「………もうすぐか」
「あ、あの〜……」
夜のリーンボックスでマジックが閉じていた目を開いた。
その隣にリンダが恐る恐る近付く。
「や、やっぱりやめましょうよ……こんなの今どき流行りませんって、ね?」
「私の意思は揺るがない。女神が私を止められなければ……皆殺しにするまでだ」
「皆っ……」
「構わんだろう。ビフロンス様が復活すればどうせ私達も殺されるのだ」
「そ、そんな!?なんで!?アタイは味方ッスよ!?て、てか、ビフロンスって……そ、それが犯罪神様の名前!?」
「ビフロンス様は犯罪神ではない。犯罪神は既に滅んだ。お前も知っているのではないか?……ヒヒッ」
「………!」
マジックの笑い声にリンダが背筋を凍らせた。
いつもの笑い声じゃない。不敵に、だが美しく笑うマジックの物とは似ても似つかない。
(誰だ……!?誰なんだ、この人……!?)
「お前も……そして無知な愚民共も、誰一人気付いてはいない。世界が本当は、裏表真逆になっていたことをな」
ヒヒヒヒ、と低く笑うマジックからリンダが後ずさっていく。
「どうした、何故逃げる?我が優秀な部下、リンダよ」
「う、う、うるせえっ!だ、誰なんだよお前っ!」
「私はマジック。マジック・ザ・ハードだ。ヒヒヒ、どこからどう見てもそうだろう?」
「ち、違うっ!マジック様なんかじゃねえっ!本物のマジック様を何処にやった!?」
「……ヒヒッ」
少しずつ迫るマジックと同じだけリンダが後ろへジリジリと下がる。しかし、足元の石につまずいて尻餅をついてしまった。
「あっ、う、あ……!」
「大丈夫か?私が立たせてやろう」
マジックがしゃがみこんでリンダの顔へと手を伸ばす。視界がマジックの手で塞がれ、その指がこめかみに触れる。目を開ききったリンダが叫び声をあげる寸前、マジックの手が弾かれた。
「離れるっチュ!」
「………ほう?」
「ね、ネズミ……!」
フードを被ったワレチューがリンダの横に立っていた。
マジックは弾かれた手を抑えてゆっくりと立ち上がり、ワレチューを高くから見下ろす。
「生き延びていたか……ドブネズミ風情が」
「ビフロンスの作戦に巻き込まれて死ぬなんて、願い下げだっチュ!」
「まあ……生きていようが死んでいようが別に構わん。ネズミ如きの死、誰も絶望はしまい」
鎌を抜いたマジックが手先だけでクルクルと舞うように鎌を回す。
「ネズミっ」
「お待ちなさい」
マジックの後ろに音もなくベールが立っていた。
槍の穂先をマジックの首に触れさせ、1歩でも動けば即槍が首を貫くようになっている。
「……今のうちに逃げるっチュよ!」
「あ、おい、引っ張るな!何が何だか、説明しろよっ!」
「後でするっチュ!」
ワレチューがその隙にリンダを引っ張ってマジックから離れていく。リンダが元のマジックの残滓を求めるように振り返ったが、微笑するマジックにもう昔の面影がないことを再確認すると涙を散らしながら振り返って駆けていく。
「仲間割れ、みたいですわね」
「ヒッ、惜しいヤツを失ったよ。いや、心底そう思っている。私になんの非があったのかーーー」
ピクリと鎌を持った手が動いたのをベールは見逃さなかった。
「動くな、と言ったはずですわ!」
「ぐっ!」
手に力を込めて槍をマジックの首に突き刺した。
貫通した槍を引き抜くとマジックの首の穴から向こう側が見える。血が吹き出すことはなく、だが確実に致命傷だ。助かる手段はない。
しかし、マジックは倒れるどころかそのまま振り返った。
「………!?」
「我が体は既に死を迎えた。今ここで動いているのは与えられた僅かに残された時間を謳歌しているからだ。我ら四天王はその身が活動不能になるまで自然の摂理を逆行する禁忌を犯す……」
「わかるように言ってくれると嬉しいですわね」
「つまりはゾンビだ。復活した四天王の中に首を貫かれた程度で死に至る者は1人もいない。私を倒したいのなら……」
マジックが地面を蹴る。それと同時にベールも槍を前に突き出した。
「肉体を消し去るつもりでやらねばなッ!」
「ッ……!」
マジックの鎌がベールの腕の皮膚を切り裂いて鮮血を散らさせる。だが、切れたのは皮1枚。大したダメージではない。
ベールの槍はマジックの心の臓を貫通していた。だが、やはり血は吹き出す気配もなく倒れる気配もない。
(厄介な相手ですわね……!)
「さあ来い!共に絶望の谷底に落ちることを、拒むのならば!」
「アナタなんかと一緒に落ちるなんて、ごめんですわよ!」
ベールがマジックを蹴飛ばしてその勢いで空へ舞い上がる。その過程でベールのプロセッサユニットからドラグーンが全基射出された。
「食らいなさい!逃げ場なんてありませんわよ!」
ドラグーンが地上のマジックに狙いを定め、さらにベールの周りに緑色の魔法陣が何個も召喚される。
「
シレッドスピアーとドラグーンによる範囲攻撃がマジックに向かって放たれた。
「……ヒヒッ」
だがマジックはそれでも不気味に笑う。
片手を開いてビームの雨にかざすとそこの空間が歪む。
「ゲシュマイディッヒパンツァー」
クンッ、とその空間に入ったビームの軌道が変化する。
磁場によってビームを偏向させる対ビーム技術。ドラグーンによるビームも偏向され、遥か彼方にすっ飛んでいく。
(ビームが……!?でも、シレッドスピアーは!)
「VPS装甲起動」
マジックの薄いピンクだった皮膚の色がみるみるうちに変わっていく。足元、手先から赤黒く染まっていき、全身を覆った後にその目までもが赤黒くなる。
そして開いた手に触れたシレッドスピアーは傷一つ付けられずに受け止められた。
「………!」
「ビームは曲がる……物理攻撃は通用しない。これがビフロンス様に授かった新たな力」
「くっ……!」
シレッドスピアーが消え、ドラグーンを収納する。
するとマジックは鎌を持って飛び上がった。
「まだまだあるぞ?お披露目と行こう」
「っ、ああっ!」
一瞬でベールの目の前に追いついたマジックがベールを回し蹴りで蹴飛ばす。その脛にはビームサーベルが展開している。
(槍で受けていなければ、胴が繋がっていたかわかりませんわ……!)
「ファトゥム」
マジックがバク転すると共にマジックのプロセッサユニットが分離して吹き飛ばされたベールへと向かっていく。
羽にビームサーベルを展開して凄まじい速度で迫ってくるプロセッサユニット改めファトゥムに当たれば脛のビームサーベルと同様、やはり命はない。
「この程度!」
しかしベールはファトゥムがぶつかる寸前にファトゥムの上面に手を付き、そのまま宙返りしてすれ違う。
「ここから!シレッドスピアー!」
ファトゥムがマジックに装着されていない今、マジックの機動力は大幅に低下しているはず。
ファトゥムが帰ってくる前に勝負を決めるつもりでベールはマジックの周りに多数の魔法陣を展開する。
「無敵の装甲と言えども、何度も攻撃を加えれば!」
「まずは当てることから始めるといい」
マジックはしかし、アクロバットでもするかのように射出されるシレッドスピアーを逆手に取ってサーカスのように避ける。
「減らず口を!」
「ドラグーン」
ベールが後方に目をやるとそこには幾つもの三角錐状のドラグーンがあった。
「ッ!」
横に避けるとそこからベールがいた場所にビームの束が通っていく。その軌道はマジックに重なっていたが、マジックは磁場でビームを偏向する。
「プロセッサユニットから射出を……!?」
「ビームスパイク」
「数が多くても!」
離れながらベールもドラグーンを射出、マジックのドラグーンの撃墜指令を出す。
機動力はベールの方が上だがマジックのドラグーンには1基に多数の砲口がある。それは拡散するようにしてドラグーンとベールを追い詰める。
「この、程度!」
しかしベールも正確無比な射撃でドラグーンを落としていく。ビームサーベルを展開して襲いかかるドラグーンには両手の槍を突き刺した。
「光の翼」
(っ、来る……!)
しかし、ファトゥムがマジックの背に戻っていた。展開した翼の間から光子の翼膜が現れ、マジックの周りにミラージュコロイドを撒き散らす。
「ここからだ」
「私も……ここからが本番!」
マジックとベールの何かが同時に割れた。
それはリミッターのようなものだ。新たな人類の進化を予兆する力が2人に芽生え、同時に目のハイライトが消える。
「………!」
「その首、切り落とす……!」
マジックが分身を繰り返しながらジグザグの軌道でベールに向かう。ベールはそれを二槍流で迎え撃つ。
「ふんっ、はっ!」
連続で切ってくる鎌を槍で打ち返す。
「手数が違う!」
「速さが違いますわッ!」
マジックは鎌と両足の3本、ベールは手持ちの槍2本で互角の攻防を繰り広げる。
マジックのダンスのような足での攻撃を凌ぎながらベールも槍で反撃し、マジックの髪を穿った。
(これなら……!)
「甘いな」
いける、そう思ったベールの思考はいとも容易く打ち砕かれた。
両足の攻撃を弾き、鎌での一撃を槍で受け止める。
「4本目だ」
だがマジックには残された最後の武装、パルマフィオキーナがあった。
「……っ!」
「砕けろ」
咄嗟にベールは体を動かして避けようとするが間に合わない。顔への攻撃はかわしたがそのままマジックの手はベールの右肩を掴む。
「撃ち込む!」
「っ、ああああああっ!」
ベールが悲鳴をあげて地面へと落下していく。
容赦せずに光の翼を展開して追うマジックを何とか体勢を立て直して迎え撃つベールだが、これは決定的だ。右肩が砕かれた、腕が使えないわけではないが使う度に激痛が走る。こんなもの、使えないのと同じこと。
「ヒヒッ、ヒーーヒヒヒヒッ!」
「こ、の……!」
大地を蹴ってさらに速く後方に下がりながらドラグーンを展開。
ガムシャラでもいい、マジックの攻撃を抑えるためにドラグーンを乱射する。
「ゲシュマイディッヒパンツァー!」
だがマジックが手を広げるとマジックの前面に磁場が出来てビームは曲げられてしまう。ドラグーンは無意味だ。
(凌ぎきれない……!)
「貴様も絶望の坩堝に落ちろォッ!」
「そうは……なりませんわッ!」
ベールがバク転した。するとベールの後ろの魔法陣が顕になり、不意打ちとシレッドスピアーが飛んでくる。
「っ」
鎌が届くか届かない位置にまで接近していたマジックはそれを避けられずにもろに直撃を食らう。
ダメージはゼロだが後ろに吹き飛ばされて地面に滑るように着地する。
「はあっ、はあっ……!」
「……ほう……だが次は凌ぎきれるか!」
「っ……!」
「待ちなさーーーーい!」
「この声は……!」
「……ふん」
胸を抑えたチカがここまで走ってきていた。息を切らして呼吸を整えている。
「チカ、下がりなさい!ここは危険ですわ!」
「いえ、お姉様!アタクシもお姉様を助けますわ!」
「………」
無言でマジックがチカを睨みつける。それに少し怯んだチカだったがすぐに睨み返して腕を組んで笑う。
「ふん、余裕ぶっこいていられるのも今のうちよ!最強のお姉様にアタクシの愛情が加われば怖いもの無しなんだから!」
「戯言を言いに来たのなら帰れ。女神の相手が終わった後で可愛がってやる」
「オーケー、なら特別に見せてあげるわ!アタクシの!アタクシによる!お姉様のための新武装!その名もミーティア!リフトオフ!」
チカの号令と共に夜空の向こうに警告灯を点灯した巨大な物体が現れた。
轟音を鳴らしながら近付くそれはまるで艦のような大きさ。全長9.9m、超弩級の大きさを持つ追加プロセッサユニットだ。
「完成……したんですわね……」
「ふん、私がみすみす装備させるとでも?」
マジックが光の翼の機動力でミーティアへと向かっていく。
「っ、お待ちなさい!」
ベールが後から追いかけるがマジックの機動力には敵わない。ドラグーンの射撃も簡単にかわされてしまう。
「こんなデカブツ!」
「すぅっ………」
マジックの鎌がミーティアに届く寸前にマイクによる息を吸う音が響く。マジックはその音に気付いたが構わず攻撃を繰り出す。それが仇となった。
「ボクの歌を聞けぇぇぇぇーーーーーーっ!」
「っ、なっ!?う、うおおおおっ!?」
国中に響いたかと思うほどの大きな声が響いたかと思うとマジックに電撃がぶつけられた。いや、マジックの周りに電撃の球が出来ている。
それは声の主……5pb.がギターを掻き鳴らせば掻き鳴らすほど大きくなり、マジックを決して逃がさない。
「プラズマレンジ!」
5pb.がそう叫ぶのと同時にマジックは電撃に吹き飛ばされ、ミーティアから大幅に離される。
「アレは……5pb.ちゃん!?」
「今だよ、装着を!」
「お姉様!」
「わかりましたわ!ドッキング……!」
ベールが背を向け、ミーティアと相対速度を合わせる。そのままプロセッサユニットを合体に適した状態にしてベールの背とミーティアが触れた。
ミーティアがベールの脇腹を固定してベールは両手で長く伸びたアームを握る。
「これが……ミーティア……」
「チッ、この……!小娘がァッ!」
ビームは当たらず、実弾は弾かれてしまう無敵のマジックにも攻撃が通っていた。
電撃。体の内部まで焼くような攻撃は装甲をすり抜けてダメージを与えたのだ。
「お姉様!ミーティアのビームソードなら、たとえPS装甲をまとっていても!」
「5pb.ちゃんに……近寄らせませんわ!」
ミーティアがブースターを唸らせて加速した。
まさに流星の如く凄まじい速度で動くミーティアはマジックのスピードすら超えてあっという間に追いついた。
「ッ」
「これ、でっ!」
アームから超巨大なビームソードが発振した。すれ違いざまにマジックの腹を切り裂こうと突進するが、マジックは上に飛んでかわした。
「確かに速い……が小回りはどうだ!?」
マジックが背を向けたベールにドラグーンを射出する。
ビームの雨で巨体のベールを捉えようとするが、ミーティアは小回りが効かないことを補って余りあるほどに速い。
そして反転したベールがミーティアの全砲門を開いてマルチロックを始めた。
「…………」
「ゲシュマイ……!」
「消えなさいッ!」
ミーティアによるフルバーストだ。
ミーティアに装備されている砲門はアームの大口径ビーム砲2門と側面のビーム砲2門、さらにミサイル発射菅が77門。
さらにベールが射出したドラグーン8基による射撃も加わって……!
「ドラグーンは無理か……」
圧倒的な範囲と同時攻撃が可能なフルバーストがドラグーンを全て撃ち落としてしまう。マジック自身はビームを湾曲させて防いでしまうが、その攻撃力には絶句するしかない。
「これで、私を阻む者はいませんわね!」
真っ直ぐマジックに突進するベール。
マジックはかわそうとするが、その空間に不思議な力場が出来る。
「これは……!体が、重い……!」
「ボクの、オンステージ!国中に……ううん、世界中に届けてみせる!」
5pb.の歌がマジックの体を縛り付けている。動きが鈍くなり、絶好の的になってしまったマジックは歯を食いしばって抵抗するが無駄だ。
「はああああっ!」
「チッ、ファトゥム!」
マジックのファトゥムが射出されてベールへと向かっていく。
しかしベールは避けることをせずにビームソードを正面に向けてファトゥムを貫いた。
「ヒ、ヒッ……!ああ、絶体絶命だというのに……何故こうも気分が高揚する……!?」
マジックが溶岩弾をベールに放つ。溶岩弾はベールの体を掠め、ミーティアの左のアームにぶつかってアームをへし折った。
「ヒイイィーーーーヒヒッ!」
「っ、く、負けま、せんわァァーーッ!」
左アームをパージ、煙をあげるミーティアが突撃する。
それがマジックにぶつかる瞬間にベールはミーティアから離脱、勢いのついたミーティアがマジックに突き刺さる。
「クヒヒヒヒ、ヒヒヒヒヒァーー!」
「サウンド・オブ・ヘヴゥゥゥーーン!」
「スーパードラグーン!」
ミーティアに串刺しにされながらそのままミーティアに押されてすっ飛んでいくマジックを新たな曲の衝撃が打ち付け、その体にドラグーンが密着する。
ゼロ距離のビーム攻撃ならば、偏向は不可能。
連続で全方位からドラグーンがビームをぶつけ続ける。
マジックの体は削れ、砕け、穴が開いた。
それでもその状況を楽しむかのようにずっと笑い続けていたマジック。その声が途切れた時、マジックの体もまた消え始めた。
「ヒィヒヒ……すべて、ここまでも……ビフロンス様の、手の、う……え………」
ビフロンスの逃れようのない絶望の罠。
四天王全滅はそれが発動する合図だった。