超次元機動戦士ネプテューヌ   作:歌舞伎役者

165 / 212
目覚め

ネプテューヌが剣を構えた。

こちらに太刀を向けて、その場から動くなと態度で示している。

それがとても悲しくて、その場から足を動かさずに手だけを伸ばす。

 

その手が太刀で切り落とされた。

 

「来ないでっ!」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ううっ、はあっ、はあ……く、ううっ………!」

「ミズキ………」

 

病院のベッドでミズキが胸を抑えながらうなされている。

手術の跡が痛むのか、悪い夢でも見ているのか……恐らく、その両方だろう。夢の内容もネプテューヌには大体の察しはつく。

汗がだくだくに流れてあっという間に服やシーツがベトベトになり、ネプテューヌは冷えたタオルでミズキの額を拭く。

そして残った片手でミズキの手をひたすら強く握りしめていた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『あぁ……一命は取り留めた』

 

ジャックが疲労困憊の様子で放った一言で全員の顔に笑みが戻る。

 

『まあ、今でも予断は出来ない状況なんだが……』

 

後でわかることだが、手術室は飛び散った血で真っ赤に染められていた。それだけの激しい手術であったということだ。

 

『ビフロンスとの決戦の傷、今までの戦闘の傷……確かに肉体組織は完璧に治癒しているように見えたが、その実は形だけ整えた脆いものだった』

 

安静にしていたならゆっくりではあっても治癒していただろうに、いたずらに戦闘に参加するものだから故障箇所はどんどん大きくなり手が回らなくなった。よってもともと不完全だった治癒はさらに雑なものになり、歩くだけでも傷が痛むようになったのだ。

 

『いつから自分自身で気付いていたのかは知らんが、女神達が捕らわれていたこと、記憶を失って弱くなった女神候補生達を助けなければならないことを自分自身の責任だと思って無理に戦ったんだろうな』

 

無論、2度と失いたくないという強迫観念に近い感情もあっただろうが。

 

『でも、ここに帰ってきた時には……』

『万全の戦いだったわよ?』

『あの時は一時的にこの世界とのシェアが繋がったからだ。それ以前にアイツも女神候補生達が解放したシェアのお陰で力を上げていたが、この世界とのリンクが回復したことによって一時的に万全の状態になったんだろうな』

 

その後はあの有様だ。

戦えなくなれば薬を打って狂戦士のように戦う有様。そこでついに体は瀕死の状態になってしまったのだ。

 

『しばらくは目覚めまい。それに……アイツの1番深い傷は俺にはどうにもできん』

 

胸の奥、心を深く深く切りつけられてしまったのだ。その傷を癒す者は1人しかいない。

 

『以上だ』

 

ジャックはそれだけ言ってまたいなくなったのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

さっきまでミズキはひどくうなされていたものの、今は比較的うなされることもなく静かに寝ている。

シーツと服を交換してあげたのが良かったのかもしれない。

だがその寝顔はネプテューヌにはどうしても安らかには見えない。

 

「……いつ、起きるんだろ」

 

神のみぞ知るのなら、私にだって知れていいはずなのだ。

 

ネプテューヌがそっとミズキの前髪を撫でる。

けれどミズキはそれに反応もせずに静かに寝息を立てるだけだ。

 

「失礼するわよ」

 

その時、病院のドアが静かに開いた。

 

「ノワール……」

「なによその顔。来ちゃ悪い?」

「う、ううん」

 

ノワールはネプテューヌとベッドを挟んで向こう側にある椅子に座ってミズキの寝顔を見る。

 

「……そこそこ、穏やかね」

「さっきまでうなされてたんだけどね」

「……そう」

 

ノワールがミズキの寝顔から顔を背けた。

 

「……多分、アンタだけのせいじゃないわよ」

「え?」

「アンタが引き金になったのは事実だけど……そこまでミズキを疲弊させた原因はみんなにある」

 

ノワールがネプテューヌの目をじっと見つめた。

 

「きっと、自分の国を作るって決めた時……その時にはもう、遅かれ早かれ私達と離れる決断をしてたのよ。だってそうでしょ、国を作るってことは今までみたいに毎日会えるわけじゃないし……」

「みんなとの約束も、破ることになる……」

「ええ。時には敵になる可能性だってあるんだから」

 

行きたい時に行けないし、何かしたい時に出来ないことも多くなる。

それでも国を作ると決めたのは、多分……ヤケになったのと、その方が私達にとっていいと判断したから……。

 

「怒ってたもんね……ミズキ……」

「そうね。そりゃ怒るわよ。私だって怒るか失望するか……どっちか」

 

あれだけ強い絆で結ばれていると思っていたのに、あっさりと忘れてしまっては……そりゃあ、怒って当たり前なのだ。

 

「……2度目ね」

「あの時はミズキ怒ってなかったもん。だから、今回は……どうだろうね」

 

善意でミズキを連れ帰ろうと思った時も、無意識にミズキを邪魔した。

ミズキの体と心を傷つけてしまったのはこれで2度目だ。

1回目の時は許してくれていた。

けど……今回はどうだろう。

本気で怒っていたのだろう。悲しくて、辛くて……けど、それを私達にぶつけることは絶対にしなかった。

 

「ちゃんと謝らないとね。許してくれるかどうかは……わからないわ。もしかしたら、許してくれないかもしれない」

 

ノワールが立ち上がった。

 

「でも、もう離れない。……説得力、ないでしょうけど」

「ノワール、もう帰るの?」

「ええ。暇じゃないのよ、私も。ミズキが起きたらすぐに飛んでこれるように準備してるんだから」

 

ノワールはそう言って部屋を出ていった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「く、く………私、は?」

「起きたか、マジック」

 

ギョウカイ墓場、その奥地にある犯罪組織の本拠地。

その中にある巨大な液体に包まれたガラスの筒の中でマジックは目覚めた。

 

「ブレイブ……くっ」

「動くな。治癒をしている、じっとしていろ」

 

マジックの体には無数の管が通されていて、ところどころにある傷口が目立つ。

 

「ヤツは……ヤツは何処だ!?」

「ミズキは退いた。お前以上に傷を負っている、しばらくは動けまい」

「貴様がやったのか……!?」

「違う、今までのダメージが蓄積していたのだ。それがお前との戦いで無理をして開いた」

 

憎しみにまみれた目でマジックはチッと大きな舌打ちをする。

 

「……リーンボックスは」

「女神候補生に全機落とされた。パイロットも奪われたらしい」

「チッ……!チッ、チッ、チッ……!」

 

マジックが激しく舌打ちを繰り返す。

そしてついに唇を強く噛み締めながら筒の壁をドンと叩いた。

 

「私をここから出せ……!今すぐにでも、殺しに行ってやる……!」

「やめろ。俺達の本題を忘れたか」

「……くっ、腹が煮えくり返るようだよ……!」

「犯罪神様のためと思ってこらえろ。一時の感情に流されて身を捨てるな」

 

ブレイブは後ろを向いてマジックの前から去っていく。

 

「どこへ行く……」

「新たな剣を受け取りに行く。世界を切り開くための剣をな」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「謝る、か……」

 

ネプテューヌが未だに目を覚まさないミズキの前で呟く。

 

「ごめんっ!……ううん、なんとなく誠意が足りない気がする……」

 

眠ったミズキの前で手を合わせて謝ってみるが、なんとなくこれはダメな気がする。

 

「わりわり、せんせんした〜。……これ絶対ダメだ」

 

ネプテューヌが自分で言ったことにげんなりした。

 

「申し訳ありませんでした。大変遺憾に思って……ってこれは何だか気持ちこもってないよ」

 

1週間に1回は何かしらの理由で開かれる記者会見みたいだ。

 

「ソーリー。……すまん、悪かった。……めんごめんご。……う〜ん」

 

いざとなるとなかなか言葉が出てこない。

ネプテューヌはそのテイクをひたすら繰り返していた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「来ないでっ!」

 

延々と続く悪夢。

明晰夢でもないから自分の意思では自分の気持ちすらコントロールできない。

 

終わらない悪夢の螺旋の中で、ミズキの最後の記憶が光となった。

闇の向こうに幻が見える。

最後には自分の体を支えてくれたみんなの体温が強い光になってミズキを照らす。

ミズキは知らず知らずのうちにそれに強く手を伸ばしていた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ごめんなさいでした……正直すまんかった……」

「ぅ……」

 

テイクを繰り返すネプテューヌが握るミズキの手がピクリと強く握り返した。

その感触にネプテューヌは動きを止める。

 

「ぁ………」

 

ゆっくりとミズキの目が開いていく。

左手に温かな感覚を感じたままミズキは天井をただ見上げる。

 

「ミズキ……!」

 

ネプテューヌがミズキの顔をのぞき込む。

視界の中に入ったネプテューヌの顔をミズキも見つめ返す。

 

「ネプテューヌ……っ」

「み、ミズキ、動いちゃ……」

 

ゆっくりとミズキが上体を起こしていく。

ネプテューヌが静止しようとするが、ミズキは顔をしかめながらも起き上がった。

 

「っ、あ、ごめんっ」

 

ミズキがネプテューヌの手をパッと離した。

そしてネプテューヌから顔を背ける。

 

「もう、会わないって決めたのに……触って、ごめん」

「ミズキ、違っ」

「すぐ、どくから。僕なら大丈夫、こんな傷すぐ……」

「ミズキっ!」

 

畳み掛けるようにネプテューヌに謝るミズキにネプテューヌが抱きついた。

胸に顔を埋めてきつくミズキを抱きしめる。

だって悲痛だから、ただひたすらに謝るミズキなんて見たくないから。

 

「ネプテューヌ、ダメだよ、離れなきゃ」

「違うよっ!全部、全部思い出したから!だから、だから……!」

 

ネプテューヌがミズキの顔を見あげた。その顔は涙に濡れている。

その顔を見てからミズキはようやく胸が温かく湿っていることに気付いた。

 

「ごめんっ……!ひどいこと言って、ごめん!忘れててごめん!傷つけて、ごめん……!」

「ネプテューヌ……本当に……?」

「本当っ!全部覚えてるよ……!だから、ごめん!許してもらえなくてもいいっ、だから、お願い、もう……!謝らないで……!」

 

ネプテューヌの泣き顔をミズキが抱きしめた。強く強く、痛みを感じそうなくらいにネプテューヌを抱きしめた。

 

「本当、なの……っ?」

「本当、だよ……?嘘じゃない、覚えてる!ミズキが教えてくれたから……!」

 

ミズキがネプテューヌの肩に顔を埋めた。

 

「っ、本当……?」

「本当!」

 

じわりとネプテューヌの肩が湿る。

 

「本当に、本当……?」

「絶対、本当!」

 

ミズキの目から大粒の涙がこぼれた。

呼吸は荒くなり、さらに強くネプテューヌを抱きしめる。

抱きしめるほど同じくらいの力で抱き返してくれるネプテューヌの温もりが心地よい。そしてその温もりと言葉が本当だと教えてくれる。

元通りに、なったのだと。

 

「……っ、よかっ、た……っ!」

「ミズキ……ミズキぃっ……!」

 

2人が抱き合って嗚咽を零しながら泣き続けた。

まるで子供のように抱き合って泣き合う。そのまま2人は駆けつけた医者が現れても泣き続ける。

元通りになった時間は永遠に続くのだと、その涙が教えてくれるようだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。