ベールがとんでもない勢いで地面へ投げ捨てられた。
左肩を貫かれて完全に体勢を崩していたためか、全く抵抗できずに投げられる。
当然叩きつけられまいと精一杯逆制動をかけるが減速する気配がない。さらに地面からは触手のうちの1本が伸びてベールを貫こうとしている。
「あああああっ!」
悲鳴をあげながら槍へと一直線に向かっていく。
このままでは背中から貫かれて………死ぬ。
(死、ぬ………?)
それを実感した瞬間に頭がサーッと冷えた。
不思議な程に冷静で、でもまるで狂っているかのように体が熱い。
どうしようもないのがわかっていた、でもそれを受け入れることなどできない。それでも死は容赦なく押し付けられる。
ベールの頭の中にこれまでのことが浮かんできた。
(走馬灯……なの、ですか……?)
自分もいよいよその時なのかと、そう思うと少しだけ死を受け入れる準備は出来た。
ふと、その走馬灯の景色が終わりに差し掛かる。長い時を生きてきた中での最後のほんの数年間。
その中で出会った人の顔が頭をよぎった。
(っ、何を馬鹿なことを!)
死を受け入れることなんて、やっぱり無理だ。
(まだ何も成していないのに!)
心残りしかないのに。
「私は……まだ……死ねません……!」
自分の体が空気を切る音でその声は周りには聞こえない。しかしベールはその声で戦う意思を再び奮い起こした。
「こん、な……こんな、ところで……っ!信頼に、応えられないまま……!」
ベールが瞳を開いた。
その目は……ハイライトを失っていた。
「死ねませんわァァッ!」
パリ………ィィ……ィ…………ン………!
「!」
ベールがくるりと反転し、向かってくる槍と向かい合う。そしてほんの少しだけ横に移動し、槍を避けてすれ違った。
「えっ……!?」
ユニがそれに驚愕する。そしてそれと同時に、何故かはわからないが触手が切断された。
(な、なにっ!?)
ベールの槍では不可能なはずなのに、切断されたのだ。
ユニがそれを見極められないままベールを見つめていたが、次なる脅威はベールに迫っていた。
地面を覆う触手の森。
ベールはギリギリで地面にぶつかる前に勢いを殺し、その中をまるで滑るように移動し始める。
「…………」
そしてベールを襲おうとする槍がベールにぶつかる前に自壊する。
そこでユニはようやく気付いた。
ベールの突きが、目に見えないほどのスピードになっている……!?
「まさか、あの触手!」
そのまさか。
槍で素早く何度も突いたがためにいくつもの穴が開き、結果切断されたように見えたのだ。
ベールは槍の森の中から飛び上がって離脱する。
片手にさらにもう1本の槍を掴み、二槍流になったベールが背中の翼を大きく広げた。
翼のようなプロセッサユニットは変化していて、黒い骨組みに青い翼膜が張っているような形だ。
「ベール……さん………?」
「動きますわよ」
「えっ、えっ?」
ベールが宙を蹴って舞った。
信じられないことにまるで左肩の負傷が無かったかのように動き、触手に向かって突っ込んでいく。
「ダメ!1人じゃ危ない!」
「じゃあついてきなさいな」
今までノワールとベールで二分されていた触手がベール1人に襲いかかる。
ユニも慌てて急発進するがベールは止まる気配はなく、むしろ加速して突っ込んでいく。
「っ!」
ベールの8つの青い翼膜が射出された。
ベールが最中に背負っていたのはスーパードラグーン。それはまるでファンネルのように独自に動いてベールを囲む触手を逆に囲んでしまう。
「ビームの、網!」
ベールが号令をかけるとドラグーンからビームが発射され、まるで網のように張り巡らされる。
そこを通った触手は問答無用で切り裂かれ、引き下がるしかない。
「来なさい、ドラグーン」
ベールに追随してドラグーンがクラーケン本体へと向かう。
「刺す、突く、穿つ!」
圧倒的なスピードでクラーケンの真横に回り込み、その肌をベールの槍とドラグーンが狙う。
「レイニー……ラトナビュラ!」
キンッと音が響いたのと同時に、ベールは既に離脱している。
遅れてクラーケンの肌に無数の穴が開き、僅か一瞬で数え切れないほどの槍の攻撃があったことを示した。
そして穴からは血が吹き出し、クラーケンが悶絶する。
「あ、あの!ベールさん!」
「ノワールのことなら放っておきなさい」
「!」
「悲しむことは後でもできますわ!」
ドラグーンのビームがクラーケンにぶつかるが、それはクラーケンの心臓には届かず肉を焼くだけだ。ダメージはあるが決定打にはなり得ない。
「今は、倒すことだけを考えなさい!」
「っ、はい……っ!」
ーーーーーーーー
右腕が痛い。熱く燃えるような痛みが血液が送られる度に響いてくる。
ジク、ジク、ジク、ジク………。
「っ、く………いた……っ!」
意識を覚醒させたノワールが右腕の痛みに目をつぶって悶絶する。
目を薄目で開いて右腕を確認すると、そこには無数の針で刺されたような跡……がなかった。簡易ではあるが包帯が巻かれている。
「え……?」
「起きた?ノワールちゃん?」
「え?っ、ぎゃああああああああああっ!?」
声に振り返って上を見ると見覚えのあるピンクのパワードスーツの顔。
思わずノワールはとんでもない悲鳴をあげて後ずさろうとするが、右腕の怪我がそれをさせない。
「い……った………っ!」
「あ、ダメよ大声あげちゃ。気付かれるわよ?」
「気付かれる……って……あ、あのイカ!」
周りを見てみればそこは茂みの中。
そしてその茂みから少し離れたところには今でも触手が蠢いている。
「今は2人が戦ってるっチュ。優勢なものの、EXモンスターがルウィーに迫りつつあるって感じっチュね」
「っ……!待ってなさい、アンタ達はモンスターを片付けたらすぐに……!」
「や〜ね〜、ミズキちゃんから聞いてない?私達は味方よ、味方。それにほら、コレ」
アノネデスが剣の柄のようなものを差し出した。
それはバラバラに砕けていて、剣の部分はないし柄だって元の半分くらいしかないノワールの剣だった。
「助ける時にね?さすがに剣までは無理だったわ」
「っ、だったら……!殴ってでも止めに行くわよ!」
「その利き手で?」
「腕1本で十分よ!」
「まあ待つっチュ。何もここで指くわえて見てろって言ってるわけじゃないっチュ」
はやるノワールを押しとどめてワレチューが白い布に包まれた大きな何かを引っ張ってくる。
「んっ……しょ。ほら、コレ使うっチュよ」
「なによ、コレ」
「見ればわかるっチュ」
ノワールが警戒しながらその布を外していく。布を解くと、その中身に驚愕した。
「これは………!」
中に入っていたのは黄金の巨大な剣。
ブレイブ・ザ・ハードの遺品とでも言うべき、彼の愛用していた剣だ。
「……回収したのね」
「アナタ達、急いで帰っていったでしょ?その隙に、ね?何か役立つかと思って」
「私に、これを使えって言うの?」
「いいえ、使いこなしなさいって言うわ」
アノネデスはからかうようにそう言う。
しかし、ノワールは真剣にアノネデスと黄金の剣を交互に見る。
ブレイブの体躯に合わせて作られた剣はノワールでも持て余す大きさだ。
軽くノワールの何倍かの大きさがある。これでは振るどころかまともに動くことすら難しい。
「やってみる?」
「……やってやるわよ」
ノワールが剣の柄を両手で持って空中に浮かび上がった。
両刃の剣は担ぐことすらできず、ノワールはぶら下げるようにしてそれを持っている。
しかも右腕は怪我しているのだ、ここまで力を入れていては持っているだけでも右腕は悲鳴をあげる。
「っ……くっ」
「今度こそは助けられないっチュよ。肝に銘じるっチュ」
「わかった、わよ」
「じゃ、まったね〜、ノワールちゃん?」
「2度と会いたくないけどね……!」
ふらふらとノワールは危なっかしく空へ登っていく。それを見送ってからアノネデスとワレチューは姿を消した。
ーーーーーーーー
ノワールは宙に浮かんでクラーケンをみつめた。
まだクラーケンに気付かれないほど低空で、これからどう襲うかの不意打ちの算段がたてられる。
(力任せに振り回しても……きっと心臓には届かない)
片手分の力だけで何度も何度もクラーケンを切り裂けるかと言ったら無理だ。そんな力もないし、スピードが出ない。
(この剣を、使いこなす、には……!)
ブレイブほどの巨躯が必要だ。
しかし片腕を潰されたノワールにそれは無理な話。
こうしている間にも締め続けられる筋肉が血を吹き出している。早く決めなければ、1度振る力すらなくなってしまう。
勝算は、ある。
「1度だけ……!1度だけでいい、あの、剣を使えれば……!」
ブレイブが1度だけ繰り出した必殺技、トランザムライザーソード。
あれなら、1振りで問題なくクラーケンの心臓を潰すことが出来る。
「やるしか、ない……!」
ノワールが居合切りのように剣を構えた。このまま、左手の力を全て使って振り抜く。
問題は、あの剣を使うことが出来るか……!
「っ、はああっ………!」
強く剣を握りしめ、魔力を剣に注ぎ込んでいく。ありったけの魔力を使うつもりで剣へ魔力を与えるが、剣は応えてくれない。
(なんで……!)
怪我をしていた右腕がプルプルと痙攣し始めた。
(どうして……!?)
足りないとでも言うのか、自分の魔力が。ビームを1mmも発射できないほどに?
右腕がいよいよ痺れてきた。
力を入れていても段々と右手の力が抜けて剣先が下がっていく。
(無理………だ……)
そう心の中で呟いた時、もうひとつの声が聞こえた。
それはブレイブを倒した直後のユニの声。
『絶対分かり合えたのに……想いは同じだったのに……っ!』
「ユニ……ブレイブ………」
ノワールの手から力が抜け、ついに構えが解かれた。しかし、それはいけないことではない。
「そっか……アナタ達は……出来なかった、のね……」
ユニも、ブレイブも、出来なかったんだ。
勝ちたい、負けたくない。
ユニは最後まで相手を倒したいけど殺したくないという感情の狭間で苦しんで、ブレイブは最初から感情を捨てて全力で戦った。
「道を、見つけられなかったのね……」
ユニは最後まで道を見つけようとしていた。
けれどブレイブは最後までそれを許さなかった。だからユニは道を見つけられず……ブレイブは探そうとしなかった。
「最後の最後まで……ブレイブは間違っていて、ユニは答えを見つけられなかった」
もう手遅れだ。
どうにもならない。
ここでノワールが新たな答えを提示したところでブレイブは帰ってこない。ユニの気晴らしにもならない。
けど、でも、それでも。
今こそ示してやろう。
ノワールが見つけ出した答えと、それを実現させるだけの力を。
「もう、過去は変えられないから……!」
せめてこの先、間違えないように!
ノワールが持った黄金の剣が形を変えていく。
剣はノワールの体躯にあった形に縮んでいき、刀身はクリアグリーンのものへと生まれ変わる。
剣の名前はGNソードV。ノワールはそれを左手で持って高く大きく飛翔した。
「アレは……」
「お姉ちゃん!?」
ベールとユニもノワールの存在に気付いた。しかしそれはクラーケンも同じ。
高く舞い上がっていくノワールをクラーケンの触手が襲う。
「……2人が出来なかったこと……分かり合うこと、それを今ここに……!」
ノワールの体からは緑色の粒子が散っていた。
クラーケンの触手がノワールを貫く。しかしクラーケンは肉を貫いた手応えを感じない。
ノワールの体はクラーケンが貫いた腹の部分から緑色の粒子となって消えていく。
「……ブレイブ………?」
ユニがその光景にデジャヴを覚える。
そしてノワールは少し離れた場所から砂時計を逆再生するように足元から現れた。
その背中には大きな盾が装備されていて、その背中から大量の緑色に光る粒子が放出されていた。
「トランザム」
ノワールの体が赤く光った。
そして盾から小さな剣のようなビットが分離し、ノワールを守るように円型に配置される。
ノワールの服が消え、限界まで肌を露出する。
防御力皆無、だがそれでなければ……自分から信頼を示さなければ……対話は実現しない!
「……クアンタムバァァァァストッ!」
ノワールの目が黄金に光る。
その瞬間、ノワールの体から溢れんばかりの粒子が吹き出し、辺り一帯を埋めていく。
「な、なに!?」
「この粒子は……!?眩しっ」
まるで津波のごとく、クラーケンを飲み込むばかりかルウィーの街寸前まで粒子の嵐は吹き荒れる。
やがて全てのEXモンスター、クラーケン、ベール、ユニが眩い粒子に飲み込まれる。
それに全身を覆われ、思わず目を閉じたユニが目を開くと……そこは別世界へと生まれ変わっていた。
「な、なに……ここ、は………?」
真っ白な世界、しかしとても温かくて不快感は感じない。むしろ何もかもを満たされるような多幸感を感じる。
「あ、あれ?私、服……」
「ここは……前と……」
「あ、ベールさん……」
ユニの体からは一切の身を覆うものは消え、武器も何も持っていなかった。
そしてユニは隣にベールを見つけ出す。
「あ、あの、ベールさん?これは一体……」
「ああ、ユニちゃんはこういうの初めてですわね。私は2度目なのですわ」
「2度目……?」
「1度目はね、マジェコンヌに捕らわれた時……ユニちゃん達が初めて変身した時、命が消えかけた時に……あの人が、助けに来てくれた時、なんですのよ」
ベールが懐かしむように微笑む。
不思議とユニはその気持ちを理解できるような気がした。ユニにはそういう才能はないのに、気持ちが直接伝わってくるようだ。
「ほら、アレを」
「お姉……ちゃん………?」
遠くを見るとノワールがいた。
口を開いて何かを訴えかけているが、ユニにはその言葉は聞こえない。
しかし、まるで歌っているようでもあるノワールの気持ちは伝わってくる。
「慈愛……?優しい……」
「何も、ノワールが特別なわけじゃありませんわ。獣だって持っている、誰かをいたわる優しさの心……ここでは、それが何の屈折もなく伝わるのです」
ノワールの向こうにはモンスター達。体は赤黒くなく、小さくなっている元の姿だ。
「聞こえますか?モンスターの気持ち、ノワールの気持ち……」
「……はい。苦しんでて、お姉ちゃんがそれを癒していく……」
「私達のように才能がない者でも分かり合える……ノワールはそれを今、体現しているのですわ」
ノワールがユニ達の方を向いた。
しかしノワールが見据えているのはユニではなくその後ろ。
「……あ、イカ」
「元々はこんな小さかったのですわね」
何の変哲もないただのイカだ。
しかし、それとでもノワールは意識を共有し合える。
今度はノワールの声はユニ達にも聞こえた。
「……そう。もう、どうしようもないのね……」
ノワールが悲しげに目を伏せる。
イカから伝わってくるのは苦しみ、悲しみ。
操られるのも、こんなに凶暴になってしまうのも……そしてそれが自分で抑えられないことを悔やんでいる。
「ごめんね。止めてあげるから……ごめん。私には、それしかできない」
イカから伝わってきたのは感謝の気持ち。
それを感じた途端、眩い光の空間が小さくなっていく。
「……終わりにするから。もう、アナタみたいなのを作り出さないように……」
「っ、えっ!?え、えと、ここ……は……」
「どうやら、帰ってきたようですわね」
自分の両手を見るとしっかり服を着ているし装備もバッチリしている。
「今のは……夢……?」
「いいえ、夢ではありませんわ。紛れもない、現実」
ベールも同じ時間と空間を共有したらしい。
気持ちがダイレクトに繋がる感じたことのない経験はどうやら夢でも幻でもないらしい。
「ユニ、ベール」
「ノワール」
「あ、お姉ちゃん!私、私、お姉ちゃんが死んだかと……!」
「うん、心配かけてごめんね。でも、あの子を……」
「キュロロロロロロロ!」
「……解放して、あげなきゃ」
「解放って……」
「みんなも手伝ってくれるわ」
ノワールが後ろを振り向く。
それに釣られてユニも後ろを振り向くと、色とりどりの波がこちらに迫ってきている。
「アレ、って……まさか……!」
「モンスターの、群れ。大丈夫、あの子達のEX化は解いたわ」
「と、解くって……!」
「私にはそれが出来るの。いえ、できるようになったの」
ノワールの体から放出されている緑色の粒子、GN粒子。
高濃度のGN粒子がEX化させる何かを浄化したのだと、ノワールはそう理解していた。
「でも、あの子は無理みたい。アナタも感じたでしょ?あの子の苦しみ」
「う、うん……」
そういえばクラーケンの体躯は随分小さくなったように思える。
それでも超巨大だが、ある程度はノワールが浄化したということなのだろうか。
「ユニ、ベール、出来るわね?」
「う、うん!」
「心臓の位置が、まだ分かりませんけれど?」
「多分、目の斜め上辺り。そのあたりを同時攻撃、私が責任をもってトドメを刺すわ」
「……わかった」
「了解しましたわ。やってみせます」
3人がクラーケンを見据える。
もし、もし今もあの子が苦しんでいるのだとしたら……もう、苦しまないようにしたい。
それは、もう、命を奪うことでしかないのだけれど。
でも、その業を背負う覚悟はある。
「始めるわよ!」