超次元機動戦士ネプテューヌ   作:歌舞伎役者

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休息の魔王

「はっ、はっ、はっ……」

 

暗く、怖く、薄気味悪く。

そこはギョウカイ墓場。マグマが吹き出て常に暗雲が立ち込め薄暗い土地をリンダは懸命に走っていた。

 

「くそ、薄気味悪い……。帰ろうかな……」

 

並大抵の怖さではないのでリンダのそう大して強くないメンタルが挫けそうになる。

しかし、その脳裏に浮かぶのはグロテスクな脳の写真だ。

 

「……っ、ダメダメ!どういうつもりであんなことしたのか、聞かねえとやってられねえ!」

 

リンダは下っ端下っ端言われるように、組織の中では低いラインに位置する。しかしシェアクリスタル奪還の任務を請け負うくらいには下っ端の中では出世している方だ。

しかし今回の任務、どこから送られてきたか知らなかった。

マジェコンヌのためと手紙と一緒に送られてきた機械を使ってみれば……あの有様だ。人の脳を切り出して使っていた。

 

「このあたりまで来れば……マジック様!マジック様〜!」

 

自分の直属の上司はマジックだ。彼女に問いたださなければ気が済まない。一体、誰があんなことをしたのかと。

悪党のリンダでも、あれは人道的に許されないことだと思う。人を傷つけたり物を壊すのとは一線を画した行為だ。

 

「……どうした?私の可愛い部下、リンダ」

「マジック様!」

 

空から音もなくマジック・ザ・ハードが舞い降りてきた。

眼帯をつけたその顔を妖艶に微笑ませ、リンダよりも遥かに高い身長で歩み寄る。

 

「あ、あの!アタイが請けた仕事……ルウィーの、シェアクリスタルの仕事なんですけど!」

「失敗したのか?だが、気に病むことはない。お前は他にも余りある仕事の成功をしている」

「あ、ありがとうございます……。けど、その、あの仕事って、誰からの仕事ですか⁉︎人の脳ミソ使ってるなんて……!」

「人の、脳を?……そんな話は聞かないな。だが仕事自体は犯罪神様直々に私が請け負った」

「犯罪神様が……⁉︎」

 

余りにもスケールが大きい話にリンダが慄く。リンダからしてみれば、バイトが大統領からの仕事を請け負っていたみたいなものなのだ。

 

「その人の脳を使っていたという話は本当か?」

「ほ、本当です!使ったらデカくて強い機械が出てきて、それは、人の脳ミソが動かしてて……!」

「……なるほど。ならば、犯罪神様に聞きに行ってみるがよい」

「あ、アタイが⁉︎犯罪神様に⁉︎」

「ああ。直々に話を聞かなければ納得しきれないだろう?安心しろ、いざとなれば私が守ってやるさ」

「そ、そうですか……。なら、安心です……」

「犯罪神様は、この先におられる。行ってこい」

「は、はい!」

 

マジックが指差す方向へと走る。

しばらく走るとリンダは地面が大きく陥没した場所にたどり着いた。

 

「う……おお……」

 

まるで隕石が落下したかのようなクレーターの下に大きく透明な筒がある。液体が詰まったそれには部分的な体が出来上がっていた。

体といってもまだまだ完成には程遠い。未完成というのもおこがましく、3割ほども出来上がっていない。

 

「こ、こりゃあ……転げ落ちたら死んじまうな……」

 

ゆっくりと気をつけながら斜面を下る。時折石が音を立てながら犯罪神の元へと転がり落ちていった。

筒の前に立ったリンダはしばらく反応を伺うが……何もリアクションがない。

 

「あ、あの〜……。犯罪神様?」

「……………」

 

よくよく見れば口はあっても喉がない。もしかすれば喋れないのではないだろうか。しかし直々に指示が出たはずだし……書面か何かで筆談するのだろうか。

 

「そ、その、あのルウィーの仕事は失敗してしまいました……。すいません!」

「…………」

「それで、犯罪神様に聞きたいことがあるんです!あの脳ミソはなんなんスか⁉︎いったいどうしてあんなこと……っ⁉︎」

 

犯罪神の閉じられていた瞳がゆっくりと開いていく。歪んだドス黒い紫の瞳がリンダを見据える。

 

「あ……あ………」

 

その口がまるで避けるように開いた。大笑いでもしているかのようだ。

しかしその顔を見たリンダは今にも腰が抜けそうになっている。

 

「ご、ご、ご、ごめ……すいませ……!」

 

謝りながら逃げようとするリンダだったが、頭の中に直接声が響いた。

 

ヒヒ……怖くないわよ……?また1つ、なくしてしまうだけ……。

 

「や、イヤだ!マジック様、助け……!」

 

アナタの心に鍵をかけましょう。……ガチャン。

 

「ひあっ………!」

 

リンダは頭の中に鎖が這うような感覚を覚えていく。そして段々と今の感情が、状況が理解できなくなっていく。

 

「イヤ、イヤだ!そんな、忘れていく……⁉︎」

 

大事なものは鍵をかけて大事にしまっておきましょう?その方が……イイでしょ?

 

「はっ……⁉︎」

 

 

 

 

 

「……帰ってきたか。どうだった、リンダ?」

「すいません、大したことなかったですよ。全部アタイの勘違いでした」

「そうか、ならばいい」

「いやぁ、迷惑かけました。すいません!」

 

リンダが苦笑いしながら頭を掻く。

マジックの横を通り抜けて帰ろうとした時、リンダがマジックに振り向く。

 

「あれ?ところでアタイ、なんでここにいるんですっけ?」

「………なに?」

 

マジックがリンダの目を見つめる。

ふざけているのかと思ったが、根が誠実なリンダがそんな火遊びのようなことをするわけがない。

 

「……犯罪神様に聞きにきたんだろう?ルウィーの仕事のことで」

「ああ、そうでした。失敗したから謝りにきたんでした。いや〜、もうボケてんのかな……」

「……………?」

 

よく観察してみるが、冗談を言っている様子はない。

 

「違うぞ、リンダ。お前はルウィーで機械に人の脳を使っていたことを知って……」

「へ?脳?なんスか、その話」

「………………」

 

嘘ではない。これは確実に言える。

これは………忘れている?

 

「いや、なんでもない。他の部下の話と間違えた。時間を取らせてすまなかったな」

「い、いえそんな!アタイもマジック様と話せて光栄ですし!」

 

リンダはそのまま頭を下げて行ってしまった。

マジックはその背中を見つめながら考え込む。

 

「この藪……突いたら何が飛び出てくるか」

 

蛇か、あるいは何も出て来ないか。

もしくは……もっともっと恐ろしい何かか。

いずれにしろ、これ以上は危険そうだ。藪は突かないに限る。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「さて、毎度お馴染み恒例の、『プラネテューヌ地下深く』のコーナー!」

《………このテンションの高さはなんだ》

「ロムさんとラムさんの写真を渡したら……」

《ああ……もういい……》

 

ジャックが額に手を当てて呆れている。

 

「ま、それもあるけどね。今回は比較的機体の損傷が少ないのよ!」

「そうなんですか?」

「各パーツの点検だけで済みそうなの。なんてお手軽なんでしょ!」

《まあ、関節総取っ替えとケミカルジェリーボムの引き剥がしなどやっていてはな……》

 

イフリート改も百式も損傷……というより整備が大変だった。それが今回は目立った整備もないということでご機嫌なのだろう。

 

「ところで、次の機体の準備は?」

「出来てるわ。光波推進システムとかいうシステムに難航してたけど……『xvt-zgc』、ギラーガ、完成よ!」

《いよいよ、機体も高性能になってきたな》

「さらにさらに!整備の手間が省けたおかげで予定よりも早くXトランスミッターが装備されているわ!褒めて!私を褒めていいのよ!」

 

『おお〜(ぱちぱちぱち)』

 

イストワールは律儀に、ジャックは瞑目しながら雑に拍手する。

ジャックは空中にギラーガの画像を映し出した。

 

《Xトランスミッターが装備されているということは……ついにビット武装が使用可能になったということだ。恐らく、ミズキの思考や反射にもついて行ってくれる》

「ま、その分負荷は大きいでしょうけどね。一応シミュレートで調整も済ませたからイフリート改みたいにはならないと思うけど」

「後はミズキさん本人に微調整をしてもらいましょう」

「そうね」

 

一安心して息を吐く。

しかし、すぐに思考はマイナスの方向へと向かっていく。

 

「ミズキ、切羽詰まってるわね……」

「あの剣幕……思わず怯えてしまいました」

《俺は何度か見たことはあるがな。大抵あんな剣幕になるのは、誰かが死んだり死にかけた時だ》

 

メガ・バズーカ・ランチャーを射出せよ、とミズキの通信が入ってきた時の話だ。

 

 

『ま、待ちなさいよ!そんな急に言われても……!』

『いいから早く!持ってきてよッ!』

 

 

「事態は深刻ってことね。シェアはどんどん回復してても、それと反比例するようにミズキは傷ついていってる」

「せめて、1人でも女神が残っていれば……」

 

アイエフとコンパの話でも、ロムとラムが傷ついた時のミズキの怒りようには鬼気迫るものがあったという。今までとは違う、邪な怒りというか……憎しみにも似た怒りだ。

 

3人が物憂げな顔をしている中、ジャックが口を開いた。

 

《……着信だ》

「着信?どなた様からですか?」

《リーンボックスの教祖チカからだな》

「チカさんから?」

 

何はともあれ電話には出た方がいいだろう。

ジャックが姿を消し、アブネスも場に相応しくないと判断したのか隅へと下がる。

 

「もしもし、チカさんでーーー」

《お姉様ッッッッッッ!》

「…………はい?」

 

今ありのまま起こったことを話すぜ。間違い電話みたいです。何を言っているか分からねえと思うが、俺もよく分からねえ。聞き間違いとか幻聴とかそんなチャチなもんじゃねえ、もっとアホみたいなモノの片鱗をーーー。

 

《聞いておりますの、イストワール!》

「え、あ、はい。これ以上ないほど聞いてますが……意味が理解できそうにないです」

《なってませんわね。私のこれまでの人生と未来を詰め込んだ『お姉様』でしたのに》

「確かに、尋常ではない『お姉様』ではありましたけどね。それで、あの、要件は?」

 

箱崎チカ。リーンボックスの教祖であり、女神であるベールを実の姉のように慕っているが……実の姉でもこんなに慕うだろうか。アブネスも端っこでドン引きしている。

 

《はっ……!そうですわ、アタクシが!お姉様のことを忘れるなんて、ああっ!妹失格ですわぁっ!》

「いや、あの、話が見えてこなーーー」

《ダメなアタクシを責めて、お姉様……!あっ、でもいない!寂しい!》

「……………」

 

イストワールも匙を投げる有様である。彼女の名誉のため弁解しておくが、いつもはこんな様子ではない。

ついに姉が……いや姉ではないし、チカは妹でも何でもないのだが。とにかく女神(特にベール)がいなくなった弊害はこんなところでも発生していたらしい。

 

「取り返しのつかないことになりました……」

「いやアレは元からでしょ」

 

アブネスが端っこからツッコム。

とにかくいやんあはんうふんと悶えるチカを遇らって無視して話半分に聞いているとようやく元の様子に近づいてきた。

 

《少しお見苦しいところをお見せしましたわね》

「(少しどころじゃないですけど)そうですね。反省してほしいと思います」

《それで、本題に入りますわね。アタクシ、これでもショックを受けているのですけれど……》

「はい」

《……アタクシがお姉様のことを忘れるなんて、あり得るのですか》

「っ………」

「ん………」

 

イストワールとアブネスがピクリと反応する。

 

《もしかして、お姉様もアタクシを忘れているのですか?だとしたら、アタクシは……》

「お、お待ちください。一体どうしてそれを?」

《愛の力にできないことなんてありませんのよ》

 

いや、経緯を聞きたいのだが。

そうジト目で見るイストワールの意思が通じたのか、チカはまた話し始める。

 

《別にそれほどのことではなくってよ。お姉様が懐かしくなりいつものように写真を眺めていただけですわ》

「いつも……。はあ、それはいいですけど」

 

ツッコミを我慢して話の続きを促す。

 

《そしたら……なんと、アタクシが覚えてない写真があるじゃない。そしたらまあ、アルバムの中間に今まで見たことない写真がザクザク見つかったわ》

「よく見つかりましたね」

《これでも苦労したわよ。んで、その写真を追ってたら頭がガンガン痛くなって……》

「はい」

《全部思い出したのですわ。で、とりあえずケイに電話をかけたらアンタに聞けって》

(丸投げされた……)

 

この借りはいつか必ず返してもらおう。ゼッタイ。

 

「それで、事情を聞きに電話をかけてきたと」

《ええ。あのムカつく女が元凶だと思うのですけれど……合ってる?》

「はい。今のところ記憶を取り戻しているのはチカさんと私を含めた教祖4人とアイエフさんとコンパさん、アブネスさん。それとミズキさんとジャックさんですね

《女神候補生達は?》

「記憶のロックは解けつつありますが、まだ思い出すには至っていません」

《何故思い出させないの?》

「彼女達を傷つけたくないからです」

《…………それ、おかしくない?》

「なぜ?」

 

チカがピクリと眉をひそめる。

 

《普通思い出させるでしょ。アンタ達もアタクシも思い出したんだから、あの子達も思い出すはずよ》

「ですが、彼女達は今までミズキさんのことを忘れていたということで傷ついて……」

《おかしいわよ。アタクシの知ってるミズキって男はそんなに臆病?》

「……………」

《まあいいわ、彼に直接聞く。もうすぐリーンボックスに来るんでしょう?》

「その予定です」

《なら、最初に教会に来るように言って。頼んだわよ》

 

プツリと通話が途切れた。

 

「ったく、自分勝手というか傍若無人というか……」

《お前が言えたことではないぞ、アブネス》

 

 

ーーーーーーーー

 

 

《次の行き先は……リーンボックス?》

「ええ。ラステイションから定期便が出てるから、それを使うわ」

 

「…………」

 

アイエフとコンパとスミキが話しているのを後ろから見る。

3年以上前にルウィーで執事をしていたのは、スミキさんだった。そして今ここで話しているのもスミキさん。彼は何処か遠い遠い場所にいると聞いたけど……そもそも何故だ?

お姉ちゃんのことも知ってるみたいだし、アイエフさんやコンパさんとも知り合いだし、悪い人ではないんだろうけど……でも……。

 

「ぎあちゃん?どうかしたですか?」

「え、あ、いえ!なんでもないです!」

「そうですか?」

 

顔をしかめていたらしく、コンパに心配されてしまった。

 

「今回はイストワール様から連絡が入ってるわ。リーンボックスに着いたらすぐに教会に来てだって」

《今回は楽に済むといいけどね》

「まあ無理よね。どうせ下っ端がいるでしょうし」

 

アイエフがやれやれと首を振る。

 

(あと少し、リーンボックスのシェアクリスタルがあれば……)

 

もしかすれば、女神を救えるかもしれない。

力は集いつつある。きっとその力は闇を払い、暗黒の雲を引き裂くものになる。

 

(ビフロンス、必ず……!)

 

《僕が、殺す…………》

 

小さく呟いた声は誰にも届かなかった。


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