「こんな卑怯な作戦……俺を利用したことを問い詰めたいところだが……今はそれどころではあるまい」
ブレイブがマジックを守るように剣を引き抜いた。
「トリック、マジックを連れていけ。ここは俺に任せてもらおう!」
「そ、それは構わんが……」
「問題は無い。犯罪神様からいただいた新たな剣がある……!」
トリックが倒れたマジックを持ち上げて去っていく。
「待て……待てよ……ソイツを、殺してやらなきゃ……みんなが、傷つく……!」
「……もう、死んだ方がマシだという顔をしているな」
ミズキは起き上がって膝をついた。
「ミズキさんっ、もう動かないで!死んじゃう!」
「……死んでも、構わない……」
「っ!」
ミズキが新たな注射器を持ち出して、それを腕に突き刺す。
「う、お、お………っ!」
「………見てられん……」
「ガ、ガ、ゴオ、オオオオオオ………!」
「野獣の方がまだマシだ!」
ミズキの体の血管が盛り上がり、傷を強制的に塞いで治していく。しかしそんな荒療治、今現在を戦わせてくれるだけのものに過ぎない。
「……うっ……ううっ………!」
「ネプテューヌ?……アナタ、泣いてるの?」
ネプテューヌがその姿を見て涙を流し始めた。
「嘘泣きしたってアイツは止まらねえぞ」
「確かに、見てられないものはありますけど……」
「嘘……嘘じゃ、ないっ!自分の涙の意味がわからない!」
ネプテューヌが駄々をこねるように首を横に振って涙を散らす。
「なんで……彼の、ミズキの感情が痛いほど伝わるの!」
叫ぶミズキの目から血が流れ落ちた。
血管が破れ、体から血が吹き出す。
「苦しい……!痛い……!守りたい……!死なせない……!許さない……!許して……!」
ネプテューヌがミズキの感情を代弁するように言葉を吐き出していく。
「抱きしめて……!行かないで……!一緒にいて……!もう、何処にも行って欲しくない……!」
「ネプテューヌ……」
「っ、信じて欲しい……思い出してほしい……!」
「ーーーーーーーー!!」
ミズキがデスティニーへの変身を遂げる。
そして女神候補生の手を振りきって駆け出した。
「っ、バカが!」
しかし、ブレイブの剣に弾き飛ばされた。
ミズキは剣を振らないし銃も手に取らない。
もう、意識はあるのか、目は見えているのか、耳は聞こえているのか……?
《ネプテューヌ………》
しかしデスティニーはまた立ち上がる。
《ノワール………》
ミズキを動かしているのは、信じたいと思う気持ち。
《ブラン………》
守ると決めた約束。
《ベール……》
ゆっくりとデスティニーは歩き出す。
「お前は……!」
しかしまたブレイブに弾き返された。
ゴロゴロと転がったデスティニーはしかし、何度でも立ち上がる。
《ネプギア………》
1歩、また1歩。
《ユニ………》
そして手を伸ばす。
《ロム………》
また弾き返される。
《ラム………》
それでもミズキは立ち上がる。
もう、失わないために……守りきる為に。
《みんなの……声を……探していた……》
「ううっ、ミズキっ!」
ネプテューヌの声にデスティニーが足を止めて振り返る。
「本当に……本当に、裏切ったのっ!?」
ネプテューヌとデスティニーがほんの少し見つめ合う。
ネプテューヌにはデスティニーの仮面の上に微笑んだミズキの顔が重なる。
その顔は優しく、そんなわけないでしょ、と言っているようだ。
「おい、そろそろガチで止めに行くぞ」
「そうね、さすがに目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いわ」
「世話が焼けること」
3人が飛んでデスティニーの体を支える。
「ちょっと、もうやめなさい。いろいろ言われたのは許すからいい加減……」
《あ、あ……来てくれた、んだね……》
しかしデスティニーは何も無いところを見つめてまた先に足を進める。
《けど……大丈夫……もう、負けない、から……》
「おい、おい!聞こえてんのか!?」
「もう、離してやれ……」
ブレイブが優しい声音で女神達を諭す。
「お前達がコイツをこんなにさせたのだ……お前達がこの男を殺したんだぞ……」
《信じてたよ……僕のこと、思い出してくれるって……》
「もう、見えていない……聞こえていないのですか……?」
「気力だけだ……いや、それもとっくに尽きている……お前達を守りたいと、それだけが……コイツを動かしている……壊れた人形のようだ」
デスティニーの変身も解け、その場には血だらけのミズキが満足気な顔をして3人の女神に支えられていた。
「せめて、このまま……お前達に寄り添われていると……その幻想を抱いたまま、殺してやる」
ブレイブが剣を振り上げたが、誰もそれを止めようとしない。
この場には2種類の人間がいた。
間違いに気づいていない人達。
間違いに気づいて……もう、手遅れだと諦めた人達。
「お前との決闘がこんな形で終わるとは……思いもしなかったよ」
ブンとブレイブの剣がミズキに振り下ろされた。
「ただい………ま……」
ガン!
「………っ……!」
「な……!」
ブレイブの剣が受け止められていた。
剣を受け止めていたのはネプテューヌ。目に涙を流しながらブレイブの剣を押しとどめている。
「信じた………!」
「なに……?」
ネプテューヌがブレイブの剣を弾き飛ばす。
そして後ろを向いてミズキを抱きしめた。
「ごめん、ミズキ!もう何も覚えていないけど……信じる!信じるから……!」
「………」
「死なないで……っ!」
その時、ミズキの背中から小さな小さなシェアクリスタルが現れた。
それが小さな音を立て、割れる。
「ぬ………!」
そこから眩い光が溢れ出す。
小さく、それでも暖かい光の粒子がその場を包み込み……さらにギョウカイ墓場を包み込んでいく。
「な、なんだ、これは……!」
その場にいる全員が光の中に吸い込まれる。
その中には別世界が広がっていた。
ーーーーーーーー
『う、うわあああああっ!うぐ、うあああああっ!ううっ、うううっ!』
光の中にとある光景が広がる。
膝をつき、号泣するミズキだ。
『何してんだよ、僕は!みんなが捕まった、なんて……!僕は、僕は……っ!何をしていたんだよっ、何を!』
激しい後悔が身を焼く。
そしてそのまま、泣いたまま……苛まれたままミズキは立ち上がる。
『………待ってて、みんな……!』
そして拳を空間の壁に打ち付けた。
『助けに行くから……絶対に!』
そして光景が消えていく。
今度は後ろから声が聞こえ、それに振り向く。
『ネプギアが帰ってきた……んだ……!みんなも生きてる……!』
ミズキが涙で顔をクシャクシャにしている。
『こんなに……!こんなに嬉しいことは無い……!良かった、良かった……!』
そして今度は横から。
『良かった……助けられたんだ……助けられたんだ!もう離さない……もう、傷つけさせない!』
自分の部屋で嬉し涙を流すミズキ。
そしてそれからしばらくミズキの女神と再会してから今までの風景が映る。
些細なことが……教会をネプテューヌが歩いていることが、至上の喜びだった。ここにいる、そして話してくれる、それが嬉しかった。
いつか記憶を取り戻して、微笑んでくれると信じてた。
『触らないでっ!』
手を弾かれた。
また、別れの時が来た。
安らぎの時はいつも長くは続かない。
『……それでも、だとしても……』
ミズキは涙を拭う。
『もう、失いたくないから……』
そして立ち上がる。
『みんなが、笑って、生きて……!その輪の中に僕がいなくても……!』
ーーーーーーーー
「今の、は………」
ブレイブは気がつけば地面に横たわっていた。光の粒子に吹き飛ばされたのか、しかし体に痛みはない。
そして、あの光景は……。
「……ヤツの生きる理由、か……」
ブレイブが目を向けた先にはしゃがみこんでミズキを抱きしめるネプテューヌ。
その目からは涙が溢れだして、ミズキの背中を優しく撫でている。
「ごめん、ごめんね、ミズキ……!思い出したから……!ひどい事言って、ごめん……傷付けて、ごめんね……!」
そしてその周りには3人の女神が目を虚ろにして立ちすくしている。
その目から涙をこぼれ落ちた。
「………私、私、何を!?」
ノワールが最初に自分の体を抱いて崩れ落ちた。その体が震えている。
「当たり前、当たり前じゃない……!ミズキはそうよ、大切な人で……それで……!」
「ウソ、だろ、おい。死んだわけじゃ、ないよな……?」
ブランはミズキの体を激しく揺さぶった。
「このままお別れなんかじゃ、ねえよなっ!?おい!?」
ミズキの息はある。か細く、虫のようだけれど、ある。
流れ落ちた血は地面を水たまりにしてネプテューヌの体を赤く染めるものの……ある。
「何故、そんな顔を……できるのですか……」
ベールが数歩後退りする。
「そんな安らかな顔を、何故……っ!?」
「お姉ちゃん……思い出したんだ……」
「今のが、ミズキさんの記憶……」
「……執事さん、良かった……」
「暖かい気持ちになってる……静かで、優しい気持ちに……」
まるで母に抱かれる子供のよう。
ミズキはそんな顔で気絶してしまっている。
「………何処へでもいけ」
ブレイブが女神達に告げる。
「もう、誰もが戦う気分ではあるまい。……そんなヤツの眠りを妨げるわけにはいかん」
そして振り返った。
「せいぜい、止めてみろ。……リーンボックスが危ないぞ」
その一言に女神候補生達が脅威を思い出す。
そうだ、巨大なモビルスーツがリーンボックスに向かっているのだ。
「お姉ちゃん……」
「……ごめんね、ネプギア……アナタに幻滅されても仕方のないことをしたわ……」
ネプテューヌと3人の女神が暗く沈んだ顔で宙に浮いた。
「必ず、命は繋げるわ。……リーンボックスをお願い」
ネプテューヌがミズキを抱いて空へ飛んだ。
残った3人の女神も女神候補生を見る。
「……女神失格ね。いや……こんなんじゃ……前と同じ、友達失格よ……姉として、最低だった」
ノワールがネプテューヌを追って空へ飛んだ。
「許してもらうつもりは無い。……それだけのことを私はした。……してしまった」
ブランもロムとラムの目を見れない。
同じく空へ消えていく。
「……ごめんなさい。それしか……言えませんわ」
ベールも空へ消えていった。
残された4人の女神候補生は目を合わせた。
「……私も、謝らなきゃ。ひどいこと言ったのは同じだし……」
「うん。……仕方ない、ことだし……」
「私達がするのは、国を守ることね!」
「……うん。きっと、強敵だけど……!」
4人の女神候補生が手を重ねた。
「ミズキさんの……ミズキさんが、必死に守ろうとしてくれたんだ……!」
たとえ忘れられても、何を言われようと、何をされようと、諦めることは最後までしなかった。
守ることを、諦めはしなかった。何をしてでも、何を引換にしてでも、守ろうとしていた!
「行こう、みんな……!」
ーーーーーーーー
《まったく、世話も手も焼ける……!》
プラネテューヌの病院の1つ、その手術室へとジャックの意識が埋め込まれた簡単なロボットが入っていく。
無菌なら何処でもいい、ただ1番近かったのがこの病院のこの部屋だっただけだ。
ジャックが手術室へ入り込むとそこには慌ただしく準備をする医師達の姿があった。
「き、君!勝手に入っては……!」
《国家権力を乱用させてもらう。どちらにせよ、お前達には傷の判断はできても治療はできん、どけ!》
既にデータは裏側から見させてもらって傷は把握済みだ。
頭痛がするほどの傷の量だったが。
《手術を開始する……》
手術室の周りの空間に次元の穴が開いてそこからいくつもの機械の腕が飛び出す。
《荒療治になるぞ!》
「何が、あったのですか……?」
イストワールの問に4人の女神は何も答えない。
「……いえ、聞く必要も無いですか……大体はわかります」
イストワールが目を伏せる。
4人の女神はそれぞれ地震が起こった後、教祖の命を受けてギョウカイ墓場に調査に向かった。
その場で女神候補生に出くわすとは思わなかったが……これは、幸か不幸か。
「ごめんね、いーすん。私……」
「謝るのは……まずは、ミズキさんにですよ。私達に謝るのはそれからで構いません」
「うん……」
「どうするおつもりですか?このままリーンボックスに向かうか、ミズキさんの傍にいるか……私には選ぶ権利はありません」
イストワールがモニターにリーンボックスの混乱の様子を映し出す。
そこには女神候補生4人が懸命に戦っている姿が中継されていた。
「……私はいきますわ」
全員がベールを向いた。
「私の国ですから。……ミズキ様が目覚める前に……終わらせて、また来るつもりです」
ベールは部屋を出て空へと飛び立っていく。
「……どうしますか?」
イストワールの問が3人の心を揺らした。