデュルトはデブリ帯の中に入って距離をとる。
《私は平和が見たい。だから今終わらせるのよ》
イブリースの胸から発射された高出力のビームがデブリ帯を焼き払っていく。
(性能が落ちてきている……!くっ)
アデュルトは逃げながらコロニーへと逃げ込む。コロニーとしては小さめだが隠れるには十分な大きさだ。
通路に入って入り組んだ道の中に体を隠した。
《はっ、はっ……くっ》
自分の手のひらを見るとシェアの輝きが鈍っていることがわかった。供給が滞っている訳では無い、ただ戦闘の様子が途切れたことに対する不安だろう。
(外に通信が繋がっていないのか……この夢のフィールドを壊すことができれば……)
しかし望みは薄い。
このフィールドの仕組みなど何もわかっていない、何もかもが未知の空間だからだ。
(もうすぐ、ネプテューヌたちが来れば……きっと……)
今は時間を稼ぐ時……このまま、ビフロンスが探すのに手間取ってくれれば、まだ……。
(……なに……?)
唐突な虚脱感……いや脱力感がアデュルトを襲う。ビフロンスの新たな攻撃か、と警戒するミズキだったがそうではない。
自分の手を再び見ると輝きが段々と鈍り始め、ところどころの装甲が消えてフレームがむき出しになり始めていた。
《シェアの供給が……!》
その瞬間、アデュルトの隣の壁が音を立てて粉砕される。
(まさか、この最悪のタイミングで……!)
《やっと見つけた……もう逃がさないわよ》
《くっ!》
狭い場所に逃げ込んだのが仇になった、この狭い道ではうまくイブリースの攻撃を避けることが出来ない。
後退しながら防御態勢を取るアデュルトにイブリースが肉薄した。
《ゴッド……!》
《ぐっ!》
《ブレイカァァァッ!》
腕を組んだアデュルトにイブリースの拳が直撃した。まだ装甲が残っていた部分で受けたが、あまりの威力に装甲は砕け、壁をぶち抜いてアデュルトは飛んでいってしまう。
《うわあああっ!》
《ヒヒヒッ、絶体絶命ね》
アデュルトが開いた穴を超え、イブリースが迫ってくる。
しかし、イブリースはそこで横にいる人影に気付いた。
《……アナタ……》
「やば、見つかった……!」
そこにいたのはアブネス。
ノートパソコンを持ち、コロニー内に潜伏していた様子だ。
《静かだと思ったら……こんなところに逃げ込んでたとはね!》
「っ、逃げるわよ!防御!」
機動力に優れたトールギスがアブネスを連れていき、残りのモビルスーツが道を塞ぐ。
《やめろ、ビフロンス!お前の相手は僕だ!》
《ヒヒッ……ここであの子を殺したら……アナタどうする?》
《なっ……!》
《最ッ高に……絶望しない?》
《っ、やめろぉぉっ!》
飛びかかるアデュルトだがスピードがない。逆にカウンターでボディアッパーを食らってしまう。
《うぐ……!》
《子供はおねんねしてなさい》
吹き飛んだアデュルトは天井に当たって壁を壊しながら消えてしまう。
そのままイブリースは襲いかかるモビルスーツ達に向き直る。
《ヒヒヒッ、何秒もつかしら!?》
「ヤバいヤバいヤバいヤバい……!」
狭い迷路のような通路を縫うようにして進む。しかしそれは決してデタラメではなく、元来た道を戻ってきただけのこと。
「こんな狭いところじゃ加速性能も活かせないのよ……!トールギス、広いところへ!」
そして最後に光の射す出口を抜ければそこはコロニー内部。人が住むための宇宙の小島の内部は多少瓦礫が浮いているものの、基本的には広大な空間だ。ここでなら、トールギスの性能が活かせる。
「とにかく、コロニーを抜けてアイツから離れなきゃ……!トールギス!」
トールギスはアブネスの命令でコロニーを抜けるために出口へと駆け出し始める。
安堵の笑顔を浮かべたアブネスだったが、その笑顔は壁を壊す音で砕ける。
「まさか……!」
《ヒヒッ、逃がさないわよ……》
アブネスが差し向けたモビルスーツ達は無惨な残骸となってしまっていた。イブリースは持っていたスサノオの頭部を握り潰し、トールギスに迫ってくる。
「何よこのスピード!?逃げきれないじゃない!」
《アナタは……そうね、腕だけは残してあげるわ》
「殺されてたまるもんですか……!」
コロニーを抜けたトールギスがイブリースに向けて手持ちのロケット砲を向けた。それはイブリースの目の前で弾け、花火のように閃光を撒き散らす。
《んっ……なるほど》
再びイブリースが前を見るとそこにトールギスとアブネスはいなくなっていて、デブリが広がっているのみだ。
《鬼ごっこの次はかくれんぼ、ってことね》
イブリースがゆっくりと動いてデブリの裏側を1つ1つ確認していく。虱潰しに、そして徹底的に探すつもりだ。
(諦めなさいよバカああああっ!)
アブネスはとあるデブリの後ろに隠れて息を殺していた。微動だにすればビフロンスに見つかり、確実に殺される。
だがこのまま待っていてもやがて殺されるだけだ。
せめて、助けが来れば……!
(ミズキも来ない……このままじゃ……!)
《あっ、見つけたわよ》
「!」
《……な〜んて冗談♪》
(か、カマかけたわね……!)
危うく声を出さずに済んだがビクついて声を出していたら見つかっていた。やはり、このままじゃいずれ殺されてしまう。
(その前に、なんとしても……!)
アブネスが大事に抱えるパソコン。その中には夢のフィールドを制御していると思われる場所から抜き取ったシステムが記録されていた。
夢のフィールドの仕組みはわからなくとも、それを制御することはできる。そしてそのシステムの分析と書き換えはジャックとイストワールが適任だ。
(夢のフィールドを抜け出すことができれば……!)
夢のフィールドからは抜け出せるのかわからないが……とにかくプラネテューヌにいる2人にデータを渡さなければ。そうすれば2人は管制室に行ってシステムの書き換えが可能になる。
だが逃げることも戦うことも無理だ。ミズキが来るまで、今は隠れているしか……。
「………!」
その時、アブネスはデブリの向こうからやって来る人影を見た。
(アレは……!女神たちじゃない!ジャックたちもいる!よっし!)
心の中でガッツポーズを決めたアブネス。だがアブネスは女神たちの様子を見て訝しんだ。
(なに、あれ……ボロボロじゃない……)
辛うじて変身を保てているような者ばかりだ。ここでビフロンスに女神たちが見つかれば、一瞬で全滅させられてしまうほどの。
「…………」
文字通り、命を賭けて戦って、命を賭けてここまでたどり着いたのだ。そしてまた彼女らは命を賭けようとしている。
(……ここであいつらが見つかっちゃいけない)
ビフロンスの目標は、私だ。
(私も、希望を繋ぐために……!)
《……ここでもない……アブネスちゃんは隠れんぼがお上手ねえ》
直径がイブリースの2倍ほどもあるデブリを軽々と動かして後ろを覗く。
その背中にイブリースは熱源を感じた。
《んっ、効かないわよ》
「トールギス!」
トールギスがデブリ越しにドーバーガンを最大出力で発射した。しかしその照射ビームもイブリースの剣に弾かれ、ダメージには至らない。
それを見ても少しも狼狽えないアブネスはトールギスにしがみつき、撤退を命じる。
「私に構わなくていいわ……!限界まで動きなさい!」
《…………!》
中に人が乗っていないからこそ使えるトールギスの加速性能をフルに活かした戦い。トールギスを無人機にした時からアブネスはそうやってトールギスを戦わせる気だった。
だがトールギスはアブネスを抱えている。無論その状態で最大性能を発揮すれば……!
「ああああああっ!」
アブネスの体は耐えきれない。
(たかが……!数秒しかもたないなら!)
だがそれを使ってもイブリースのスピードに勝ることは無い。そのこともアブネスは分かっていた。
もって数秒、ならばその数秒間くらい気力で堪えてみせる。これくらい、命を賭けて戦っている人達に比べれば……!
「あの光は……戦闘!」
そして女神たちはトールギスが発射したドーバーガンの光で戦闘の存在を知る。
そしてアデュルトもまたコロニーの壁を突き破って戦線に復帰した。
《アレは……!》
(よし……!ミズキもいるのなら大ラッキー!後は……!)
《アナタ……》
「っ!」
《ただの小娘ちゃんかと思いきや、なかなかいい覚悟してるわね。私の背中を撃とうとするなんて》
「……ぐ、ぐ……!」
《喋る余裕もない?解放してあげるわ》
イブリースの蹴りがトールギスのブースターにクリーンヒットする。
トールギスはアブネスを手放してしまい、トールギスのスピードの源であるブースターも使えなくなってしまう。
「きゃあああっ!」
猛烈なスピードで投げ出されたアブネスを誰かが受け止める。振り返るとそこにはおぞましいイブリースの顔があった。
「っ……!」
《捕まえたわよ、お姫様?》
《アブネスを離せぇぇっ!》
《………!》
アデュルトとブースターを潰されたトールギスが必死にイブリースに向かっていく。
《ヒヒヒ、最高ね!よぉく見てなさいミズキ!》
先に到着したトールギスに蹴りを食らわせるとトールギスの堅牢な装甲は簡単に砕け、腹に穴が開く。
そのままイブリースはトールギスの残骸をアデュルトに蹴り飛ばした。
《うぐ、わっ!》
《さて、遺言くらいは……》
「うっさいオバハン……!」
向き直ったイブリースが再び閃光で目眩しされる。それはアブネスが肌身離さず持っていたカメラのものだった。
フラッシュを連続でたくのと同時にアブネスは隠し持っていた拳銃を引き抜き、イブリースを蹴った反動で距離を取りながら乱射する。
「アレは、アブネス……!?」
女神たちもようやく追いついてきたようだ。アデュルトもトールギスを払い除け、こちらに向かってきている。
《アンタ……》
イブリースにぶつかる弾丸はすべて音と火花を散らしながら弾かれてしまう。
《あまり……私を怒らせない方がいいわよ》
アブネスは確信した。多分……間に合わない。女神やアデュルトがこれから全速力で向かったって私を庇うことすらできやしない。
ならば……私に出来ることは……!
「だああらっしゃああああ!」
アブネスが全身を使ってパソコンを女神の方へ放り投げる。その瞬間だった。
《エクスプロージョン……》
「うぐっ……!」
《コライダー》
「っ、ガボッ……!」
アブネスの腹に拳が打ち込まれ、内臓が破裂し骨が砕ける。続いて撃ち込まれた槍がアブネスを貫いた。アブネスの口から血が吐き出されてイブリースの顔を濡らす。一瞬にして致命傷を食らったアブネスの両手からカメラと拳銃が滑り落ちていく。
《っ、アブネェェェェェスッ!》
「か………が……」
《言い残すことはある?》
「み…ミ……ズ………」
《はーいざーんねーん》
次の瞬間に槍は大爆発を起こす。
アブネスの体はチリも残らず消え去り、残った小さな肉片も炎に包まれて消えた。
アブネスがそこにいたという痕跡を残すものは全て消え去り、残るのは虚無の空間だけ。
《あ………!》
アデュルトが伸ばした手はついにアブネスに届くことはなかった。
《うわああああああああっ!!!アァァァァブネェェェェェス!!!》
《ヒ、ヒ、ヒィーーヒヒヒヒヒッ!ミミズ!ミミズですって!最期の言葉はミ、ミ、ズ!ヒヒヒヒヒヒヒッ!》
「あ、アブネス……?」
女神たちも呆然とする。
あの憎まれ口を叩いていて、少し腹立つこともあって、でも協力をしてくれていた……あのアブネスが、死んだ……?
呆然としているネプテューヌの胸にパソコンが届いた。命を捨ててまでアブネスが届けたパソコン。ネプテューヌがそれを開くとそこには無数の文字の羅列があった。
「これは俺達の案件だ、貸せ」
「あ、アブネス……は……」
「……貸せ」
「アブネスは!?どこに行ったってのよ!?」
「いいから貸せェッ!」
ミズキの頭をよぎるのは今まで守りきることの出来なかった人達。
笑顔で見送ってくれた女の子。いつかまた会うと約束した青年。巻き込まれただけなのに応援して励ましてくれた母親。何も言わずに笑顔で見守ってくれたお爺さん。
そしてジョー、カレン、シルヴィア。
最後に……アブネスの死に様が目に焼き付いた。
《ッ………!》
絶対にーーーーー許さないッ!