タイトルはグリザイアより。
ありがとうね、君は私を庇ってくれた。
おかげで私は生きられたんだよ。
ふざけないで、なんで私を庇ったの。
君のせいで私は苦しかったんだよ。
死んでも守るなんてそんなの偽善。
いたずらに私を苦しめただけよ。
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「…………ミズキ……」
アイエフとコンパが教会の中に入る。傘を差して走ったのか足元や服が濡れてしまっている。
「イストワール様、どういうことですか⁉︎」
「私にも、まだ状況がつかめていないんです。とにかく、これで体を拭いてください」
「あ、ありがとですぅ」
「一体どういうことよ!ミズキが、ミズキが!」
「ネプ子を倒して何処かへ行ったって!」
「…………っ」
椅子に座って黙っていたネプギアが唸る。
アイエフはイストワールから渡されるタオルも受け取ろうとしない。
「ネプギア、アナタは何か知ってるんじゃないの⁉︎」
「………はい、知ってます」
「どういうことよ⁉︎ミズキは裏切ったとか、そういうこと⁉︎」
「あ、アイちゃん、落ち着いて……」
「これが落ち着いていられる⁉︎ミズキは、ミズキは私達の……!」
友達だったんじゃないのか。
そう言いかけたアイエフを黙らせるようにネプギアが立ち上がった。
「な、なによ……」
「ミズキさんは……私達を守るためって言ってました……。ミズキさんは、私達を守るために、お姉ちゃんを傷つけるしかなかったって……」
「ど、どういうことよ。わけわかんないわよ。どうしてネプ子を守ろうとしてネプ子を傷つける結果になるのよ⁉︎」
「………わかりません。でも、ミズキさん達はみんなにこれを、残していってくれました」
ネプギアが差し出したのはUSB。そしてネプギアの足元にコロコロとロボットが転がってきた。
《ネプギア、ゲンキ、ダセ!ネプギア、ゲンキ、ダセ!》
「……………」
ネプギアは机の上にあったノートパソコンにそのUSBを差し込んで中身を見せる。
「な、なにが入ってたですか?」
「………これです」
『ネプテューヌへの手紙』
『ネプギアへの手紙』
『アイエフへの手紙』
『コンパへの手紙』
『イストワールへの手紙』
「………何よ、これ」
「私は、もう自分の分は読みました……」
「そんなことは聞いてないわよ!これは何って聞いてるのよ!」
「アイちゃん、やめるですぅ!」
声を荒げるアイエフ。
だがアイエフを責められはしない。みんな、多かれ少なかれ動揺しているのだ。
「……お姉ちゃんは精一杯止めようとしました。でも、ミズキさんは強かったんです。圧倒的でした……」
「ね、ネプ子に勝つなんて……」
「……ここにいる誰にも、ミズキさんは止められませんでした」
その言葉にみんなは言葉を失う。
「ねぷねぷはどうしてるですか?」
「今は部屋で寝てます。気絶してるだけで、大きな怪我はありませんでした」
「その手紙には、何が書いてあったのよ」
「……………言いたく、ありません」
「………そうね。先に私が読むわ。いい?」
「いいですぅ」
「異論はありません」
これが、あの日の出来事。
今は、その1週間後。
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「ネプ子はまだ塞ぎこんでるの?」
「………はい。ご飯もろくに食べません……」
「気持ちはわかるけど、だからって……」
ネプテューヌは自分の部屋に篭りっきりになっていた。あれだけ好きだったゲームもプリンもしないし食べない。
それどころか、風呂や着替え、食事さえも疎かにする有様だ。
「ミズキさん……どこ行っちゃったんでしょう……」
コンパは胸を押さえてミズキを心配する。
「私の手紙には、『もう帰ってこれないかもしれない』って書いてありました……」
「私だってそうよ。あんな、手紙なんて残して……!」
「でも、ミズキさんも私達とは別れたがってはいなかったはずですぅ」
それはネプギアにだってわかる。あの時ミズキさんは泣いていたんだ。
ネプギアへの手紙にはたくさんのことが書いてあった。今までの感謝や、謝罪。そして、約束のこと。
『君との約束は守る。死んでも君ともう1度電気屋に行きたいんだ。だから、ネプギアも僕の頼みを聞いてくれないかな』
『君を、頼ってもいいかな』
ダメなわけ、ないじゃないですか……!
ネプギアはぎゅっと胸を握り締める。
「イストワール様は?」
「イストワールさんも、まだ元気はありません……」
「イストワール様にだけは、ジャックからの手紙だったのよね」
「そうです」
「私……みずみずに帰ってきて欲しいですぅ」
「……みんな、そう思ってるわよ」
「私の手紙にはありがとうって書かれてたですぅ。応急手当教えてくれてありがとうって、手当できる私は凄いね、とか、他にも、他にも………」
コンパは途中で言葉に詰まってしまう。
「特に重症なのはネプ子よね」
「はい……。まだ手紙も読んでくれません……」
「きっと、大切なことが書いてあるはずですぅ」
みんなはまだ『ネプテューヌへの手紙』を読んではいない。
その手紙は読むべき人がいるから。
「………今日、何としても読ませるわよ」
「で、でもお姉ちゃんは……」
「仕方ないじゃない。ミズキがいなくなって辛いのはみんな同じ。だけど、そこで立ち止まっちゃダメよ」
「そうですぅ。いっぱい辛くて悲しいですけど……ねぷねぷはそれを乗り越えなきゃいけないですぅ」
それにネプテューヌは今、ろくに仕事もしていない。
「こんなビラが配られてたですぅ」
「これは………」
コンパが差し出したビラには『女神NO』だの『女神いらない』だの書かれている。
「そうです。そろそろネプテューヌさんには仕事をしてもらわないと」
「イストワールさん……」
ヒラリとイストワールが飛んでくる。
その表情では悲しみを隠しきれていない。あえて気丈な態度を取っているのがわかる。
「ネプテューヌさんのシェアは下がる一方です。早くネプテューヌさんを仕事に復帰させないと……」
「……イストワールさんの手紙には、何が書いてあったんですか?」
ネプギアが聞く。
イストワールは顔を歪めて膝の上に置いた手をきゅっと握りしめた。
「ほんの、数行ですよ……!『別れたくはなかった』、『必ず帰ると約束する』とか……!」
「イストワール様……」
「そんな、そんな、少ない言葉で気持ちが伝わるんです……!ジャックさんも辛かったったいうのが伝わるんです……!」
イストワールが静かに声を荒げる。目尻には光るものが見えた。
「……だから、ネプテューヌさんにも読ませなければいけません」
その目を拭ってイストワールは前を見た。
「凹むのも、泣くのも、ネプテューヌさんの勝手です。それは、仕方のないことです。でも、この手紙を読まないのはただの逃げなんです。ミズキさんの気持ちを知りたくないだけです」
「イストワールさん……」
「行きましょう、ネプギアさん」
「行くわよ」
「行きましょう?」
「…………はい」
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ネプテューヌは部屋のベッドに座って頭から毛布をかぶっていた。
その胸にミズキが取ってくれたぬいぐるみを抱きしめて。
「…………………」
どれが、本当だったんだろう。どれが嘘だったんだろう。
全部本当だったのかな。それとも……全部、嘘?
「私、わからないよ、ミズキ……!私、ミズキに会いたいよ……!帰ってきてよ、ミズキ……」
「お姉ちゃん……入るよ」
「……………ネプギア、みんな……」
部屋に入ってきたのはネプギア、あいちゃん、コンパ、イストワール。ネプギアは胸にノートパソコンを抱えている。
「お姉ちゃん、ミズキさんの手紙……」
「……読みたくない」
「お姉ちゃん………」
ネプテューヌはさらに強くぬいぐるみを抱きしめる。きっと、あの時の笑顔は本物。きっと、そう。あの時のミズキはどうかしてたんだ。ミズキが私を切るわけがない……。
「いい加減にしなさいよ、ネプ子」
「あいちゃん………」
「あいちゃん、待つですぅ」
「いいえ、待てないわ。いい加減にしなさいよ、ネプ子。何を逃げてばかりいるのよ、ミズキのこと信じたいんじゃないの⁉︎」
「ミズキは………でも……」
私を切った。友達なら、切るわけがない。やっぱりそうだ。ミズキは私のこと、最初から嫌いだったんだ。そう考えれば、全部納得できる。
「ミズキは、私のこと、嫌いなんだもん……。そんな人の手紙なんて、読みたくない……」
「……っ、本気で言ってるの⁉︎ミズキが私達のこと嫌いだって、本気でそう思ってるの⁉︎」
「そうだよ。だって、そうじゃなきゃミズキが私を切るわけ……」
「っ、甘えるのもいい加減にしなさいっ!」
「あうっ!」
「あいちゃん!」
「アイエフさん!」
近付いたアイエフがネプテューヌの頬に平手打ちをする。パチン!と大きな音が響いてネプテューヌの左頬を真っ赤に染めた。
「認めなさいよ!納得したいだけでしょ⁉︎嫌いだって思えば、楽に納得できるからそうしてるだけなんでしょ⁉︎そんなの、逃げてるってことじゃない!」
「違う……ミズキは、本当に……!」
「違わないわよ!アンタ、ミズキの何を見てたの⁉︎そんなにミズキが信じられない⁉︎何かあったのか、何のためだとか考えなかったの⁉︎」
アイエフがネプテューヌの胸倉を掴みあげる。
そのネプテューヌの瞳には光が宿っていなかった。
「だって……ミズキは、いなくなっちゃったんだ……。私達を、置いて……」
「そうよ、置いてかれたわよ!でもね、それはネプ子のせいよ!」
「……違う………」
「もっとシェアがあれば良かったじゃない!もっと修行してれば良かったじゃない!全部ネプ子の怠慢でしょ⁉︎ネプ子がサボりにサボったツケよ!」
「違う………!」
ネプテューヌがキッとアイエフを睨み返す。その目は涙ぐんでいた。
「ネプ子はミズキが信じられないの⁉︎ネプ子こそ、ミズキのこと本当は嫌いなんじゃないの⁉︎」
「違う!私は……私は!ミズキのこと、大好きだもん!」
ネプテューヌが言い返す。そして胸の内にくすぶった感情を吐き出し始めた。
「私だってミズキのこと信じたい!信じたいよ!でも、ミズキはここにはいない!聞きたいよ、ミズキに!そうすれば、私は、全部はっきりする!でもミズキはいないの!全部、全部、この中でグルグルしてるの……!」
ネプテューヌはうずくまって強くぬいぐるみを抱きしめる。
聞かないと、わからない。でも、もう聞くことはできない。私の力が足りなかったから。
「じゃあ、追いかければいいじゃないの……!」
「え………?」
「追いかければいいじゃないの⁉︎何を1回きりの負けでウジウジしてるのよ!追いかけて、探して、もう1回見つけて!何をしてもまた連れて来ればいいじゃない!」
「ミズキを……探す………」
でも、どこに居るかもわからないんだよ?何してるかもわからないんだよ?今、どんな顔してるかも……わからないんだよ?
「諦められるならその程度ってことよ。ネプ子のミズキへの想いはね」
「………………」
「ネプギア、それ寄越しなさい」
「えっ、あっ、はい………」
アイエフがネプギアからノートパソコンをひったくる。それをネプテューヌが座っているベッドに置いた。
「よく考えなさい」
それだけ言い残してアイエフは部屋から出て行った。
残ったのはコンパとネプギアとイストワールだけだ。
「……………」
「ネプテューヌさん、アナタはわからないと言いましたね」
「……………」
「でも、現状でミズキさんの気持ちを最も感じられるのはその手紙だけです。それを読みたくないというのは、ただ怖がってるだけなのではないでしょうか……?」
「……………」
「私が言いたいことはそれだけです」
続いてイストワールが部屋から出て行った。
「ねぷねぷは、みずみずのこと好きですか?」
「………好き、大好きだよ……」
「ならきっと、みずみずもねぷねぷのこと大好きなはずですぅ」
「……………」
「ねぷねぷ、待ってるですよ」
続いてコンパが部屋を出る。
残ったのは、ネプギアだけになった。
「………ねえ、ネプギア……」
「なに、お姉ちゃん」
「本当に、ミズキは私達のこと好きなのかなぁ……?ミズキは私達のこと………」
「………今から確かめればいいと思うよ」
「ネプギア……」
「それで、帰ってこようよ。別れるのなんて、そんなの嫌だって」
「でも私、また負ける……」
「じゃあ強くなればいいんだよ。私も強くなるよ。それに……」
「……………」
「負けたって、もう1回挑めばいいんだよ。今度は負けないよって、何度でも」
「ネプギア………」
「待ってるよ、お姉ちゃん。一緒に行こう?」
ネプギアも部屋を出ていった。
残ったのはネプテューヌとパソコンと、ミズキがくれたぬいぐるみだけ。
「ミズキ………」
ネプテューヌは震える手でカーソルを動かす。そしてそのカーソルは『ネプテューヌへの手紙』で止まった。
本当に、ミズキは私のこと、好きなの……?
あの時の寂しい笑顔を思い出す。雨に濡れた寂しい笑顔。だけど、その腰には、確かに……。
私の、キーホルダー、持ってた……。
ネプテューヌは確かな決意を胸に、その手紙を読み始めた。
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「お姉ちゃん……」
「ネプ子」
「ねぷねぷ……」
「ネプテューヌさん……」
リビングにはみんなが揃っていた。
ネプテューヌはバッと頭を下げる。
「ごめん、みんな!それと、ありがと!」
みんなが笑顔になっていく。
「私、完全復活だよ!まずはラステイションから!さあ、探しに行こう!」
『…………うんっ!』
こうして、ネプテューヌ達はラステイションへと旅立った。
時間が少し前後しました。
時系列としては「アイエフ達駆けつけ」→「その3日後にミズキとノワール達がラステイションで出会う」→「その4日後にネプテューヌ復活」です。
果たしてネプテューヌ達はミズキに出会えるのでしょうか。