アブネスがプラネテューヌの教会から街を見下ろす。変わることのない惨状は目を背けたくなるほどの終末を感じさせる。
それは、ミズキがビフロンスと相対する少し前のことだった。
「急ぐわよ、ジャック!」
「大体のセキュリティは突破した!だが、ガードの固い部分はあと少し時間がかかる!」
「そっちは後回しでいいから、とにかく繋げるだけ回線を繋いで!全世界にアブネスチャンネルを放映しなきゃいけないんだから!」
ジャックがハッキングでプラネテューヌと全世界の回線を繋いでいく。
誰も守護することのないシステムは脆弱で、いつもよりもだいぶ楽だがやはり固い部分はガードが固い。
「ミズキのガンダムアデュルトは『世界のみんなが力を合わせて戦う』ガンダムよ。シェアが多ければ多いほど力を発揮するけど、少なければ動きもしない」
「シェアクリスタルをフレームに使うだなんて……そんなこと、思いつきもしませんでした」
「だから、シェアを取り返さなきゃいけない。それは女神の救命にも繋がるし、ミズキを直接手助けすることにも繋がる!」
後ろを振り向けばギターの調整をしている5pb.。アブネスの視線に気付くとウィンクで準備万端と伝える。
「アイツは言ってたわ、弱い心に意識を流し込むのは簡単だ、って。まずは無理矢理にでも意識をこっちに向けてビフロンスの見せるビジョンを遠ざけるわ」
「それはボクの役目だね!」
5pb.がギターを鳴らした。
同時にアブネスが手に持ったカメラで5pb.を映す。それはジャックの手によって可能な限りのモニターに中継され、全世界に5pb.の顔が届く。
今はまだ誰もそれに気付いていない。しかし、ここからは……!
「いいわよ、やっちゃって!」
「うん!……すぅっ、ボクの歌を聞けぇぇぇーーーっ!」
5pb.の声が電波に乗って世界中に広がっていく。
5pb.が歌い始めたが教会から見るに眼下の光景が変わった様子はほとんどない。だがそれでも……だからこそ5pb.はさらに声を絞り出す。
(ダメ……こんなんじゃ、届かない……!)
その気持ちは焦りではない。
遠く遠く、遥か彼方のあの人にも声が届くように。その心の奥底まで想いが届きますように。
(力は……ミズキが!想いは、ボクが!)
この想いを伝えたい。この想いが誰かの力になることを信じている。
だからこそ、このただ1つの想いをみんなに伝えることを諦めない。この歌は絶対に届けてみせる。
「『My Dear』!お願い、届いて!一瞬でもいい……!届けぇぇぇぇっ!」
その5pb.の声は今までに聞いたことのないような声だった。
歌唱力とか、歌声の美しさとか、そういうものに魅了された訳では無い。その歌の真摯さ、気持ち、想いにハートが震えた。
不思議と、5pb.の顔はこんな時だというのに笑っていた。アブネスも、ジャックも、イストワールも笑って体が勝手にリズムを刻もうとしている。
5pb.の声は確かに届いた。そして今も届けられている。ビフロンスの見せる絶望の未来すら退け、振動は体中を伝わり、高揚する気分にみんなが正気を取り戻す。
「今よ!」
アブネスがジャックを指さすとジャックは少し我に返ったように顔を引き締め、5pb.の中継から別の映像に切り替えて映し出す。
モニター全てに映っていた5pb.に釘付けになっていた民衆達はそのまま切り替えた映像を見る。
それは数年前、過去にミズキがビフロンスと戦った時の映像だった。
民衆には記憶が戻っている。だからその映像は見覚えのあるものだった。
悪魔の化身と戦う英雄、ガンダム。それに力を貸したことも覚えているし、それが奇跡を起こしたことも民衆は覚えている。
「思い出して、みんな!まだ希望は残ってる!またミズキが戦ってる!」
5pb.があの時と同じようにみんなを勇気づけ、導いていく。民衆は既に自分のやるべきことに気付いていた。
「信じて!その想いが力になる!この黒い霧を退けるのは他でもない、みんなの力だから!」
人は信じることを思い出す。
ミズキを、女神を、普段の何重もの信仰……いや、信頼で支える。
それは下降していたシェアを急激に取り戻し、ミズキにも多数のシェアを与えた。黒い霧は色が変わっていき、緑色の美しいものへと変わっていく。
「やった……!」
今ここで得られたシェアがミズキがアデュルトに変身するだけのシェアとなったのだ。
教会から安寧を取り戻した街を見たアブネスはうんと頷いてキャリーバッグにカメラや機材を詰め込んでいく。
「アブネスさん?これからどうするおつもりですか?」
「どうするって……私も行くのよ、ギョウカイ墓場」
「え、ええ!?」
そう言って準備を整えたアブネスは腰に手を当ててふんぞり返る。
「私にもやれることがある!だから、やる!世界を救う戦いの中継、こんなおいしいネタを逃がすわけには行かないわ!」
「ダメです、危険過ぎますよ?下手すれば命を落とすことだって……」
「わかってるわよ、そんなこと。でも、やれることをやるわ、私も!ミズキだけが戦って、私だけ安全圏で応援だなんて性に合わないの!」
やれることを、やる。
みんなが力を合わせないと勝てないのなら、みんながやれることを限界までやることが大切なのだ。
今起ころうとしているミズキとビフロンスの戦い、それを世界中に伝える。そしてさらなるシェアを集める。
それがきっと、私の役目、天命。
「護身の手段くらい、あるんだから!」
そう言ってアブネスが指をパチンと鳴らすとベランダの下から6機のモビルスーツが現れた。
イフリート改、百式、デルタプラス、ギラーガ、トールギス、スサノオ。
今までミズキのために作ったモビルスーツが勢揃いだ。
「それじゃあね!」
「あっ、待って……!」
イストワールが呼び止めるがアブネスはぴょんとモビルスーツに飛び乗ってしまう。
高速でギョウカイ墓場の方へ飛んでいってしまったモビルスーツをイストワールは追うことができない。
「……私だって」
アブネスの目にも今までにない決意が宿っていた。
ーーーーーーーー
アデュルトのライフルから発射されたビームが正確にイブリースへ飛んでいく。
腕の実体剣で全て弾き飛ばしたイブリースだったが、実体剣が刃こぼれしてしまう。
(ビーム……いやこの衝撃と輝きは……シェア)
ふわりと空に浮いたアデュルトはさらに左肩にバズーカを持つ。
引き金を引くと弾頭が真っ直ぐイブリースに飛んでいくが、イブリースの前に迫ると瞬間移動をしたように軌道が逸れ、地面にあたって爆発した。
(次元フィールド……!?あの時みたいな膨大なシェアはないのに!)
夢のフィールドによる支援があってこその次元フィールド展開だ。今のイブリースは望めば望むだけのエネルギーが補給され、決して途切れることは無い。もちろん、ビフロンスの鋼の意思があってこそ、だが。
《ホーミングレーザー》
(来る!)
イブリースの無数の髪のようなユニットからドス黒い血のようなレーザーが発射された。
次元フィールドを応用し、対象を永遠に追い続けるビーム、ホーミングレーザーだ。
《でも、もう対策はしてるんだ!》
対ビフロンスを想定したガンダムなのだ、この程度は防ぎ切る。
次元フィールドから実体盾を取り出したアデュルト。その盾にビームが当たる寸前にビームは霧散する。
(Iフィールド……これも稼働源はシェア……シェアのIフィールド、か)
《なら》
イブリースが手を上げると地面から無数の砲台が現れ、その向きをアデュルトに向ける。
《擬似ファンネル、向かえ!》
ビフロンスの得意武器、擬似ファンネルが反射を繰り返しながらアデュルトに向かっていく。
空間を埋め尽くし、1つの塊のようにアデュルトを追う擬似ファンネル。しかしアデュルトも擬似ファンネルへの対策をしていないわけではないのだ。
(発射口……を!)
ライフルを撃って擬似ファンネル発射口を次々と潰していく。
壊す度にまた新たな発射口が現れるが、数に限りがあるはず。全てを壊すまでライフルを撃つのはやめない。
しかし擬似ファンネルがアデュルトの目前に迫っている。
《擬似ファンネルの弱点は既にわかってるんだ……!》
アデュルトが力をためるように体をこわばらせ、そして宙を蹴る。
アデュルトは音速1歩手前の亜音速で宙を駆け、擬似ファンネルを引き離す。
擬似ファンネルの初速はたしかに速いが、反射を繰り返すうちに速度は大幅に落ちる。そして反射でしか対象を追えない擬似ファンネルは亜音速には絶対に追いつけない。
《推力までシェア頼りとは、ね》
ならば、とホーミングレーザーを放つ。
正面からの攻撃では盾に防がれてしまうが、後ろから回り込むように攻撃すれば装甲を貫ける。
しつこく目標を追いかけるレーザー。アデュルトはその網の中に盾の内側に装備されたミサイルを発射した。
(あのミサイル……安易に撃ち抜いてはダメね)
《でも僕が撃ち抜く!》
ホーミングレーザーはそのミサイルを避けるが、アデュルトがビームライフルでミサイルを撃ち抜いた。
するとそこからガス状の気体が大量に放出され、ホーミングレーザーを弾き飛ばす。
(やはり、錯乱膜)
《ここで決める……!デファンス!》
イブリースに突撃してくるアデュルトの後ろから2つの大きなファンネルが現れた。
ファンネル自体はただの機械の球体、しかしそれは光り輝く巨大なシェアクリスタルに埋め込まれている。
(デファンス……?シェアクリスタルの、ファンネル?アレは……)
見たところ武器である様子はない。
ではあの中に埋め込まれている機械は?シェアを何らかのエネルギーに変化させる装置か……あるいは……。
(この次元フィールドに臆せず飛び込んでくる……ならば、何かある武器ね)
イブリースが次元フィールドを一瞬だけ解除した。しかしそれはアデュルトにはわかっていない。
《ふっ》
《っ、はっ!?》
イブリースが急加速してアデュルトに接近する。わずか一瞬の間にアデュルトは危機を感じて体を逸らす。
《砕けなさい》
《……!》
イブリースのそれはただのパンチ。
アデュルトは咄嗟に手でパンチをすれ違いながら受け流した。
その時、一瞬だけイブリースの手を見た。ナックルガードから放射状に無数の鉄の槍が花のように咲いている。
エクスプロージョンコライダー。それがその武器の名前だった。
勢い余ったイブリースはそのまま減速せずに後ろの岩の壁に拳が直撃。鉄の槍は岩に突き刺さり、そのままイブリースからパージされた。
《ん……っと。何も亜音速戦闘が出来るのはアナタだけじゃないわよ》
(ノーモーションで亜音速か……!アレが本気なら、音速は軽く超える!)
《それと……》
イブリースからパージされた槍が電子音を立てる。
ピーという音が鳴った、その瞬間に槍は大爆発し、岩山を爆風で消し飛ばした。
《な……!》
《私の攻撃は全てが一撃必殺。不死も消し飛ぶ武器の集まりよ》
ナックルガードが閉じ、イブリースが手を開く。
すると地面が開き、そこから銃が飛び出してイブリースの手に握られる。それはオモチャの水鉄砲の形をしていた。
《僕だって、君を叩き潰すために来てる!》
《の割には武器が貧弱ね?》
《殺すためじゃない、説き伏せるためだ!》
アデュルトがバズーカとライフルを次元ゲートの中へ消し去り、代わりに片手に剣の柄を持った。
そこからできるのはネプテューヌの32式エクスブレイドを模倣した我流エクスブレイド。
シェアクリスタルで出来た結晶の剣だ。
《希望も絶望も超えて、僕がこの世界で見つけ出した答えで!》
《アナタが今更説き伏せようと、世界の終わりは変わらない。私の平和を拒むのなら、私に勝ちなさい》