きらりきらりと星が煌めいていた。
闇の中に光を散りばめた海の中を真っ白い戦艦が横切っていく。
そこには燃える炎のマークが描かれている。だからこの戦艦を見つけた者は迂闊に手を出さない。
中には……最強の子供たちがいるのだから。
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戦艦の中の通路を風呂上がりで裸のままの子供たちが横切っていく。
「こらこら、ストップストップ!風邪ひくよ!」
「待てと言われて待つ人はいませーん!」
「こらぁ!」
それを追いかけるのはバスタオルを持ったミズキ。
裸の子供たちの中には女の子もいるのだがミズキ自体そういう趣味はないし、いつもの事だから罪はない。
さすがにミズキに勝てるわけもなくそのうち捕まってバスタオルに包まれてぐしゃぐしゃに体を拭かれる。
「きゃー!」
「離せー!」
「離せと言われて離す人はいません。ほら、戻るよ」
ミズキが背中を押すと子供たちは大人しく風呂場へと戻っていく。そこを通る途中でとある部屋を横切る。
「………ひーーーーまーーーーー!」
部屋から聞こえてきたのはけたたましい雄叫び。間違えるはずもない、シルヴィアのものだ。
「…………」
「ミズキさん?」
「っ、しーっ!」
「ミズキ、いるんでしょっ!?」
「い、いません」
「アンタ馬鹿なの?」
思わず返事してしまったために冷ややかな言葉が返ってくる。
「あと、私のSEEDを持ってすれば部屋の外の様子くらいなんとなくならわかるから」
「無駄使い!?」
「いいから来なさい!この、私が、暇なのよ!」
「………はぁ、みんな、大人しく風呂場戻って着替えられる?」
「うん!」
「それじゃお願い」
願わくば何かのボードゲームくらいでシルヴィアを満足させられることを。いや無理か。やっぱ神とかいない。いたらこういう時助けてくれるもん。
ミズキが観念しながら部屋に入るとそこには回るタイプのイスをグルグルさせながら暇暇呟いているシルヴィアがいる。
ミズキを確認するとぴたっとイスを止めてミズキを見る。
「……暇!」
「いやそれはわかるんだけど」
「私の暇を何とかして紛らわせなさいよ!」
「うん、相も変わらず理不尽だね」
遠い目で部屋の角を見つめる。いつもの事ながら慣れない。慣れたらお終い。何がはわからないけど、とにかく何かが終わる。
「はい、ミズキ。今の状況はぁ?言ってみなさい」
「え?えと……まあ手当り次第に基地を潰してる最中?」
「そうね。まだ戦争してるもんね。未だにやめないもんね。バカだから。バカだから」
「2回も言わなくても……」
「でもバカでしょ?」
「……うん、バカだね」
少し真剣な瞳でシルヴィアがこちらを見てきたから、ミズキも苦笑いでそれに応える。ミズキの細められた目も、少し本気になっていた。
「で。今、私達がやっていること。もうちょっと細かく言えば?」
「難民……というか、避難民の輸送、護衛?」
「ええそうね。仕方ないわよね、ドンパチやってるところ見たらコロニーが壊れかけてて、そこの人達を保護するのはけっっっして間違ってないわよね?」
「そ、そうだね。誰がどう見ても間違ってないと思う」
偶然、本当に偶然その戦闘を見つけられたから良かったものの、最悪の場合はそこに住んでる住民全員が死んでいたのかもしれないのだ。冗談じゃない。
そういうわけなので両軍を撤退させてついでに出来るだけの住民を保護したわけだ。
「まあどことは言わないけど?さっき通信届いたけど?奪った避難民返せって来たけど?誰が奪ったのかしらねぇ?全くわからないわねぇ」
「……怒ってるの?」
「そうね!もうブチ切れ!おまけに暇だし!」
「暇なのはおまけに含めてしまうんだね……」
要するにアレだ、愚痴を聞いてほしいらしい?
もしくは気を紛らわして欲しいんだろう。
「民間人積みながら戦闘するわけにも行かないから出来るだけ安全なルートを辿って衛星軌道上に向かってる。だからよ、最近は暇で暇で……」
「仕方ないよ。迂闊に受け渡しなんかしたら裏切られてこっちが沈みかねないんだから。衛星軌道上のコロニーなら戦闘は禁じられてるからそこに預けるっていうのは、シルヴィアも賛成したじゃん」
「まさかここまで退屈だとは思わなかったわよ!ワープとかできないのこの船!ピンポイントバリアは張れないし、波動砲も撃てないし……!」
「うん、ただの戦艦にそれは求めちゃいけないね」
苛立ちを船にぶつけるように床をガンガンと踏みつけるシルヴィア。さすがの船もそんな理不尽な要求に応えられるわけもない。少し船が可哀想になってきた。
「ここら辺でなにかこう、ぱーっと!ぱーっと何かないの!?」
「ぱーっと……って言われてもなあ……ゲームでもする?」
「やり飽きたわ!何もかも!」
「嘘でしょ、アレ全部クリアしたの……?」
「あとはウザったらしいトロフィー集めとかよ。というか最近はやれ通信やれオンラインプレイとかうるさいからここじゃゲームの性能を引き出せないのよ!」
どこかに立ち寄る度になにかゲームとか子供たち用の娯楽品とか買って(奪って)あげてるのに……まさか全部クリアしてしまうとは。
「カレンとジョーは?」
「2人して見張り。どうせ乳繰り合ってるでしょうけど!」
「さすがにそれはないよ……」
一応ちゃんとした仕事だし、重要だし。
するとシルヴィアの部屋の通話機が鳴った。その音を聞いた途端にシルヴィアの顔がムンクの叫びかってくらいに歪む。
「チッチッチッチッチッ……!」
小鳥レベルに素早く舌打ちをかましながら受話器を取った。
「うち、テレビないんで!」
《誰がNHKの集金人だ。それより相談がある》
「なんだジョーね。次アソコから連絡来てたら核をぶち込むつもりだったわ」
《なに?》
「いえこっちの話。で?つまんない話だったらかかと落としね」
《無駄に現実的だから怖いな。いや、つまらないかもしれないが重要なことだ。食料のことでな》
「食料〜?」
口を歪めながらシルヴィアがモニターのボタンを押すと空中にジョーの顔が映し出される。隣にはカレンがいた。
「あ、カレンもいる」
「やっぱ乳繰りあってたのかしら……!?」
シルヴィアの声はアチラには聞こえず不機嫌なシルヴィアの顔が映っているだけだろう。なんとなく理不尽な予感がしたのか2人もやれやれと首を振るような仕草をした。
「んで、食料って?」
《うむ、これだけの避難民を受け入れていてはやはり食料が心許なくてな。計算上では足りるが、やはりここら辺で補給をするべきだと思う》
「……それだけじゃないわね」
《ああ。はっきり言ってしまえばアレを食いたい》
ジャックがコンソールを弄ると端っこに非武装の艦が映った。
「食料輸送艦……?」
「そんなに美味いものが積んでるわけ?」
《うむ。調べてみたがあの艦、恐らくG6コロニーからの艦だ》
「G6コロニーって、あの、大きい?」
「G6コロニーなんて、敵サマの本拠地近くじゃない」
《だからこそ食料も豊富なのだ。牛肉とかあるかもしれないぞ、牛肉》
「やっばなにそれマジ食いたい」
「うわ、釣られちゃったよ……」
《決まりだな。それでは交渉してみる》
プツッと通信が途切れる。
まあ、悪名高き『子供たち』だ。その名前を出せばだいたいの要求は聞いてくれるだろう。
「ステーキ、ステーキなの?明日の晩飯はステーキなのね!」
「ああ、えっと、腕を振るうよ……」
「頼んだわよ!ああ、今からワクワクするわ!」
何はともあれシルヴィアが御機嫌になってくれたようで良かった。
これ以上の長居は無用、部屋を出ようとした時にまた受話器が音を立てた。
「はい、ジョーかしら?」
《ああいや、私にゃ。ジョーは今、状況を確認してるにゃ》
「カレン?どうかしたの?」
《あ〜、大変残念なご報告だにゃ。まずはこちらの映像をご覧になってどうぞにゃ》
頭をポリポリ掻きながらカレンが宇宙の映像を映し出す。
そこにはさっきの輸送船。
それが突然大爆発を起こしてチリも残らず消え去った。
「なっ……!?」
「牛肉が!」
「いや牛じゃないから!」
「どこのどいつよ艦を撃ったのは!見つけ出して100分の99殺しにしてやるわ!」
「ほぼ死んでる!?」
《それを今ジョーが調べてるにゃ。あ、終わったかにゃ?》
カレンがジョーにマイクを受け渡す。
「おいコラジョーコラどこだコラ撃ったのはコラ!」
《文に執拗にコラを入れるな読みづらいし聞き取りづらい。まあなんだ、事態は最悪とだけ言っておこう》
「牛肉が灰になった以上に最悪なの!?今度は何がやけたの、子羊とか!?」
《いや、案外牛肉になるのは俺達かもしれん》
ピクッとその言葉に反応してシルヴィアが表情を切り替える。
「もう1度聞くわ、状況は?」
《艦の群れがこちらに迫っている。あの艦は警告だろう。投降を迫ってきている》
「あ、もしかしてシルヴィアがさっき怒って電話を切った……」
「え、マジ?アレ最終警告とかだった?」
《どうする、シルヴィア?まあ、聞くまでもないだろうが》
「第一種戦闘配備。と言っても4人しか戦闘員はいないけど。警告お願いね」
「出るんだね、シルヴィア」
「ええ。ミズキ、私と出るわよ。ジョーとカレンは戦艦の直衛!」
《了解した》
ブツっと通信が切れた。走って格納庫へと向かっていく途中で通路のサイレンが赤く光り、警告音が鳴り響き始めた。
《戦闘だにゃ。繰り返すにゃ、これから戦闘が始まるにゃ。傷1つ付けるつもりもにゃいけど、念のため自分の部屋に戻ってジッとしてるにゃ。すぐにシャッターを降ろすにゃ、それまでに部屋に戻るにゃ!》
「にゃーにゃーにゃーにゃー騒がしいわね。まあいいわ、私が先に蹴散らすから撃ち漏らしよろしく」
「いつものだね」
「ええ。慣れてるでしょ」
シルヴィアが来ていたジャケットを乱暴に脱ぎ捨てて無重力の戦艦に投げ捨てる。
ミズキもジャケットを脱いで襟元を開くと通路の曲がり角で赤ん坊を抱えた母親と出会った。下には赤ん坊の兄だろうか、小学生くらいの男の子もいる。
「あ、あの……」
「頑張ってね!」
「うん、ありがと。ジャケット持っててくれる?」
「うん、片付けとく!」
「ありがと」
ミズキが男の子にジャケットを預けて頭を撫でる。
すると何かを言いあぐねていた母親が口を開いた。
「あの、頑張ってください!その、まだアナタ達も子供なんですけど……」
「心配しなくてもアンタ達は無傷で夫さんのところに返すわよ。だからアンタは2人を離さないようにしときなさい」
「戦いは僕らに任せてください。得意なんです」
それだけ言ってシルヴィアとミズキは駆け出していく。
格納庫に着くとそこには既に変身を済ませたカレンとジョーがいた。カレンはサンドロック改、ジョーはアリオスに変身している。
《先譲るにゃ。格納庫、開くにゃよ〜》
「サンキュー」
シルヴィアは変身して青い翼を広げた。シルヴィアが変身したのはフリーダムガンダム。
ミズキも格納庫が開くのに合わせてΖガンダムに変身し、前に進んでいく。
《さっきの憂さ晴らしも兼ねてパーッとやるわ。出来れば武装だけ潰すけど、抵抗を続けるようなら命をとるわ》
《ねえ、あの艦……避難民達の国の軍だよね》
《難しいことは考えないの。あいつらは艦を落とす気よ。取引も何もなしに攻撃してくるのがその証拠》
《………うん》
《大丈夫よ、退ければ済む話。得意でしょ?特にアンタは》
《……わかった。全力でやる。命は奪わない、銃だけ取り上げる……!》
《オーケー、その意気。子供より子供の大人たちをぶん殴ってくるわ!シルヴィア、フリーダムで行くわ!道を開きなさい!》
カタパルトに乗ったフリーダムが翼を開いて羽ばたいていった。
戻ってきたカタパルトにΖが足をかける。
《準備はいいか?》
《うん。いつでも行ける》
《では、発射タイミングを受け渡す》
《確認した!クスキ・ミズキ、Ζガンダム!行き過ぎた玩具を取り上げてくる!》
カタパルトから発進したΖは変形して先に出たシルヴィアに追いつく。
後からジョーとカレンが出撃したのも見届けた。
《攻撃、くるよ!》
《わかってるわよ!ったく、毎度毎度問答無用に撃ってくるんだから!》
戦艦から発射されるビームの雨を避けながらフリーダムが全砲門を開く。
両腰のクスィフィアスレール砲、肩に担いだ翼のバラエーナプラズマビーム砲、右手のルプスビームライフルを前に向けた。
《女の子にすることじゃないでしょっ!》
フルバースト。
無数に発射されるビームと実弾が戦艦から撃たれたミサイルを全て叩き落とした。
そのまま排熱をしながらフリーダムは前に出る。モビルスーツ隊が戦艦に向かってきているからだ。
《ウドの大木!何を狙ってるのかアンタ知らないけど!子供を撃つのに足る理由を持ってるんでしょうね!》
《なっ!?何を!?》
《うっさいオッサン!自分の子供撃つかもって気は無いの!?》
《自分に子供はいない!》
《じゃあそこどけよ童貞!》
《ひ、ヒドい……》
シルヴィアのフルバーストがモビルスーツの武器や腕を撃ち抜いて爆発させていく。
シルヴィアの怒りの声を聞いた隊員もシルヴィアの理不尽の前に敗れさり、右肩を撃ち抜かれた。
《ば、バケモノか!》
《子供よ!》
しかしその網を超えて戦艦へ迫るモビルスーツもいる。それをΖが追いかけ、丁寧にコクピットを外して無力化していく。
《クソっ!貴様ら、子供たちを奪ってどうするつもりだ!》
《返すつもりだよ!》
《嘘をつけ!ならば何故取引に応じなかった!》
《そっちが取引するつもりがないからでしょうが!》
《なにを!》
《これだから!大人は子供よりワガママだよ!》
モビルスーツは簡単に無力化され、すごすごと艦に帰っていく。
戦艦から放たれるビームやミサイルも自分たちの戦艦に当たりはしない。
《まだやるつもりね……ミズキ、ここ任せたわよ!》
《シルヴィア!?》
《エンジン潰してくる!》
コンビニ行ってくるぐらいの気軽さでミズキに前線を任せてしまう。
さすがにΖ1機では抑えきれないが、そこはカレンとジョーの弾幕がカバーしてくれる。
しばらく粘っただけで戦艦のエンジンは爆散してしまい、動きが止まる。
《………終わった……?》
《ミズキ!ダメ、終わってない!コイツを!》
《っ!?》
辛うじて動くエンジンを稼働させながら敵の戦艦が向かってくる。正気じゃない、あんな状態のエンジンを稼働させたら爆発だって有り得るのに。
いや………!?
《爆発させるつもりかっ!?》
《特攻なんて時代遅れなのよ!このバカ、バカ、バカ!》
シルヴィアがありったけの火力を叩き込んでエンジンを潰しきる。
戦艦の後部は爆散してしまい、もはや戦艦は使えない。
だが、その勢いは止まらない。戦艦前部の残骸が煙をあげながら艦に向かっていく。
《バカなっ!?》
《む、無理無理にゃ、止められないにゃ!回避運動!》
アリオスとサンドロック改の武装では戦艦は砕けない。
戦艦は回頭し始めたが、遅い!
《このままではこちらの艦の後部が潰れるぞ!》
《艦後部って……!》
《言わなくてもわかるわよ、避難民がいるとこじゃない!》
フリーダムとΖが戦艦を撃ちながらアリオスとサンドロック改に合流するが、止まる気配がない。
《戦艦が壊れる!》
《抑えるかにゃ!?》
《止まるわけがないだろう!》
アリオスがトランザムして両腕のサブマシンガンを打ち続ける。
《無駄よ、穴が空いたところで!もっと、もっと消し去るくらいの太いビームじゃないと!》
《じゃあ撃て!》
《んな武装、私は持ってないわよ!》
《んーにゃ、バスターライフルでもこんなん無理にゃ!》
《じゃあどうする!?》
《艦が沈む………!?》
『頑張ってね!』
《ミズキ……?》
《そんなこと………艦は、やらせない……!》
Ζがビームライフルを艦の残骸に向けた。
するとΖの体が紫のオーラに包まれていく。
《うぐっ!》
《ジョー!?》
《っ、離れろ!アレが来るぞ!》
《さっすがミズキ!この土壇場で頼りになるにゃ!》
《いいから離れろ!》
《やっちゃって、ミズキ!私が許すわ!》
《僕らを……消すもの、潰すもの!消えろぉぉぉぉっ!》
Ζから発射されるビームは有り得ない太さで発射された。
小惑星の10や20、簡単に飲み込んでしまうほどの太さのビームは戦艦の残骸すら簡単に飲み込む。
そのビームの奔流を盾で熱さを軽減させながら3人が見つめる。
《ミズキ、防御!》
《っ、わああっ!》
戦艦の残骸は大爆発を起こして破片をまき散らす。
ミズキは盾を構えながら降り注ぐ破片に耐える。破片のいくつかは戦艦にも突き刺さった。
《…………っ、はあ〜……無事〜?》
《カレン、無事だにゃ〜……》
《ジョー、問題ない》
《ミズキは〜……?》
《問題ない……けど……》
《けど?》
《盾とライフル壊れちゃった……》
《……はあ、まあ全員概ね無事ってことで》
《もう、肝が冷えたにゃ、こんなのはこりごりにゃ〜!》
《敵は?》
《尻尾を巻いて逃げたわよ。ったく、理不尽だこと》
《シルヴィアにだけは言われたくないと思う……》
《全面的に同意だにゃ》
《…………》
《さて、帰ろう。艦のみんなも帰投を待っている》
《ああ、牛肉……牛、牛さん……牛さぁん……》
《そんなに欲しかったの?》
《食べたかった……》
4人は艦に帰っていく。
その後、無事に避難民を送り届けた『子供たち』に避難民からのお礼として大量の食料が送り届けられた。
彼の記憶の、ほんのほんの1幕の話。