イブリースが手に握った水鉄砲の引き金を引いた。
凄まじい水圧で不透明な黄色の粘液が飛んでくるが、避けられないスピードじゃない。
(受けるのは危険だ!)
アデュルトは粘液を避け、高く舞い上がる。
(なんとしても、デファンスを次元フィールドにぶつけなきゃいけない……!)
デファンス。対ビフロンスを象徴するような武装だ。
巨大なシェアクリスタルに包まれたそれはビフロンスを無敵とする武装、つまり次元フィールドを無効化する武器だ。
デファンスを次元フィールドのような次元の歪みにぶつければシェアエネルギーを使って歪みを正すことができる。さらにしばらくは次元の歪みを生ずることはできない。
対してイブリースが握っている水鉄砲はスティッキードロップと呼んでいるものだ。
イブリースの武装は不死身の肉体を殺す武装ばかりが揃えられている。爆発で肉体を一瞬で消し炭にするエクスプロージョンコライダー然り、スティッキードロップもそのための武器だ。
放たれる粘液はどんな物体であろうと溶かし尽くし、肥大化する。1度まとわりつけば離れることはないのだ。
(亜音速ならば、水なんかにあたりはしない……!)
《……とでも思ってるのかしらね》
タンク内の気圧を限界まであげる。
タンクが炸裂する限界まで空気を送り込み、粘液が飛ぶスピードを上げ続ける。
亜音速に届かないまでも、匹敵するほどの弾速で粘液が撃ち出された。
《っ、く……!》
反応し、エクスブレイドで粘液を弾いた。
しかし、エクスブレイドにまとわりついた粘液はシェアクリスタルを侵食していく。
《シェアクリスタルを食うのか!?》
素早くクリスタルの刃をシェアに還元、粘液を手放してから再び刃を展開する。
《強力な酸性の……!?いや、クリスタルを食うのならそれだけじゃ説明がつかない!》
だが、ビフロンスはその粘液を『撃って』いる。本来ならその銃ごと溶けてなくなるはずだ。
《夢のフィールド……!こういうところで厄介だ!》
有り得ない武器を、有り得ない性質を実現させている。この空間の中でビフロンスが起こすことは夢か現実か、区別がつかない。
(ケリを付けなきゃ……!でも、ビフロンスのスピードにデファンスは追いつけない!)
《エクスプロージョン……》
(来る、なら!)
イブリースがナックルガードを展開して地面を蹴った。
予備動作を入れたためにスピードはさっきよりも格段に速く、音を超えたイブリースは衝撃波を撒き散らす。
しかし、予備動作があるなら反応もできる。
アデュルトは盾を構え、イブリースの拳とぶつかり合う。
《コライダー!》
イブリースの拳から突き出す槍が盾を簡単に貫いた。しかし、盾の後ろにアデュルトはもういない。アデュルトは盾を捨てて囮とし、イブリースの横に回り込んでいた。
《もらった!》
《爆散》
《っ、ぐわあああっ!》
しかし槍が大爆発を起こす。
直撃はしなかったが、予想以上に広い爆発範囲にアデュルトは吹き飛ばされる。
《ゆっくりと……食われなさい》
そこにイブリースが水鉄砲を構えた。
VPS装甲によって物理ダメージを受け付けず、そして至近距離で爆風を浴びたのに衝撃に怯みもしない。
(さすがに、強敵……!)
イブリースが高速の粘液を放つ。
既に避けることはできない必中の一撃ではあるが、それでも受けることは出来る。
《デファンス!》
巨大な質量を持ったデファンスが粘液を受け止めた。粘液がクリスタルを食う寸前にクリスタルをシェアに還元、そして再びクリスタルにする。
(クリスタルの前じゃ……こういうのは無意味みたいね)
イブリースは水鉄砲を捨て、今度は両手両足のガードを展開した。
《今度、こそは……消し去ってあげる》
神速の踏み込みからの必殺の一撃。
だがそれを当てるためには次元フィールドを解除しなければならないはずだ。
《そこ、だァァァ!》
エクスブレイドが長さを増した。
射程を限界まで伸ばしたエクスブレイドを振り、イブリースを捉える。
しかし、その刃はイブリースに届かなかった。拳を打ち合わせてエクスブレイドを止め、さらにそこに爆発する槍が食いこんでいく。
《甘いのよね》
槍が炸裂し、エクスブレイドが砕けた。
《っ、く!》
《そもそも性能が……》
イブリースが大地を蹴る。
《段違いなのよ》
一瞬でアデュルトの目の前に迫るイブリース。
アデュルトは何とか反応して防御に回るが、イブリースのスピードはそれを凌駕する。
《ご……ほっ》
イブリースの膝蹴りがアデュルトの腹に当たる。
吹き飛ばされたアデュルトは体勢を崩しながらも両手両足の爆発する槍を防御しようと構える。
追いかけるイブリースが回転して蹴りを浴びせようとするが、それがアデュルトの寸前で止まった。
(フェイント……!)
《落ち、なさい!》
カカト落としがアデュルトの肩に入った。
《わあああっ!》
シェアクリスタルで出来たフレームはびくともしない。しかし、アデュルトは衝撃で吹き飛ばされる。
その真上から今度こそイブリースがエクスプロージョンコライダーを突き刺すために降下していた。
《っ》
アデュルトは地面に手をついてそのままバク転。そうした瞬間にイブリースは足で地面を踏み込み、槍を地面に突き刺す。
《エクスプロージョン》
《うわああっ!》
直撃は免れたが爆風に吹き飛ばされてしまう。
ゴロゴロと転がったアデュルトはすぐに膝をついてイブリースを見つめる。
《く……!》
《……殺気はわかっている。機体の性能差は自分の感応能力で埋める。……とか思ってるんてしょ?》
弾け飛んだ岩塊をゼロ距離で食らっているにもかかわらずイブリースには傷一つない。
《人の進化……人に、人だけに与えられた気持ち、心。それをより鋭敏に感じ、誤解をなくす人種……ニュータイプ。S.E.E.D、Xラウンダー、イノベイター……名前と形を変えてもその本質はいつも同じ。感情が、想いが力となり未来を切り開こうとしてきた》
《……なにが、言いたいの》
《けれど、人類は諦めた。人類という種は間違いに気づいたのよ。幾度となく繰り返し、終わらなかった戦いがそれを証明してる。そしてその進化の集大成、それがアナタよ》
《それが、どうしたって言うんだ……!》
《ヒヒッ、わからない?間違いの集大成、過ちの塊がアナタ。そして新たな進化の形、人類が導き出した新たな種としての答え。それが私》
イブリースの手から剣が飛び出した。銀色に光る剣には少し紫電が迸っている。
それを見てミズキが思い出すのは過去にビフロンスと戦った時の経験。
(電撃……!)
《感情に進化したニュータイプは失敗した!頭脳に進化した私こそが人類の未来を導ける!だってほら、現にもう人類は変わる目前よ!》
《そうはさせない!進化した人類であっても、ただ1人が人類の未来を決めることは絶対にできない!》
《私はやるわ。やれるわ。間違った道を正す。最もその先には、崖があるわけだけど》
イブリースが紫電を纏わせた剣をチャキと鳴らし、アデュルトに向かっていく。
アデュルトもエクスブレイドを握り直し、真っ向から立ち向かった。
ーーーーーーーー
2機のガンダムが戦っていた。
信仰の光を身に纏うガンダムと、赤黒い個人の意思に塗れたガンダム。
ミズキとビフロンス、2人の剣がぶつかった時、ミズキの剣が叩き切られる。そのまま剣はミズキを袈裟斬りにし、パックリと傷口を広げた。
そして爆炎に飲まれてミズキが消えていく。
その爆発が目の前にまで迫り、その赤い光の中に飲み込まれた瞬間に体が咄嗟に動いた。
「ミズキっ!」
バッと手を伸ばすとそこは爆炎の中でも戦場の中でもなかった。
自分が気絶するまでいたプラネテューヌの部屋。そして気絶した女神たちが横たわっていた。
「………え?」
自分の首をペタペタと触る。繋がっている。
胸にも穴が空いているわけでもなく、無傷。
立ち上がって自分の手のひらを見る。ここは死後の世界か?そう疑う。
しかし床に転がっている折れたゲハバーンを見てようやく事実がわかった。
「私を……殺さず、に……」
「起きた……?ノワール……」
目の前を見ると座っているネプテューヌが目を開いている。
力なく座っているものの、にへらと笑ってノワールを見ている。そのネプテューヌにノワールは駆け寄って胸ぐらを掴んだ。
「なんっ……で!1人で行かせたのっ!?」
「ノワールだって、1人で行かせる気だったじゃん……」
「それはっ……!でも、あの剣があればビフロンスを倒せてた!」
「その先は……?」
「先っ!?何の話よっ!」
「全員いなきゃ……みんなでいなきゃ、ダメなんだよ……」
ネプテューヌが胸を掴むノワールの手首を握った。
「1人じゃ、何も出来ないっ……!ビフロンスを倒したその先は!?ミズキが世界を治めるの……!?私達の血に塗れながら!?」
「でも……!だからってこのままじゃ全滅よ!」
「自分の体を見てみてよっ!動くでしょ!?さっきまで息も苦しかったのに!」
ネプテューヌが立ち上がる。
そして2人が言い争う声で他の女神たちも目覚め始めた。
「みんながシェアを取り戻してくれた、だから私達は生きてる!じゃあ、ミズキがビフロンスのところに行ったのはなんで!?」
「それは、また、1人で戦う気だから……!」
「違うよっ!ミズキは、待ってるの……!私たちを待って、信じて……!だからこそ1人でビフロンスを抑えてる!」
ネプテューヌが立ち上がってノワールを見つめ返した。
「待ってるの……!だから、行かなきゃ!でしょ!?」
「ネプテューヌ……」
「ミズキの決意を無駄にしないで……!」